台湾の歴史
台湾には元々フィリピン人や インドネシア人などと共通点を持つ民族が 暮らしていました彼らは文字を持ってい なかったため数千年にわって台湾に記録さ れた歴史はありません台湾の歴史が大きく 動き出したのは今からおよそ400年前の ことです1624年オランダ人が台湾に やってきました当時オランダは世界中で 貿易を行い荒稼ぎをしており日本と中国を 生きするための拠点として台湾の支配を 始めます オランダが進出した地域は一部に限定され ていましたが古くから台湾に住んでいた人 たちから土地を没収したり税を負担させる などして台湾住民からは反発を受けてい ましたこのオランダの支配は40年も経た ないうちに終わりを迎えます1661年低 正光という人物が中国大陸から軍隊を率い て台湾にやってきました低正光は オランダ人を追い出し台湾の統治を始め ます定正校たちは初めのうちはまだ整備さ れていなかった土地を開拓して農地を 増やしたりそもそもオランダ人を排除した こともあり台湾の人々からヒーローのよう な扱いを受けましたしかしこの低正功たち による台湾統治はオランダ以上に長続きし ませんでした元々低成功たちは中国本土で 滅亡した民という国を復活させるために 台湾にやってきていました具体的には台湾 を拠点にして体制を整え民が滅亡した後に 中国大陸を支配していた新という国を倒す ことを考えていたのですこの頃台湾は貿易 を積極的に行いつつ住民からも多くの税金 を集めていたためお金は十分にありました しかし低一族は台湾社会よりも中国本土で の戦争にお金を継ぎこみ住民は低一族に 不満を貯めていましたそしてこの低一族の 統治が始まってから23年が経った頃台湾 にはまたもや新しい支配者がやってきます それが真です真は台湾が欲しかったわけで はないですが台湾を拠点にして戦いを挑ん でくる低一族を放っておくわけにはいき ませんでした1683年真が台湾を占領真 はここから台湾が再び反対勢力の拠点と ならないように台湾の治安維持に力を入れ ますこの頃真に不満を持っていた人が中国 本土から台湾に移住することが増えていた ためまずはこの台湾への移住者の数を制限 市民が武器を持たないように台湾に鉄製品 を持ち込むことを禁止にし竹槍を作らない ようにと竹を切って持ち出すことまでも 禁止にしましたまた台湾に古くから住んで いた千住民に対しては漢字を教えたり苗字 をつけたりして台湾の中国家を進めていき ました台湾住民はこれまで以上に厳しく
管理され強く不満を貯めることになります 真による台湾の統治はオランダや低一族の 時よりもはるかに長く200年以上も続き ましたただこの真による当地も19紀の 後半になると終わりを迎えます19世紀の 後半には日本やヨーロッパの大国たちが 自国の発展のために海外の領土を獲得 しようと躍起になる時代が訪れました いわゆる帝国主義の時代です台湾もこうし た大国たちに狙われるようになったため真 は国を守るために住民を制限するルールの 多くを撤廃し台湾の開発を急ぎました しかし台湾は時代の渦に飲み込まれていき ます1894年日本ととの間で戦争が勃発 この戦争は日本が勝利を納め日本は戦争に 勝った見返りとして真から台湾を譲り受け ましたここから日本による台湾統治時代が 始まります台湾住民の中には民族も文化も 大きく異なる日本に突然統治されることに 激しく抵抗する人たちがいました日本は この台湾住民の抵抗を鎮圧していきつつ 台湾を急速に発展させていきます近代的な 建造物を立てるインフラを整備学校も作り 日本式の教育システムを導入しました さらに台湾は当時成長を続けていた 日本経済に取り込まれたことで大きく発展 していき台湾住民の生活環境も劇的に改善 されましたここで注意しておきたいのが 日本は決して台湾のためにボランティアで 発展の手伝いをしていたわけではありませ んあくまで後々日本に利益をもたらすこと を期待して台湾を育てていただけですその ため日本は台湾住民が起こす抵抗運動に 関しては徹底的に鎮圧していきました そして時代が第2次世界大戦に向かって 進んでいくと台湾に住む人たちを取り巻く 環境は大きく変化していきます1930年 代日本は国民を一致団結させとにかく軍事 力を強くすることを優先するようになり ましたこの流れに台湾も取り込まれていき ますそれまでの日本は台湾の土地や人口 古くからの習慣を調査し基本的ににはこう いった現地の環境に適したやり方で台湾の 統治を進めてきましたしかし1930年代 になるとこの方針は一変台湾における日本 式の教育を強化し新聞で使われていた半文 を廃止神社への参拝を強制し台湾人を日本 の兵士として採用することもしていきまし た台湾は徹底的に日本化されていったの ですただこの状況も戦争が終わると大きく 変化します190045年日本の敗戦ここ から台湾は日本の手を離れ当時中国全土を 支配していた中華民国という国に占領さ れることになりました台湾人は日本の統治 がようやく終わることに喜びましたがその
