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【落合陽一】現代の“勤勉さ”は「日本人が余計に作り上げたもの」「市場資本主義、金融工学に毒されてしまった」知の巨匠、松岡正剛が編集工学者としてのルーツと日本を語る!なぜ『少数なれど熟したり』が大事か?

ま例えば人間とか黒とかアジアとか あるいは戦争だとかうつ病とかはいなぜ 私たちはある塊を持ったりリテールに行っ たりするのかなとはいでそういうような ことをずっと思ってるうちにま全体は編集 されてるなとうんうんうんまこの20年 ぐらいですかねハリがホモデウスみたいな ことを言うとかまそういうことを通って 色々やってると思いますがなんかね1番 かけてるのはそんなことはねとにその文明 論者とから終えてなきゃいけないのが期に ししたという印象を僕はすごく持ってるん ですねその市場資本主義とか金融工学とか そういうものにまあの毒されてしまったと だとすれ ばえ今日はですねいろんな話がしたいなと 思ってたんですけれどもえぴったしの ゲストに来ていただきましたというわけで 松岡号さんですどう もようこそお越しいただきまし たというわけで松岡号さんのプロフィール 行ってみましょうはい松岡誠吾さんですえ 編集工学者編集工学研究所所長えイシス 編集工学校法長え角川武蔵のミュージアム 館長でいらっしゃいますえ1944年京都 府生まれ1971年出版社工作者を設立さ れてオブジェマガジンU相関え1987年 編集工学研究所設立されますえ2000年 から深夜札の連載を開始れま僕実はこれ この連載非常によく見ておりましてどの くらいだろう高校大学今大人になってから だから結構いろなところで出会っており ますとえeランニングの先駆けとなる イシス編集工学学校をえ創立されますえ俗 に編集工学のパイオニアでいらっしゃい ますえ主な聴者に深夜察日本という方法多 独術日本文化の革新地の編集工学など多数 ですよろしくお願いします願おそらくこの 番組を見てる人はですねあのなんか最近気 になる本があるなとか言ってえGoog 検索すると大体岡さんのブログに ぶち当たるというのがあのみんな ライフスタイルになってるんじゃないかな と思うんですけどよろしくお願いします さて編集工学とはデデンと認識記憶表現 早期え情報のインとアウトの間に潜む営み 編集というものに対してえ情報編集の 仕組みを研究化し体系化することで メディア開発や社会課題の解決に応用 できるものとえっと編集工学研究所の ホームページにえ載ってるそうです大体 これでこんな感じのまとめでどうでしょう かどうでしょうかま編集っていうとねうん その雑誌だとか新聞だとか映画の編集って いう風に思われるんだけどもはい私たちの

その地とか表現とかそういうものまそれ から素振りですね例えばこう風にするとか 指を数えるとかはいあれ数字をいじるとか タイプライターやコンピューターあ キーボードを打つとかコミュニケーション するとかそれぞれに編集がちょっとずつ 使われててうんかつその物隊がまこういう 格好になったっていうこと自体がエディテ 情報を何らかのエディテグをしているはい ま3万ゲノム編集なんていうねはい分かり やすい言葉も出てきたけども結局あの情報 をいじるっていうことが全て編集なん だろうと思いますよま人間に入ってくる 食べ物も情報といえば情報の塊りであるし 人間の身体も情報でできていますしそして 人間が動く考えるなんか知能を持ってた本 書くんでもそうですがうんえっとそういっ た情報と情報の間の結びつきっていうのは 編集でございますというのはうんその通り だと思いますというわけでえっと今日は いろんな話が出てくるかなと思うんですが なんかざっくりえまとめていただいたのは これだでんはいえ今日は意識とかえっと 編集工学とか情報の大ウバとかですねま これはまた非常に広大なテーマであります がいろんなことを聞いていきたいかなと 思ってますよろしくお願いしますえ松岡 さんが編集工学に携るとか生きてる中で 編集ってことをえ考えられてきたのはどこ をきっかけにしてどうやって出てきたの かって辺りから入っていこうかなと思うん ですけれどもえっとねま色々あります けれどもはい 例えば小学校のこセミに関心があってね 昆虫祭祀セミうんでセミがこうあのま京都 で育ったんだけども5所でセミの事務を 取ってきてはいで屋の中に入れてそうする とこうずっと上がってきてある一定の高さ にセミがま10匹ぐらいくと大体同じ高さ で止まるんですよはいでしばらくすると そのじとか声を出してあの事務が自分の 背中を割ってそれでこの世のものともつか ないような薄葉かろのような羽を出して おそらくシャトル系がパッと伸びてで パーっと飛んでいくんですがそういうよう ななんかあの自分の体験だとかが何かこう 不思議な変化うんま一言で言えば変化って いうものてだろっていう風に思い始めて なるほどそうすると言葉を喋るとかまうち の父も母もご服屋なんですが早やっていて たくさん感じてること575とかっていう 風にこう縮めると何かになるとかその変化 しちゃうとあるいはそのセミとか言葉だけ じゃなくて例えば母親がどっか行こうと する

