羊文学、そのオルタナティブな祈り──遊動する『らしさ』の正体

羊文学、そのオルタナティブな祈り──遊動する『らしさ』の正体 – OTOTOY

2026/05/18 12:00

羊文学

2020年代のJ-POPの中心を歩みながら、なぜ羊文学というバンドはこれほどまでに「異質」なのか。タイアップや海外進出といった現代的な成功のフォーマットを受け入れつつも、そのサウンドは決して大衆性へ回収されない。本稿では、羊文学の核心にある「オルタナティブ性」を読み解いていく。ノイズ、私小説性、そして「あなた」へ向けられた祈りのような歌。アルバム『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』を軸に、羊文学がなぜ今、多くのリスナーの心を静かに揺らしているのか。その魅力を多角的にお伝えしよう。

羊文学、5th Full Album

REVIEW : 羊文学

Text by 風間一慶
ライブ写真 : 加賀翔

羊文学にとって「らしさ」とは何だろう?

側から見れば、羊文学は2020年代的J-POPアーティストの王道を歩んでいるかのようだ。つまりそれは、アニメやドラマのタイアップ曲を手掛けつつ海外公演も積極的に行うという、「J-POP」が一つの様式として確立された後の時代のスタンダードである。事実、バンドはグラミー賞公式サイトの発表した「10 Neo J-Pop Artists Breaking The Mold In 2024」に藤井風やYOASOBIと共に選出され、ゼロ年代以降の日本におけるギターロック文化を代表する存在として最高峰の評価を得た。

しかし──まるで今日の「J-POP」という語の指し示す範囲の多様さを担保するかのように──、羊文学は現在のポピュラリティに比して極めて異端なサウンドを選択し続けている。3ピースバンドのシンプルな構成に抑制の効いたフラットな楽曲展開、何より骨張っていてノイジーなエレキギター。プレイリストの途中で指が引っかかって、耳を海原へと連れ込む誘引力。バイオグラフィーの先の、プロジェクトにとってのアイデンティティを構築する箇所へ触れようとすると、羊文学は途端にミステリアスな存在に様変わりしてしまう。

不思議なことに、ストリーミング・サービスにおけるバイラルヒットが重要視される現代においても、羊文学の発売するLPは毎作品がソールドアウトとアンコールプレスを繰り返しているという。豪華なファン・アイテムではなく、作品の世界観を高潔にパッケージングした重量盤がそれだけの支持を得ている点においても、バンドの特殊な受容のされ方が窺える。

例えば音楽性という観点から、「メジャーな領域にインディー・ロックからの影響を受けた音楽を持ち込んだ」という単純な図式に羊文学を位置付けることも、また難しい。活動初期からメインストリームとアンダーグラウンドの両立を意識していたというバンドだが、シューゲイザーやドリーム・ポップといった特定のマイクロジャンルへ敬虔な態度を表しているかと言えば、そこには疑問が残る。あくまでミニマリスティックな構築美を追求するバンドにとって、一つのサウンドに拘泥することは、ややもすれば停滞と同義になってしまうからだ。

羊文学は、それを選ばない。シューゲイザーやドリーム・ポップの要素は参照点として存在しつつも、様式として固定されることなく、帰属を曖昧にしたまま楽曲ごとに「らしさ」が再配置されていく。「らしさ」は遊動し、都度組み変わる。二項対立は存在しない、存在し得ない。

大抵、そういったプロジェクトの最終寄港地は「オルタナティブ」という語になるものだ。「○○ではない」の「ではない」の側の防人(さきもり)として、「オルタナティブ・ロック」というマジックワードの到着を待たずとも、存在全体においてオルタナティブであることを貫いている。特定のジャンルや共同体へ自らを固定しない自律的な姿勢が、羊文学にとってのオルタナティブ性なのである。実際、バンドはMUSIC AWARDS JAPAN 2026において、羊文学は最優秀国内オルタナティブアーティストの1組としてノミネートされている。

そして「『ではない』の側の防人」というポジションを確保するための推進力こそ、バンドの不定形ながらも慈しみに満ちたメンタリティの証明なのだ。つまり、羊文学の「らしさ」が遊動する様は、あらゆる地点においてもオルタナティブであろうとしているダイナミズムの裏写しとして機能している。

ここにおいて、現行のメインストリームとは距離を取っている様にも聴こえる先述の音楽的特徴は、バンドが「ではない」の側に立っていることを示すためのシグナルに変貌する。

