Search for:



なぜ3年間“主夫”に?その後なぜ社長に? 50代からのキャリアデザイン【悩める大人たちに贈る 47歳からのキャリア】

肩書きで仕事をするのがあんま好きじゃないタイプだったんで、あんまり社長という肩書きにはこだわってなかったんですけど、意外と自分のキャリアみたいなものをちゃんと棚お下ろししてる方とんどいないんですよ。 [音楽] 棚おろしですか? はい。どんな仕事をしてその時にどんな人に出会ったり、ま、わゆるどんな経験から学んだことみたいなのを毎年毎年ずっとこう結構書きしてったんですね。 [音楽] 45から48歳ぐらいまでの3連主婦して たんで、えっと、まさに47っていう タイミングは自分にとっても個人としては すごくターニングポイントだったかなと [音楽] 。え、大館山谷書店に来ています。え、 つ谷書店の1号店なんですけれども、 やっぱり本屋さんとカフェを併設すると いう斬新なアイデア本当に今人気ですよね 。 え、今回のゲストはこの伝えを展開するカルチャーコンビネンスクラブの高橋社長です。 2023 年に就任されたんですけれども、今日はどんなお話伺えるのか楽しみです。高橋さんってあのすごくこうあの稀れなキャリアを積んでいらっしゃるというか ああ、なるほど。はい。そうですね。確か ご自身の人生をこれまで振り返っていらっしゃって、こう自分のこう天気になったところってどういうところですか? はい。これはですね、私大体キャリアを人 にご説明する時に、ま、1/3ずつぐらい 、ま、今年で50人になるんですけど、ま 、社会に出て、ま、30年ちょっとぐらい なんですけど、その期間やっぱり1/3は 現場なんですよね。私事業の現場ですね。 いわゆる、あの、私のことで言うと、私 もうCCCという会社しかおりませんので 、ま、津谷の現場ですとか当時で言うとT ポイントの現場にいたのが1/3で1/3 が自分で志願してやった人事の領域ですね 。 で、ま、今後半戦というか1/3 が、ま、大体経営の領域というのが、ま、大きく対別するとこの 3 つなんですけど、多分いずれも共通してるのが自分でこう手を上げて、あの、新入社員の時はね、もうここ行けって言われたらここ行ってましたけど、 あの、途中人事の時と経営の時はもう自ら手を上げたってのが多分特徴的なとこじゃないかなと思いますね。はい。 そう、人事に関して言いますと、起業されたんですよ、社内。 そうですね。ですよね。はい。 あの、これがね、僕はやっぱ現場上がりだったんで、 あの、人事をやりたいと希望して人事部門に来たんですけど、ま、人事部門ってスタッフ部門なんで、基本やっぱり一般的な会社でコストセンターに位置づけられるってことが多くて、 で、私からすると結構その現場で授業でお金をね、こうどう稼いでくるかっていうところを一生懸命やってたんですけど、やっぱりこっち側のスタッフに来るとお金をどう使うかって方に行っちゃうんですよね。 ま、いいわゆる予算をどう取って、 予算をどう消化するかみたいな。 この概念がね、ちょっと私すごく嫌というか、 そうなんです。 これじゃかんなと思ってですね。で、 やっぱり当時はCCCがまだ上場していて 、え、ヘッドクォーターみたいなところが 私の、ま、仕事場だったんですけど、そこ に100社の、ま、グループ会社たくさん あったんですけど、結局ヘッドコーターだ から、ま、みんな品質に関わらず、ま、 しょうがないなっていう形でこういろんな ことを人事部だろうかどこだろうが全部 実行するわけですよね。 で、これだと品質の担保ができないんで、で、私は人事のプロでもなかったので、どちらかと言ったら私と一緒に働いてもらってたメンバーは人事のプロなんですよね。 ただそれが当たり前だと思った。うん。 でもプロ、あの、プロじゃない私がトップに立ってそのある意味で言うこと聞いてもらうっていう意味でいくと市場の原理を掘り込むしかないと思って。 で、それで会社にしてで人事の仕事を全部プロジェクトにこう切ってですね。 うん。 で、それをに提案しにで、あの、お前とに出すよって言ってくれて初めてんがるっていうです。 そういうような仕事のスタイルに、え、買えたかったんで法人にしたんですよね。 あ、そうなんですか。でもやっぱりそういう意味ではあの人を大事にするというか効率的にこうちゃんとあの 当てはめるというそういう作業ですよね。 はい。そうですね。 あの、その作のの一として当時ちょっと時代が早すぎて、あの、あんまりうまくいかなかったとこだったんですけど、車内転職場みたいなのをグループの中で開きまして、で、やっぱり当時の CCC もこうベンチャーから成長期だったんで人の入れ替わりもやっぱ激しかったんですね。あの、どちらかと言ったらやめていく人の方が多かったんです。 で、私はやっぱ人事の責任者としてやっぱりそこをなんで人はやめてくんだろうと思った時にやっぱり隣の芝フ見える商候軍みたいなのはやっぱあるじゃないですか。 で、そこをやっぱ担保してくためには車内にマーケットを開いて、 まず1 回リクルートさんに駆け込む前に1 回うちの定職場で市場見てからでマッチングしなかったらもう外行ってくれっていうぐらいのちょっとその 1 個前の市場をね、ちょっと開いたですけど、なかなかね、これが当時で言うとまだその副業時代でもないですし、 そうですよね。 うん。転職みたいなものはこっそりするもんだった。 はい。そういう時代だったんで、 そうですね。 ずっと同じ会社にい続けてっていうのでね、なんかやめること だからそこがね、ちょっとね、あの、まだ応募が少なかったですね。 で、でも、ま、昼返ってもうそっからもう 10何年経って、20 年近く経ってですけど、今まさに同じような市場を開いてるんですけど、今やっぱ副業時代なんで、 当たり前のようにみんなあの、応募してくるっていうのが大きな特徴かなっていうのがありますね。 そういう時に今カルチャーコンビネンスクラブのトップになられてこれもさっきおっしゃっていた自分で手を上げたっていう話ですけど これ立候法自分でやりますってさんに はい。あのものすごくなりたくてなったわけじゃないんですよ。 いやいや目指すならばトップあの私はどちらかというとあんまり肩書きとかいうのがあんまりこう昔から好きではないと肩書きで仕事をするのがあんま好きじゃないタイプだったんであんまり社長という肩書きにはこだわってなかったんですけどまからあの CCC の経をま頼むと言われた時がま代表権だけは絶対くださいと。 それはなぜならば私がジャッジすることが会社の方向性に反映されないと意味がないんですけど、初年度は 2人で話し合って、 まあ40 年近くやってきた会社を私が急に引き継ぐわけなんで、ま、内や外交ろんなこうことやらなきゃいけない時には私はこう内部の立て直しに注力したかったんで、ま、ある意味初年正さんは残っといてくださいとちゃんと。 それはやっぱりあの人はもう顔的なもののね、やっぱり有名な方なんで、やっぱそこはきちっと待をしていただくというところでやったんですけど、 1 年経ってあの私自身が色々意思決定を下したことが会社の未来にね、大きく影響与えることがすごく増えてきたんで、これは僕自身がやっぱり社長として責任を持って説明責任果たさなきゃいけないと思ったんで、あの、僕と正さんはいつも仕事やるやらないっていう時は大体あのやれって言ってくることほとんどないので、 あの、こちら側 からやるっていう意思を持った人にしか多分仕事を預けないような人なんで、あの、そういう意味ではあの社長やりますという提案をして株主である正さんが承諾してくれたってそんな感じですね。 で、ちょうど今52 歳っておっしゃっていましたけれども、例えば高井さんにとって 47歳、48 歳、このぐらいの年代っていうのはどういう風に移りますか? はい。 あ、これはね、私個人で言うと実は45 から48歳ぐらいまでの3 年間主婦してたんで、 ま、ですからまさに456、47歳かな、 48で会社に戻ってきたんで、 えっと、まさに47 っていうタイミングは自分にとっても個人としてはすごくターニングポイントだったなと。 ま、社会復帰するのかしなかしないのかも あんまり決めてなかったですし、あの、 たまたま戻ってくることになったので、 非常に大きな、あ、タイミングだったかな と思うんですけど、一般的に言うと、ま、 人生100年代って言いますけど、ま、 大体ね、80前後ぐらいが、ま、人生の 終わりかなっても、もうでも半分は超え てるわけで、そうですね。ですから、 そういう意味だと気力、体力、ま、こう未来に向かっての思いみたいなものっていうのがやっぱり 20代、30 代の頃っていうのは結構先が見えなくてもなんかこう元気に走れるとかある。 なんかキラキラした未来っていう感じですもんね。 あるかどうか置いといて、 ま、そう思ってた自分もね、僕もそうでしたし。 ただ40 ぐらいになるといんな事分かってきたり自分のこういんな歩んできてる道筋も分かってるんでそういう意味だとこの未来に向かってっていう道筋がちょっともしかしたら 47 ぐらいだとあの漠然とした不安がなんかふわっと襲ってくるタイミング僕もそうだったのかもしんないですね。もしかしたらね。うん。 [音楽]

