さよならレイニー・ステーション 倉田まり子・上田知華弾き語り(元・上田知華とKARYOBIN)
1980 レッツヤン
そこそこの基礎知識
上田知華さん(1957.06.10~2022.09.17・享年64)
3歳からピアノ教育を受ける。東京音楽大学在学中に、自身の作詞・作曲・ピアノ・ボーカルに弦楽四重奏団(ヴァイオリン×2・チェロ・ヴィオラ)を組み合わせたピアノ・クインテット形式のバンド、「上田知華+KARYOBIN(うえだちかプラスかりょーびん)」を結成、1978年にデビュー。
編曲・プロデュースに樋口康雄を招聘、優れた楽曲と高度な演奏力をそなえたバンドとして、「パープルモンスーン」など、多くのヒット曲を残す。バックバンドメンバーに金子飛鳥、溝口肇など、後にソロで成功を収めた著名音楽家も在籍。
KARYOBIN解散後、ソロ・アルバムを制作しながら、作曲家としての活動を本格的に開始。アイドル全盛期に松田聖子、南野陽子、薬師丸ひろ子、中山美穂、渡辺満里奈などに数多く作品提供。その数は350曲を超える。作詞家の岩里祐穂と組んで今井美樹に提供した作品群が特に著名。結婚・出産後に約10年間ニューヨークに住み、子育てをしながら作曲とソロ・アルバム制作を続け2006年に帰国[2]。2013年、一倉宏が作詞を担当、全篇上田知華がオリジナル曲を書き下ろした「組曲 枕草子」を発表。同年、デビュー35周年記念として、上田本人監修によるKARYOBIN時代・ソロ・今井美樹に楽曲提供した(上田提供曲最大のヒット曲でミリオン記録)「PIECE OF MY WISH」の新録セルフカバーを含むレーベルを超えた初のオールタイム・ベストを発売。
2018年、デビュー40周年を記念して、上田知華+KARYOBINのオリジナル・アルバム全6作に、1978年のライブ音源を加えた7枚組CDボックス・セット「オール・アバウト KARYOBIN」を9月26日に発売。後の10月20日に、東京・日本橋三井ホールにて「〜All About KARYOBIN〜with 金子飛鳥ストリングス」と題されたコンサートが行われた。