試しに『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』の後半に収録されている「Burning」という曲を再生してみる。バンドが合流し、歌が始まってもなお、左のチャンネルから鳴り続けているダーティーな歪み。強烈な違和感がBメロで一瞬和らいだかと思えば、サビで苛烈にカムバックする。この楽曲はアニメ『【推しの子】』第2期のエンディング主題歌として制作された。タイアップソングとして、ややもすれば異端に思われるチョイスかもしれないが、バンドのサウンドが広く届けられるタイミングで「Burning」を差し出すことにより、「ではない」のシグナルは強烈に光る。

よりラジカルにバンドの精神性を示しているのは最新曲「Dogs」だ。Netflixシリーズ『九条の大罪』の主題歌として書き下ろされた本作は、鉛を蹴り飛ばしたようなフィードバック・ノイズから幕を開ける。その後の不穏なトーンのコードストローク──My Bloody Valentine「You Made Me Realise」を思い出したことをここに白状しておこう──は56秒後に塩塚が歌い始めてもなお続き、Bメロからサビへと展開していくに連れて親しみやすいハーモニーに遷移していく。

この強烈な緊張と緩和は、バンドがインディーズ時代にも手をかけていなかった先鋭性にリーチしている。今の羊文学が「Dogs」を演奏するからこそ、フィードバック・ノイズはビビッドに聴こえるのだ。

さらに進言するならば、羊文学の歌は脆くも気高い「ではない」を支えるために、その言葉が紡がれている。言葉の行き先は最小単位の「あなた」という個人。羊文学は集団に回収されない個人をオルタナティブな存在として捉え、讃え、祈っている。この地点において、「ではない」という主体化の技法はリスナーに主体性を付与する託宣に変貌する。

羊文学 – Dogs (Official Music Video)

羊文学 – Dogs (Official Music Video)

もう一度『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』に耳を傾けてみる。冒頭の「そのとき」はアルバムのリリースツアーである<Hitsujibungaku Asia Tour 2025 “いま、ここ (Right now, right here.)”>でもオープニングとして披露された、今の羊文学が眼差している光景を指し示している一曲だ。

淡々としたピアノのリフレインが導く宙ぶらりんなコードワークの上で、塩塚は《どうか/その呪いが終わるように/悲しみさえ踊るように》と声を添える。海を目の前にした幻想的なアートワークよろしく、波の超然と押し寄せる様とメランコリーを重ねた刹那、暴流と見紛うほどのバーストが挿入される。声は一旦止む。しばし後、声はもう一度、《打ち寄せるたびにあの日の声が/閉ざしてた胸を叩いて叫ぶ》と添えられる。

静かなパートでは「どうか」と祈り、激しいパートでは「打ち寄せ」て「叩いて叫ぶ」という勇猛な運動が展開される。これらの極端な運動が、他者の存在を必要としない、徹底した個人の心のみで巻き起こされること。外部に渦巻くドラマの論理ではなく、感情の微細な揺れそのものを描くという意味で、羊文学の特異な私小説性が滲んでいる。

羊文学 – そのとき (Squid Remix) Official Visualizer

羊文学 – そのとき (Squid Remix) Official Visualizer

過去の作品と比しても、『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』は私小説性の高いアルバムだ。そのことについて考える上で、本作の収録曲のうち、少なくない楽曲がタイアップを前提とされたものであることは見逃せない。

アニメやドラマなど、現代のタイアップ・ソングが該当作品の「解釈」を多少なりとも前提としたものであることを踏まえると、それらは必然的に「当て書き」のような性質を帯びることとなる。羊文学はこの「当て書き」について、非常に巧妙な距離を取ってきた。『呪術廻戦』第2期のエンディング主題歌としてバンドの知名度を飛躍的に高めた「more than words」(『12 hugs (like butterflies)』収録)が、虎杖悠仁の闘う様を塩塚自身の心情と重なる部分を探るようにして作られたというエピソードは非常に示唆的だ。

『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』でも「声」や「Feel」といった楽曲がタイアップ先の作品を想起させるための鍵としても機能すると共に、塩塚の洞察から発せられた楽曲の主人公たちへの「当て書き」として、体温のある言葉を纏っている。換言すれば、一人称視点のタイアップ・ソングとして感情の揺れ動きを逃さず照らすことこそ、羊文学が守るオルタナティブな価値観の根幹なのだ。

羊文学 – Feel (Official Music Video)

羊文学 – Feel (Official Music Video)

羊文学 – 声 (Official Music Video)

羊文学 – 声 (Official Music Video)

