ジョルジオ・アルマーニ 「ファッションは逃避ではない、民主主義だ」 - Moe Zine

自宅の階段に座り、アルマーニは若い世代に対して「長く愛される服づくりを追求してほしい」と説く。

90年も生きると、人はノスタルジックになるもの。しかし、ジョルジオ・アルマーニと会話をするなかで、そんな言葉は脳裏をかすめもしなかった。深く広い海のような瞳で前を見据え、ゆったりとした足取りで歩くこの男は、現在、そして未来のことを、あの頃と同じ熱量で考えている。1975年、アルマーニはビジネスの資金を調達するために、青いフォルクスワーゲン・ビートルの買い手を探していた――それから半世紀を経た今でも、私たちはジョルジオ・アルマーニを定義する言葉を見つけることはできない。

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たとえば「アイコン」はどうか。すでに使い古されてしまっているし、何十年もの間、人々の装い方を変えてきた男にはふさわしくない。誰もが参照するという意味で「リファレンス」ならどうか。しかし、この言葉では、ボリュームのあるスーツや繊細に織られたクレープ生地、革新的なリネンを披露し、男性たちに、これまでにない力を与えた伝説的な1989年の春夏コレクションを語ることはできない。同じく「レジェンド」という言葉も、誰よりも伝説を生み出してきた彼には、軽すぎる。

とりわけ、映画界との協働を振り返ると、それを強く感じる。リチャード・ギアのスーツ姿が観客の目を奪った『アメリカン・ジゴロ』(1980)をはじめ、100作以上の映画でアルマーニが手腕を発揮しなかったら、この世界はどれだけ味気ないものになっていただろう。かといって「クラシック」となると、そのスタイルのほんの一部しか形容していない。彼がミラノのボルゴヌオーヴォ通りに構えるスタジオで生み出す新しいデザインは、今も世界中に影響を与え続けているのだから。

ジョルジオ・アルマーニDavid McKnight

半世紀にわたり、ファッション界でキャリアを築いてきたジョルジオ・アルマーニ。今でも、ショーの幕が上がる数分前になると緊張するのだと明かした。

ジョルジオ・アルマーニという人間、そして彼の作品を目の前にしたときに、心の奥底から湧き上がる深い感動を表現できる言葉はただひとつ。「世紀」だ。それは、20世紀から21世紀に至る時期に、そのデザインとカラーパレットが変化したからではない。そして、100年という月日も、私たちがその偉大なクリエイションについて理解するのに十分ではないから、というわけでもない。そうではなく、限りある命を持つ私たち人間が、彼の功績、つまり聖人と狂人が入り乱れるファッションというビジネスを永遠に変えてくれたことに感謝の意を表すのは、100年が精一杯だからだ。アルマーニは、自身のすべてを捧げてこの世界に身を投じ、「世紀の男」となり得た。

私の父と母はとても上品でした。彼らは自然な美しさを備えていたのです。

Esquire:ファッションにまつわる最初の記憶はどのようなものでしたか? 幼少期のイメージで印象に残っていることを教えてください。

ジョルジオ・アルマーニ(以下、GA):答えは明確です。私は、両親から強い影響を受けました。父はいつもエレガントにスーツを着こなし、母は美しく装っていました。

彼女は化粧を好まなかったのですが、写真撮影のために化粧をするよう、一度だけ説得したことを覚えています。母のスタイルや美しさはナチュラルなものだったのです。それから、ミラノの映画館で見た作品に出ていた映画スターの姿も印象的でしたね。実生活で見る人々より迫力があった。私の美意識の形成には、こういった要素が大きく作用しています。

Esquire:あなたに最も強いインスピレーションを与えたのは誰ですか? キャリアを築くうえで、記憶に刻まれた名前を挙げてください。

GA:私は20世紀に生き、時代を築いてきた先人たちに多くを負っています。彼らは、その時代にふさわしく、それでいていつの時代にも通用するファッションを生み出しました。ガブリエル・シャネルとジャンヌ・ランバンから受けた影響は多大です。特にシャネルですね。彼女は女性のための服を仕立てるのに、男性服にしか使われてこなかった生地を採用し、シンプルなラインとフォルムを追求しました。エレガンスと機能性を同時にかなえたのです。そして、鮮やかな色からは距離を置きました。というより、無彩色であることに価値を見いだしたのです。このアプローチは私にとって大きな学びであり、常に心に留めています。

医学を学んだことは、人間の体がどのように動くかを理解するのに役立ちました。

Esquire:学生時代には、ミラノで医学を学ばれていますね。医学や科学に触れたことは、ファッション界におけるキャリアにどのような影響を与えていますか?

