「切符」浅田次郎作 朗読 津田千代子
[音楽] 物星から眺める夕まぐれの景色が好きだっ た恵比寿の町を打ち取るように小高い丘が 巡って いる南は渋谷の高台から続く大官山の森で 通り1つを隔てると旧陸軍の火薬工場だっ たそこは新中軍が接収しているという話 だったがの街中に米兵の姿を見かけること はなかっ た山手線の効果を挟んだ東側はビール工場 の丘で5時のサイレンがこだますると4本 の煙突から登り続けていた煙が嘘のように 止まっ たこの景色に比べればひしが生まれ育った 駒沢の町はあけなかっ た敷町は日がなしと静まり返っており生活 の匂いがなかっ ただからひしは祖父に引き取られて恵比寿 の町に暮らし始めた 時それまでは意に止めなかった幸福を感じ たいや正しくは幸せだと思うことにし た学校から帰るとランドセルを放り投げて まず物干に上がる熱いうちは有すがてら りんご箱を机にして宿題を終えてしまう こともあっ た風引いちゃうよひし 君八千代さんが2階の窓から手すりを 乗り越えて物干に上がってき た甘い匂いのする綿入れをひしの背にかせ 頭を撫でて くれる祖父は2階の曲がり人がに物干を 使っていることに不満があるらしいが面と 向かって文句は言わ ない八千代さんは母よりはずっと若い けれど姉というほどの年ではなかったいつ もノりの聞いた白いブラウスを着て エプロンをかけていた多分25か 6女の人の年は分からない けれど亭主は野村さんと言ってビール工場 の行だった男さんとは随分年が離れている ように見え た1つ聞いていいかなと八千代さんは金田 に洗濯物を畳み入れながら尋ね たひろし君のお父さんとお母さんはどこに いるのか なひしはひさんに家のことを聞かれても 滅多なことは言うんじゃねえぞと祖父から 釘を刺されている 家のこととは祖父と孫が2人きりで暮らし ている事情であるが嘘のつき方が分からず にひしはありのままを答え た離婚しちゃった みたいふと八千代さんの手が止まったあら まあやっぱりそういうことだったの ねやっぱ
りっていえね仕事の都合で遠いところに 行ってるっておじいちゃんはおっしゃって たからでも変よね小学4年生の子供を置い ていくわけない ものおじいちゃんには黙っててください 叱られる からもちろんよ悪いこと聞いちゃった みたい ね本当だから仕方ない です祖父が言うほど恥だとは思わないが 大好きな八千代さんに秘密を知られて しまったことがひしは恥ずかしくてなら なかっ たおじいちゃんはどっちのおじいちゃん かしらお父さんの方 ですじゃあお父さんは一緒に住めばいいの に ね えっととひしは言葉を選ん だここまで喋ってしまったのだから隠し事 をするのはかって5章の悪い気がし た八尾さん誰にも言わないよ ね言わないわよおじさんにもうんおじさん に もビール工場に務めている八千代さんの 亭主をひしはあまり好きではなかっ たお父さんは再婚しちゃったん です他にお家があるからとは住めない の小さなため息をついたきり八千代さんは その先を聞いてはくれなかったひろしは 勝手に話し たお母さんもこないだ結婚し たってなんでひろし君がそんなことまで 知ってるのよおじいちゃんが言って たやれやれ子供に聞かせる話じゃある前に ね そういうものだろうか父母の行方が謎に 包まれているよりもよほど始末が良かろう とひしは 思う祖父はひしに行ったのだっ たおめえの親父はろ値出しで商売を潰して 借金をこえた上に女と逃げやがっ たおふが女で1つでガキを育てるの底辺 だろうから じいちゃんが面倒を見ることにしたんだが 今度はそのお袋に男ができたと よ書体を持つからおめえを欲しいと言って 来やがったがいくらなんだってそいつは虫 のいい話だお前はお袋が恋しかろうがそれ じゃあ家が耐えちまうじゃねえかそれに咲 さんがどんな野郎か知らねえがなさぬ中の 親子がうまくいくってことはまず ねでじいちゃんは親父もおふも死んだもの だと思っておめえと2人で生きてく腹を 決め
