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#11カンニング竹山&神田愛花100年ラヂオ商会 ゲスト:澤穂希さん

カンニング竹山です。 神田花です。この番組は創業 100 周年を迎えた田村政作所提供のも毎回多彩なゲストを招きし、これまでの人生の中で忘れられない出来事についてお話を伺っていこうという番組です。田村政作書に 100 年の歴史があるように人に歴史あり、物に歴史ありそれぞれドラマがあります。さらにゲストの方に関わりが深いテーマを取り上げてその歴史にも迫ってまいります。 さあ、竹山さん、前回は日本女子サッカー会のレジェンドサほまれさんにお越しいただきました。 はい。我々が知っているね、サッカー選手してサーさんがいかに作られていったのかっていうのをね、ファッと聞きましたけども はい。幼少期の時とかね、お聞きしましたよね。でも時間が足りませんでしたよね。というわけで今回もサほまれさんがゲストにお越しくださっております。 ありがとうございます。さあ、前回ね、本当にね、あの、続きがちょっと気になるところもいっぱいありますんで、具体的なことまだ聞いてないんですよ。 そう、そうですね。というわけで、CM の後は先週に引き続きましてサほまれさんの人生の歴史、そしてサさんに関わりが深いテーマの歴史にも迫ってまいります。お楽しみに。田村政作所プレゼンツカンニング竹山神田愛花 100 年ラジオ紹介。ここからはゲストの登場です。先週に続きましてサほまれさんです。よろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 改めましてサさんご紹介させていただきます。 サッカー女子日本代表としてこれまでに 4°のオリンピック 6°のワールドカップに出場され、 2011年のFIFA ワールドカップドイツ大会ではなシコジャパンを優勝に導きました。まさに日本女子サッカー会のレジェンドプレイヤーでいらっしゃいます。 はい、 本日もよろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。願いします。 ささん6 度のワールドカップっていうワールドカップ 4年に1回でいいんですよね。 はい。 四録の24年。 そうなんです。でも16歳がデさはい。 番最初の24 年やったってこと ですかね。も すごいな。20 年なるのかな。だからですね。はい。 ええ、 もうだからプロのサッカー選手になってほぼワールドカプター関わってきたってことですよね。 そうですね。現役まで全部関わりましたね。 すごいなそれって。 あ、でも早速ここズバッとお聞きしちゃいましょう。 2011年のことですね。 FIFA ワールドカップドイツ大会が開催されます。 大会が始まる前、沢さんは三彩選手にこのチームだったら優勝できるとおっしゃったそうなんですけども。 うん。ほう。当時 このチームにどんな強みを感じていらっしゃってこの発言になったんですか? いや、もうあの年々あの一緒にやっていく中でどんどん結果がデシコジャパンとして結果が出ていて でやっぱり本当に2011 年のメンバーって個性的すぎて でもすごいまとまっててやっぱ自分を持っていて意識が高い選手たちが多かったので もうこのチームしかもう優勝できないと思ってたんですよ。 うん。はあ。ああ、 だからもう本当にこのチームで優勝したいって思ってましたし、 あの、出発する前に三と 2 人で散歩した時にもうこのチーム絶対優勝できると思うて、多分三もえって多分思ったと思うんですけど、でも実際本当に優勝できる。そうですよね。 これ何回目のワールドカップです。 これは5回目です。5 回目の時にこれまでとは何かが違うと。 そうですね。 佐々木監督になってで本当にチームコンセプトとかチームとしてのやることがすごい明確になって、もう守備の面でも攻撃の面でもはっきりするようになってで佐々木監督が [音楽] えっと大会としては2008 年のえ北京オリンピックの時にあの目標ベスト 4 にしようって言ったんですよ。したら本当に目標のベスト 4 だったんですよ。で、佐々木監督が俺がベスト 4って言うからベスト4 になったよなて言って。 はい。 だからもう世界優勝目指してやろうワールドカップってなってそこからやっぱりもうどんどんどんどんし子としての結果だったりとか やることがはっきりして あの結果が出始めたというかうん。