とちょっと待ってとかつってこうポンポン としたり帯止めを変えたりするえあるいは なんか学校行くとま例えば機科学を習うだ とかうん地相を習うだとかあるいはなんか ナポレオンを習うそうすると自分の中に 何かが入るんだけどもこれ何が入ったのか なとかそういうなことがああだこうだああ だこうだまずっと気になっていてそれでま あの高校で新聞を新聞部に入るんですがね はいその新部分に入ってみると見出しって いうのがあってうん例えばたくさんのの ボディコピーがあるとま今日も今日の話の 話題がパッパッパッと生成AIとかこう あのSNSとか出てたけどじゃそうやって こうまとまったものっていうのは元のもの の何なのかうんま後からこれ編集だとは 分かりますが最初わかんなかったんですよ はいま例えば人間とか黒とかうんアジアと かあるいは戦争だとかうつ病とかはいそう いう風にこうなぜ私たちはそのあることを えっとある塊りを持ったりデテールに行っ たりするのかなとはいでそういうような ことをずっと思ってるうちにま全体は編集 されてるなとうんうんうんでま黒沢明の ようにね映画編集だと言ったりま僕の友人 だったラグビーの平尾政治がラグビーも 編集ですとかうん言ってんのを聞いてる うちにやっぱエディティンググってのは まだ捉えられてないとはいで特に我々の 注意のカーソルみたいなものもがあその アテンション っっていうのがこうま例えばこういうもの を見た時にこれをまもうこっからはあの社 に説法だけれどもこれをコップと見るのか 器と見るのか茶碗と見るのかその喉の乾き と読むのかたくさんのものがありながら 我々はそのまお茶を飲んだりコーヒーを 飲むはいそうするとそのエディテプロセ スっていうのを取り出していくとはい ひょっとしたらこの日常行為もそうだし それからその生物そのものの進化とか歴史 が戦争に向かうこととか本当はバラバラに 違うことが起こってるようだけども何か 共通のようなものがあるんではないかうん まそれをあの見るには少し エンジニアリングはい光学的なあの見方が 必要だろうとそこに壁があったり幕があっ たり生地があったり敷があったりそれから インからアウトに切り替わるとこがあっ たりま例えばそのトとかつったってロシア だったりウクライナだったりヨーロッパ だったりこう変わるわけですよねはいはい でそういうようなその変化に潜んでいる壁 だとか生地だとかあるいはこのえっと クライテリアだとか

