今季のロンドン・ファッションウィークは、「JWアンダーソン」の不在もあって、やや盛り上がりに欠ける結果となった。今年で設立11年目を迎える「モリー ゴダード」や、2021年度LVMHプライズの受賞者「ネンシ ドジョカ」も不参加。国外からの来場者は、コロナ禍から減少傾向にあり、英国ファッション協議会(British Fashion Council)による新人支援プログラム「ニュージェン」のサポートを受ける若手ブランドのプレゼンテーションやショーも、規模が縮小している印象だ。
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「トーガ」2025-26秋冬コレクションより
未来のスターデザイナーの萌芽(ほうが)として知られる都市だが、EU離脱を起因とした景気後退の波に押されて、コロナ禍以降にいまだ突破口を見いだせずにくすぶっている。変化の兆しがあるとすれば、英国ファッション協議会の新CEOの着任だ。16年という長きにわたりCEOを務めたキャロライン・ラッシュCEOが今年6月に退任し、新たに高級百貨店セルフリッジズのクリエイティブ・ディレクター、ローラ・ウィアーを迎える。英国ファッション業界にとって重要な時期に、次の章をリードする彼女に大きな期待が寄せられている。
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「トーガ」2025-26秋冬コレクションより
節目となった今季のロンドンでは、東京発「トーガ」が素晴らしいコレクションを発表した。フォーマルとインフォーマル、マスキュリンとフェミニンの境界線を曖昧にしながら、クラフト感がありつつリアリティーのあるウエアで、他の何にも似ていない斬新なクリエーションでゲストを魅了。「シモーネ ロシャ」や「アーデム」といったイギリスを代表する中堅ブランドにも負けず劣らず、現地で喝采を浴びた。そんな「トーガ」を含め、今季のロンドンで話題を呼んだ4ブランドのショーとプレゼンテーションの様子をリポートする。
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「アーデム」2025-26秋冬コレクションより
トーガ(TOGA)
今季もロンドンでコレクションを発表した「トーガ」。“フォーマル、インフォーマル、アンチフォーマル”と題し、フォーマルウエアの伝統的な境界線を押し広げ、その定義を再考することを試みた。従来の男らしさや正装に対して反抗的な態度を示した、アメリカ人写真家ウィリアム・エグルストンのスタイルにインスピレーションを得て、フォーマルウエアに対し新鮮な視点を向け、確立された規範を崩す挑戦でもある。
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エグルストンのスタイルを反映させた、緩めた蝶ネクタイを首から提げたルックでショーが開幕。男性と女性両方の服飾史の片りんを織り交ぜながら、フォーマルとインフォーマルの境界線が軽やかに取り払われていく。スーツ生地のグレーのジャケットを筆頭に、ウエスト部分をベルトでマークしてペプラムへと変化させ、緩急つけたシルエットが特徴的である。
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クラシックな白いボタンダウンシャツは、エリザベスカラーのように特大に誇張され、ヴィクトリア朝のドレスをほうふつとさせるペチコート風のスカートに、ヒップラインは膨らみ、波打つ曲線を描いた。ねじれ、裏返しにされ、素肌が隠れたり露わにになったり。「トーガ」らしい遊び心と斬新なカッティング、異素材の意外な組み合わせで、フォーマルウエアを基盤にしつつも、一つとして類似することのない各ルックの個性的な表情が印象に残った。
Alessandro Viero//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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DIY精神はロンドンでは頻繁に見られる手法だが、「トーガ」はその中でも洗練さが際立つ。コスチュームジュエリーのようなビジューを用いた存在感のあるブローチやネックレス、ユニークなカットのシューズも、大人の女性の少女心をくすぐる。「アシックス」とのコラボスニーカーで、ドレッシーなウエアを崩しながらスパイスを加える、絶妙なスタイリングにも注目だ。厳格なドレスコードからの意図的な離脱は、フォーマルさは社会の期待ではなく個人の解釈の対象になり得ることを示唆している。慣習に反する曖昧さを受け入れ、ファッションが個人の自己表現として存在していることを、改めて示すような内容となった。
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シモーネ ロシャ(SIMONE ROCHA)
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Simone Rocha | Fall Winter 2025/2026 | London Fashion WeekWatch on
イギリスを代表するデザイナーとして、ロンドン・ファッション・ウィークの欠かせない存在である「シモーネ ロシャ」。今季の着想源となったのは、イソップ童話の代表作『ウサギとカメ』。森の動物たちがコレクションに参加したが、全体としては現実に根差したリアリティのある装いである。
Ben Broomfield / Courtesy of Simone Rocha//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Ben Broomfield / Courtesy of Simone Rocha//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
オールレザーのファーストルックは、ウエストをベルトで絞るスッキリとしたシルエット。バックスタイルでは、襟が膨らむ亀の甲羅のような構築的なラインを描きつつ、今季は縦のラインを強調するそぎ落としたシルエットが中核を担う。大きなリボン、パフショルダー、きらびやかな装飾と、ブランドのデザインコードは、黒のレザーやツイードスーツでエッジの効いた印象へとやや変化。少女性を醸し出す花柄のパステルブルーやピンクのドレスにしかり、切り裂かれたかのようなフリンジでアグレッシブなひねりを加えた。
