今、ファッション界が頭を悩ませている問題は次のようなものだ。服は退屈にならずに洗練されたものになり得るか──?
買い物客が二者択一を迫られているように感じることが増えている。例えば、デザイナーズスーツを買いたいとしよう。選択肢は、ベージュグレーの適度なオーバーサイズから、完全にワイルドで規格外のものまである。その両極のどちらにも優れた服はあるし(ザ・ロウやルアールが思い出される)、メンズウェアのプレッピーなサブジャンルは、クラシックなテーラリングに新鮮な視点を提供してくれている。しかし、今シーズンのショーは、退屈なものと過度にエキセントリックなものと極端に分かれており、控えめな表現のために個性を妥協しなければならないような印象を与えている。この2つは両立できないのだろうか?
シモーネ・ベロッティはできると考えている。ミラノ・ファッションウィークでジル サンダーの新たなクリエイティブ・ディレクターとしてデビューを果たしたカルトデザイナーは、官能的なシェイプの4つボタンジャケット、軽やかなダブルフェイスレザージャケット、アンダーサイズのニット2枚重ね、ウエストにクールなプリーツを施したシャツやオーバーコート、洗練されたブラックレザーモカシンを披露した。完璧なブルージーンズは言うに及ばず、絶妙にフィットするもの、あるいはぴったりとはフィットしないものも。ベロッティは明らかに並外れた努力をジル サンダーに注いでいるが、服はそれをあくまでエフォートレスに見せていた。
■ミニマリズムに何が足せるか?
ベロッティは、クールで着こなしやすい服を手がけてきたベテランだ。彼はグッチで16年を過ごした後、2022年にバリーへ移籍し、技巧的かつボーイッシュなビジョンによってファッション関係者のお気に入りとなった。『ELLE』のケイト・ランフィアや、ボッテガ・ヴェネタ初のレディ・トゥ・ウェアを手がけたエドワード・ブキャナンといったスタイルアイコンたちも、今回のファッションウィークでベロッティのヒット作であるバリーのボートシューズを履いていた。
OTBのレンツォ・ロッソ会長が3月、ジル サンダーのクリエイティブ・ディレクターにベロッティを任命したとき、彼のデビューが今シーズン最も待ち望まれたショーのひとつとなることは決まったようなものだった。私が話した何人かのエディターも、個人的に最も気になるショーであり、自分たちがよく着ているのもディオールやシャネルよりもベロッティのデザインだと言っていた。
レディ・トゥ・ウェアのコードがほぼ存在しなかったバリーでは、ベロッティは一から新たなスタートを切ることができた。しかし、新しい役職はそれとはまったく異なる挑戦である。なんといっても、ジル サンダーはミニマリズムの代名詞だ。
ジル・サンダーは、デザインの華やかさよりも着る人を優先したファッションの先駆者であり、過激なまでの抑制とクリーンなシルエットの素晴らしさを説いた。そのレガシーは重圧でもあり、ちょっとしたパラドックスでもある。ショーを前に、ベロッティは『VOGUE』に次のように語っていた。「ここに来てからいつも自問自答しています。“引き算”で知られるブランドに、私自身はいったいどんな持ち味を足せるのだろうか、と。本質を追求するブランドにおいて、私は何を加えることができるのだろうか?」
■2つのイット・シューズ
最初のモデルがランウェイに登場する前から、私はブランドが正しい方向への一歩を踏み出したことを予感していた。最前列にいたベロッティの友人たち数人が、あるネイビーのレザースニーカーを履いていたのを目にしたのだ。1998年に発表されたジル サンダー×プーマ「キング」の復刻版──ラグジュアリーデザイナーと大手アスレチックブランドによるコラボスニーカーの最初の例とされる画期的なデザインだ。
ラフ・シモンズ時代以来の行列がジル サンダーの店の外にできるのを想像し始めたのは、ベロッティがもうひとつの確かなイット・シューズを披露する前のことだった。クラークス「ワラビー」とイタリア製ドライビングローファーを合体させたような、素晴らしいレザーモカシンがそれである。
ベロッティはまた、伝統に敬意を払ってのことか、はたまたミニマリズムの表れか、中世のスフォルツェスコ城から目と鼻の先にある真っ白なブランド本社にショーの会場を戻した。バックステージでベロッティは、入社初日に経験したハッとするような出来事を振り返った。「社員向けにスピーチを頼まれたんですが、すごく緊張して、自分が何を言っているのかさえわかりませんでした」と、彼は言う。「そのときにいたのが、超モダンで明るく白いこの空間でした。外には、巨大で見事なお城がある。そして、このブランドはまさにこれだと思ったんです。ブランドにはこれらの要素が組み合わさっています。一見正反対に見える要素ですが、同じ言語で訴えかけてくるように思うんです」
そのバランス感覚は、仕立ての絶妙な均衡にも表れている。ベロッティは最初のメンズ3ルックにスーツのエッセンスを凝縮し、禁欲的なグレー、ネイビー、ブラックのウール生地をシャツのように軽やかにカットした。一連の構築的なコートは、さながら現代の鎧のようである。完璧にストレートなグレーのプリーツパンツは、コントラストカラーのニットを引き立てる。あるモデルは、ヘザーグレーのクロップドセーターの下に、へそをちらりと見せていた。ミニマリズムは面白く、セクシーにもなり得るとベロッティが主張しているかのようである。
「このコレクションは、体を覆いながらも同時に露出する方法を見つけようというものでした。その2つのバランスをうまくとる方法をね」と、ベロッティはバックステージで語った。「最終的にはそれこそが、私がとても面白いと思うことなのです」
From GQ.COM
By Samuel Hine
Translated and Adapted by Yuzuru Todayama