GA:大きな影響は感じませんが、解剖学の知識と人体に関する基本的な考え方を学んだことは、役に立っています。人間の体に服を着せようとするのであれば、その仕組みを多少理解しておく必要はありますから。

Esquire:50年もの間、シーズンごとに新しいコレクションを発表されてきました。そのなかで、オリジナリティへのこだわりや、「新しいもの」を求め続けるビジネス関係者や評論家たちの存在、それから常に変化と共にある慌ただしい生活に、どのように対処しているのでしょうか。

GA:私は、かなり早い段階に自分のスタイルについて考え、それを定義しました。そして、これまで一貫性をもって献身的にそれを守ってきたのです。このスタイルは、時代と共にわずかに進化しましたが、基本的には変わっていません。これは、想像力の欠如や制限的なアプローチではなく、明確な原則の設定なのです。こうしたやり方をとっているので、変化に対する要求のようなものに私が影響されることはありません。

Esquire:とはいえ、私たちを取り巻く世界は、絶え間なく変化しています。大企業が合併して巨大企業となり、ブランドは若さに執着……。けれど、あなたはこうしたことに関与していません。(わずかであれ)変化することと、一貫した姿勢を維持することのバランスをどのように保っているのですか?

GA:実験的なことをするのは、嫌いではありません。これまでも実行に移してきました。自分を追いつめ、限界を探ることが好きなのです。けれど、私の行動はどんなときも慎重に計算され、考えられています。変化に対する私の姿勢を言葉で表すなら、自分のビジョンに忠実であること。私が話すデザイン言語は、規則正しく、抑制されたものです。そこに矛盾が生まれることはありません。

Esquire:企業としての「ジョルジオ アルマーニ」を経営してきたなかで、最高の瞬間と最悪の瞬間を思い出せますか?

GA:いいことも悪いこともたくさん経験しました。ただ、すばらしかった時期をひとつ挙げるとしたら『アメリカン・ジゴロ』の仕事を始めた1980年代でしょう。これにより、第七芸術としての映画、特にハリウッドとの関係を築くことで得られる力の大きさを思い知りました。そして、最もつらかったのは、共に会社を立ち上げたパートナー、セルジオ・ガレオッティが他界したときです。彼は、まだ若かった。彼のいない人生はあまりにつらい。

「ジョルジオ アルマーニ」1989年秋コレクション(メンズ)Photo by Donato Sardella/Penske Media via Getty Images

「ジョルジオ アルマーニ」1989年秋コレクション(メンズ)

Esquire:「アルマーニ」のライフスタイルを、3つの言葉で言い表してください、

GA:エレガンス、デザイン、それから機能性ですね。

Esquire:優れたリーダーには、有能なチームが必要です。あなたは、チームを頼り、仕事を任せるタイプでしょうか。それとも、デザインから製品化に至るまで、すべてのプロセスを管理したいと考えますか?

GA:私の周りには、信頼できる優秀なチームがいます。彼らとは長年一緒に働いてきたので、仕事を任せるのに何の迷いもありません。けれど、私は自他共に認める完璧主義者。自分の仕事には、相当な熱意をもって臨みます。それゆえ、デザインのすべての側面に関わりたいと思ってしまうのです。

Esquire:あなたは、予期せぬ形でファッション界に足を踏み入れました。ファッションは、人間としてのあなたに何をもたらしましたか? あなたはこれによってどう成長したのでしょうか。そして、あなたから何を奪いましたか?

GA:ファッションは、私に想像力とクリエイティビティを表現する術を与えてくれました。これにより、デザインと機能性に対する興味が育まれ、私がかつて抱いていた「美意識のユニバース」のようなものをつくるという夢が叶えられました。それが、今「アルマーニ的ライフスタイル」と呼ばれるものです。ファッションが私から奪ったのは、他のことにかける時間です。けれど、後悔はしていません。これ以外に自分の情熱を注ぎたいものなどありませんから。

ファッションは、一般の人々が身につけてこそ意味を成すのです。

Esquire:ファッションは実生活や一般の人々とつながっているとお考えですか? それとも、これは現実から逃避し、よりよい生活を夢見るための手段なのでしょうか。

GA:私にとって、ファッションは決して逃避などではありません。それは、現実そのもの。それが、真のファッションが持つ力。民主主義なのです。私は、人々が憧れる高級品としてのファッションに興味を持ったことはありません。そうではなく、これを、個人を表現する形態のひとつだと捉えています。だから、一般の人々が身につけるものでなければ、意味がない。実生活において、ファッションは自然で、個人的なものであるべきです。だからといって、夢を描いてはいけないということではありません。ただ、私が夢見るのは、人々を美しく見せ、彼らに心地よく感じてもらうことです。

