仕事とファッションに没頭した日々の先にあった「余白のような時間」。“正しさ”より“楽しさ”で選ぶ1枚のシャツとは?【ヘアメイク佐々木貞江】 | mi-mollet 10周年連載企画 私を語る一枚のシャツ  これまでの10年、現在、そして10年後 | mi-mollet(ミモレ) - Moe Zine

研ぎ澄まされたシンプリシティが際立つ、シャツ。ベーシックアイテムを象徴するシャツの着こなしには、着る人の気持ちや、愛すべきもの、生き様までもが浮き彫りになるもの。そして、身につけた人それぞれの着こなしがかなうものーー。

ミモレ10周年を記念して、一人の女性を物語る一枚のシャツにフィーチャーし、2回に分けてお届けします。

まずは現在地として、キーアイテムになるシャツの着こなしをお伺いします。後編はエディターの松井陽子さんとの対談で、10年前を振り返りつつ、これからの10年を語ってもらいます。

連載第二回目にご登場いただくのは、多くの媒体で活躍するメイクアップアーティストの佐々木貞江さん。今の気分を映す一枚とその着こなしについて、ゆっくりとお話を伺いました。

仕事とファッションに没頭した日々の先にあった「余白のような時間」。“正しさ”より“楽しさ”で選ぶ1枚のシャツとは?【ヘアメイク佐々木貞江】_img0

 

佐々木貞江/ささきさだえ(メイクアップアーティスト)

大手サロンにて10年間のサロンワーク後にヘアメイクアップアーティストとして活動開始。さまざまな広告、CF、ファッション・ビューティ誌等を中心に活躍。ナチュラルからモードまで幅広く得意とし、その人それぞれの魅力を存分に引き出すメイクに、女優やモデルが多数支持。すばる舎より『38歳からしたいメイク』出版。

 

 


item: デパリエのオーガンジーボウタイブラウス


「透ける素材は好きなのですが、以前だったらきっと選ばなかった色とデザインなんです。でも今は、自分の『これがいい』に頑固にならず、『楽しいかどうかとか、大好きな人の『似合うよ』という言葉に素直に従ってみたいんです」

「せっかくお声掛けいただいたから、シャツ、どうしようかなって。いくつか持ってきたんですよ」と、スタジオに入るとすでに荷物を広げていた貞江さん。

私が到着したのが30分前。「ちょうど着いたところ」と笑顔で話していたが、職業柄撮影の入り時間は、毎度のことながら、きちんと誰よりも早い。


「シャツ」というテーマでこの連載を進めようと編集担当者と話し合っていた時に、私の中の「シャツを着ている女性」というイメージでふんわりと思い浮かんだのが貞江さんだ。

ーー佐々木貞江さん。雑誌や広告、カタログと、幅広いジャンルで活躍されているヘアメイクアップアーティスト。26歳で独立、30代に入り、RMKの立ち上げにも関わった。今では、モデルや編集部スタッフ、クライアントの方からも絶大なる支持を集めるトップアーティストだ。特に雑誌では、毎月、彼女の名前が誌面のスタッフクレジットに登場しないことはまずないだろう。

現場の貞江さんは、いつも感じのいい装い。この日のカメラマンも何年にもわたり現場をともにする仲間。その彼にも「おしゃれ番長」と呼ばれている。そう、貞江さんはとてもおしゃれなのだ。

と言うと、「おしゃれじゃないですよー」と貞江さんは笑顔で言う。

ヘアメイクというのは、”裏で現場を支える”側だ。その立場をわきまえつつ、それでもおしゃれと思わせるのが、貞江さん。それは、言うならば「心得のあるおしゃれ」。場にふさわしく、その空気にごく自然に溶け込んで、ちゃんと個性を放っている。しなやかで、いろんな意味でヘルシー。だからいつ会っても、とても気持ちがいい。

撮影中も常に状況を俯瞰していて、みんなが気がつく前にさらりとパッと動いてくれる。現場をともにしたことがある人なら、全員納得してくれるはずだ。

撮影の日、貞江さんはシャツをよく着ている。「ロケでどこに行っても襟のあるシャツなら困らないんです。袖もキュッとたくしあげられるから、手元も気にならないし」。


「断捨離したんです。20枚以上、結構処分したんですよ。厳選して減らしたのだけれど、そこまでやらなくてもよかったかも、ってちょっとだけ後悔しているんです」と、貞江さん。