サーさんから見て各ポジションの選手も抜け目がないというか ほんでそれが連携した時のもうこれも最高だってのがそう感じたんですか? はい。もう本当に上からビデオ見た試合とか練習のビデオを見るんですけど隣の感覚縦の感覚も本当統一してんですよ。 あの日本体育大学のあの更新のやつ 更新みたいにサッカーの相手がボール持った時の選手のその連携とか連動の動くこう左右盾の動きがもう全部みんな同じなぐらい 息がすごいあっていて それって練習の成果なんですか? 練習の成果もそうなんですけどもう常に隣同士縦関係うん ポジション同士でもうとにかく話してでなんかちょっとうまくいかなかったらすぐみんなで話し合う問題が起きたらそのままにしなかったい いう、 へえ、1人1 人のスキルが高いってことですよね。それプラス 僕のスキルが高いし、あと理解欲もすごい戦術戦術のあの、あれが高いです。 理解度が。そのコミュニケーションも必ず何かおかしいと思ったら絶対会話をするっていうのはさんが徹底してされてます。 いや、もうみんな、あの、それは私もやってましたけど、みんな各それぞれが意識してるんで、やっぱりなんかちょっとおかしいと思ったら今のこう思うんだけど、自分はこう思うんだけどどう思ってたとかって必ず聞くし うん。 それでワールドカップで勝ち進んでいくじゃないですか。 てなると日本国内もだんだんこう盛り上がっていくじゃないですか。 その声っていうのは現地は届いてたんですか? それが今みたいにそんなネットがまだそこまであのそこまで そんなまだガラ系の時代 はい。私ガラ系だったんですけど なのであのやっぱりだんだんこうトーナメントで上に行くにつれておえいさんが来んですよ。 教会から で、そのさんたちが新聞士とかあるとはい。そのとか持ってきて、今こういう状況だぞ、日本こうだぞって言われてうん。 そうなんだってうちらの感覚。 今までそういうのなかったんでも優勝したら想像越えの もうなんかなシコジャパンっていうのを取り上げてもらってたんで 完全みんな浦島花子みたいになってどういう状況だ飲み込めないっていう 国に帰ってくるじゃないですか飛行機でまあまあ一応関係者から来じゃないですかお前らすごいことになってるから記者会見もあってこうだ聞くけどうん 全然実際もっとすごかったですか? いやもう本当に空港は本当に数えれるぐらいの数人のメディアだったので帰ってきたらもう はい ファンの方だったりとかメディアの方でも うん。 もう見るところなんか人だったんで はい。はい。 想像以上でした。 はあ。 ま、確かにすごかったですもんね。あんに。 そうですね。それ先に知っちゃってたら逆にプレッシャーだったとかもあるんですか? うん。 その現実を今こういう状態なんだってこと映像とかで見ちゃってたらは プレッシャーになっちゃってたりしました。 いや、でも今のその時のチームの子たちってプレッシャーに強いかもしんないです、みんな。 へえ。 あんまりなんか同じないメンバーなんか ね。ま、カリナもそうじゃないですか?うん。カリナもそうだしやっぱなんかみんななんか個性的でなんかあんまそういうのあんま気にしてない人たちばっかりだったような気はしますね。 うん。確かに。でも今振り返るとあの時のメンバーの選手の人ってそいい意味でですけどすごい個性的な人多いすよね。 いや、個性的すぎる。 そうですね。 逆にまとめるの大変なんじゃないかって思っちゃうんで。 よく言われるんですけど、各それぞれ自分の個性を出し合いながらも最終的にはここの目標っていうところがみんな同じところにゴールに向かって行ってるから まとまるんですよ。 はい。はあ。 逆にその個性をなんかあのダめだよとかあの殺しちゃってたら多分そのいいところがチームとして出てこなかったと思います。 うん。 ああ、そうなんですか。 なんかみんなやりたい放題やっててもいいしでもやる時はみんなやるっていうなんかオンとオフの切り替えもみんな上手でしたし。 うん。へえ。うん。 理想のチームですね。じゃあね、 そうですね。で、試合内容をちょっと詳しくお聞きしたいんですけども、サウさんはワールドカップホーム計 5ゴール1 アシストという大活躍されますよね。で、中でも決勝の対リカ戦 1点ビハインドの延長後半 12分に決めた同点ゴール。 