★フルバージョンは「テレ東BIZ」で配信中(無料でお試し)⇒ https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/47/vod/post_318589?utm_source=youtube&utm_medium=video&utm_campaign=47_0524_yt_mSXb7ndZewU
「TSUTAYA」や「蔦屋書店」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ。2023年に創業者の増田宗昭氏の後継者として社長に抜擢されたのが、今回のゲスト・髙橋誉則さんです。髙橋さんのターニングポイントは40代半ば。当時、家族を支えるために3年間の“主夫”生活を送っていたのに、なぜ復帰して社長となったのでしょうか?髙橋さんは、50代に必要なのは「キャリアの棚卸し」だと話します。棚卸しの際には良いことだけでなく、自分のネガティブな部分も書くべきだと。その理由を聞きました。(全2回の前編)

【悩める大人たちに贈る 47歳からのキャリア】
2017年にアメリカで公開されて話題となった「47歳 人生のステータス」という映画があります。中年男性の悲哀と再生を描いた人間ドラマです。実は、人生で一番「幸福感」が低い年齢が、47.2歳。米ダートマス大学のデービッド・ブランチフラワー教授が調べたもので、50代を目前にした世代は憂鬱な日々を送っているそうです(先進国で47.2歳、発展途上国で48.2歳 2020年調査)。確かに、仕事やプライベートの悩みが増える世代です。残りの会社人生で何をするのか?出世できるのか?定年退職後も働き続けるのか?趣味に走るのか?今さら転職?リスキリング?キャリアアップ?「人生100年時代」。悩める大人たちに向けて、生き方のヒントを探ります。

<出演>
MC:佐々木明子(テレビ東京)
♯8 ゲスト:髙橋誉則(カルチュア・コンビニエンス・クラブ 社長)

<衣装協力>
HIROKO BIS

<音素材>
Oto Logic

#髙橋誉則 #佐々木明子 #カルチュアコンビニエンスクラブ #CCC #TSUTAYA #蔦屋書店 #40代 #50代 #キャリア #人生100年時代 #生き方 #47歳からのキャリア

Write A Comment