色が気分を変える──パンデミックが生んだ“幸福を纏う”習慣
「ドーパミンドレッシング」という言葉がSNSで広く注目を集め始めたのは、2020年代前半。原色のハッピーカラーやプレイフルなテキスタイルが、鬱屈とした社会の空気を切り裂くように鮮やかに登場した。カラフルな色や遊び心あるデザインを身にまとうことで、脳内の「幸福ホルモン」ドーパミンが分泌され、気分が上向く──そんな心理的効果を期待するムーブメントだ。背景には、コロナ禍による外出制限や閉塞感、そして高まるストレスがある。リモートワークや自宅生活のなかでも、服装で日々の喜びを見出そうとする動きと共振し、この潮流は瞬く間に広がっていった。
やがてファッション業界もその空気を取り込み、ランウェイや広告キャンペーンは鮮やかな色彩であふれ出す。ビビッドなピンクやフレッシュなグリーン、エネルギーを帯びたオレンジが「ポストコロナの着こなし」として受け入れられ、レッドカーペットでも派手色のドレスやスーツが主役に躍り出た。それは単なる色彩トレンドではなく、自己解放やポジティブさの象徴として機能したのだ。だが、ドーパミンドレッシングは“色”だけで語りきれるものではない。
ランウェイが物語る、新しい“感情”の表現
ミュウミュウ 2025-26年秋冬コレクション
サンローラン 2025-26年秋冬コレクション
2020年代半ば、クワイエット・ラグジュアリーの台頭を経た2025年のファッションは、“もっと静かに感情と向き合う”方向へも歩み始めている。2025-26年秋冬のランウェイを覗けば、ミュウミュウ(MIU MIU)はシンプルなルックにビビッドな差し色を効かせ、サンローラン(SAINT LAURENT)は色彩とダイナミックなシルエットを融合。艶やかなサテンや透け感のあるシースルーなど、素材の質感を前面に押し出した。一方、ザ・ロウ(THE ROW)、プラダ(PRADA)、ジル サンダー(JIL SANDER)、ディオール(DIOR)、ジバンシィ(GIVENCHY)といったブランドは、抑えた色調のなかに緊張感と静けさを同居させた。
プラダ 2025-26年秋冬コレクション
ジバンシィ 2025-26年秋冬コレクション
ジル サンダー 2025-26年秋冬コレクション
いまや「ドーパミンファッション」には二つの側面がある。派手色やアシッドカラー、異素材ミックスで感情を爆発的に高める「ドーパミンチャージ」と、ベージュやグレー、ネイビーといった穏やかな色で心を整える「ドーパミンファスティング」だ。そしてこの二つは色彩だけでなく、素材・シルエット・ディテール・着こなしの文脈にも広がっている。
装いが描くのは、感情の振れ幅