これ日本が興奮しましたが、あのゴールはやっぱりサさんの中でもう今でも強烈に覚えてらっしゃいますか? いや、もう本当にあの時はアスリートあるあるかもしんないんですけど本当にゾーンに入ってる。 出た。 ゾーンに入ってる話だ。 そういう話 聞きますよね。本当に全部がスローでした。 へえ。 あ、そスローに見える。 本当に自分が走ってるのこういう感じ。あ、もう多分ちょっとラジオでお伝えちゃアニメ感。 の感じでもうここにボールがなんか軌動が三のボールがここに来るっていうのが分かる。 は、 自分はもうそこに走ればいいっていうのが はい。 はあ。 あったんです。 それ人生何回目の? いや、もう1回最初で最後です。 あれだけ。その中間だけ。 あれだけです。すごい。 そしたらここ最近カリナが 私サーサのあのゾーンに入ったんだよねって言ってきたんです。だから人のゾーンって入らないだ。 入れないだよ。 それなんか、なんかよくわかんないけどサさんのゾーン私も入ったんですよねと人のゾーン入れないもゾーンに入ってて、それがサさのゾーンに入ったと思ってた。 わかんない。だからみんな同時に各々のゾーンがぐんじゃない? チームとして。 そんなことありますか?どうですか?お笑いとかでもここにもうわってるの。 あ、だから近いといえばもう 1人部隊やるから1 人喋りの舞隊やった時に確かに ちょっとそんな釘に入る時はもうももう無敵になるというか ええ何言っても受けるぜみたいな なんかありますけどね。でもスポーツのそれとはクになんないですよね。 へえ。そうなんですね。 え、で、そしてですよ、その特別なと思うんですけども、ま、男女を通じてアジア人では、え、市場初となる FIFA 最優秀選手相を受賞されますよね。これはどういうお気持ちでしたか? いや、もう本当に隣がメッシだったんで、 くわ。も、 なんかよくわからないという メッシ、 メッシ選手です。 そのバンドールの受賞式の時って最後の残り 3 人選ばれる選手が最終的に決まるんですけど、その 3人はまたなんか 別の部屋に連れてかれるんですよ。 は それでもう見るともう本にその男のベスト 3 に選ばれた選手女子のプラス族しか入れないルームみたいになったのでもうなんかよくわかここどこにいるんだろうっていう 特別な場所にさせていただい 葉わしたんですか? メッシ選手はあのスペイン語なのであまりちょっと英語がそんなに今あ今多分ねアメリカでプレイしたりするんで分かると思うんですけどその当時あんまりなんかうん あの得意じゃなかったのであのスペイン語喋れる人に 通訳していただいたりとかは はい。 もでもさ、これ以上ってないじゃないですか。サッカー選手にとって。 え、 これなんか取った時って どんな感じなんですか?もうみんなの夢ですよね、サッカー選手の。 うん。うん。 それを手にしたわけですよね。 はい。てなった時にでも日本人でもこの賞を取れるっていうのを実際自分であ 対現できたし、またここを目標となる場所が作れたので、それはすごい良かったなと思います。 やっぱり未来ある子供たちの目標となる場所が作れたので うん。あ、そうか。そういうことになるのか。今後もだからそうですもんね。男子でも女子でもう あるよってことですもんね。 はい。え、この時にその頂戴したもの盾なのかわからないんですけども、こういったものって今どうどうされてるんですか? あの、夫が管理してくれて、そなんかあの預けるというかショケースみたいなところに入れてっていう感じで後々そういう部屋を作ろうと思ってて色々もうあの保管してます。 そ、そ、ちょっとゲスなことですけど、未だにずっと毎月 10 万ずつくれるとかそういうのはないですか? ないですけど、あの、バロンドンっていうか、その年間のこれ取ると表彰式そのやつに呼んでいただけます。 あ、ずっと呼んで いただきます。あの、で、ビジネスクラスで自分ともう 1人ですか? 連れてっていいですね。 ああ、連れてっていいんだ。 はあ。そうなんだ。 うん。 そういうあれがあるんですね。ちなみにそのアメリカに勝つじゃないですか。ここでご自身がその世界に初めてた時アメリカのチームじゃないですか。 すごい力の差を感じたって前回お話ししてましたけども、そのアメリカに ここで勝つっていうのはどういうお気持ちだったんですか?う ん。