中高生のためのファッション育プロジェクト「フューチャー・ファッション・インスティテュート(FUTURE FASHION INSTITUTE、以下FFi)」は、「ファッション育」を通じて子どもたちの感性を磨き、未来の業界を担う人材やセンスを生かして働く子どもの育成を応援している。展示会への訪問や業界人へのお仕事インタビューなどを重ねる中高生のメンバーは、自らの体験をシェアして友人に刺激を提供。FFiはポジティブなループを通して、子どもたちが「未来の自分」を思い描き、夢に一歩近づくことを願う。今回は「異彩を、放て。」をミッションに掲げるヘラルボニーについて学ぶべく、常設店舗「へラルボニー ラボラトリー ギンザ(HERALBONY LABORATORY GINZA)」を訪れた。FFiの大学生メンター岸珠希がリポートする。
事前知識のない状態でアートに触れ
障害に対する固定観念に気づく
へラルボニー ラボラトリー ギンザ
「へラルボニー ラボラトリー ギンザ」は、アートプロダクトを販売するストアと、作家やテーマごとの展示を定期的に行うギャラリーを併設。プロダクトの販売にとどまらず、契約作家の創作活動に触れる機会を提供している。
まずメンバーは1階のギャラリーを訪れ、5月に始まった企画展「HERALBONY ISAI 光を織りなす」(6月23日で終了)を鑑賞した。ビーズや織物など、アーティストの手仕事に焦点を当てた本展は、「『鑑賞する者』と『鑑賞される物』という枠組みを超えて、人とアートが一体となる」というコンセプトを掲げる。「人とアートが一体になる」とは、シャツやバッグなどの衣服を「額縁」に見立て、そこにアートピースを組み込むことによって、衣服を着る人自体が美術館のキュレーター、つまり「アートを運ぶ装置」となるという発想だ。
黒を基調としたギャラリーからは凛とした雰囲気が感じられ、作家の筆使いや絵の具の飛沫、混ざり合う色彩を際立たせていた。見学中、メンバーの多くはテキスタイル作品の美しさと繊細さに息を飲んでいた。全ての作品を、障害のある作家が手掛けているという事実にも驚きを隠せない様子だった。
インターン生として店舗に立つ飯島さんから、今回の“ISAIシャツ”は20万円以上で販売されていると聞き、メンバーたちは衝撃を受けた。飯島さんがあえて価格に言及したのは、「障害は福祉の文脈で語られ、作品や作家が過小評価されていること」「へラルボニーはそのような不条理な現状を変えようと、アート作品を通して社会の常識に対するカウンターカルチャー精神を体現していること」を伝えるためだった。へラルボニーがどのような企業なのかを学ぶ前のまっさらな状態でアート作品に触れ、障害に対して抱いていた固定観念に気付かされた。
その後は、併設のストアへ移動。契約作家の作品がさまざまな形でプロダクトに落とし込まれていることを学んだ。バッグやボトル、革小物に加え、スカーフやシャツといった衣類も並ぶ。ギャラリーでは真剣な眼差しで作品を鑑賞していたメンバーたちも、「スカーフの柄が素敵!」「これおばあちゃんにプレゼントしたい!」と目を輝かせながら楽しんでいた。
他企業とのコラボレーション製品もあった。創業当初から、「ブランドの傘に入れることで障害の概念を変えること」を目指し、さまざまなプロダクトをデザインしてきたへラルボニー。現在ではその母体を超え、さまざまなパートナー企業との協業を通じてその精神を体現しているのだと感じた。
社員一人一人の強い思いが企業理念を支える
国内外のアーティストの作品が多数飾られる上階のオフィスでは、アカウント部門リードアカウントの伊藤琢真さんから会社の話を聞いた。ヘラルボニーの代表を務めるのは、双子の松田崇弥さんと文登さん。会社の誕生は、両代表の兄・翔太さんの存在なしには語れない。両代表は、自閉症を持つ翔太さんが社会から「障害者」というフィルターを通して捉えられることに、幼いころから疑問を抱いていた。
「兄は社会から指を差される存在ではない」という強い思いは、障害に対するネガティブな固定観念を変革させるためにへラルボニーを創業する原動力になったという。「へラルボニー」という言葉は、文字を書くことが好きだった翔太さんが7歳のころに自由帳に記していた言葉なのだとか。両代表は、「自分たちにとっては無意味なように思えるこの言葉は、兄の心に残るだけの価値があるのかもしれない」と解釈した。「一見意味がないと思われるものに価値を創出し、世の中に発信したい」という思いを込め、社名に採用した。
ブランド誕生の背景を知ることで、ブランドや製品に対する愛着はより一層強まった。伊藤さんも、知的障害のある従兄弟がいるという。従兄弟が生み出したアート作品の独創的な世界観に深い感銘を受けたことが、「障害」というテーマに真摯に向き合うきっかけとなった。「異彩を放つ作家の作品を世に広め、障害の概念を変える」というヘラルボニーの企業理念は、働く一人一人の強い思いに支えられ、体現され続けているのだと感じた。
障害がある人やその家族の選択肢を広げる