Esquire:どのようなところでインスピレーションを得ていますか? 日常的なことでしょうか、文化的な何かでしょうか、あるいは夢でしょうか。

GA:あらゆるものにインスパイアされています。映画、アート、音楽、旅からも。それから、通り行く人々を観察することもありますね。彼らがどのように振る舞い、話し、食べ、飲むのかを見て、私の服を着せた姿を想像するのです。

Esquire:これだけキャリアを積んでも、ファッションショーが始まる前には怖くなったり、興奮や緊張したりしますか?

GA:怖くなることはありませんね。いつも興奮しています。多少の緊張は感覚を研ぎ澄ますので、苦にはなりません。

Esquire:キャリアの形成とは、成功と失敗の繰り返しです。失敗を、どのようにマネージメントしていますか?

GA:最善の方法は、立ち直り、目標を達成すべく、さらなる献身と決意で、目の前の仕事に臨むことです。

Esquire:ファッション、ライフスタイル、カルチャー、ホスピタリティ、飲食、展覧会、広告など、さまざまな分野でプロジェクトを指揮されてきました。どんなときに最も心が落ち着きますか?

GA:机に向かい、デザインをしているときです。あるいは、ボートや自宅のリビングか庭で次に何をスケッチしようか考えているときですね。

Esquire:そのなかでインスピレーションを受け、クリエイティビティが刺激される瞬間、何か道具やテクノロジーを使いますか?

GA:紙と鉛筆だけです。

Esquire:何かを創造するとき、どのようなことを考えますか? ご自身のことでしょうか。それとも消費者や、ミューズのことなのか。何が優先されますか?

GA:誰が私の服を着るのかを常に考えています。目指しているのは、人が美しく見えるような服をつくることです。けれど、服を着せることでその人を偽ってはいけないし、圧倒するべきでもない。服自体は消え失せ、着る人の個性を浮かび上がらせるべきなのです。私に言わせるなら、真に優れたスタイルとは、注目を集めることではなく、覚えられること。私は、自分の手から生み出されたものを、どんな人が着るのか、想像することができます。消費者こそが、ミューズなのです。

Esquire:ファッションに携わる若い世代が得るべき知識や、彼らに勧めるトレーニングなどがあれば教えてください。

GA:当然、ファッションを学ぶべきです。それに情熱を注いでいるのであればね。けれど、それだけではなく、絶え間ない重労働に耐えられるよう心身を鍛えておくこと。そして、自分自身が持つ「声」がどのようなものなのかを明確にして、厳格さと熱意を持ってそれを研ぎ澄ましましょう。自分自身を信じ、献身とモチベーションの維持が求められる長い旅が、これから始まろうとしているということをしっかりと理解してください。

Esquire:ヨーロッパ、アジア、アメリカと市場によってファッションにまつわるアプローチは異なりますか?

GA:市場によって区別はしていません。私には、タイムレスなスタイルとエレガンスという原則をベースにした「アルマーニ」としてのアプローチがあります。長年かけ、このように仕事に取り組めば、国や地域を問わず、望ましい結果を得られることを知り得たのです。

「ジョルジオ アルマーニ」1989年春コレクションPhoto by Donato Sardella/Penske Media via Getty Images

「ジョルジオ アルマーニ」の歴史において、伝説的な年のひとつである1989年のルック。1989年春コレクション(ウィメンズ)。

Esquire:最もうれしい称賛の言葉は何ですか? 世間に、ご自身のことをどう見てほしいとお考えですか? 雑誌の表紙を飾ることや、高い評価、そして、何百万ユーロもの売り上げに幸せを感じますか?

GA:最もうれしいのは、私の服を着ている人を見ることです。道端でひとりの女性が「アルマーニ」を着ている姿を目にできたなら、それは雑誌の表紙になることや関係者に評価されることより、心が躍ります。世間こそが、私にとっての本当の批評家です。もちろん、称賛の言葉も歓迎するし、とてもありがたいのですが、それほど重要なことではないのです。

Esquire:今、セレブリティとの関係はビジネスの重要なポイントです。理想的なアルマーニのアンバサダーをどのように選んでいますか?