えっとアモルファスのゾーンだとかそう いうものを編集対象にするにはそれをこう 数値化したりはいそれから線引きをしたり するま全てがそうじゃないけど工学性が 必要だろうとまあのま内さんもねそれは 専門まコンピューターとはいオブジェクト はよく扱っていますがだからその エンジニアリングされたい編集っていう ことをやりたいというのがま大雑把な なるほど同義ですねいやそれでなんか1個 ちょっと聞いて伺ってみたいなと思ってた んですけど例えば今あの文明論とか文化論 をやろうと思うとやっぱりそのあの日なの を掘ってくところは専門家たくさんいる けれどもあの体系的にいわゆる白狂気な ものをやってくっていう世代ってなかなか 育たないよねというのは結構な問題点だと 思うんですけどでも松岡さんのあのまこれ は世代論ではないと思うんですけど松岡 さんのバックグラウンドをこう拝見させて いただくとやっぱりそこを白卵狂気にやっ ていけるっていうのがすごく強みだなと 思って見てらっしゃるんですがこ れってどういった時代の変化がこういう ようなものを作っているんだと思いますか それともなんかここのいわゆる文明論文化 論を語るとか考えるっていうところが すごく弱まってるとは思うんですけれなん それについてどう思われるかあたりから スタートしてこうかなと思っていますま この20年ぐらいですかね 例えば えっと えハリがホモデウスみたいなこと言うとか サピエンス全子からホですねはいマルクス ガブリエルが世界はノーではないとか私が いるのかとかまそういうことを通って色々 やってると思いますがそのなんかね1番 かけてるのははそんなことはね特にその 文明論者とかま知識人ですかイデログたち は終えてなきゃいけないのがはい遅か遅き に死したという印象を僕はすごく持ってる んですね遅きに死したうんつまり私たちが 直立2足歩行してま脳と道具と人言語と いうものを持ってそれからその代わりに 毛皮だとかそれから総力だとかうんそのえ えっとえ鋭い眼光だとか翼とか失っていっ てま変わったとこだけ毛を残してはい しかも女性はそのえっと戸10日もかかる ような長い妊娠期間でしかも生まれた子供 がねま幼児 がその未熟ではいえ育児をしない限りはま 2年ぐらいですかねうんえ子供は育たない とでしかも育った私たちはその12年初期 の12年は思い出せないはいで私だとか僕

だとかあの思い始めた時はもうすでにその 1年が過ぎているうんというような直立足 歩してしまった人類がその文明とか地とか を組み立てるにあたって考えなければなら ないことというのはそのハリがあそこから 言い出す以前からまずっと抱えなきゃいけ なかったことなんですねはいでそれをま 例えば宗教だとか哲学だとか科学だとかが 補ってきたんだけれどもおそらく何かの 限界があるんでその市場資本主義とか金融 工学とかあるいは物質主義とかそういう ものにまあの毒されてしまったとうんだと すればそうですね1世紀ぐらい前かな本当 ならばその辺りにえっと新しい文明論の アクセスというか今でいうメタバースに 当たるようなものがね哲学的あるいは文明 論的にはいに出来上がってなきゃいけ なかったのにはいえできてないじゃんて いうか今頃じゃんていうのが僕にとっては 意外な失望感ですねああなるほどうん なんかちょうど100年くらい前のことに 結構私は最近興味があってで1920年代 面白い時代だなって思うんですま例えば エセ読んでてもま僕はあの大好きな寺田 虎彦とさんがいるんですけど寺田さんの 文章とか読んでてもそうだしあと柳田の 文章読んでてもそうだしのあそうです20 年代よはい20年代ですそそれこの前合宿 行って高木いっぱい買ったんですよ僕それ で家で読んでてあそう本当にそうだなと 思ったのとあとま柳宗吉もあの時代ですし で工業家のプロセスの後に1度あのみんな ま科学と工業化があった時にま日本の中で は多分そこである種のあのイデオロギーの 東洋と西洋のサも出てきたしもちろん科学 技術とあの人文学のサも出てきたしその 辺りで一旦勃興したものが多分45年以に 一旦多分あのま柳国をその後の文章であの 我々日本人のあの予言力は0点をつけられ てしまったってえ書いてるんですけれども ああいうところで一度多分リセットされた 後の戦後っていうのがあって今生きてん だろうなとちょっと思ってるところもあり でそういった面ではここまあのちょうど それはあの松岡さんが生きてきた時代だと 思うんですけれどもここ80年ぐらいの そのイデオロギーの再回復なのかえっとな んだろうな失ったままそのまま滑らかに ずっと続いてかなんかその辺りのことを どう俯瞰してお考えですかそうね100年 前多分おっしゃってるように100年前 ぐらいにちょうどよく熟成はされてきたん ですけれども熟成かつまあのチさんも世界 の最魔術かっていうこと言ってると思うん だけどもはいその1920年代あたりにま