他にも、「いとおしい日々」はルーティンのように流れる日常を、「cure」は「君」の喪失をがらんどうの部屋でしとしと感じ入る一瞬を、ごく素朴な実感から歌っている。『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』に起承転結のような明確なストーリーラインのある曲はない。代わりにあるのは、現状認識と未来への決意の狭間で苦悩する、やはり個人だ。

目に見える成長も勝利も必要としない、「あなた」が「あなた」のままで留まっていることに、密かにスポットライトを当てること。大きな声で「みんなのうた」を歌うのではなく、万人がお守りのように心の襞(ひだ)へぶら下げておけるような「ひとりのうた」を囁くことによって、各々にとってのオリジナルな羊文学の肖像がリスナーの内側でアイデンティファイされていくのだ。その気持ちは誰にも言わなくていい、既に綺麗なのだから。

羊文学 – いとおしい日々 [Live] Hitsujibungaku Asia Tour 2025 いま、ここ (Right now, right here.) at 日本武道館

羊文学 – いとおしい日々 [Live] Hitsujibungaku Asia Tour 2025 いま、ここ (Right now, right here.) at 日本武道館

羊文学

羊文学、5th Full Album

羊文学 リリース情報

5th Full Album 『D o n’ t L a u g h I t O f f』 12inchアナログレコード
予約ページ: https://hitsujibungaku.lnk.to/dontlaughitoff
2026年5月20日 RELEASE
<完全生産限定盤(2枚組)>
KSJL-6245 6,600円

羊文学 ライヴ情報

〈羊文学 TOUR 2026 “すーーーはーーー”〉

〇2026年9月4日(金)
新潟・新潟テレサ
OPEN 18:00 START 19:00

〇2026年9月6日(日)
宮城・仙台サンプラザホール
OPEN 17:00 START 18:00

〇2026年9月11日(金)
京都・ロームシアター京都
OPEN 18:00 START 19:00

〇2026年9月13日(日)
愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
OPEN 17:00 START 18:00

〇2026年9月20日(日)
福岡・福岡サンパレス
OPEN 17:00 START 18:00

〇2026年9月21日(月・祝)
岡山・岡山芸術創造劇場 ハレノワ 大劇場
OPEN 17:00 START 18:00

〇2026年9月26日(土)
石川 金沢本多の森 北電ホール
OPEN 17:00 START 18:00

〇2026年9月28日(月)
大阪・フェスティバルホール
OPEN 18:00 START 19:00

〇2026年10月1日(木)
北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
OPEN 18:00 START 19:00

〇2026年11月10日(火)
東京・国立代々木競技場 第一体育館
OPEN 18:00 START 19:00

〇2026年11月11日(水)
東京・国立代々木競技場 第一体育館
OPEN 18:00 START 19:00

【チケット情報】
チケット代:全席指定:¥7,500(税込)
国立代々木競技場 第一体育館公演チケット代:全席指定:¥8,800(税込)

INFORMATION : 羊文学

Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりかからなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルタナティブロックバンド。
2020年にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)よりメジャーデビュー。
2023年、メジャー2ndフルアルバム『our hope』が、第15回CDショップ大賞2023 大賞<青>を受賞。
TVアニメ『呪術廻戦』「渋谷事変」エンディングテーマ「more than words」が全世界ストリーミング2億再生を突破し、日本レコード協会プラチナ認定作品に選定されるなど大ヒットを記録。
2025年、新曲「声」がフジテレビ系月9ドラマの主題歌に抜擢。5月に日本最大規模の国際音楽賞MUSIC AWARDS JAPANにて、最優秀国内オルタナティブアーティスト賞と「more than words」が最優秀国内オルタナティブ楽曲賞を受賞した。10月8日には1年10か月ぶりとなるフルアルバム『D o n’ t L a u g h I t O f f』をリリース。
ライブ活動においては、国内外のメジャー音楽フェスにメインアクトとして出演するほか、2025年4月には初のUSツアー「Hitsujibungaku US West Coast Tour 2025」、9月には日本武道館2daysと大阪城ホールを含む過去最大規模のアジアツアー「Hitsujibungaku Asia Tour 2025 “いま、ここ(Right now, right here.)”」を開催。日本武道館公演2daysのチケットは発売開始直後に両日ソールドアウトとなった。
10月には欧州6か国7都市を回る初のヨーロッパツアー「Hitsujibungaku Europe Tour 2025」も行うなどグローバルな舞台へと活躍の場を広げている。
今秋には東京・国立代々木競技場 第一体育館2daysを含む全11公演の全国ツアー「羊文学 TOUR 2026 “すーーーはーーー”」も開催決定。

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