3児の母上戸彩3915年ぶり写真集の舞台裏を語る 寝起き写真はガチで起きた10分後 鍛える時間がなくわがままボディ
言ってきなって言ってくれた家族にも感謝ですし、とにかく笑いが耐えなかったですね。 それも苦情言っていいですか? [音楽] デザイナーさんからあのどうですかって いう風に候補いいたんですけど、うんと マヒルの無そうっていう意味があるそうな んですが、私にとってこの写真集もまさに なんかそういううん、ちょっとした夢と いうかだったなって、今あの時間を 取り戻すこともできないし、あの時あの タイミングで家族と離れて日常から離れて ああいう時間を過ごせたことも夢のよう だったなって今振り返っても思うのではい 。まさにこれだなって思いました。 ね、私も私も知りたい。 いや、もう本当に写真集出しませんかってふと言われて、え、今っていう、え、どうした、どうしたっていう私もそういう感じだったんですけど、でも本当にこのチャンスを逃したら 写真集出すタイミングもないだろうし、今のをきっかけに今のこの自分を収めてもらいたいなって収めてもらえたらなとも思いましたし、ありがたいお話だなと思ってやりたい なって思いましたね。 ね、本当に、あの、私、あの、普段雑誌の お仕事にしても、お芝居いにしてもそうな んですけど、これはどんな人が見るのか、 何歳ぐらいの層の方が見られるものなのか 、どういうものが求められてるかっていう ことを考えながら仕事をしているので、 写真集みたいな、もう真っさなもう上田 さん、そのまんまでお願いしますって言わ れても自分で自分が分からないんですよ。 なのでスタッフの方といっぱい話したりし たんですけど結局 その場にいるスタッフの皆さんと生まれた その雰囲気写真になったっていうか とにかく笑いが耐えなかったですね。 すごい撮影はずっと楽しかったです。うん 。だからこう移りたい、こう見られたいっ ていうのではなくて、そのスタッフの皆 さんと作られたその空気のその瞬間を納め た写真が出来上がってるかなと思います。 とにかく出来上がりを見たらもう大口開け て笑ってる写真がいっぱいあってずっと 笑ってなっていうぐらい笑ってたんで なるべくそういうのもありすぎてもあれな んでいっぱいカットしていろんな表情の 写真がたくさん映るように選びました。 はい。 うーん。あの当時よりかは少しだけ セルフプロデュースはできている気はし ます。自分の意見も挟みつつ、今までは こうだったから今までと違う写真集を出し たいとかもう本当に15年前なんかは今 よりもっと何をやっていいかわからなかっ たし、とにかく周りの方に言われたことを やっていた気がするので、その時よりかは 自分で現場の空気も多少作れるようになっ てきたし、自分で自分 を楽しい時間を作ることもできるように なってきたし、パワーアップはしてると 思います。 うん。私のお気に入りは私が映ってない 写真がお気に入りです。台湾の食べた かき氷りとか台湾の風景の写真とかが すごく好きなんですけど、なんかその方が あの時こうだったな。あ、この時こういう みんなこういう感じで撮影してたなって 思い出せるんですよね。自分が映ってる 写真よりとにかくかき氷りは台湾の フルーツが美味しすぎました。こんなに 台湾ってフルーツ水みしくて甘くて 美味しいんだなっていう新発見がありまし たね。私のオーダーは真ん中のあ豆きが 好きなのであ豆きのみでお店の人はそれに プリンを乗っけた方がおすすめだよって いうのでなんか2つ来ちゃったんですよね 。はい。ちょっとちょっと味かぶりし ちゃってだったらプリン乗ってる方だけで 良かったなってちょっと思ったんですけど 。 でも1番美味しかったのはフルーツです。 はい。フルーツが乗ってるのが1 番美味しかったって言ったらフルーツのかき氷が食べたいな。は海ですかね。あのそれ多分難だったと思うんですけどタイ北平から南に新幹線で移動したんですけどにかくもう巨大な風が近づいてるっていうので撮影も 1日削れちゃったんですよ。もう早く帰ら ないと帰れもう23日伸びちゃうってなっ て早く帰らないとってなって1日削って みんなバタバタ状態で撮影したんですけど 雨も降っててこれはいい海での写真は撮れ ないんじゃないかって思いながら南に移動 してそこに行ったらすごい綺麗な夕日が 取れて本当に神様いるなって思いました。 撮るのが大変だった写真はない。ある、 ある。あの、撮るの大変だったっていうか 、あの、寝起き風の写真、ホテルで撮った 、お部屋で撮った写真、それもしか私の 部屋なんですけど、普通なんか撮影用のお 部屋があって、ベッドがあってっていう 感じじゃないですか。全然もうリアルに私 が止まった部屋のベッドで撮影したんです けど、女優さん撮る時って結構ね、あの、 顔がすっきりした時に取りたいじゃない ですか。朝起きてから時間が経ってからの ちょっと寝起き風な写真撮りますねが普通 だと思うんですけど、本当起きて10分後 みたいなもう本当にメイクもしてないし、 もう気使った 本当のったですよ。はい。うん。 普通に取るじゃないですか。普通ね。本当の寝起きです。夕方ぐらいに取りたかった。それも苦情言っていいですか?普通写真集ね。それこそこの写真集出すことになったので [笑い] [音楽] 2 年間あのトレーニングしましたとかいうね方もいるんですよ。そういうあ素敵だなって自分も鍛えたいな。 いい体やっぱ出すにはね、15年ぶりに 出すにはいい体見せたいとか思うじゃない ですか。