大畑大介さんVS大島由香里
TBS ポッドキャスト ブニューコレクション今朝は元ラグビ日本代表の大畑大輔さんお迎えしました。おはようございます。 おはようございます。 朝5時からの番組なんですよ。 朝って強い方ですか?朝 弱くはないですね。 弱くはない。 大学が結構厳しかったので 朝しっかりと練習の時間に間に合わなければならないっていうような環境の中で生きてたのとやっぱ一応ま、スポーツをしてた人間としてやっぱり時間を守りなさいてことがあった。 ので うん。 朝は弱くはないですね。 そうですか。ラグビー現役じゃなくなってからも朝って起きてますか? 5時6時。 あの、基本的に何かこう自分の中で緊張感がある時はちゃんと起きれるというか、 ま、そういうところもやっぱ日本代表に繋がってるっていうところは いやいや、もうそれはでも教えというか、学生時代に自分がラグビーしてたんでやっぱそこの中でやっぱちゃんとルールを守りましょうみたいなのがあったので あ、もうラグビーのお話伺いたいんですが、なんせ私がラグビーの初心者の初心者 いやいや、もう全然僕もあの初心者にちょっと毛の生配立たせ いやいやいやいや。 ま、ただ人より長くラグビーやってただけであって いやいやいやあ、自分がラグビーずっとやってたからってラグビーずっとしてますってなるともう別に自分の中でのなんて言うですかね、こう成長しなくていいとか もう別にアップデートしなきゃいいってなるじゃないですか。過去の実績とかがあるからみたいな。それじゃば良くないと思うんで。 うん。いや、すご だからなんとなくこう自分の中でも、ま、常になんとなく対応できるような状況、ま、情報だけは入れとこうかなっていうのはありますね。 いや、それが今のろんな活動に繋がってるんだなっていう風にね、思うんですけど、もうそもそもの 1番最初のラグビーのスタート はい。 覚えているところで1番最初って1 番最初にラグビー始めた僕小学校 2年生なんですけど 僕はあの大阪生まれ、大阪育ちでして はい。 もう今から本当にもう40 年以上前と言うと男の子が 1番初めに始めるスポーツ言うと野球 はい。 そして応援するのは阪神タイガースという本当にもうバリバリのコテコテの地域やったんですよね。 どうも僕はその環境に馴染めなくって ええ、 どちらかと言うとタイガースが負けてみんなが悔しがってる顔見る方が好きなような子やったんですよ。 どういうことですか? でも要はひねくれてる役の子やったんですよね。 みんなと同じことができない子やったんですよ。 はあ。 なんで学校の中で比較的こうポツンとしてる側の子やったんですよね。 へえ。 で、はい。 それがやっぱ自分の中でやっぱ寂しいから友達欲しいって思うじゃないですか。じゃあそう考えた時にみんなに対してベクトル向けれへんやったら これはみんなに脅威持たれる人間になったんちゃうかと思ったんですよ。 逆にベクトロ自分側に向けてもらう。なるほど。 そう。だからその学校の中でなんかみんなが同じ揃いの鉛筆とか消化消しボ持ってる時に 1 人だけ違うもん持ってたらなんか興味持たれるじゃないですか。 だから俺はそんな人間になったると思ったんですよ。はい。へえ。 だから自分の中でなんか持てるもんないかなと思った時に足だけは早かったんですよね。 はい。だからスポーツしようと思って、 でもスポーツも野球以外でみんながやってへんスポーツやろうと思ってそこにやったのが父が好きだったラグビーだったっていう。 ま、当時本当に成人の日1月15 日は日本選手権があったりみたいなでうち自営業だったんで 正月冬のスポーツで言えばラグビーっていう形だったんで、ま、そういうものを父がテレビで見てるところを見ていたと。 父が見ていた、父が好きだった。あ、この競技誰もやってない。だからラグビーやろうと思ってやったのがきっかけなんですよ。 ラグビ。 そうなんですよ。で、それが1 本ラグビを始めた時にそのラグビスクールが父が商売してたってこともあったんでお客さんに紹介してもらったんですよね。うん。うん。 