Search for:



俳優・奈緒がアメリカで取材「戦争花嫁」差別と偏見を乗り越え…日米をつないだ桂子・ハーン(94) 舞台「WAR BRIDE」戦争の記憶を次の世代へ【news23】|TBS NEWS DIG

[拍手] さあ、あ、行きましょう。 行きましょう。 なおさんにはどうしても会いたい人がいました。 [音楽] 初めまして。 [音楽] ありがとうございます。 [音楽] 稽古ハンさん94歳 戦争花嫁と呼ばれる女性の 1 人です。戦争花嫁とは第二次世界大戦後アメリカ兵と結婚し、海を渡った日本人女性のこと。その数は [音楽] 4万5000 人を超えると言われています。 2 年前私たちは戦争花嫁をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作。 [音楽] その作品が原案となり、今回舞台化されることになりました。主人公稽古さんの役をなおさんが演じます。 [音楽] 祖父があのもうなくなってるんですけど戦争をこう経験して当時全然祖父がその戦争の話を従くて聞けなかったんですよ。 [音楽] け子さんの言葉を直接聞きたい。なおさんはそう考えていました。 [音楽] 今から80年前、1945 年、横浜大空。当時稽古子さんは 14歳。住んでいた町は 何も残ってませんでした。暴然としました。人生の悪か思いました。私は戦争を憎むようになりました。 [音楽] [音楽] しかしけ子さんは戦後たった5年で アメリカ兵のフランクさんと結婚し海を 渡りました。 なぜだったアメリカ兵と結婚したのか なさんは2人の出会いから尋ねました。 母さのことご存知はい。 はい。 あ、よかった。 鳥肌つっちゃった。なんか教科書で聞いてたお名前だから。 [笑い] フランクエルハーンさんマッカーサー引きる第 8 軍に所属する純粋な優しい青年だったそうです。 2 人の出会いは稽古子さんがざにある米軍基地で働いていた時のこと。 お友達になって 私は全然あのキャンプの外に出かけたことないからあの案内してくれないかって頼まれて 一応初めは嫌だ嫌だにしませんしませんって言ってたの あそうなんですね うんというのが 世間の人が私を変に見るんですよ。 [音楽] 戦後の混乱機。当時はアメリカ兵と歩いて いるだけで勝負に思われたと言います。 実際にそうした仕事を選ばざるを得なかっ た女性もいる中、差別や偏見が日常の中に 広がっていました。 それでもなぜフランクさんと結婚したのか ? 彼を適 だと思ったことないんです。 本当に友達と結婚するっていうような感じで こうして結婚し米したけ子さん。しかし アメリカでも差別を受けました。他の人たちもっとひどいあ関係があったと思います。 うん。 あの世間とた戦ったわけですね。 うん。はい。うん。うん。うん。うん。 その世間と戦ってる時はどういう思いがありましたか? 自尊心ですね。 うん。 日本の本自尊心。 日本を誇りにできる女性アメリカが私を誇ってくれるような女性になりたかったんです。 その後け子さんはアメリカと日本の駆けになろうと活動を続けました。 [音楽] 戦争がない国 はい。 っていうのが 1 番私のあ、望みなんですよね。ですからどちらの国でも自分の国と思ってますね。 [音楽] うえ、1 つの国にとまらないで人間としての愛が良国に伝わっていくっていうのだからやっぱりありがたく嬉しく思っています。 [音楽] [音楽] [音楽] できなくなったのでね。 旅の最後2006 年に亡くなった夫さんのお墓に案内してくれました。あなた心配してあの死んでいったわけ大丈夫。私は絶対に大丈夫。みんなに守られてるから。 [音楽] どな安心してお願いしございます。 [音楽] け子さんがかつて通った横浜後女学校現在の横浜二学園 皆さんの大切なご卒業生稽古を演じることになりました。 この日は舞台の原案となったドキュメンタリー映画の上映会。 [音楽] け子さんの反省を見て生徒たちは [音楽] 私にとっての日本人という方は 1 番差別というものが少ない国だと思っていたのでそこが 1 番の衝撃でした。差別されたりしながらもあの一生懸命生きている姿に感動しました。 [音楽] 世代を超えて受け継がれる戦争花嫁の記憶 。