GA:私とセレブリティの関係がスタートしたのは、何年も前のこと。当時、新世代のハリウッドスターたちが、いわゆる「ハリウッド黄金期」を思わせる劇場型のイメージとは違う新しいルックを求めていました。ダイアン・キートンやロバート・デ・ニーロ、ローレン・ハットン、アル・パチーノ、リチャード・ギアは、それまでにない考え方を持っていました。つまり、彼らは自らを「雲の上の人間」のように仕立て上げたいなどとは思っていなかった。それぞれが持つ本来の個性に合ったリアルで制約のない装いを求めていたのです。その頃から、私はこうした考え方を共有する多くのセレブリティと関係を築いてきました。彼らは、エレガントでスタイリッシュでありつつ、自分自身の姿を見せたいと望んでいました。

Esquire:現在の、いわゆる「インフルエンサー効果」についてどうお考えですか?

GA:インフルエンサーが人々の関心を引いているのは、疑いようがありません。このデジタルな世界で存在感を示しているのは確かでしょう。ただ、私としては、自らの才能によってほかに影響を与えている人を好みます。これが本当の意味で「インフルエンサー」なのではないでしょうか。

Esquire:新しい世代にアプローチする確実な方法はありますか?

GA:新しい世代も、これまでの世代と同じものに反応します。つまり、私たちに求められているのは、情熱やアイデア、本物であること、美しさ、それから一貫性のある姿勢で表現される明確なビジョンです。こうしたことを届けるためのツールは、これまでと異なるかもしれませんが、ひとつ言えるのは、よいものを発表すれば、彼らもこちらを向いてくれるということです。そうでなければ、反応は望めません。

Esquire:あなたのように「ファッション・アイコン」になるためには、優れたクリエイターであるべきですか? それとも、優れたセールスマンであるべきでしょうか。

GA:その区別は間違っていると思います。人々が着たいと思う本物のファッションを生み出すことができれば、優れたセールスマンである必要はないのですから。作品は、それ自体の力で売られるのです。

美しさは、あらゆる場所で見つけることができます。どのように探せばいいのか、知ってさえいればね。

Esquire:日々暮らしていくうえでは、醜いものや状況に直面することがあります。メディアで目にするコメントやひどい音楽、目の当てられない振る舞い、エレガンスの欠如……。けれど、そのような日常の中にも美しさは存在します。それをどのように見つけるのですか?

GA:視線の向け方さえわかれば、美しさは、あらゆる場所で見つけることができます。どのように探せばいいのか知っていることが重要なのです。

ミラノの自宅で、新聞のファッション欄を読むアルマーニ。Photo by Elisa V. Massai/Footwear News/Penske Media via Getty Images)

ミラノの自宅で、新聞のファッション欄を読むアルマーニ。

Esquire:限られた自由な時間で、何を手に取りますか?ワインや、それ以外のお酒でしょうか。それとも優れた本や雑誌? 映画やテレビ番組、サッカー観戦、あるいはオペラ鑑賞でしょうか。

GA:それらの多くを楽しみます。気分によってですが。ただ、映画はずっと好きで、よく観賞しています。上質な映画の世界に没入するのは、いい時間です。

Esquire:もし私が若いジャーナリストだったとしたら、ファッションの未来について書くと思います。そう仮定したとしたら、私に何を話しますか? 次の一世紀についてどう考えますか?

GA:誇大広告、マーケティング、最新のトレンドやファッションの奥にあるものを見てもらいたい。セレブリティやファッション関係者ではなく、一般の人々が本当に好きな服は何なのか、何が彼らの気分をよくさせるのかということです。構造やフォルムが優れたもの、上質なものを見極めてください。大切なのは、持続可能な製造工程と素材、デザイン。こうした要素を備えるものこそ、長く愛されてほしいと思います。これにより、地球環境の保護という観点からもサステナビリティに貢献できますし、長期にわたってスタイリッシュな装いを叶え続けることもできます。ファッションの吸引力は常にここにあるべきです。そのほかは、ただの雑音に過ぎません。

1988年、ロサンゼルスで行われたファッションショーのリハーサルで、仕上げをするアルマーニ。Photo by Art Streiber/WWD/Penske Media via Getty Images

1988年、ロサンゼルスで行われたファッションショーのリハーサルで、仕上げをするアルマーニ。

Esquire:プライベートに十分な時間を割けなかったことを後悔していますか?

GA:まさか。仕事は、私の人生ですから。

出典:雑誌『Esquire スペイン版』 November 2024 P130


※雑誌『Esquire Japan』2025年6月号より転載

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