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シンプルな漢字四文字のタイトル(いきなり余談だが、『関心領域』や『教皇選挙』が日本でヒットした要因の一つに、自分は作品内容を端的に表した漢字四文字タイトルの伝わりやすさがあったと話してきた)。法廷の証言台から真正面にこちらを見つめる齊藤京子の真摯な眼差しを捉えた宣伝ビジュアル。日本独自のアイドルカルチャーの中で当たり前とされてきた“恋愛禁止”というドメスティックな題材に、海外の映画祭の常連であり、これまで映画界における人権問題についても率先して行動してきた深田晃司監督がどのようにアプローチをしているのか? 公開中の『恋愛裁判』は、まず企画として非常にシャープな作品だ。

また、これまでの深田晃司作品に親しんできた観客はもちろんのこと、そうでなくても驚かされるのは、劇中で描かれているアイドルグループや、その活動を取り巻く事務所やファンの描写、そして一般人とも地続きの彼女たちの生活描写や会話の精度の高さだろう。名手四宮秀俊のさり気なくも研ぎ澄まされた撮影も相まって、リアリティを損なうようなノイズがなく作品の世界に没入できるからこそ、法廷で『恋愛裁判』が展開していく作品後半での問いかけが、観客に忘れ難い余韻を残すことになる。

撮影は、本作が深田監督と初タッグとなる四宮秀俊が務めている撮影は、本作が深田監督と初タッグとなる四宮秀俊が務めている[c]2025「恋愛裁判」製作委員会

この取材では、『恋愛裁判』という作品を特徴づけていたと自分が考える「映画におけるリアリズム」と「人の善性」という2つのポイントに絞って深田晃司監督に詳しく話を訊いた。インタビュアーとしては、思いもよらなかった深田晃司監督の本音を聞くことができて、これまでの深田晃司観が覆される体験となった。

「ターゲットはアイドルカルチャーに関わっている人たち。ファンまで広げたら、それはもう“アジア”なんですよね」(深田)公開中の『恋愛裁判』海外の反響から、人生観までを明かしてくれた公開中の『恋愛裁判』海外の反響から、人生観までを明かしてくれた撮影/湯浅 亨

――まずは、これまで深田監督の作品を観てきた一人の観客として、今回の『恋愛裁判』は、きっと誰が観ても問答無用におもしろいエンターテインメント作品として成立していることが新鮮でした。

深田「ありがとうございます」

――東京国際映画祭での上映やマスコミ試写で観た知り合いも一様に興奮していて、これまでの深田作品とはちょっと違うところに熱を生じてるような実感があるんですよね。

深田「もともと、今回の作品はスタートラインからこれまでとちょっと違うところがあって。きっかけは、 2015年に小さな新聞記事を見て、『あ、これ映画になるんじゃないか』っていうところからスタートしました。 大体いつも映画を作る時は、自分が最初の観客だっていうつもりで、自分がおもしろいものを作れば、他の人もおもしろがってくれるだろうと信じて作るしかないというスタンスなんですけど。 今回は、自分もそうですけど、きっとプロデューサーやスタッフも、作品を作っていくなかで、はっきりと“ここに向けて観せたい”というイメージする最初の観客層がはっきりしていって。 それは、アイドルカルチャーに関わっている人たち、アイドル本人かもしれないし、あるいは業界の中でアイドルの仕事をしている人たち、さらにアイドルファンの人たちで。ファンっていうところまで広げたら、実は狭めているようで全然狭まってなくて。広く言ったら、それはもう“アジア”なんですよね」

――確かに、いまやアイドルカルチャーって日本だけのものじゃないですよね。

深田「2015年の段階で、自分自身は一般の日本人の平均以下のアイドル知識しかなくて。 でもそこから関心を持って取材をやったり、アイドルのライブに行ったりしていって、脚本にやたら時間がかかってしまったんですけど。学んでいけば学んでいくほど、自分が知らないと思っていたアイドルカルチャーというのは、もう映画にも音楽にもドラマにもCMにも深く根付いていて。アイドルと一緒に生きていくっていうこと、生活していくのがもう日常であるっていうような感覚は、逆に当たり前すぎてこれまで自分が意識していなかっただけなんじゃないかって。で、 やっぱりその感覚は、欧米の感覚とはまったく違うんですよね。なので、まずこの映画を届けるべき対象は、アイドルカルチャーの中で生きている人たちだっていう意識が結構芽生えるようになって。それは、もしかしたらいままでの作品とはちょっと違うところかもしれないです」

勢いのあるアイドルグループの一つとして描かれている「ハッピー☆ファンファーレ」勢いのあるアイドルグループの一つとして描かれている「ハッピー☆ファンファーレ」[c]2025「恋愛裁判」製作委員会

――構想してからこの10年で、深田監督自身もアイドルカルチャーとの距離感が変わっていきましたか?具体名は挙げなくてもいいですけど、特定のグループに入れ込んだりとか、いわゆるこれがみんなの言っている“推し”ってやつか!みたいな目覚めがあったとか。

深田「いや、もう喜んで具体名挙げちゃうんですけど(笑)。まあ、これはミイラ取りがミイラになったっていうそういう経歴でして。Tomato n’ Pineというアイドルグループなんですけど。もう10年以上前前に解散してしまって」

