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【朗読】山本周五郎『熊野灘』 初出:『講談雑誌』昭和17(1942)年4月

[音楽] 山本五郎 さふの [音楽] な1の 1両手を地上に表をくせ腰を低く言上する においても必ずおの方へ目をあげざること 毎などのことある場合にはおば集へ 申し上げごと捕まらざる こと国元でも何度か言われたし出してから も嫌になるほど聞かされたことに前の日 からその朝にかけて耳にタコができるとは こんなことかと思うほど繰り返して注意さ れたのであるそれでも小郎は別にうるさ がりもせず言われるだけのことを大人しく 聞いていたその様子があまり神妙なので なんだ評判ほどの男でもなさそうじゃない かと役人たちは一応安心したのであっ た何しろ江戸上中吹き上げの庭で紀州の一 漁父が将軍家直々に越を賜るというのだ からその破格なことはもちろん もし失策でもあった場合の責任の重大さを 考えると係の役人たちが心配するのも 決して無理ではなかっ たどうしてそんな前例のない謁見が許され たかというとその前の年すなわち繁栄6年 の正月にキ義信から領内で取れたクジの肉 を献上した将軍家は生まれて初めて味わう 肉の珍しさにまだ見たことのない虚業の 修正や手形とりという奇襲独特の取り方 などにひどく興味をそられた結果この次に は健常の肉とともにそのクジを仕留めた 漁夫を出させ量の模様を詳しく話して聞か せよと命じ た信は領内の産業開発にだったからこれは 歩漁業の発展のためにまたとなき機会だと 思い今年の見上にあたってそのくじらを 仕留めた手がり太地の裏の小三郎を出させ たので ある小三郎は太地で一番古い漁業の網元 わや中米の次男で兄の聖太郎と共に手形と しては熊のなだ切手の名主だったがぶらボ で観察持ちで腕力が強く和中様の小旦那が 通った後は虫も飛ばないと言われていただ から小三郎の出には奇襲家中でも色々反対 があったのであるけれどもヨノがそれで 良しというのでついにこの前代未の謁見と いう運びになったのであった おいか今申したところを必ず忘れぬよう くれぐれも骨の振舞やってはならぬぞ 分かったな吹き上げの庭の定めの場所に 座ってからもよくよく年号したかかりの 役人は小三郎より少し下がって左右に2人 すぐ後ろに1人3人して若者を取り巻く ように位置についた彼らは土下座である1 粒ずつ洗い上げたような美しい玉砂利を 敷き詰めた道が枝振り見事な松林市の間を 右して遠く本丸の方へと続いている将軍 家光はやがてその本丸の方からやってき た大りじゃ下 に役人の声で小三郎はがたりにつくほど 平服し た若き家光は3人の小十を連れただけで 足早にさっさと歩いてきたが小三郎の前へ 差し掛かると静かに歩みを止めたすると係 の役人の1人が平服したまますぐに小三郎 の披露をし た恐れながら申し上げ立て祭りまするこれ にえおりまするはこの度紀州家よりご憲上 のクジを仕留めましたる紀州の国熊野の 漁父五三郎と申すもにござりますれが格別 のご上位を被りましてくつの次第を言上 つまり ます家光が頷くと古住の1人がそこへ将棋 を据えた額をたりにすりつけていた小三郎 は家光が将棋にかける気配を聞き定めて 恐れながらご家門により熊野の海に置き まするくじきの次第を申し上げますと静か な声で口を切っ た声はせかだがはれのいい キパパーキ のなのクジつきの歴史を語ったその由来は 熊野の大地に住む和中というものが酒の 老人家門美州料崎の漁夫電磁というのと共 に始めたのが根源である和田中米の祖先は 鎌倉幕府に使えた朝義秀の末で有名な和田 活線の後老老して太地の裏に至り以来連盟 とそこで漁業を営んでいたものであった彼 らがくじらつきを始めたのは長13年の ことで以来約25年の歳月が経っていたの