喜びはすぐに不安に変わります台湾にやっ てきた中華民国軍はまず日本軍の施設や 日本の会社役所など日本が台湾に持ってい たあらゆる資産を取り上げていきました 中華民国の軍人や役人たちの中にはこの 家庭で日本人が台湾から撤退する前に作成 した財産の一覧表を改ざんし金目のものを 自分の懐に入れる人が多くいたのです中に は金槌という文字を見て金で作られた ハンマーだと思い込み真っ先に提出を求め たという逸話もあります日本式の教育を 受け戦事中は贅沢をせずに国のために奉仕 することを徹底させられていた台湾人は この奉仕という言葉とは真逆の行動を 繰り返す中華民の人たちに失望しました またこの頃の中国本土の経済は長く続く 戦争や内戦で崩壊寸前の状態でした台湾も 当然この影響を受けることになり1950 年までの5年の間に物価はおよそ1万倍に まで上昇しましたそんな状況にも関わらず 台湾には中国本土から移民が押し寄せ元々 台湾に住んでいた人たちは仕事を奪われる 状況が発生台湾は多くの失業者であれ治安 が悪化していきましたそんな中でも中華 民国の軍人や役人たちの腐敗ぶりは耐え なかったため台湾人はこんな批判をする ようになります犬去りて豚きたるこれは 日本人はうるさく吠えてきても台湾の平和 と秩序を守る版権として役に立つが中華 民国人は台湾を食いつくだけで何もしない 貪欲で汚い人たちだという意味ですそして このように台湾人の不満がたまれに溜まっ ていた中恐ろし事件が起こりますこの頃の 台湾ではタバコの売買は国に管理され個人 が勝手にタバコを売ることは禁止されてい ましたそんなある日台湾北部の炭水という 町でタバコを売っていた女性が取り締まり 員に見つかりタバコに加え所持金までも 取り上げられるという事件が発生しました 女性はお金だけは返して欲しいと頼み込み ますが取締り員は暴力を古い女性は血を 流して倒れてしまいますすると一部四重を 見ていた群衆がが怒り一斉に取締り員たち を攻撃事件の翌日には起こった群衆が抗議 のデモを行うと同時に政治の改革を要求し ますが群衆に対し政府の部隊が発砲し数十 人の支障者が出ましたこうした状況に中華 民国政府に対する不満は爆発抗議の輪は また琢磨に台湾全土に広がっていきました 中華民国政府はこの講義の声を力づくで 抑え込むことを選択します1947年3月 中国本土から派遣された1万人を超える 軍隊が台湾に上陸し市民に向けて発砲を 開始台湾市民はおよそ2週間にわたって 虐殺とも言える攻撃を受け抗議は鎮圧され
ましたさらに中華民国政府は全面的な捜査 を始め事件に直接関与をした人以外にも 中華民国政府にとって危険人物と見なした 人たちを逮捕し処刑しましたそしてこの後 台湾住民はさらに締め付けを強化される 状況に陥ります この頃中国本土では2つのグループによる 大規模な内戦が行われていましたその2つ のグループとは中下民国を運営している 中国国民党と国民党に変わって中国全土を 支配しようとする中国共産党です戦いは 共産党の勝利に終わり中国全土は新たに 共産党を率いる中華人民共和国が支配する ことになりました一方国民党を率いる中華 民国は中国本土の支配地域をほとんど奪わ れ台湾に逃れてきましたそれまでは あくまで中華民国の領土のごく一部でしか なかった台湾が中華民国の中心になったの ですここから中華民国政府は台湾住民の 厳しい管理を実行します政府のリーダーと 国会議員は死ぬまでその地位にとまること を可能にし市民が政府に反抗的な発言を することや許可なく大人数で集まることを 禁止国民党以外の党は違法となりました また中華民国政府のリーダーを崇めること が強制され台湾各地にリーダーの銅造が 立てられました中華民国政府は中国本土を 取り戻すための緊急的な措置ということを 明目に台湾に国民党を頂点とする独裁体制 を作り上げたのですただ中国支配を確立さ せた共産党を再び攻撃することは時間が 経つにつれてどんどん現実的ではなくなっ ていきやがて中国本道を取り戻すという 方針は共産党の脅威から台湾を守るという 方針へとシフトしていきましたここから 中華民国は共産党に対する危機感から国を 安定させることに力を注ぎ経済的に大きな 成長を遂げていきます生活が豊かになって いくと独裁体制に反発する台湾市民の声は より大きくなっていきました政治的な自由 を求める運動が頻繁に起こり治安部隊との 衝突も増える台湾情勢は国際的にも大きな 注目を集めるようになり国民党による独裁 体制の厳しさが台湾ない外に強く印象付け られましたそんな中アメリカが台湾の民主 化の動きを加速させます中華民国政府は 内戦に負けて中国本土を明け渡した後も 自分たちが中国の正式な代表者だという 主張を続けていましたしかし1971年に 国際社会が中華人民共和国を中国の代表者 と認めると多くの国が中華人民共和国と 国交を結び始め中華民国を国として認める 国は大幅に減少していきましたアメリカも 中華民国を国とは認めなくなりましたが 中国共産党の影響力がこれ以上広がらない