もうそんな時間ちっとも与えて もらえなくて、普通の普段のスケジュール の中に写真集撮影って入って、もう ちょっとなんかこう、ちょっとゆっくり スケジュールがあってからの写真集だっ たらジムに行ったりとか、もう3週間あれ ばね、多少ちょっと集中すれば筋作ったり とかできるじゃないですか。頑張ればね。 この3週間もいただけず、もういつもの この日頃のスケジュールの中に組み込まれ てたんで、ええって言ったら、いや、 グリーンのその緑がまだこう写真に映る 時期に撮りたいので、ちょっとその後回し にしちゃうと緑の写真が撮れなくなっ ちゃうんでうん。じゃあしょうがないねっ た。ただのわがままボディだと思います。 何にもしてません。もうそのまんまです。 鍛えたかった。 撮影の中で1 番楽しかったことですか?え、ずっとですね。あ、スタッフ皆さんと台湾なので、私台湾ッサージが [音楽] 1番好きなんですよ。 みんなにプレゼントするんで、みんな一緒 にこの後、みんなで一緒に行こうって言っ て2日間連続あの撮影終わった後にみんな で足してみんなで言いながらその後ボディ やってっていうもう最高の時間を過ごせ ました。カメラマンさんの小とさんなんか どんどんシュッとむくみ取れてっちゃって なんかシュッとしてるじゃんて。そうです かてすごい嬉しそうにしてて日に日に どんどんむくみ取れて羨ましかったです。 1日削れちゃったことによって取れたと 思ったらもうすぐ衣装チェンジいっぱいし て取れるものを取れるうちにっていう移動 時間も全部撮影に使いましたし本当にね あのずっと撮影してたドキュメントみたい なぐらいずっと撮影してましたね。でも それが本当にみんな1結してみんなに火が ついたっていう感じで楽しかったんですよ ね。これでもかっていうぐらいもうみんな がプロ意識出してメラメラしてる姿を見 てるのも楽しかったしやっぱ皆さんすごい なって100000連マだなっていう ぐらい1日亡くなったことによって すごかったです。みんなそれを楽しむこと ができるチームでしたね。 [音楽] 全体的に見てすごいナチュラルだなって いうのは感じてます。自己満足になる写真 集はやめよう。例えばかっこよく見せたり 、綺麗に見せたりっていう写真はやめ たかったので、なんかすごいナチュラルな 写真ばっかりになって良かったなって思っ てます。 あのジュース飲んでるやつちょっと力が 抜けすぎてる笑顔だなっていう風に思い ますね。あの、寝ている写真、こう目を つぶってる写真がもう結構あったみたいで 、でも今回のテーマがその真ルの無双だっ たので、デザイナーさんもちょこちょこ その目をつぶって寝ているような写真も 混ぜてくださったんですよね。あとは、 あの、みんなでこっちよりあの写真が 良かったよねって入れ替えたりとか、それ もみんなでカフェでバーって広げながら ポテトつまみながら みんなで話すっていう仕事なのかみんなで こう遊んでというか楽しい空間で常に作れ た1冊だったので本当自分にもうご褒美な 時間でした。 まずママをが家を開けるっていうことが 普段できないじゃないですか。うん。 いろんなやんなきゃいけないこともあるし 。それなんですけど、ま、写真集の話があ るって言ったら一滴きなって言ってくれた 家族にも感謝ですし うん。寂しかっただろうに、あの、 ちょっとメそメ、2番目なんかはメそメし て見送ってくれたんですけど、なんか、あ 、まだちょっと早かったかな、家開けるの 早かったかなっていうちょっと不安な 気持ちになったりもしたんですけど、じゃ 、ママに1個宝物を貸してって言って、 飛行機怖いから2人の宝物ちょうだいって 言ったらもうメそメしてたのにいきなり 笑顔に変わってミニカー持ってきてくれて 、お姉ちゃんもお姉ちゃんで1個この ぐらいのプチプチするおもちゃ持ってきて くれてで笑顔で送ってくれたんですけど 子供から離れるっていうことが普段ないの でそこに申し訳なさがすごくあったんです けどま、多分離れてる時間1番心配で1番 不安だったのは私だと思います。時々 テレビ電話とかしてもすごい笑顔だったし 楽しそうだったし私なくても全然大丈夫 でした。テレビ電話もそれです。はい。 しょっちゅしてました。 うーん。 いっぱいありますね。でも自分がこう、ま 、そうですね、自分がお仕事に対して すごい責任感とかを持ち出したのは25歳 の流れ星っていうフジテレビさんの作品で 、あの作品で初めて企画書っていうものを 事務所に見せてもらって、あ、ドラマって 企画書あるんだっていういろんなその番組 を作る工程っていうのを知り始めたのが 25歳ぐらいで、なんかそれまではやらさ れてる感っていうか、作られてる自分と いうものを事務所が作ってるっていう風に 思っていたんですけど、楽しいだったり うーん、指摘されたことによって自分が こうもっとこうしようって思えるように なったりとかなんか全てこう心に刺さり 始めたのが25歳でした。でやるやらない も選択肢も与えられて自分がやりたくて やらせてもらったお仕事が流れ星っていう 作品だったんですけどなんかあの作品が あったことによってより仕事に向き合う 自分の気持ちも変わったし うん の立ち位置も気持ちも変わったし それが今に繋がってるって感じますね。 最後まで動画をご覧いただいた皆様本当にありがとうございます。 ありがとございます。 この動画へのいいねやコメント、そしてチャンネル登録を是非よろしくお願いいたします。 お願いします。 こちこち フジテレビアナウンサーカルベ一と 井上でした。 どうも。