ヘラルボニーは、国内外の主に知的障害がある作家とライセンス契約を結び、そのアートデータを用いてパートナー企業の取り組みをプロデュースする事業も手掛けている。同社が最も重視するのは、作家に正当な対価を支払う循環だ。当たり前に思えるかもしれないが、社会から「障害者」というレッテルを貼られたアーティストやその家族にとって、へラルボニーから受け取る対価は「社会からの正当な評価」として大きな意味を持つ。契約作家の親から、「へラルボニーのおかげで息子が数百万円を稼ぎ、扶養の基準を超えて確定申告をする日が訪れました」と感謝のメッセージが届いたことがあるという。
へラルボニーが障害のある人たちやその家族の選択肢の幅を広げた例は、これだけではない。彼らにとって、百貨店や高級レストランへ足を運ぶことは心理的ハードルが高い。しかし、同社が昨年阪急うめだ本店で開催したポップアップには、「へラルボニーのポップアップなら行けるかも」と障害のある人やその家族が多く訪れたという。
同社は障害に対する社会の概念を変えるだけでなく、当事者と家族の人生に大きな希望と可能性をもたらしていることを痛感した。現在は国際アートプライズの創設やフランスでの事業展開、多方面にわたるパートナー企業とのコラボレーションを実現している。勢いを増して躍進し続ける中、「世界の人権感覚を一歩前に進めるブランドIPになる」という展望を掲げ、さらなる高みを目指している。
自分と他者の違いを自覚し、新しい価値を創出する
へラルボニーについて学びを深めた後、メンバーたちはオフィスに飾られたアート作品を用いてワークショップに取り組んだ。それは、「オフィス内に飾られたアート作品の中から気に入ったものを一つ選び、タイトルをつける」というもの。メンバーはこの難題に苦戦したが、作品を遠くから眺めたり、首をかしげて視点を変えてみたり……それぞれの方法でアートを感じ取ろうとしていた。メンバーそれぞれが選んだ作品は異なり、同じ作品を選んだメンバーの間でも、着眼点や受け取ったメッセージは一様ではなかった。
「自分と他者が違うことを自覚し、その違いを恥じるのではなく、むしろ社会に彩りを与える多様性として価値を見出す」。これこそ、伊藤さんがワークショップを通してメンバーたちに伝えたかったメッセージだった。全員の前で発表することをためらったのも、他人と違う意見を恥じていたのだと気づかされた。伊藤さんは、「かつては、自分自身も人と違うことは恥だと感じ、隠してしまいがちだった。でも、自分の『特性』にフォーカスすることできっと新しい価値が発見できると信じている」とエールを送り、ワークを締めくくった。
参加した学生のリポートから
これまで僕には「障害者は守られるべき存在」というイメージがあったが、ヘラルボニーの活動を知り、個性の魅力や表現力に感動した。契約作家は、障害の有無の枠を超えて世界に発信している。(エイスケ/中学3年)
両代表のお兄さんは「ヘラルボニー」という言葉に、僕らには分からない価値を見いだしていたのだと思う。人それぞれ価値観は異なるので、一人一人の価値観を大切にしたいと思った。(アオ/中学3年)
彼らの才能に心を奪われるとともに、障害のある人たちが輝ける場所があるということを広めたいと思った。夏にボランティアで活動している施設に連絡し、ヘラルボニーにぜひ挑戦してほしいと伝えた。(FFiメンター大野和可/大学3年)
へラルボニーは、障害のある人をあえて「普通ではない」と断言した上で、個人の特性に価値を見いだす。今回の活動を通じて、非言語的な表現方法としてのアートが秘めるインパクトに衝撃を受けるとともに、アートを共通言語に異彩の可能性を世に打ち出していくへラルボニーの強い意志を感じた。集団の和を重んじる日本では、人と違う考えや行動を恥じる傾向があるが、自分の特性にフォーカスすることによって、確固たる「自分らしさ」の発見につながるのではないかと思った。(FFi大学生メンター岸珠希/大学3年)
「ヘラルボニーについてもっと知りたい!」と思うような1時間半だった。1階のギャラリーは、作者のアート空間をのぞいている感じがして、とてもワクワクした。ジャケットもデザインがかわいいだけでなく、軽さや通気性など機能性も良くて感動した。ワークショップでは、「その作品の奥の奥まで見よう!」と思って見た。(FFi大学生メンター松浦ゆら/大学2年)
「普通じゃないことが可能性」という言葉が特に印象的だった。障害のある人々の多様な視点がアートとして世界で評価され、愛されていることを知り、大きな気付きがあった。障害の有無に関わらず、自立した一人の人として生きていける社会について考える、とても濃い時間だった。自分が体験した学びや感動を発信し、周囲の人に「こんな世界がある」と知ってもらうことも、小さくても大事な貢献だと感じた。(FFiシニアメンター入江操)
今回のリポーターについて
岸珠希(きし・たまき):神奈川県川崎市出身。上智大学総合人間科学部心理学科3年生。友人からの紹介がきっかけでFFiを知り、4月から活動に参加。大好きなファッション業界はもちろん、さまざまな分野で活躍するプロフェッショナルから直接コミュニケーションを通じて学べることに魅力を感じている。今ハマっていることは、抹茶を点てて抹茶ラテを作ることや、日記をつけること、エスニック料理。読み手の心に響く文章を書けるようになることが目標。