で あるさてクジには登りと下りと申す量器が 年に2度ずつござい ますここまで言いかけた時小三郎の表は 玉砂利の上から少しずつ上がり始めた登り くは毎年9月海の東より西を取りまするの で12月を持って終わりといたします下り くじは春2月より3月末へかけて取り まするがこれは西より東へ帰るもので ござり ます1の 2この量に用いまする船は網舟手形との3 種あり7長路国人のりにて船ごとにざしと いう式者がおり ます網は井戸綱ほどの太さを持って作り これにて遠巻きにクジの目を 捕まり中に追い込んだところへ森宗を寄せ て森を打ち ます言葉が次第に力強くなるとともに 小三郎の表はだんだん高くなり今は ほとんど家道の顔を正しく見上げるばかり になっていた添いの役人たちは平服して いるのでわからないが家道の後ろにじして いる古住たちがはらはらし始め図が高いぞ 図が高いぞと低い声で注意したしかし 聞こえないのか聞こえても知らん顔をして いるのか小三郎は平然として語り続けた第 1にちれました森を1番としてその船印旗 をあげまするが印旗は3番までにてこれを 手柄に数えその世の森は旗を上げることは できませんかくて時至ると見定めました 場合手形船より1人長さ4尺に余る刀を 背負い太を持って漁夫がくじらの背に 飛び乗ります おお人間がクジのせへ飛び乗るのか 大世のごとくでござい ますその声で初めて付き添いの役人たちが びっっくりした時東はならんと固く注意し てあるのに平気でそれをやってのけたのだ これはいかんと目を上げてみると小三郎は 上半身を起こしきちんと正座して両手を膝 に家を正面に見上げながら語り続けている から3人ともしてこれ図が高いぞ乞食とは ブレであるぞ下に治れ下に下に声を潜めて しった家光はその様を見てにっと美笑し ながらどうするかというように黙っていた 小三郎は驚きもせず慌てもしなかった役人 たちの叱声などは耳に求めずくのに 飛び移り 漁落ち着き払って言葉を継いだ携えました 刀を持ってくじの背を差し貫きますこの間 瀕死のクジは懐中に沈みあるいは見に 浮かび波の狭を十王無人に暴れ回り ます例えば狂える本場でも申しましょうか 脇立 飛び散る渦巻き返す海面に没本するクジと 人と命落としたこの戦いこそ誠に熊のなの 荒くれどが花と呼ぶ壮絶にして凄まじ 有り様でござい ます自分でも感動が盛り上がってきたもの かそう言いながら旗と手で膝を打った ハラハラしている役人たちはたまりかねた のであろう1人がすり寄って外なほれ下に 治らぬかと言いながら赤間を引いた補充の 1人もついに立ち上がってブレイもの図が 高いぞと叱りつけたすると同時に小三郎は ピタっと黙ったそして口を引きまびきな相 がを開いて旗と小十をめけたなんだという 表情であるその眼光の激しさはまるで劣化 のようだったし公然と肩を上げて単座した 体つきは不屈の辛々をそのまま絵にした ように見えた叱りつけて立った古住も役人 たちも気を飲まれて一瞬ぐっと息を飲んだ 時家光が再びにっと笑いながら話を続けい ころと静かに言っ た皆のももブレガは無用だ直島も許す 郎良いから続けて もせ補充は下がり役人たちは再び平服した が小三郎は目も動かさず何事もなかった ような小で静かに続け たに水中をくぐることいじっ たくのを突き貫きましてそれへ太を通し ました上左右の船へこの綱をつなぎ陸地へ と引き上げるのでござい ますこの仕方を手形とりと申しまして熊の なの漁だけが捕まる独特の方法でござい ますがこれは決してたやすくできる技では ございません森を十分に入れぬうち背乗り ますとまだくじらの勢いが強いためおびれ で打ちたれまたは懐中へ振り飛車れて しまいますまた遅れてその時を外しますれ ば手形をとらぬうちにクジは絶命し海底に 沈んでもはや引き上げることができません すなわち入れた森の聞き所を見くの勢いの 