いや、もうある意味自分としては第 2 の故郷がアメリカでアメリカで自分を成長させてくれた場所でしたしアメリカでやっぱりお世話になった人たちにも自分の活躍をやっぱ見せれたのはすごい嬉しかったですし、 またその1 回もアメリカに勝ったことがなかった相手だったので、もう あの嬉しいの一言じゃもう現せないぐらいの 感情でしたね。 もう複雑な 嬉しいのは嬉しいけどそう いろんな思い 思いでしたからワンバックとすごいチームメイトで仲良かったし彼女のすごい顔とか見るとすごい喜んでるけどやっぱ内心は うん ねっていう あるしでも向こうはすごいあの誇りに思ってるよって言ってくれてすごいなんか ワクいい人だったなと そうなんですね もう輝かしい経歴のも 2015年のシーズン 終了を持って現役を引退されました。 この時はどんなお気持ちだったんでしょうか? あの、私はもう引退の理由があの、心と体が一致してトップレベルでできないっていうのがもう引退の理由だったので、 [音楽] あの、その最後の 2015 年のワールドカップが最後になったんですけど、その時にやっぱり自分のコンディションもなかなか上がらないとか、年齢がとか若手の成長でって、あの、スタートで出ることが少なくなってきて、で、やっぱり正直最初それを受け入れるのにてやっぱ時間が かったんですね。 で、だけど、あの、このチームに自分にとって何ができるかなって考えた時に試合に出ても出なくてもこのチームのために全力でやろうって決めた最後の 1 年だったんですね。で、それをまた次の年にもうもう 1 回できるか、もうできないなと思ってやっぱもう心がついていかななと思って。 うん。 で、サーは本当にくの称号いいて、 あの、満足はしてるというか、も、ま、 満足というよりはもう納得でもうサッカー引退しようと思ってスパっていけたので、もう最高のサッカー人生だったので悔いなしなんで。 だから本当引退してからもサッカーやりたい気持ちが 1%もないと。 現役だから長かったんですよ。レーサーさん。 長かったですね。 ね、他の選手よりも結構ずっとやられた感じですよね。 で、今は結構その 2011年のメンバーも40 ぐらいまでやってる選手も何人かいますし、なんかね、息が伸びだというか長くなったんですけど、もう人それぞれなんで、やっぱりポジションによっても違うし、怪我の具合だったりとか、メンタルのところでっていうのも人それぞれ違うので、 あの、若くて引退する人もいればうん。ベテランになってやるのもいいんですけど、私は本当にちょうどいい時に自分の納得した形で引退ができたかな。 うん。監督もされない。 されないです。 されないですか?わけないよ。多分それ前も聞いたら言ってたのよ。 この経験ってやっぱり他にいらっしゃらないから [音楽] 監督になってほしいって思っちゃうんです。勝手に。 だからこそれに責任の人がいるからこそその周りで自分ができることを伝えれることはあると思ってるんで監督とか指導者が全てだとは思ってないので はあ。うん。 例えば私の将来的なあの夢というか誰か 2011 年のメンバーがなんかナシコジャパンの監督に誰かいつかなってくれて なるほど。 その時になんかあのメンバーだったらまたこのチーム優勝世界一取りたいなって思うなのでその時に自分は何かできないかなと思ってます。 ああでもその可能性はめちゃくちゃあります。そう誰がなるかわかんないですけどそうなったら自分もなんか自分にできることしたいなと思ってます。 へえ。で、 現在はご自身としては、ま、サッカーボールにその自分が受けるっていう作業されてないですけど、色々こう教えてらっしゃる立場では普及活動もされてらっしゃる。 ますね。で、今の思にも別にあの、関わりたくないとかじゃなくて要望があればあのやりたいなと思いますけど、今はやっぱり自分の中で子育てもやっぱり中心として考えてるの。 なかなかそんなキャンプに長い間行けたりとかしないですねってなった時にタイミングがちょっと今じゃないかなっていうだけであってその普及活動はどういう思いでされてるんですか?やっぱり作家人口が少ないっていう思いなんですか? 少ないですし、やっぱり女の子たちがサッカーやってる姿とかやっぱりなんか夢を持ってやってほしいなっても思ってますしでも今課題なのがやっぱり女子の中学校でやれる環境が少ないんですよね。 中学女子サッカー部があんまない。 はい。 