たおめえには文句もあろうが文句なら一丁 前になってからいくらでも言え今は両 健生知らないより知ってた方がいい よ色づいた欅の葉を騒がせて風が渡り ひしは綿入れの襟を書きあわせ た八千さんはまだお母さんにならないん です か明るい話題に振り替えたつもりだったが 答えは帰ってこなかっ たそろそろおじいちゃんが帰ってくるわ もう一度笑ってひしの頭を撫で八千代さん は手釣りをまたいで部屋に戻ってしまっ た余上半の裸電球がとると祖父の性込めた 菊の蜂が物干の闇に咲い たすっかり日が暮れてから祖父は新聞紙に くるんだ夕飯のおかずを抱えて帰ってき た酒は好きだが外で飲んでくることは なかっ た義足のきしむ音で祖父の帰りは知れ た気の入っ鉢に丸い茶台を並べ夕飯を食う 祖父は飯の前に2号の神酒を飲むからひし はよほどゆっくりと食事をしなければなら なかっ たこんな時テレビさえあれば間がつのにと 思うオリンピックはテレビで見たい なそこらでやるんだから見に行きゃいい じゃねえかテレビの方がよく見えるよ 着を言うな本物見た方がいいに決まっ てら前売り切符はみんな売り切れだって さふーんと返す理屈に困って祖父は しばらく神棚のお透明を見上げていたそれ から思いついたように橋の先で茶碗を叩い たマラソンならキップはいめ公衆街道に つったっていりゃただで見られるほら なんてだっけローマで一等になったあの 安部そう安部だあの野郎はすげえなん だって裸の一等だあいつがまた一等になる に決まってんだから声出して応援してやら にゃ嘘 だ祖父は口数は多い方ではないが決して 口べたでは ない元は大工だった口癖によるとヒピンに 片っぽの案を置いてきちまったから足場に 登れなくなったそれで出来上がった家に ランマを釣ったり都を集えたりする建具に なっ た今年の運動会はオリンピックが終わって からだってさう先にやっちまえばいいのに な寒くなっちまうじゃねえかオリンピック を見た後の方がみんなやる気になるから だっ てうん おふ呼ぶかいいよ夏休みに会った時もいい よって言っといたおじいちゃんが来て よじいちゃんは使い物になんねえぞ使い物
って 俺親父やお袋がかっこしたり綱引きしたり するじゃねえかじいちゃんのこの足じゃ何 もでき ねえそんなのいいよ弁当も作らないでいい から武蔵さんのお稲さん買ってけば いい風呂行ってこいと祖父はブラボに言っ た不自由な体をはじて祖父は戦闘に行か なかっ た小さな裏庭にたいを出して夕を張りシボ だらけになって行水をし た2本の鳥が開くのを待ってはの支度をし た都電の廃止されてしまった電車通りは なんとなく間が抜けて いる風呂屋に行く途中の通りそいには会員 裁判所があって門の前に電話ボックスが 明かりを灯して いるそこを通るたびにお財布の中に隠して ある母の電話番号が気にかかってしよが ない 夏休みの終わりの1日を母と後楽園の遊園 地で過ごし た母からの電話は祖父が煮もなく切って しまうから行ってこいという祖父の許しは 意外だっ た母とは恵比寿の改札で別れ たその時母は切符の裏に電話番号を書いて お小遣いと一緒に渡してくれ たああの時母はどうやって電車を降りたの だろうと 思う熱い切符の裏側に母はハンドバッグ から取り出した口紅の先で電話番号を書い たのだっ た電話をかければ祖父を裏切るような気が するましてや母ではない誰かが電話に出 たらどうしようと 