衰える良きほを図るのが手形とりの上手 下手の別れでござい ますこの旅送りきったクジはその方が 仕留めたということであるがその主体を 申して聞か せいご上位ではございますが小三郎はニ 笑みを含みながら答え た私は熊野の手とりの仕方を言上捕まる ためにまかり出ましたまで己れの手柄を 不調する心はいさかもございません ごめをこうり ます2の 1小三郎はそのまま江戸城に止められる こととなった家光は徳川歴代の将軍の中で も最も永き殺そたる武将だったから小三郎 の不屈な魂がひどく好きになったらしい家 へその胸を通じて当分の間話し相手として 常駐へ詰めることになったのであった熊の なという荒海を物ともせず片に身を託して 活躍する漁夫たちの生活は家光にとっては 新鮮な心をそられる話題だっ たその子の世家はわやと申すそうだが の和中とは延にでも当たる かある日ふと家光がそう聞いたはい和中兵 は私の家でございますこの方の家か家光は 小三郎の顔を見直すようにし たでは先日その方が申したわの由来鎌倉 幕府の 勇星の末とかいうその子孫に当たるのだな いかにも大勢のごとでござい ますそれがどうかしたかと言いたげな 顔つきだっ た良き血統古き家柄ということが何よりも 尊ばれた時代である中には私に系図を こらえてまで家柄の良いのを誇るものも あるのに小三郎の たる態度は強く家道の気持ちを動かし たそう かそうだったの か吹き上げの庭におけるあの不敵な様子が そう聞いて初めて納得が言っ た朝日義秀の血統といえばメケ漁で置く べき家柄ではあるまいそのの方だけの少が あれば武士としても恥ずかしくはないぞ どうだ世から木へ話してやるゆえ武士とし て祖先の祭りを回復する気はない かありがたきせでございます父の許しさえ ございました なら武士になるというのだなそう愛なれば 祖先の生あげカのためにも妨害の幸せと 存じ ますでは世からキへ申して やる家光はそう言って満足そうに小三郎を 見た小三郎の顔にも珍しく明るい美装が 浮かんでいた全くそれは珍しいほど明るい 希望で溢れた笑顔であっ たそれから死後にして戦国で和家を立てよ と直に和山表死者を立てたということを 家光から聞いたどういう返事が来るか さすがに小三郎も待ちかねているとさらに 45日経って2月に入ったその4日の日に 木のものが国元からの書面を小三郎の元へ 届けてきた父からの手闇であるすぐに開い て読むと急病で倒れ余名もつかないと思わ れる生前に一目会いたいから暇を願って 帰国してくれという意味のことが書いて あっ た父が50 秒小三郎は色を失った和中様の小旦那が 通った後は虫もばと言われそのずば抜けた 腕力と激しい感触とで熊のなの荒くれどを 震え上がらせる彼が一度父親のことになる と猫の子のように従順だったどんなに感触 を起こしている時でも父親がほろと言い さえすれば火の消えたように大人しくなる くらい彼の父親思いは有名なものだので あるすぐに小三郎は糸を願い出た家光は次 の出を固く訳した上願いを許し た下上して奇襲屋敷へ挨拶を済ますと 小三郎は夜道をかけて江戸を出発した今の 暦にしても3月初めことにそれは換気の 激しい年だっ た帰るまででご存命であろうかもしや今頃 ご不幸なことになっていられるのではある まい か頭の中はそのことだけでいっぱいだった 下向きに道を急いで13日の夕方宮の宿へ 着いた彼はすぐに便箋を問い合わせると たまたま和歌山まで行く500国船が怪 するところだというそこで事情を話した上 へよるというのを確かめてそれへ乗っ た太地へ着いたのは4日目の朝であった 小三郎は早くから支度をして船の見よに 立っていたが勝浦の沖をすぎると間もなく 懐かしい透明崎が見えた途端にああ帰った という思いでぐっと涙が込み上げてきた 2の 22つの御先に抱かれて深く湾入した太地 