ようにと中華民国政府のサポートをし続け ますただアメリカは国際社会からの イメージを守るためにも個人の自由が妨げ られている台湾を大々的にサポートし 続けるわけにはいかなかったため国民党に 対して独裁状態を終わらせるように何度も 促していました国民党からすれば国際的な 立場を失ってかからも共産党の脅威から 守ってくれているアメリカの言葉を無視 するわけにはいきませんこうした外部から のサポートそして台湾市民の活発な運動に より台湾では新たに民主進歩党が結成され 国民党はこの民主進歩党の存在を黙認し ました民主進歩党いわゆる民進党は台湾 出身の人たちを中心に結成され現状の独裁 体制を終わらせることを目的の1つとして いましたそしてこの後国民との中でも 大きな変化が起こり台湾における独裁体制 はついに終わりを迎えます1988年大湾 出身の離島期という人物が新たに国民党の リーダーになりました基本的に国民党の 偉い人たちは中国本土からやってきた人 たちで埋めれていたため台湾出身者が リーダーになることは異例の出来事でした この頃の国民党は政治活動を活発化させる 台湾市民の声を無視できなくなっていた ため離期は湾湾出身であっても地位を 気づくことができたのです離島期はここ から政府の方針を改革していきます共産党 との内戦状態はすでに終わっていることを 正式に宣言し独裁の根拠となっていた緊急 的な措置を解除死ぬまでその地位にとまる ことが認められていた国会議員を引退させ 民主的な国会を開くことを約束しました そして1996年には国民が直接台湾の リーダーを決める選挙を実施台湾の独裁 体制は終わりを迎えましたこの選挙は4年 に一度行われ2000年には民進党の代表 者が台湾のリーダーにそこからは8年ごと に国民党と民進党の間でリーダーが 入れ替わりながら現在に至っています そして2024年1月13日台湾では国民 が直接リーダーを決める8度目の選挙が 行われます現在は国民党も民進党も民主 主義や個人の自由が守られている現状の 台湾社会社会を守ろうという考えに変わり はありませんただそのやり方特に中国との 関わり方に関して違いがあります国民党は 元々は中国全土を支配する共産党と敵対し ていましたが文化的に共通した背景がある 中国とは対話をすることで緊張状態を 和らげることができると考えていますまた ビジネスの面でも中国との結びつきを 強めることで台湾の経済成長につなげよう としています中国としても台湾は自国のの
一部と考えているため国民党の中国との 結びつきを強くしようとする動きに関して は歓迎しています一方の民進党は元々は 台湾として独立することを目標に掲げてい ましたが現在は台湾はすでに国として確立 された存在であると考え改めて独立を歌う ことはしていません中国は台湾が独立する なら武力を使わざるを得ないと主張して いるため中国を刺激しないためにも あくまで現状を維持することを主張して いるのですまた民進党は中国とは対等な 立場でいるべきだと考えていますが 話し合いができないのであれば仕手に出る ことはせずアメリカや日本フィリピンなど と協力して自分たちの経済と安全を守ろう としていますつまり簡単に言うと国民党の 代表者がリーダーになれば中国と台湾は今 よりも距離感が近づく可能性が高く民進党 の代表者がリーダーになれば中国と台湾の 間の緊張状態が続く可能性が高いという わけですそして今回の選挙ではここにもう 1つ民衆党という党からも立補があり民衆 党の代表者は中国から離れすぎもせず 近づきすぎもしない国民党と民進党の間を 取るような主張をしています今後の国際 関係にも大きく影響を与えかねない台湾の 選挙私たちも注目して見届け ましょう VAN
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オランダ、鄭氏、清、日本、中華民国…そして民主化へ。
海外勢力に統治され続けてきた台湾400年の歴史について解説しています。
#台湾 #中国 #世界史
【用語集】
・鄭成功の息子…鄭経
・日本が台湾を譲り受けることになった条約…下関条約
・台湾を徹底的に日本化した運動…皇民化運動
・戦前から台湾に住んでいた人たち…本省人
・戦後に中国から台湾にやってきた人たち…外省人
・政治改革の抗議運動に対し、軍が発砲して鎮圧した事件…二二八事件
・中国本土で行われていた大規模な内戦…国共内戦
・銅像が建てられた中華民国のリーダー…蒋介石
・中国本土を取り戻すための緊急的な措置として作られたルール…動員戡乱時期臨時条款
・1971年に国際社会が中華人民共和国を中国の代表者と認めた決議…アルバニア決議
・台湾をサポートし続けるためのアメリカの法律…台湾関係法
・国民が直接台湾のリーダーを決める選挙…総統選挙
・2000年に台湾のリーダーとなった民進党の代表者…陳水扁
・2024年総統選挙の民進党の代表者…頼清徳
・2024年総統選挙の国民党の代表者…侯友宜
・2024年総統選挙の民衆党の代表者…柯文哲
【参考文献】
伊藤 潔『台湾 四百年の歴史と展望』, 中央公論新社, 1993
大東 和重『台湾の歴史と文化 六つの時代が織りなす「美麗島」』, 中央公論新社
, 2020
久保 亨『社会主義への挑戦 1945-1971』, 岩波書店, 2011