思う数字を書き殴った口紅には真っ赤でで 駒沢の家にいた頃の母はそんな色の紅を さしてはいなかっ たもう1つ悩まされることがあっ た切符は水道橋から吉祥寺までのもので母 は遠回りをして恵比寿の駅までひしを送っ てくれたのだったそして自分の切符に口紅 で電話番号を書いて渡し た母は吉祥寺という町に住んでいるの だろうそれからも何度か駅に行って出発口 の上に掲げられた路線図を見 た新宿から中央線で8つ 目遠いところ だ時々電話してねと母は言っただが切符の 裏に見知ぬ男の人と住んでいる町の名が 書いてあるのだからおじいちゃんを裏切っ てお母さんのところへいらっしゃいという 暗号のようにも思え たそんなことはできるわけが
ないひろし君八千代さんが裁判所の門の前 にうまってひしを手まねいた電話ボックス の中には野村さんが いるお風呂屋さん行く の八男さんは洗面機の中からタオルを出し て顔を拭ったあ帰りですかうんこれから おじさんややこしい長電話してるのあ喧嘩 したんですか別にと八千代さんは空とぼけ たが泣いていたのは確かだった野村さんの 大声が電話ボックスを突き抜けて くる先に行こうかひろし 君八千代さんはひろしの手を握って 立ち上がった 細くて柔らかくて花みたいな 手のひら先に行ってると声に出さずに ガラス越しに行って八千代さんは歩き出し た野村さんははっした顔でじきを追い 分かったという風に頷い た引き戸を開けると男湯とは違う匂いが ひしを押し包ん だ戦闘がいは恵比寿に越してきたからで 女湯に入るのは生まれて初めてであるあの おばさんと一緒なんですけどいいです か番台の親父に一応尋ねてみ たいいかって構わねえようん男だ けどまだ男じゃねえだろうちんちんに毛が 生えたらだめ だ笑いながら横合いから手を出して八千代 さんが風呂線を払ってくれた先発しますと 言って10円を余分に 払う八千代さんは男みたいに髪が短いのに 先発剤を払わされるのは気の毒だとひしは 思った近頃ではもっと髪の長い男が大勢 いるあすんませんねビートルズからは銭を 取らねえのにヘップバンからは先発台をい くって組み合いのお定めなもんで ねバダの親父は気の聞いたお相を言っ たこの夏に風呂屋が改装されたのも オリンピックのせいだろうか洗い場には1 つずつシャワーがついて鍵のかかる ロッカーも作られ た身のたほどもある2段ロッカーをぐるり と巡ってひしは立ちすくん だ同じクラスの近子がすっのままきょとん と目を見開いていたおおばさんと一緒だよ 言い訳は他に思いつか ないおばさんっ て2階のおばさん学校で言わないで言っ ちゃうひろしのエッチ女家に入ってたって だったら僕もちかちゃんとお風呂に入っ たっていうこれこれと近子の母が風呂から 出てきた何色気ついたこと言ってんだい 風邪引くよこんばんはと人をすると近子の 母親は大きな手で頭を撫でてくれ た湯舟に浸って八千代さんが入ってくるの
を待っ た近子の裸や他の女の人の体はどうとも 思わぬのに服を脱いだ八千代さんが気に なるのはなぜ だろう思いがけないほどほっそりとした 白い体が湯の中に現れた時ひの胸の鼓動は 帰って静まってしまっ たそれくらい八千代さんは綺麗だっ たヘップバーンをよくは知らないけれど 八千代さんには負けるだろうとひしは思っ た さっき泣いてたよ ね湯舟の中に肩を並べて間をつえずにひし は尋ね たちょっとねやっぱりおじさんと喧嘩した んだ喧嘩じゃないわよ喧嘩にもならない の泣いちゃだめだ よひろし君だって泣くでしょあんまり泣か ない八千代さんが泣くのは嫌だ よ何が気に触ったのか八千代さんは背を 向けてしまっ た不に突き上げるような悲しみが胸を覆っ てひしは煙のきの天井を見上げ たある日の土曜の午後ひしは思い立って 近子の家を尋ね た昨日のことを誰かにばらしや住まいかと 教室ではずっと目くばせを送っていた多分 口にしてはいないのだろうが近子の知らん 顔はいかにもひの弱みを握っているという 風に見えた脅したりいじめたりするのは 小文ではないからこの際は仲良くなる他は ないと思った親友ならば滅多なことは言わ ない だろう近子の家はガードの脇の焼き芋屋だ まるで終戦直後のようなバラックが ひしめいている道路にほんの一乗ばかりの 店があっ た看板も何もない店先に焼き芋の大きな壺 が置いてあり 太った母親がいつも暇そうに座っていた 近子には父がいなかっ たちかちゃん母親と目が合ってしまって からひしは気をつけをして近子の名を呼ん だ はーい店の奥からくもった声が帰ってきた 母親は丸い顔を滅ばせてにっこりと笑い すぐに週刊誌に目を戻してしまった 不合そな人だなと思ったがあれこれ世話を 焼きたがるよその親よりはずっと いい近子はまるでひしが来ることを良きし ていたかのように小綺麗ななりをして バラックの奥から駆け出てき た手をついで2人は行く当てもなく歩き 出し たともかく仲良しにならねばならないそれ
は2人きりの時間を1秒でも多く持つこと で別に何をする必要もなかっ たガードの下に入って近くは不に 立ち止まったひろし君のおじいちゃんいつ もここで一休みしてるんだよこうやっ て近子は湿ったレガの壁に寄りかかって 片足を中に浮かせ た長く歩くことのできぬ祖父は駅までの 道すがらここで息を入れるのだろう か貨物列車が来た壁をゆがめ長い貨車が 頭上を すぎるひろし君のおじいちゃん軽じて近く の声が聞こえるなんだ よ島屋さんえ聞こえないしつ屋 さん違う縦 屋そうじゃなくて始末屋さんなんだっ て祖父の職業があらぬ誤解を受けている ような気がしてひしは大声をあげた縦だよ 昔は大工さんだったんだけどフィリピンに 片っぽの足を置いてきちゃったから建具に なったんだよ足場に登れなくなったん だでも本当は始末屋なんだってみんなが 言ってるよ違うってなんだよそれ知らない うちの近所にも時々始末をしにくるだから 何なんだよそれ知らないってばみんなが そう言ってる だけ列車が通りすぎるとガード下は暗槓と した島模様に彩られ た力が抜けてしまったのは大声を出した せいではなかっ た知ってはいけないことを近子の口から 聞いてしまったような気がし た 昨日のことなら誰にも言わないよ近子は 何事もなかったかのようにまた しゃがみ込ん だひろし君は大きくなったら何何になる の うんと宇宙飛行 士そんなことは考えた試しもなかった ガード下から見た空の青さが胸に焼きつい ていただから地球が青い星であることを 自分の目で確かめと思っ た僕 ね何がなんだか分からなくなっちゃった僕 ねどうしていいかわからないんだよという 言葉をひしは過して飲み下す たそれを口にしたら宇宙飛行士どころか 大人の男になれないような気がし た路線図を 見上げる あの 日切符のないお母さんはどうやって家に 帰ったの だろう吉祥寺は宇宙の果てより
遠いねえおじいちゃん始末屋って 何食事をしながらさりげなく聞いた途端 逆月を持つ祖父の手が止まった うん松屋松坂屋の親類じゃねえのかそれは デパートだろそうじゃなくっておじい ちゃんの仕事は始末屋なんだっ て誰が言いやがった 友達名前は言え ない祖父は黙りこくってしまった秘密に 踏み込んでしまったことをひは悔やん だ常にない荒々しさでを開けひの食事が 終わらぬ前に祖父は箸を置い たやれ やれおめえには何の関係もねえ話だけど 聞かれて答えねえのもまかねえよ な襟首にかけた紐を着物の胸に