レディ・トゥ・ウェアのコードがほぼ存在しなかったバリーでは、ベロッティは一から新たなスタートを切ることができた。しかし、新しい役職はそれとはまったく異なる挑戦である。なんといっても、ジル サンダーはミニマリズムの代名詞だ。
ジル・サンダーは、デザインの華やかさよりも着る人を優先したファッションの先駆者であり、過激なまでの抑制とクリーンなシルエットの素晴らしさを説いた。そのレガシーは重圧でもあり、ちょっとしたパラドックスでもある。ショーを前に、ベロッティは『VOGUE』に次のように語っていた。「ここに来てからいつも自問自答しています。“引き算”で知られるブランドに、私自身はいったいどんな持ち味を足せるのだろうか、と。本質を追求するブランドにおいて、私は何を加えることができるのだろうか?」
photo: Alessandro Lucioni / Gorunway.com
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2つのイット・シューズ
最初のモデルがランウェイに登場する前から、私はブランドが正しい方向への一歩を踏み出したことを予感していた。最前列にいたベロッティの友人たち数人が、あるネイビーのレザースニーカーを履いていたのを目にしたのだ。1998年に発表されたジル サンダー×プーマ「キング」の復刻版──ラグジュアリーデザイナーと大手アスレチックブランドによるコラボスニーカーの最初の例とされる画期的なデザインだ。
ラフ・シモンズ時代以来の行列がジル サンダーの店の外にできるのを想像し始めたのは、ベロッティがもうひとつの確かなイット・シューズを披露する前のことだった。クラークス「ワラビー」とイタリア製ドライビングローファーを合体させたような、素晴らしいレザーモカシンがそれである。
ベロッティはまた、伝統に敬意を払ってのことか、はたまたミニマリズムの表れか、中世のスフォルツェスコ城から目と鼻の先にある真っ白なブランド本社にショーの会場を戻した。バックステージでベロッティは、入社初日に経験したハッとするような出来事を振り返った。「社員向けにスピーチを頼まれたんですが、すごく緊張して、自分が何を言っているのかさえわかりませんでした」と、彼は言う。「そのときにいたのが、超モダンで明るく白いこの空間でした。外には、巨大で見事なお城がある。そして、このブランドはまさにこれだと思ったんです。ブランドにはこれらの要素が組み合わさっています。一見正反対に見える要素ですが、同じ言語で訴えかけてくるように思うんです」