ていうことなんで本当しっかりしたラグビークールを紹介してもらったんですけどそれが家から 1 時間ぐらいかけていかなきゃいけないラグビスクールで 学校の友達とすら仲良くできない子なんで 1 時間向こうの環境なんてわかんないじゃないですか。 いや、そうですね。 で、そのラグビースクール自体がもう早い子は 4年から始めてる子がいるんですよね。 で、僕はその小学校3 年生にしっかりそこに並びに行くんですけど、 子供ながらのコミディがあるんですよね。 はい。練習が始まった。その1 番始めの練習がグランドから橋から橋まで走るっていうトレーニングでチームで 1 番足が早いっていうやりも足が早かったですよ。 おお。 その瞬間みんながパッて振れ向いて 話しかけてくれたんですよ。え、自分どっから来たん?名前なんなんた形でベクトルこっちパーたと思ってこれやろみたいな。 はい。お父様はそういうの姿を見て何か言ってましたか? いや、でもね、それがうちの父別に特に何も言うこともなく試合の前にスパイクを磨いたりはしてたんですよ。 はい。 で、そのにつも父が隣で、ま、その自分の状況を聞いてくれたりとかゲームがありました、何かがありましたってなった時に帰ってきた時に自分がいいプレイした時っていうのは聞いてほしいじゃないですか。だからこう自分からこう話しかけたりするけど調子悪い時っていうのは距離置いたりとかするじゃないですか。だ、そういう部分で言うとすごい絶妙なバランスいてくれたっていう。 あ、 だから期待はしてたし楽しんでたと思うんですけど、親の期待って子供にとってはすごいプレッシャーになるからやっぱその絶妙な距離感っていうのはすごい保ってくれたの方が良かったんちゃうかなと思いますよね。 なるほど。近すぎずこう見守ってくれてる部分もあった。なるほど。 はい。 で、高校も日本代表に でも高校代表なったんですけど僕怪我人の繰り上げでなっただけなんで。 あ、そうですか。 はい。最終的に選ばれて 1 番メインと言われる。要は僕らニジーランドに生いたんですけど、高校ランド代表と高校日本代表の試合は僕は ああ、 試合に出るどころかユニフォームも切れなくて、もうビデオ係かりです。記録係かりしかやれなかったです。 そうです。それはちょっと悔しい思いです。 そうですね。試合に出れなかったのが悔しかったんで、このメンバーの誰よりも早く俺は日本代表になろうっていうのを大きく決意させてもらったがそん時たね。 そこから何かこう変わったものとか変えたトレーニングとかありますか? 自分の中で1 番大きなきっかけっていうのが高こから大学、大学が京都産業大学っていうとこに行ったんですけど、そこでのやっぱり出会いっていうのは大きかったなって言われますね。 誰との出会い? 今京都産業大学の監督してる広さんっておられるんですけど、この方っていうのが僕の二年の上なんですよね。もう大学 3 年生の時点で日本代表になってるんですよ。はい。はあ。 そのひさん監督は僕の体ちっちゃいんですよ。 はあ。 僕よ体ちっちゃいのにもうすに本題になってはるんですよね。 はい。 だ、そう考えた時にラグビー体じゃないっていうところを目の前で示してくれってとにかく練習に対して手を抜かへんし、もう何も言い訳しないですよね。 練習が終われば自分に何が足りないのかっていうことに対してしっかりとこうベクトル向けてさらに自分自身に対してブラックショアップさせながら練習するみたいな。で、僕大学入学する時に先生にもう在学中大なあるんでみたいなもうすげえ生意きな声やったんですよ。 へえ。 だから練習パートナーをひさんにしてくれたっていうのがあったんで、ま、本とその方との出会いのおかげで僕は本当にすごく刺激をもらって、あ、こういう風にラグビに向き合ったらいいんだっていうことを本当目の前で指名してもらったことがあったんで、 で、おかげで本と大学3 年生の時に同期の誰よりも早く日本大府なれたっていう。 はあ。これまでのお話聞いてると大学までラグビーへの思いとかぶれない軸みたいなものを感じるんですけどもうやめよっかなみたいなこと。 しました。りました。多分1 番大きくやめたいなと思ったのは小学校の時ですね。 あ、小学校。はい。 はい。僕ラグビースクールが毎週日曜日だったんですよ。で、当時日曜日の朝と言うと筋肉マンがね はい。 