たぐり寄せ古ぼけた巾着から鍵を 取り出す不自由な体をねじると祖父は箱た の引き出しを開け た茶碗を茶台の隅に寄せ祖父はからく模様 の風呂敷を広げ た赤鉛筆で小さな丸屋バをたくさん 書き込んだ古地図と川の表紙を施した 分厚いノートが姿を表し たあヒリピン そうさヒリピンのレイテて島だ 片っぽの案を置いてきちゃったんだろう ああだがじいちゃんはもっと大切なものを たくさん置いてきちまっ た鳥に蹴りてんだ けど足もねお足も ねえマッカーサー元帥と同じ公平だったの だと祖父は誇らしげに行った大工は職人だ から大抵は公平になったのだそう だ1連帯と一緒になってフリッピンに行っ た日木町の一連帯はここいの幼馴染みも 大勢いてみんなして六本木の住文寺を更新 してフィリッピンに行ったん だそんで なみんな 死んじまっ た祖父は節の太い職人の指でノートを パラパラとめくっ たどこでどう死んじまったか分かってる奴 もいるしわからんやも いるでも足を棒にして20年も歩き回り 生き残りの口からいくらかは分かってくる もん だ そんなこと調べてどうするの さ公電と先行をあげて くる怒りともじれともつかぬ思いがひしの 髪のを締め上げ た島屋という言葉の意味がやっと分かっ たそれは多分もうどうでもいいことを1人
でしているということなのだろう もじ東京オリンピックだ よそれがどうしたじいちゃんとは関係ねえ 戦争は行けないことだって先生が言っ てるものよしやしやねそれもじいちゃんと は関係ねえこと さ仕事もろすぽないのにお電をあげちゃう のおめえにはフジをさせてね しの言うなじいちゃんが稼いだ金をどう 使おうがじいちゃんの勝手 だ勝手だという投げやりな言葉は胸に答え た祖父の行いが勝手だとは思えないが 少なくともひしには父も母も祖父も子供の ことは何1つ考えずに勝手に生きている ような気がし たみんなひ とひしは感触を起こして茶台を叩いた途端 に祖父の原稿が頬を打った何がひんだ はっきり 言えお父さんもお母さんもみんな勝手だお じいちゃんの勝手 だたくそも味そも一食たにするんじゃ ねえ祖父は勢いでひっくり返した食器を1 つ1つめながら畳の上に重ね始め たそのバカ丁寧な仕草はまるでジャングル に散った骨を1つずつ意しみながら集めて でもいるようにひろしには見え た父や母と同じであるはずがないとひしは 思っ たちしちしと祖父は当たる当てのない怒り を小さな声にしてそれからと人のように肩 をすめ掘りもの入った腕をまぶに当てて 泣き出してしまっ たおじいちゃんのことガードンとこの友達 に聞いたん だ時々おじいちゃんはあこにも行ってるん だろうお光電とお先行をあげてそれで ガードの下で泣いてるん だろう 祖父のはぎが骨のなる音に聞こえ た痩せた体中の骨がちしと言ってい たあこいらの奴らまでくさに借り出し 上がっ た20年も立てば何もかもなかったことが よオリンピックは手打ちだってのかだっ たら忘れりいいじいちゃんは忘れね世界中 の人間が忘れ たってちいちゃんは忘れ ねえ日本は世界中を相手にしてバカな戦争 をしたのだと学校の先生が言ってい たそのバカな戦争を僕のおじいちゃんは今 も1人ぽっちでしていますでもおじい ちゃんはバカじゃ ないをるのはもう 予想とひは思っ