――ああ、そうなんですか。

深田 「楽曲派って呼ばれていて、すごくいわゆるメジャーな人気があったわけじゃないと思うんですけど、一部からは“音楽がとにかくいい”っていうことで知られていたみたいで、自分自身が知ったのは映画を作る過程で。 なんで知ったかというと、やっぱりこの(劇中のアイドルグループの)ハッピー☆ファンファーレの音楽をどういった方向性にするかっていうのは、この脚本を立ち上げてからずーっと頭にあって、悩みの種だったんですね。あまりにもアイドルカルチャーど真ん中の、日本の典型的なアイドルソングにしてしまうと、それはアイドルとファンが長年をかけて築き上げた個性であって、アイドルカルチャーに馴染んでない人、特に海外の方になると、ちょっと拒否反応が出そうだなっていう。でもここで急にK-POPのような楽曲にするのも、それは日本のアイドル文化を描くという文脈からは外れてしまうし。ちゃんとアイドルソングらしさを残しながら、でも音楽として一般の人も聴きやすいものを探していてたどり着いたのがトマパイで。まあ、とにかく曲がいいっていう」

――じゃあ、完全に解散してからの後追いということですか?

深田 「おかげで推し活でお金を落とさずに済んだ、みたいな感じです(笑)。曲自体は、いまでもほぼ毎日のように聴いてますね」

――へえ!

深田 「今回のハッピー☆ファンファーレの楽曲も、トマパイのプロデュースにagehaspringsさんが関わっていたので、それでagehaspringsさんにお願いして、『このイメージで行きたいんです』っていうことを伝えました」

――なるほど。それでいろいろ謎が解けました。作品を観ながら「あれれれ? 深田監督、これは相当アイドルカルチャーに入れ込んでるんじゃないか?」っていうくらい、アイドル周りの描写の解像度が高かったので。

深田 「そう言ってもらえるのはうれしいです。 ただ、映画って総合芸術なので、それは自分の力だけではまったくなくて。今回、共同脚本で入ってくださってる三谷伸太朗さんという方が、もともとあるアイドルグループ周りで作家みたいなこともされていて、本人もすごくアイドル好きで詳しいっていうのと、そもそもこの企画をやりたいと言った時に背中を押してくれた戸山剛さんという、自分より年上のプロデューサーの方なんですけど、その方がもう昔から何十年来のアイドルファンであるとか。あとは現場で実際に作る過程ですごく力になったのは、助監督が4人いたんですけど、そのうちサードとフォースの若い女性2人、鳥居(みなほ)さんと柏原(音生)さんという方で、まだ20代半ばなんですが、めちゃくちゃアイドル好きで、作りながらもいろんな意見をもらいながら作っていきました。そうした前提がありつつ、今回の作品のためにハッピー☆ファンファーレというグループを作るにあたって、竹中夏海さんとか、相澤樹さんとか、アイドルの振り付けや衣装をやられている最前線の方たちの力も借りることができて。だから、そういった方たちの総合力ですね」

――カンヌ国際映画祭に出品した際に受けられた海外のジャーナリストとの会見を読んだんですけど、「やっぱり日本のアイドルというのは、こういう歳上の世代の男性がファンの中心なのか」と訊かれて、そこで深田監督が「いや、最近は若い女性のファンも増えてる」みたいなことを言っていて。なんの因果か、深田監督が日本のアイドルカルチャーのスポークスマン的な役割を担わされているのがおもしろかったんですけど(笑)。

深田「あはは。そうですね。 取材をするなかで女性アイドルグループのライブをいくつか見に行ったりもしましたけど、観客の男女比に関してはグループによってかなり違うんですよね。ただ、例えばK-POPの人気アイドルグループの映像とか見るとすごく女性が多いっていう印象もあるんですけど、日本だと比率的に女性が50%以上というグループはまずないので。今回、ハッピー☆ファンファーレのファンの男女比率をどうしようかと思った時に、自分のイメージとしては8割男性、2割女性ぐらいの感覚で。 まあ女性がまったくいないのも現代的ではないし、当初のイメージよりも目立つところに女性のファンが映ったなと思ってたんですけど、それでも海外で上映すると、男しかいないっていう印象みたいで(笑)。『なんでこんなに男ばっかりなんだ』みたいな。そこに対する嫌悪感みたいなものが欧米はすごく強いんだと思います」

「ハッピー☆ファンファーレ」のライブを訪れるファンの年代、男女比率も試行錯誤したという「ハッピー☆ファンファーレ」のライブを訪れるファンの年代、男女比率も試行錯誤したという[c]2025「恋愛裁判」製作委員会

――なるほど。欧米では男女のグループ問わず、アイドルの消費者は女性客が中心というイメージですからね。

深田「そうなんです。だから、年齢層の高い男性たちが、まだティーンエイジャーの女性たちを愛でているように見える文化に対する、生理的な嫌悪感みたいなものがすごく強いんだろうなっていう」

——だからこそ、日本のアイドルカルチャーを題材に、深田監督のように海外の映画祭の常連と言える立場の監督がちゃんと解像度高く作ったということは、すごく意味があることだと思うんですよね。その上で、自分はこの作品を観たときに二つのキーワードが浮かびました。一つは“リアリズムの度合い”。もう一つは“人の善性”。この二つを中心に、今日は話を訊かせてください。

深田「はい」

『恋愛裁判』は第78回カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門に正式出品された『恋愛裁判』は第78回カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門に正式出品された[c]Kazuko Wakayama

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