例えば高木が累たと言ったり寺田虎彦が 割目と言ったりヨーロッパではダダとか 未来派とかシルレスができてはいその時に なんていうかだ全てを全部混ぜ混ぜにして この割目の方から見ちゃうとかはいその 動物だとか植物だとか都市だとか田園では なくてね全て割目で見ようとか類体で 見ようだとかはいあるいは変分とか差分で 見ようと分分はいそういうなことが起こっ たし文芸的には例えばダダだとか アナキズムだとかそそういうもので見よう として全てを1回解体したはずなんですよ はい100年前というかはっきりはあの何 年前とは言えないけど大体あの頃にはいま 簡単に言えばその第一次世界大戦という 世界戦争を起こす直前に何かを感じてで 起こった時もトーマスマンみたいなものは マの山を書いてはいその自分が サナトリウムに入ってその自分が蝕まれて いく中で何が送念されるかということで 世界を語ろうとはいハデがはそれを原存在 と呼ぼうとかま一応のことまでやったにも 関わらずそこでさ術がスタート切れば 良かったのがやっぱ延滞されたんだと思う んですねああなるほどだからその延滞のそ デトネーションデシンは遅延と言いますが はいその延滞された理由をま例えばポップ アウトだとかサブカルだとかは何かを掴ん でまやっと見られないっていうような ボブディラン的なビートルズ的なものは出 てきたと思うんだけどそれを文明論や哲学 側が引き受けなかったなるほどなるほど もうちょっと引き受けてほしいう感じはし ますね今ちょっと質問できててこれ ちょっと深掘りすると面白そうなんで ちょっと出してみようかと思うんですけど えっと日本には曖昧性を楽しむ性質がある にも関わらずどうして勤勉に働けるん でしょうかって今質問が来ててこのなんか 勤勉性曖昧性働くってことと日本っていう ことにどうお考えですかえっとねおそらく 勤勉のふりをしてるんだと思うはいはい はいはいで本来は稼ぎと務めは別々なん ですねはいそのお金が入る稼ぎとはい勤め たいっていうものは別であってほしいし おそらく江戸社会は稼ぎと務めは2つで やっと1丁前だと思うんですようんうん うんうんでも今やお勤めはどこでかと言と 何で稼いでるかっていうの一緒になってる 一緒ですねでそこに働き方改革が加わって セーフティネットも加わってるから完全に 労働というものが一応化してると思うん です確かにだから本当に佇む 立ち止まるそれは非常に必要ですねええ 失ってるものをおかげとしてそこに見るん

ですね佇んでらではいはい失うとかなくす いうことを失望とか落胆とかにしないで それをもう1回おかとして蘇らせるそう いうものがとても必要だっていうことなん となく暗示的に言ってるんですがそういう おかになった情報をまどう編集されるん だろうかというようなことがま僕の長い 長い仕事 になってきたんでしょうねなるほど僕はね 多数派が嫌いなんですねああそれから大衆 もないんですよ私の中で少数なると重体 っていうのは希少性うんあるいは吐ない ことなか持たない維持しようとすると誤解 されるはいこういうような危険度の高い ことに思想的な拠点や生方の拠点を置く べきじゃないかなとずっと思ってんです うんうんうん40歳の松岡に [音楽] 一言す か [音楽] なんか

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「あなたの仕事はたいへん編集的である」
これは何も記者やテレビのディレクターに投げかけられた言葉ではない。「編集力」は料理人や子育て中のお母さんやお父さんなど、実は誰しもが身につけている能力である。こう指摘してきたのが、編集工学者の松岡正剛だ。
いま私たちが生きる社会は「膨大な情報」に溢れ「多種多様な価値観」と共生する時代。編集工学とは「情報の大海原」を“もっと面白く生きるための泳法“であるという。
なぜ情報を編集することが大切なのか?編集工学の研究を通して松岡正剛は何を伝えてきたのか?そして、これまで歩んできた人生に思うこととは?落合陽一が「知の巨匠」の“人生と編集“を読み解く。

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