なおさんも稽古犯さんの思いをついで いこうとしています。 94 歳の敬子さんのしなやかな佇まいに仮面を受けましたけれどもさん実際に会われてどんな方でしたか? はい。本当に最初お会いする時は少し緊張もあったんですけど うん。 本当に愛に溢れた方で はい。あの、私自身お会いした時間、 たくさんけ子さんの愛を受けたなという 自信を持って日本に帰ってくることができ ましたし、あの、ライ氏市の方でたくさん け子さんのお知り合いともご挨拶をさせて いただいたんですけど、皆さん本当にけ子 さんのことをあの、自慢だと誇りだと おっしゃっていて、あの、改めてご自身で 自分の居場所というのを気づき上げた方な んだなと。はい。 とてもい時間でした。うん。もう初めてお会になったとは思えないような住み込むような感じでね。うん。はい。 この年ですよね。 はい。素敵です。 本当に初めてだったのでこの時が 嬉しかったです。 はい。そんな稽古子さんと、ま、同じように戦争と戦争の戦争花嫁と呼ばれた方々日本でもアメリカでも常々ね々差別や見に苦しんできたと。 で、フランクさんとの間に生まれた長男のエリックさんも黒い髪の毛を周りの方、親戚の方が見てやっぱりフランクの血をついでいないようだね、こういうことが言葉で出てくるような感じだったんですよね。実際になおさん、そういう稽古子さんが戦後も世間と戦い続けた状況ってどういう風に感じましたか? [音楽] そうですね。あの、け子さんもVTRの方 でおっしゃっていたんですけど、やはり 戦争花嫁と呼ばれた方たち1人1人にも それぞれの人生があるので、あの、全てを 測り知ることはできないんですけど、け子 さんとお会いしてお話を聞いていると、今 け子さんがたくさん辛い思いをされていた 中で、今の自分がすごく幸せだと おっしゃっていて、あの、日本という国は 戦争がない。今それがもう幸せだと おっしゃっていたのがすごく印象的で、 そしてもう本当にご一周している時に ありがとうございますっていう言葉をけこ さんの目口から本当に何度も私は聞かせて いただいたんですね。 なので全てのことに今感謝をしていらっしゃって、ご自身のことも愛していらっしゃる姿というのが本当に素敵なあの女性だなと思いました。 うん。お話聞かれている時になおさん涙はされてましたね。 はい。そうですね。 ここまでこうけ子さんもお話をしていると 涙を流されている時もたくさんあったん ですけど、あのここまで心が動く数日を ご一緒できて自分の人生の中でもすごく 大きな時間だったなと思ってます。はい。 その稽古子さんを、ま、演じられるわけですけれども、そうした中で、ま、なおさんご自身の中でも様々な思いが込み上げてくるとは思うんですが、どういったことにこう向き合っていかれたいと思われますか? [音楽] 私自身があの今回の役のお話をいた時に戦争というものに戦後 80年で向き合う機会をいて はい。 すごく私なんですけど、あの祖父の思いというのを聞けなかったというのはすごく自分の中でも心残りだったので稽古さんとお会いして当時のことをたくさんお話を聞いてえ、 [音楽] 絶対に祖父にも伝えたい思いがあったと思うんですよね。 想像することしかできないけど、想像することを諦めずに稽古子さんから頂いた言葉を私は伝えていきたいなと改めて思いました。 [音楽] うん。 語り継いでいくというところで言いますと、あの、 VTR でも稽古子さんの母行を尋ねて、ま、生徒の皆さんとも交流が終わりだったと思うんですけれども、その中でお感じになったことだったり、語り継いていくことの意味というのをなおさん、今どんな風に感じてらっしゃいますか? [音楽] あの、本当に私自身が学んだなと思う時間で [音楽] うん。二葉 学園の皆様とお話しているに実はすごく質問をたくさんいいたんですけど、 [音楽] その質問の1 つに当時のことを実際に知っていらっしゃる方にお話を聞ける機会というのが減っていく中で私たちはどうやって向き合っていけばいいと思いますかといううん、 [音楽] [音楽] あのとても深い質問をいて [音楽] その時に やっぱり止めないことかなと改めて私も 気づかされましてずっと考え続けていく ことが伝え続けていくことが大事だと思い ますし私たちが今こうやって届いているも のっていうのは受け取っているもののって いうのは誰かの残したいっていう思いが あって届いてるものだと思うんですよね。 