た祖父の性込めた厚物先の菊が監会の金証 に選ばれたのはいよいよ東京オリンピック が始まる何日か前だっ た町内の世話人が祝酒を下げてやってきて 賞金がもらえるだの長から表彰されるなの と散々浮かれ騒ぐのを祖父は重たの茶碗酒 を舐めながらつまらなそうに聞いてい た客を追い立てるように返した後で祖父は 夕まぐれの路地いっぱいに咲いたりんご箱 の花々に水をやっ た日が落ちてから洗濯機を回すのはやめろ と八千代さんに小言を言うことも忘れ なかったし夜遅くに千足で帰ってきた野村 さんを階段の下で呼び止めていつにない ほどのきつい説教もし たく子ともこれでいい納めかと思やきつく も なるいいおめっ て別れるんだと よ 嘘たくよ半年も家を出てやがってよくも まあ元のさやに収まるもん だ詳しい事情は知りたかったがひしの口 から祖父に聞けないことであるのはなんと なく分かっ た八千代さん はさあ なあ夫婦門で1万円の家賃を女1人になっ たから5000円だってわけにも いめこのところ2階に人の出入りが多いの はひしも気づいていた夜遅くに女の人が 怒鳴り込んできて祖父が中に上がっていっ たこともあったし八千代さんの兄という人 が手土産を持ってきたこともあっ たその世ひしは足音をしばせて物干に 上がっ た窓越しの明りを避けて野村さんの低い声 と八千代さんのすすり泣きを聞い たしばらくして電気が消えると八千代さん の声は一切なくなっ た若くて別品なんだから大丈夫だと祖父は 言っていたがこの家から出たら八千代さん は生きていけないような気がしてなら なかっ た八千代さんは真っ白な菊の花に似てい た10月東日はオリンピックの開会式の日 でそれまでひが経験したことのないほどの 日だっ た学校は休みになるはずだったのに予定が 変わって手ぶらで投稿することになった 開会式をテレビで見たかったひしにとって それはき尾だっ た皇帝に生徒を集めて校長先生が長い軍事 をした今日で日本の戦後は終わりましたと いう言葉だけが悪い夢のようにいつまでも
ひしの胸に残っ た体育区館に2台のテレビを据えて子供ら は東京オリンピックの華やかな開会式を見 た子供らは初めのうちこそ大はぎでテレビ に活菜を送っていたが時機に飽きてしまっ て皇帝に遊びに出 たあのね会のおばさん今日引っ越しちゃう ん だ子供らが少なくなったテレビの前では誰 かにでば気の済まぬことをさりげなく近子 に伝え た2階のおばさんてほらせにお風呂屋さん であっただろう髪が短くてヘプバーン みたいな知ってるよ綺麗な 人運動会に来てくれるって言ってたんだ けどダメになっちゃっ た約束 破りうん約束破りでもしょうがないんだ だしょうがないことが多すぎるとひしは 思っ た子供にとってはどうしようもないことで も本当は大人ならば何とかできるはずだと 思う少なくとも子供との約束は破らずに 住むはず だ先生が言っていたアベベはエチオピアの 貧しい子供らに東京からまた金メダルを 持って帰ってくると約束したのだそうだだ からみんなで応援しよう と靴が買えずに裸で走ったローマでも一等 だったのだから靴を吐いて走る東京なら 必ず優勝すると 思うもし安部がエチオピアの子供らとの 約束を果たしてくれたのならその勇気のお 返しに自分も一生約束破りはしないとひし は誓うことにした最終日のマラソンはお じいちゃんと一緒に北海道まで応援に 行こう皇帝で散々遊んだ帰りひしが家に 戻ったのは秋空がくれかかる時刻で ある夕日が狙い定めるように鼻の先乱れる ひしの家を照らしてい たオトさ林者に洗濯機とわずかな火を積み 終え八千代さんがソフと立ち話をしていた 野村さんの姿はどこにもなかっ たひしに気づくと八千代さんは悲しい顔を し た甘い匂いの届くところまで近づいて菊の ように白くて優しい顔をきっかりと見上げ ながらひしはさよならと言っ たお父さんもお母さんもその大切なけじめ の言葉を僕に言わせてくれなかったのだ からそれだけはきっぱり言おうとひしは心 に決めてい たまた遊びに来るから ねそんな約束は信じ ないさよならとひしはもう一度言っ