の裏は薄い朝桐の中でひっそりと音を沈め てい たあまりに静かだっ た船場へ近づくとともに浜にぎっしりと船 のついであるのが見え た小三郎はそのつなぎ船と浜の異常な静か さを見てぎょっとし たどうしたん だその浜にあるもののほとんど9割はわや の持舟であるそしてこのような素晴らしい ひよりにはみんなもうえ量に出ていなけれ ばならぬはずだ何かあっ たこのしけさと正しいつなぎ船とは何かを 語って いる小郎はと顔色を帰っ たお父さんがもしや怒りを下ろすまも待ち かね小舟で騎士へついた小三郎が浜へ 飛び移るのを待ちかねてでもいたかのよう に向こうから1人の娘があっと叫びながら 走ってきたまあ若旦那様お みよ小三郎も驚いてはせよりながら お父さんはお父さんはどうし た大旦那様は無事でございます無事本当か お父さんは本当にはいこの23日はご病気 の様子も体操良いとおっしゃってでござい ます小三郎は救われた全く蘇ったと言い たい気持ちだったほっと大きく息をついた 彼はめ普通の声になりそれにしてもお前が 迎えに来ていたのはどうしたんだこの船で 来ることが分かるはずはないだろうにお 迎えに参ったのではございませ ん娘は片手に下げたビクを見せて私朝宗の 魚を取りに来ました の咲はどうしたんだえ出ました が両に出 たはいたさんもたさんもえ出ており ます小三郎は不思議そうに娘を見 たおみおは小三郎のウバの娘で11にの年 から我家の家へ女中暴行に来ているこんな 漁村に育ったにしては珍しく色の苦しい 顔立ちで室のし 動作のしっとりと落ち着いた娘だっ た小三郎より6つ年下で18になるが16 ぐらいにしか見えないうぶうさを持って いるしかし今そのうぶうしい顔の表に かつて見たことのない暗い影のさしている のを郎は見 た お浜に何かあったの か はい何があったんだうちの船があんなに ついだままになっているのはどうしたん だそう言われておみよは帰って物といに若 主人の顔を見上げたそして何か言おうとし たが食いとかすかに頭を振っ たどうしたんだ言えないのか はいみよには申し上げられませ ん娘はつぶやくように言いながらつ前かけ を取って表を覆っ た道へ出ている漁父の家族たちは小三郎の 姿を見るとみんな丁寧に挨拶したしかし誰 も声をかけるものはなかったどこか おずおずとしたようなまなざしである中に はこそこそと家の影へ隠れて行くものさえ あっ たこの浜の漁父たちは何々となく我家の家 の子も同様に生活してきたわやの船でわや の網で親が子が孫が熊のなの荒波と戦って 生きてきた小三郎は幼い時から小浜の人々 と浜の騒音と家いえの有り様をよく知って いるしかし今やそこには彼の知らぬ空気が みっていた人々の様子もひどく違う家いえ はひっそりと音を潜めている彼の顔を見て 逃げ出すものさえあるわずかなルスの間に 浜はすっかり綿棒を変えたのだ 和田屋の家は浜の南の端に近い丘の中段に あった200年前の建物だという主屋を 中心に土蔵七宗棚道具棚それに召使たちの 長屋などを入れて低いツジ兵が取り回して あり裏手には昔の空堀や赤の跡などが残っ て いるまた中庭には大きなクの小木が2本 あって沖から帰る船の良い目印になってい た小三郎が石段を登り切った時棚の前に 立っていた老手代のわが おお小三郎様お帰りなさいましつまづく ような足取りではせよったよまはお早くお 帰りなされました大旦那様が待ちかで ございますぞそれから聖太郎様のことは何 とも実に申し上げようもございませ んわはそう言って低く神戸を垂れ た小三郎には何の意味かわからなかった 兄さんがどうし たってわはすがりつくような目で小三郎を 見上げたシを畳んだその老手台の頬には涙 が筋をなして流れてい た3の 1座敷の中まで差し込む春の日差しが病に いる父の痩せてった横顔に寒々と反映して い