なのでしっかりとその思いまで受け取ら なければいけないし、今度自分が伝える側 になった時にどういう思いを受け取って 欲しいか、何を残したいかっていうことを 1つ1つしっかりと自分の中で選択して 残していくっていうことが大切なのかなと 気づかされました。してそのお話をする場 をこうやって私もそうですし葉学園の皆様 もそうですけどやっぱり戦後80年の間に 生まれた人間なので私たちはその共通点を 持って一緒に向き合えば怖いことはないと 改めてはいすごく心強い あのお守りのような教えをいいた時でした 。 斎藤さんですからこうして日本とアメリカそれぞれでも差別を受けながら前を向いて行き続けてその時間を私たちもこうやって知ることで共有することの大切さ改めて感じますよね。 そうですね。やっぱり差別や偏見とこう 戦ってきた方々がいるから、今の社会の 多様性とか平等とか平和があると思うん ですけれども、ま、他方でやっぱり80年 経って戦争の記憶が急速に薄れているし、 ま、それは賛成党の憲法案なんかを見てい ても最近は非常に感じるんですけれども、 ま、今私はドイツにいて、ま、究極の継承 って意味ではドイツは戦後かなり頑張って きたけれども、ま、逆にそれがガザの ジェノサイドについてはこう何もできない 状態を、ま、産んでしまっているという ことで、ま、本当本当にこのまま行くと第 3 次世界大戦みたいな状況にこう今人類が再びこう面している中でま本当に今おっしゃったようにどうやって私たちが歴史からこう学べるのかっていうのをこやっぱりこの [音楽] 80 年を気にですね私も舞台を見て改めてこな考えたいと思いました。 はい。その舞台はいよいよ来月です。なおさん改めてどんな思いを伝えていきたいですか? [音楽] はい。改めてこの戦後 80 年に戦争が過去にあったということをうん。 自分たちの過去として受け止めて向き合う機会になったらいいなと思いますし、 あの、私自身今回こうやってテレビに出させていただいてこんなコメントしてるんですけど、やっぱり自分の鞭知を通感してすごく怖くなった時があのあるんですね。 でもだからこそ来てくださるお客様たちに はそんな鞭知が自分の鞭が怖いという思い ではなくてこの無知というのは自分たちの 余白なんだとその愛 とそして平和につがる言葉で一緒に埋めて いこうとそういう風に思える舞台にしたい と思いますので今 残したいものをみんなで稽古場で一生懸命 選んでます。 その思い事を舞台をご覧の皆さんに伝わっていくことを心から願っています。 今夜ありがとうございました。お伝えいたしました。

戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」。第二次世界大戦後、アメリカ兵と結婚し、海を渡った日本人女性たち。「戦争花嫁」と呼ばれています。94歳の桂子・ハーンさんもその一人です。日本とアメリカで差別や偏見と向き合いながら生き抜いたその半生が、舞台『WAR BRIDE-アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン-』として描かれます。主演を務めるのは俳優・奈緒さん。桂子さんに直接会うため、アメリカを訪ねました。戦争の記憶を次の世代へどうつないでいくのか。奈緒さんと一緒に考えます。

▼TBS NEWS DIG 公式サイト https://newsdig.tbs.co.jp/

▼チャンネル登録をお願いします!
http://www.youtube.com/channel/UC6AG81pAkf6Lbi_1VC5NmPA?sub_confirmation=1

▼情報提供はこちらから「TBSインサイダーズ」
https://www.tbs.co.jp/news_sp/tbs-insiders.html

▼映像提供はこちらから「TBSスクープ投稿」
https://www.tbs.co.jp/news_sp/toukou.html

#ニュース #news #TBS #newsdig

Write A Comment