たのチームがあるから高校でまたサッカースタートするっていうことが多くて、ま、この 3年間結構 成長できるさ、中学校3 年間って成長できる年なので なんかもったいないなって思ってはいるんですけど クラブチューブの株組織みたいのは女子は結構充実はしてるんですか? 充実ま、その他の競技とかに比べては分からないですけど、もっともっとう 充実させたいなとは思いますけど。 うん。もっといろんな子がチャンスがあるように。なるほど。 うん。サの時よりもレベルは上がってます。 上がってますよ。全然今の中ジャパンも若い子も全然 もう佐々木のりさんが言いますもん。 お前らより今のことじゃなうまいぞって。 へえ。そうなんですね。 確かにってそれは思います。 ああ。 はい。さあ、ここからはですね、さあ、ほまれさんに関わりの深いテーマについて迫ってまいります。 はい。今回のテーマはFIFA 女子ワールドカップです。今お話ただきましたように 2011 年にサさんがキャプテンとして引きた日本代表はワールドカップで見事優勝されました。男子に比べるとこの女子のワールドカップ歴史は割と浅いんです。 え、まず1991年第1 回大会が中国で開催されます。 1991 年なんですよね。この時初代王者はアメリカ合衆国でした。 それからこう4 年ごとに開催されまして、え、 2015年、え、第7 回大会がカナダで開催。この時、えっと、沢さんの大会、ここが引退されるところですよね。えっと、最後のさんにとってワールドカップ、最後のワールドカップになります。で、 6 大会連続でのワールドカップ出場は男女通して世界最出場記録、ギネス世界記録にも認定されています。 うん。ということで、今2023 年なんですけども、サさんがサッカー始められた後に女子のワールドカップが開催されていくわけですよね。 はい。 これはどういう思いでそのワールドカップ開催を見てらっしゃったんですか? あの、あの、当時ベレーザのチームにいた時に先輩たちがこの 1991 年の初めてのワールドカップに出場してる先輩たちがたくさんですよ。 その先輩たにワールドカップはこうだったよという経験を聞いてもうおさらその試合に出たい。ワールドカップに出たいっていう。 そして2011 年ですね、優勝されるまで日本はグループリーグ配が続いていましたけども、つかこう絶対に優勝できるという気持ちはありながら出場されてきましたか。うん。 だんだん結果が出てきたんですよね。で、その間にもやっぱりあのオリンピックもあったのではい。 どちらかと言ったら女子の作家でワールドカップよりオリンピックの方が位置がちょっと上だったんですよ。 で、ワールドカップ優勝してからワールドカップのなんかこう地位というかが同じぐらいっていう風になりましたね。 へえ。あ、そうなんですね。 で、だんだんこう上がってくじゃないですか、順位が。それはもうよしよしよしっていう気持ちですか? うん。いや、もう本当にやりがい感じてましたし、結果が出るにつれてもっともっと強くなりたいなって思いましたし、うまくなりたいなっていう思いはすごくはい。 強くなりました。 え、引退後もワールドカップの試合はもう仕事もあると思いますけどもご覧になってらっしゃるです。 あ、見ます、見ます。そっか。はい。 あ、どういう目線でご覧になってるんですか? ああ、なでしか男子のそうですね。やっぱり見る時にどうしても自分のポジションのところを見てしま す。そう。 そうなんですね。うん。うん。 それは自分だったらこうするな。 あ、そう。そういうのも考えながら見てます。 へ。 だからあ、そこの選択あるんだとか、自分だったらこっち出してたなとか考えながらとか見てたりはしますね。 そうなんですね。 まあ、2 週にわって本当に素敵なお話の数々ありがとうございました。 ありがとうございました。 常に厳しい環境の中で戦ってこられた沢さんに最後にこんな質問をさせてください。人生 100 周年を迎えたその時、あなたは何をやりたいですか? 私は逆年を迎えた時にしっかり自分の足で はい。はい。 立って はい。 できればなんかウォーキングだったり うん。 健康な体で痛いかな。 ああ。何? ちょっとボール蹴ってほしいですけどね。 うん。なんか健康じゃないとなんか好きなことできないし。 でもあれじゃないですか?サさんが100 歳の時にあのご自身の足でこう歩いてらっしゃる時にちょっと横からボール投げれば多分反応すると思う。多分 そうですよね。するかもしんない。 