た小三郎はそのべに両手で己れの膝を掴ん で座っていっ た兄は死んだのだふの手形とりをしんじて そのおびれに打たれて死んだの だ父が小三郎を呼び戻した本当の原因は それであった 長男の無惨な死体を見た時父親は混沌した 脳卒中であっ たこの和の家には昔から起手が ある父親は静かに言っ た網元という職は漁夫の親だ親はと暗くを 共にしなければならぬだから我家の跡取は 漁たちに率先して海へ 出ろこの掟は固く守られてき たわしもわしの父もその父も家を継ぐまで は海で働い ただからわしも 聖太郎やお前に手取りをさせてき たそれはよく知っています お父さんだがもうたくさん だわしは聖太郎の死体を見た 時自分の手で殺したも同様だという気がし たもうたくさんだわしは船も網も 捨てる 小三郎そしてお前は若山へ 行け若山という言葉に小三郎はぎょっとし た中米は唇の辺りにかかな笑みを浮かべ 我が子の顔をつくづくと見ながら行った 10日ほど前にお城からはるばる死者が 見え た将軍家のお声がかりで武士として和の家 をお取り立てになるとのせ だわしは霊を言うぞ 小三郎お前は祖先の名を起こしてくれた 何をおっしゃるんですお父さん いいや霊を言わせてくれ何百年という間 漁村の隅に埋もれていた和の家がお前の おかげで初めて世へ出ることができるの だ死んだ聖太郎もこれを聞いたらさぞ喜ぶ だろう 中米の目には涙が溢れてい たその涙に濡れた目で撫でるように小三郎 の姿を見守っていたがやがて静かに目を そらしながら言っ た聖太郎が待っている だろう墓へ行ってこをあげてきてやれ はい小三郎は父親の掛屋の橋をそっと 押さえ静かに立って病魔を出た次の部屋に はわがいたそしてすぐに小三郎の後に着い て表の間の方へ来た家の中はひっそりとし ている彼が12月初めに出して行く時には この家の中は1日中生き生きとした騒音に 満ちていた絶え間ない人の出入り魚覚物を つみれ積み出し激しい 掛け声仕切りでは関高に数を読み上げてい たし広い台所からは常に大勢の前後次を する音が聞こえてき たそれが今は新ととして物音もし ない太地の浜が綿棒を変えたように和中の 家もすっかりその様子を変えてしまっ た兄さんはどうしてしそなったん だ表の前来てから小三郎は改めてわけに 聞い た兄さんがしなうなんて俺にはどうしても 本当とは思え ない古座のもと競り合いになったの です古座のものとはいそれで聖太郎様は 無理なことをなったのです手形とりに無理 はいけないとおっしゃっていたご自分が 古座のもと競り合いになったばかりに無理 をなさいましたそれでなければ決して あんなあんなしそないをなさる聖太郎様で はございませ んそうか小の奴らが手を入れたの か太地から南へ約3ばかりのとに古座と いう漁港がある小と言われ風の荒い土地 だったが随分前から太地の漁業的有位を 自分の方へ奪い取ろうとしていたそれには 熊のなの花とも言うべきくじらつきで勝つ のが先決問題である彼らは持ち前の向こう 水で挑戦してきたしかし太地には屋の伝統 がある通った後は虫も飛ばぬとわ 郎の素晴らしい腕力があるどんなに彼らの 挑戦が繰り返されようとも太地の浜はびく ともしなかっ た大旦那様はとわは低い声で言っ たえ太郎様が亡くなるとすぐわやの手形鳥 を捨てておしまいになりました 今はもう古座のものの暴れ放題でござり ますそれがくじらつきばかりならよう ござりますが奴らは両馬嵐まで始めまし たわやの船と見れ場を仕掛けてきて取った 魚を取り上げてしまい ますどうしてそんなことができるの だこは古座の両馬だよその漁師の網を 入れる場所ではないそそ申すのです沖の みこも御崎山段もみ小座間で閉めています もう太地のものには目ぼしい両馬は1つも 残ってはおりませ ん母なそんな理屈がある か小三郎はムムと怒りを感じ た海は漁父のものだ海に仕切りはない俺 