Ben Broomfield / Courtesy of Simone Rocha//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Ben Broomfield / Courtesy of Simone Rocha//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
過去のコレクションを凝縮させたルックを新鮮に見せるのが、ウサギと亀の役割だったようだ。フォーファーで形作るウサギが、バッグから顔をのぞかせたり、ストールのように首周りに巻きついたり、子どもが手放せない人形のように、着用者を守っているかのよう。シグネチャーである卵型のバッグよりも控えめな、亀をかたどったハードシェル樹脂バッグも大切な友人のように脇に抱えられていた。
Victor Virgile//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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レザーやハーネスで醸し出すタフさとのコントラストで、ガーリーかつ陰鬱(いんうつ)なムードがエモーショナルな衝動をかき立てる。コレクションからの教訓があるとすれば、亀のようにゆっくりと着実に前進することで大きな成果を得られる――「シモーネ ロシャ」はこれからも、独自の道を無理ないスピードで着実に開拓していくのだろう。
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アーデム(ERDEM)
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過去の偉人や作家、文化人から着想を得るデザイナー、アーデム・モラリオグルは今季、スコットランド出身の画家ケイ・ドナキーとタッグを組んだ。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでクラスメートだった2人だが、コラボレーションを果たすのは初めて。「ずっと彼女とコラボレーションしたいと思っていました。アーティストとのコラボレーション、そして正直に言うと、生きている人をテーマにしたコレクションを作るのは、これが初めてです」とモラリオグルは語る。
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出発点となったのは、10年前に彼が亡き母の若い頃の肖像画の制作を、ドナキーに依頼したことだという。大英博物館の長い階段を下りてきたファーストルックには、淡いブルーで描かれた亡き母の肖像が、「アーデム」のオートクチュールにも匹敵する高級テキスタイルの上にぼんやりと描かれている。「彼女が描く肖像画は、何かの亡霊のようです。ある意味、現実ではないんです」と語り、ドナキーのオリジナルの線画をプリント、刺しゅう、装飾へと昇華させ、この壮大なコレクションへと落とし込んだ。
launchmetrics.com/spotlight
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抽象的な花、淡い色彩、柔らかなエッジの女性の肖像画は、透け感のあるオーガンジードレス、切りっぱなしのシルクドレス、そして包み込むようなコートに現れた。まるで水彩画に命が吹き込まれたかのよう。優美なレザー、メリノウール、ジャージーといった素材をぜいたくに用いた生地に、立体的な花々が咲き誇った。グレーのニットセーターとスカートには黒、ソフトピンクのニットドレスにはバーガンディ、ダークレザーコートには白の花が刺しゅうされ、モデルたちが歩くたびに、生地の茎がゆったりと垂れ下がり、ひらひらと揺れていた。
Alessandro Viero//LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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絵画のような花々の世界は、チューリップをかたどった彫刻的なメタルハンドルが特徴の“ブルームバッグ”といったアイコニックなアクセサリーを通して、新たな表現を見いだしている。色彩、質感、そしてフェミニンなフォルムのすべてが官能的な魅力を放ち、ファッションとアートの融合によりコレクションは幽玄なオーラに包まれている。大胆さと型破りなアプローチで反骨精神あふれるロンドンにおいて、「アーデム」は極めて洗練されたエレガンスのビジョンを提示する。真のラグジュアリーとは、静寂と細部へのこだわりの中にこそ宿るのだと言わんばかりに。
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アニヤ・ハインドマーチ(ANYA HINDMARCH)
photo by ELIE INOUE
「ユニクロ」をはじめとした、ファッションからライフスタイルに関わるコラボレーションで遊び心あふれる世界観を展開する「アニヤ・ハインドマーチ」。今季のロンドンで発表した最新コレクションのコンセプトは、空の旅。“アニヤ航空”という架空の航空会社をイメージし、ストア内は飛行機内を模した空間に仕上げた。
photo by ELIE INOUE
提案するのは、旅の相棒にぴったりなキャスター付きのスーツケースやトラベルバッグ、バニティーバッグ、クロスボディーバッグなどのトラベルシリーズ。キャンバス素材にレザーのトリミングを施し、パーソナライズ可能なラゲージタグや手荷物タグ、パスポートケースなどのチャームも幅広く取りそろえる。
photo by ELIE INOUE
ブリティッシュ・エアウェイズとのコラボレーションによるネイビーのキャップには、” “TURBULENCE(乱気流)”や“JET LAG(時差ボケ)”といったフライトに関連したユーモアのある文字を刺しゅうで装飾。東京でも本コレクションのポップアップを開催中で、現地で提供された機内食を想起させるカフェメニューも再現されるという。ジェットセッターはもちろん、ギフトにも喜ばれそうな小物が豊富に並ぶ、ユニークなイベントをお見逃しなく!(ポップアップは2025年5月5日(月・祝)〜31日(土)の期間、六本木ヒルズ『HILLS BOX』で開催中)
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