アニメで放送されてるんですよ。 はい。で、我が家ま決して裕福な方じゃなかったんで録画書きとかなかったんですよ、当時。だから筋肉が見れないんですよ。 ということは月曜日学校行ったら朝みんな筋肉マなんですよ。話題が。 そうか。昨日の見たって。 そうなんですよ。俺はそれに入れないっていうね。 ああ、 だからそん時だけは初めてラグビやめたろうかと思いましたね。 練習が辛いからとかじゃないんですね。 そんな全然なかったです。友達作りで始めようと思ったラグビーアにかわらず ね、ラグビーを始めたことにてさらに友達が減るっていうね、比綺麗なのか半例なかよくわからへんような現象が起こったっていうのがあったんで さすがにそん時だけはちょっとね、 親に本気でラグビやめたいって言おうかなと思ったぐらいですね。 筋肉漫画きっかけでラグビやめようかと考えたけど、ま、そこはぶれずに続けて、 そして日本代表になってうん。 で、代表試合のトライ数世界記録 69トライ。 ま、これはも数だけですよ。もう世界にもめちゃめちゃすごいやついっぱいいるんで、まあ 69 取れるっていうことはそれだけ試合に出してもらえてたっていうのがあるんで。 いやあ、あのチームプレイじゃないですか? はい。 で、そもそもは自分にやっぱりベクトルを向けてもらうために始めたけれどもチームでやっていくってまたちょっと違うじゃないですか。 違いますね。 そこでのなんかこう大変さみたいなのってなかったですか? やっぱりこうチームのために自分が何ができるのかっていうのが 1番大事だったと思うので、 そうじゃ僕は本当に常に言われてたのがお前はトラを取るのが仕事だよって言われてたんでだそれに対してはもう誰よりも突き詰めてやったろうみたいな。 はい。そうか。 チーム戦であるけど最後の捉えっていうのはやはり最も自分にベクトルが行く瞬間ではあります。 そう。だからまず自分に与えられた仕事ができない人間が周りのことはできないと思ってたんでだとにかく自分の本当持ってるものの最高点っていうものを突き詰めていくっていうね。で、その上でそこに確立されてからポジション与えられた時に周りのことも考えてチームのことも考えよっていう感じでしたね。はい。 自分の役割をしっかりと全倒す。 そう。で、それがチームのためになるって感じなんで。 いやあ、すごいお話だ。 すごいですね。ぶれないすね、やっぱり。 いや、ぶれないんすよ。ないんで俺は道がめちゃめちゃ狭いんすよ。自分の生きている道が。 でもなんか何ゆえ大畑さんが日本代表になったかっていうのがちょっと今の話で分かった気がしますね。 いや、すごい。あの、この後 に色々お話聞きたいんですけど、 残念ながら今週がここまでとなっておりまして はい。また 来週今のね活動についてとか色々とお話伺いたいと思います。 最後に 大畑大輔商店のお話をちょっとだけ伺ってもいいでしょうか?お知らせ。 はい。今あの僕あのね、ま、ラグビーをやめまして、ま、色々な活動させてもらってる中で今現在大畑大輔商店っていうのをやらしてもらってるんですけど、これね話せば長くなるんで、ちょっと来週聞いてもらえれば感じ。 大畑大輔商店についてね。 そうですね。ま、だからその来週聞いてもらうためにまずはそのネット等々で大畑大輔商店っていうの調べてもらえればなんとなく予習してもらえると思いますんで是非予の方よろしくお願いします。 はい。大畑大輔商店で検索してください。ということで大畑大輔さんでは来週もお付き合いただきます。ブラニューコレクション今は元ラグビー日本代表の大畑大輔さんお迎えしました。ありがとうございました。 ありがとうございました。う。
元ラグビー日本代表の大畑大介さんをお迎えしました。朝は「苦手ではない」という大畑さん、やはり学生時代のラグビーの早朝からの練習経験などが今も続いているようです。ラグビーを始めたきっかけなどを「ラグビーは素人中の素人」の大島由香里に丁寧に説明していただきました。
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices (https://megaphone.fm/adchoices)
