会場となった巨大なオテル・デ・ザンヴァリッドの外には、クリスチャン・ディオールが初めてモンテーニュ通りに構えた、1950年代当時のサロンの写真を大きく引き伸ばしたものが飾られていた。一方、場内のダブグレーの壁に掛けられていたのは、ジャン・シメオン・シャルダンが1750年代から60年代ごろに制作したとされている、花瓶にいけられたバラと木苺が盛られたボウルがそれぞれ描かれた2枚の静物画。そしてゲストたちが座る席は、モデルたちが纏う服がいかにクオリティが高く、ディテールに富んでいるかを目視できるように、ランウェイを掠めるように並べられていた。「もともとディオールのサロンでは、クチュールはこんな風に、かなりの至近距離で披露されていました」とプレビューで説明したアンダーソン。「チノに施されたウォッシュ加工であれ、ウエストコートのシルクのモアレ感であれ、生地の質感や仕立ての良さが、観覧者たちにわかるようにしたかったのです」。ショーに華を添えた絵画には、壮大さではなく、日常を尊び、重んじたという画家シャルダンの哲学を映し出すとともに、ルックの細部にまで注目してほしいというアンダーソンの願いが込められていたのだろう。アート作品とファッションをつなぐのが常とう手段である、いかにもアンダーソンらしい演出だ。
Photo: Daniele Oberrauch / Gorunway.com
また、今季は18世紀と19世紀のフランスのメンズウェアから直接的にインスパイアされ、再解釈したピースが登場。「とても貴重な現物のウエストコートを一式見つけたんです」とアンダーソンは説明する。「私と私の世代にとって、マルジェラは神でした。なので、彼みたいに“レプリカ”を作ろうと思ったんです」。花の刺繍、格子模様の金ボタン、シルクモアレ地のモーブ色。これらを寸分の狂いもなく復元することで、アンダーソンは長年受け継がれてきた、ディオールのオートクチュールアトリエの卓越した技術を披露したのだ。フランスのピンクファイユのウエストコートがいかに一級品であるか。シルクのイブニングスカーフの仕立てがいかに洗練されているか。ランウェイと観客席が至近距離にあったため、ゲストたちはまるで手に取るかのように、ひとつひとつのアイテムを鑑賞でき、その完成度の高さに息を呑んだ。
Photo: Daniele Oberrauch / Gorunway.com
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とはいえ、アンダーソンはこれらの美しい服やアクセサリーを、ランウェイルックにとどまらせるつもりはない。若者が掘り出し物の古着を気負いなく毎日のコーデに取り入れるように、手の込んだピースをすべて、実際に日々の中で着てもらいたいという。その思惑もあり、ショーの随所に登場したカラフルなケーブルニットのセーターや、夏らしいシンプルなジーンズといったフレンチプレッピーのアイテムは、日常使いできるものになっていた。