ALSの告知を受けてから3年超で声を失った「ニャンちゅう声優」が動画インタビューを受ける「工夫の軌跡」(FRaU編集部,津久井 教生) | FRaU

ALSの告知を受けてから3年超で声を失った「ニャンちゅう声優」が動画インタビューを受ける「工夫の軌跡」(FRaU編集部,津久井 教生) | FRaU

「本日はようこそいらっしゃいました!よろしくお願いします」

「声を出せなくなっても、限りなく工夫して、このような発信をしています。今後も私は声優でいたいと思っています」

5月23日の「難病の日」に公開されたTBSのYouTubeでこのように語ったのは、声優の津久井教生さんだ。

津久井さんは2019年3月に体の異変を感じ、9月ににALS(筋萎縮性側索硬化症)の告知を受けた。しばらくは奇跡的に声が出るといわれながらニャンちゅうほか、多くの仕事を続けてきた。2022年ニャンちゅう30周年を迎えたのち、2022年の10月に、同じ事務所の羽多野渉さんにニャンちゅうの声をバトンタッチすることを公表。その2ヵ月後に気管切開し、現在は声が出ないながら、視線入力とAI生成の「津久井さんの声」で発信を続けている。

そんな津久井さんが2020年から「FRaUweb」にて続けた連載をベースに、視線入力での書き下ろし原稿を加え、60万字を14万字に編集して刊行した著書が『ALSと笑顔で生きる 声を失った声優の「工夫ファクトリー」』だ。

「ALSになるとはどういうことなのか」「介護される人の本音は」「気管切開や胃ろうをした人の感想」といったことは、なかなか当事者の生の声を聞くことができない。本書はそういう生の声に加え、声優養成所で長く教えてきた津久井さんが「声の出し方」のノウハウも詰め込んだ、実用エッセイでもある。

そしてサブタイトルにあるように「工夫」の工場のように、やりたいことをやるために様々な工夫をしているのだ。声を失ってもテレビのインタビューを受けるまでを振り返ってお伝えする。

3年前から「AI津久井教生の声」で動画発信

声を失ってから最初に「AIの声」を使って発信をしたのは、自身のYouTubeチャンネルだった。  2019年9月にALSに罹患し、10月に公表したあとも、奇跡のようといわれた声で動画の配信を行っていた。しかし気管切開で声を失った後、2022年2月にその報告を動画で行った。
 

さらに2023年3月からは、呼吸器と胃ろうの発信を始めたのだ。 

まだこの時は津久井さんが呼ぶ「秘技・割り箸入力」で口に割り箸を加えてPCのボタンを押し、原稿を書いてそれをAI津久井教生さんの声で流していた。そこに豊かな表情で語りかけ、本当に津久井さんが話しているかのような動画が作成されていた。

「津久井教生の声を残す」準備は5年以上前から

そもそも、このような動画が完成するまでに、先を見据えた「準備」がなされていた。『ALSと笑顔で生きる。』には2020年ごろのことを次のようにつづってている。

”このころ、多くの方に「あのキャラクターはどうなるのですか?」と言われ、「声が出るうちに残しておいた方が良い」とアドバイスを受けました。今の技術を使わせていただき「津久井教生の声」を残すことも考えるようになったのです。 
令和の今は無料で携帯に声を残せるアプリがあります。精度も悪くないと思います。その人の声質だと誰もがわかる「声」を残すことは、声を失うことがわかっている患者には大変ありがたいものです。ALSの知り合いの方で、このアプリが開発されていなくてできなかった方、知ってはいたけどやらなかった方から「やればよかった」の思いとともに勧められました。現在は合成音声もかなり精度が向上していると思います。”(『ALSと笑顔で生きる。』より)

さらに、視線入力も声を失う前から進めていた。

”「視線入力」という言葉をご存知でしょうか。言葉の通り、視線でパソコン入力ができる技術です。このトレーニングを、ケアマネジャーさんと現状の上肢の状態を確認しつつ、2022年ごろから「お試し」という形で始めることにしました。(中略) 
それでも、視線入力にチャレンジするのは、「キーボード」が打てなくなったからなのです。手が動かなくなってきて、割り箸を口でくわえてキーボードを打つような状態になりました。これもどれくらいもつのかわからないからこそ、早くからトレーニングを始めたのです。(中略)

老眼で近視な上に内斜視な私は、操作に若干の不安がありましたが、ゲームをやりこんでいたこととパソコンに比較的詳しかったのが功を奏したようです。自分が元気なうちに、こういう練習を早く始めた方が良いことを強く感じました。やはり介護に関することは「早め」です。”(『ALSと笑顔で生きる。』より)