たしっかりお勉強するの よ目をそらしてはならない さよなら唇だけでひしは言った 運動会行けなくてごめん ね さよなら一等しになるといいね さよならおじいちゃんを助けてあげて ね さよならこみ上げるその他の言葉の何か1 つでも口に出そうものなら泣いてしまうに 違いなかっ ただから夏休みの終わりの日に恵比寿の 改札でそうしたようにさよならとだけひし は言い続けたあこれは選別だ祖父は唸り声 を上げて大輪の菊の蜂をトラックの2台に 担ぎ上げたもしひしの見間違いでなければ それは監会で金証を取った真っ白い厚物先 に違いなかっ た八千代さんが荷台に乗ると林者は クラクションを鳴らしてゆっくりと走り 出し た明治通りはオリンピックで混んでっから 裏道を行きます運送屋が荷台を振り返り ながら言った裏でも表でも構やしねえけど 気をつけて行ってくれろ嫁入り前の娘さん なんだから よお世話になりまし た力になれねえ ですま ねえ 走り去る車に向かって誰にも頭を下げた 試しのない祖父がふぶかと辞儀をしたそれ からえいえいと玄関の戸を引き明け体操な 祝儀袋を持って出てきたお前追っかけてっ て荷台に掘り込んでこいじいちゃんは間が 悪くていけねえ や衆議袋には金章渋谷区長と書いてあった えいいのじいちゃんがもらったんじゃね菊 がもらったん だひしは路地をかけ出したオト山林は 明治通りを突っ切って渋谷川の橋を渡り かけていた線路に突き当たって右に折れた 近くの家の前で車はひを待っていたおじい ちゃんが これ受け取った途端に白いブラウスの胸に 抱き寄せ八千代さんは泣いてしまっ たま待って待って近子が転げように出てき てフル毛布を荷台に投げ込んだボロだ けど ありがとうオト山林の後ろをひしと近くは しばらく走っ たひしは思いついて運動物と靴下を脱いだ 両手に持ったまままたしばらく走った 八千代さんと菊の花が遠ざかって いくさようなら
さ ら息を吐くたにひしは叫んだ叫ぶ声は やがてつぶやきになり車が夕やみに紛れて しまうとひしはさよならと言い続けながら 泣い た近子が手をついでくれ たあべみたいだったよ足の裏が真っ白で かっこよかっ たビール工場のサレが鳴っ た2人は北道を帰り始め たお風呂行って足洗わなきゃ ねひしの泣き顔を覗き込んで近子は優しく 慰めてくれ た靴は渋谷川の橋の上で履い た財布の中から取り出した切符を 泥の川に投げ込ん で花びらのように流れたっていく様を目で 追い ながらひしはずっと言い続けた最後の さよなら をようやく声に出し たその一言 は命を絞る ほど辛かっ た [音楽] [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] A
8 Comments
津田さんの声が好きです。上手いですよね🎵
津田さんいつも素敵な朗読を有難うございます。 浅田次郎さんの作品にぴったりの朗読で感激です。 これからもたくさん聴かせてくださいませ。
素直な、ひろしくん幸せに、なってください、宇宙飛行士になれること、祈ってます!
素敵な物語でした!✌️
いいお話でした。浅田さんの作品は心の中まで染み入ります。
大人の事情で、いつも我慢するのは、子供、私は、母親の温もりを知らない、ばあちゃんに育ててもらった。今は、母親になり、孫までいる。娘が孫を見る目が優しい、それを見て母親をしる。
配信楽しみにしておりました。津田さんの語り、お声も聞きやすくステキです。
切ないお話でしたが、人々の生活の中での繋がりが良いお話でした。
皆が、幸せになって欲しいなと思わずにはいられないお話でした。
浅田次郎さんの作品すきです
津田さま、良かったらどんどん浅田次郎さんのを朗読🙇お願い致します🤲