うん。そうだ。そしたら娘とボール蹴るかな。 おお、そうですか。 うん。 やっぱなんとなくさんて 100歳なくてもフィールドま立つ ま、野球たら長嶋さんとか はい。 ああいうポジションであってほしいっていう。 そうですね。 あ、さ、来たっていう。そう、そう。 やっぱそういうポジションの人だから。 はい。国民的スター。 そうなんですよね。 あれもやりたいですね。そしたらあの試合前の あのレフリーにボール蹴るじゃない。あ、あれやりたいかな? あれやったことない。 あ、あの、 100歳の時に いや、それ全然ありますよ。 え、これ聞いててくださればみんながなりますよね。 あと何年あると思っカップの決勝とかで ボール蹴れる人だから。 その資格がある人だから。いや、これ叶いますよ。沢さんね。それちょっと面白そうですね。それはいいと思いますね。 え、忘れないでおこ。うん。 さあ、田村製政作所プレゼンツ 100 年ラジオ紹介。この後は田村政作書の歴史も掘り起こしていきます。 人に歴史あり、物に歴史あり、会社に歴史 あり。2024年5月11日に創業100 年を迎えた田村政作署。その歴史は未来へ の挑戦の連続でした。今につながる田村 政作書の挑戦の奇跡を紹介していきたいと 思います。第11回となる今回は時計の針 を2024年に巻き戻してみましょう。 AIを支える円の下の力持ち。 近年北米では風力発電、太陽光発電の設備 やデータセンター関連の需要拡大が続いて います。これらの設備の電源システムなど に使用される装置が大型のトランスと リアクタです。 田村政作署では北米市場向けのトランスと リアクターをメキシコ向上で生産している のですが、この拡大する需要に答えるため 増産体制を整えました。 2023年にメキシコ工場でのこの製品の 生産能力を約1.5倍に引き上げる拡張 工事を行い、2024年3月から本格生産 を開始したのです。 またそれだけにとまらず、現在は特に生成 AIの広がりによるデータセンター関連の 需要が高まっていることからトランスと リアクタの生産体制をさらに強化するため にメキシコ工場の近隣地に第2工場を設立 。この第2工場も今年2025年2月より 稼働を開始し、2027年度に達成予定で あった売上高目標が2年前倒しで達成を 見込めるほど高い稼働率を維持しています 。衛生AIは今後様々な分野での活用が 期待されており、世の中に普及していくと 考えられていますが、田村のトランスと リアクターはそんなAIを支える、まさに 縁の下の力持ちのような存在になったと 言えるのではないでしょうか。 そして田村静書の未来への挑戦はまだまだ 続きます。次回をお楽しみに。さあ、 そろそろエンディングの時間です。ささん 、お知らせお願いします。はい。 えっと、私今JF 日本作家協会と、えっと、ディズニーさんの、え、コラボでマジカルフィールドスパイアード byイズニというあの女の子のサッカー教室をあのやっています。で、一歩踏み出す勇気を持ってもらうためにあのこのイベントにあのたくさんの方々に、え、参加してほしいなという思いでやっています。え、詳しくは、あの、サッカー協会のサイトに載っているので是非ご覧ください。 是非ご覧ください。 はい。 え、2 週にわってほまさんと共にお送りしてまいりました。 山さんいかがでしたか。 やっぱりこう女子サッカー会のレジェンドだし、パイオニアの人じゃないですか、こういう方と同じ時代を生きて これて、こうやって多少知り合いで、わさんと喋れるとか、 そういうことが自分の人生にとっても豊かになるなっていうか、 俺知り合いだぜっていう喋ったことあるぜってこう言えることが嬉しいっていう。 ラッキーですよね。 のありますよね。100 年ラジオ紹介。今回のゲストは元サッカー女子日本代表のサ小まれさんでした。 さん、どうもありがとうございました。 どうもありございました。 うございました。 それではまた来週お耳にかかりましょう。さよなら。 さよなら。

7月スタートのこの番組は、
ゲストのこれまでの人生を振り返り、これまでの忘れられない出来事についてお話を伺う番組です。
11回目のゲストも、澤穂希さんです。
#100年ラヂオ商会 #カンニング竹山 #神田愛花 #澤穂希

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