「やっぱりシャツが好きなの」貞江さんにとってシャツは仕事の日のアイテムであり、現場の日のユニフォーム。活躍を支えてくれるパートナーのような存在なのだから。

結局、貞江さんに色々とお話を伺いながら、今の気分を描き出す一枚を一緒に選ぶことにした。

そのデパリエのボウブラウスは、ハリのあるコットンオーガンジー素材。ほのかにツヤのある透け感はナチュラルなのにどこか上品で、清潔という印象。ボリュームのあるボウタイのアレンジ次第で、着こなしがガラッと変わるのも楽しい。


「これがあると大袈裟になりそう?」とボウタイを外してみたら、シンプルで涼やかに。ワイドのデニムともバランスが良く、黒を効かせたベルトと足元が甘さを引き算し、甘やかさより、ぐっとクールなムードに。

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撮影を進める中で、「これ、ブラウス? シャツって言ってもいいですか? 大丈夫かしら」と、何度も私に確認をするのも貞江さんらしいところ。

着る人がシャツだと思えば、シャツでいい。そもそも、一枚にフォーカスするのも、実はとても難題だということもとてもよくわかる。(連載2回目にして、早くもそんな気がしている……!)。でも、だからこそその一枚には、その人を物語るようなビハインドザストーリーが隠されているのだろう。

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早速貞江さんに、なぜ今までだったら選ばなかったシャツを今の一枚としてあげられたのかーーーそのことを聞いてみた。

「好みが変わってきたんです。シンプルなシャツが好きだったのだけれど、シンプルすぎるとちょっと心配になってしまって。年齢を重ねて、それは変わりましたね。袖がふっくらとしているのでこれで撮影現場に行くことはきっとなくて、これはプライベートで着たいシャツ。この2、3年で大きく変わったことなのだけれど、仕事以外の余白のような時間をもっと大切にしたいと思うようになったんです」。

20代で独立し、それから常に第一線で活躍していた貞江さんは、「撮影から帰って、寝て、早朝からその日の撮影の現場へ。それが毎日のルーティンでした」と話すくらい、仕事第一の毎日。スケジュールに隙間ができたら、インプットを入れなきゃと、美術館に行ったり、展示に行ったりと、その隙間を埋めることに注力していたのだそう。

「ねー、いま思うとちょっとおかしいんですよ。若い頃は、ファッションにもずいぶん投資していたの。ブランドのカタログ撮影では、旬のものを素敵なスタイリングと共に見られるし、当時は海外ロケも多くてお買い物が楽しかったんですよね。なんでも欲しいと思っちゃって。欲がとにかく強かったんです」と貞江さん。

「自宅の歩いてすぐのところに、おしゃれなセレクトショップもあって。女優さんたちも足繁く通っていた素敵なお店で、ちょっとでも時間ができたら行ってって。ファッションに触れたいし、ショップの方のお話を聞きたいしって、少なくとも週に1回はお買い物していました」

「これはきますよ」と聞いたものは、ほぼ間違いなくその後トレンドアイテムとなったのだとか。そんなショップの人との語らいの時間や、最先端のファッションやセンスのいいスタイリングを目の当たりにしてきたことは、きっと貞江さんのおしゃれの礎になっているのだろう。

そんな毎日がピタッと終わったのは、コロナの時。海外ロケも、セレクトショップに通う日々もなくなり、それまで共に走ってきた現場の仲間たちも、全員一回止まった。

「突然のように余白ができたんですよね。そして、時を同じく出会ったのがヨガだったんです」

インド人の先生に直接指導を受けるという機会に恵まれ、それまでに知っていたものとはまるで異なるヨガを体験し、そのまますっぽりとはまったのだという。そしてそれが、大きく貞江さんの人生を変えるきっかけになった。

「コロナもそうですが、本当にいろんなことがあったんです。両親を亡くし、大親友を亡くして。私自身も大きな病気も経験して。次々と大きなことがあって、そんな時だったから、ヨガともぐっと近づくことができたんです。乗り越えられたのは、ヨガのおかげなんです」

ヨガとの出会い、大切な人との別れを乗り越えた先に見えたこと

 

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