までだってそんな霊はなかった一体誰が そんな無法なことを決めたん だこの浜のもの はわは構わずつぶやくように言ったわやの 船に乗っている 限りもう量はできなくなりまし た生きて行くためには小の船へ乗らなけれ ばなりませ んみんな大の船から降りてしまいまし た残ってわやの船を守っているのは20人 に足らぬあり様でござい ます小三郎様 ほな様は浜についである船の数をご覧に なりました か3の 2何もかも一食になってのしかかってきた 感じである兄の死や10病の父や小のもの 無法な振舞やそして大地の漁たちの運命 など皆が一時に渦を巻いて小を1人へ殺し てくるように思え たどの1つも彼と無関係なものはない そして彼にはまた別に新しい運命が目前に 開けかかっているのだ武として家を起こし 祖先の名をあげるという大きな運命が 兄さんのお墓へ行って くる小三郎は思い出したように立ち上がっ たはいではおみよにご案内をさせ ましょう案内なぞはいらないでもご大所で はございません からそう言ってわは立っていっ た一束の先行に火をつ 小さな花束を持ったおみととにやがて 小三郎は家の裏手から出ていっ た丘の上へ出て母大寺とは反対の方へ78 丁も登ったところに兄の墓はあっ たのであったまだ目の硬い神木のしみが 吹き上げてくる潮風に揺れていた 墓はその潮風にさらされて寂しい孤独な姿 で立ってい たふのなの見えるところへ埋めて くれそうおっしゃったものです から墓の前に小言で先行を立てながらお みよが行っ た小三郎は長いことそこへ抜かいていた それから立ち上がっ 海の方を眺め た軍を解いて流したような熊の名が青春の 午後の日を浴びて果てしれぬ彼方まで 打ち放して 見える彼も兄もその海で人となった育って きた年月の喜びも悲しみもみんなその海の 上にあるのだ このお墓 はおみおがぼそぼそとした声で言っ た私がお守りをいたします若旦那様はどう かご心配なく若山へおいでくださいまし どんなことがあってもこのお墓だけはみよ がきっとお守りいたし ます和歌山へ行くことを知っていたの か はい立派なご出世で大旦那様もお喜びで ござりまし た本当におめでとう存じ ます心から祝っている言葉だった 恨みがましい感じなどは知りほどもなかっ たけれども娘の言葉とその様子とは小三郎 の胸を強くさし た彼がおみを己れの妻にと思い始めたのは そう古いことではないおみよは貧しい漁夫 の娘であるその母親は小三郎の宇であった そしておおは彼の家の女中なのだ身分は不 つり合いであるけれどもあの兄と違って彼 は次男だから彼女をめとることはさして 困難ではないと信じてい たそういう気持ちはおみよにも伝わらずに はいなかった言葉にも出さず約束をした こともないが若い2つの心はどんなかかな そぶりにも触れ合うものを持っていた だが和歌山へ出て武を立てるとすれ ばそうすれば事情は違ってくる彼自身が どう決心しようとも漁夫の衣を脱いで武士 になる以上は全ての事情が違わずにはい ないそしておみよはもうその動かすべから ざる事情の変化を知って急ぎよく自分の夢 をかき消そうとしているの だおみよ 帰ろう小三郎はそう言って歩き出し た彼は今自分の行く道を思った数百年の間 世に隠れていた和の家を戦国取りの武士と して最高するのだ父もそれを望んでいる そして彼はまざまざと江上を思った 吹き上げの庭を思い美しい玉砂利を 思い返した将軍家光の張のある小姉往来 する諸行の意義それは全て彼の決心を力 づける階層だった 小三郎 様降りて行く坂の下からそう叫びながら 老手台が登ってき たどうかすぐに岩の浜まで行ってください ましどうしたんだ咲一どが沖から戻ってき ますと急に古座の者たちが取り巻いて量の 獲物から網まで持って行こうとしている そうです 間違いになるといけません早く行ってやっ てください まし小三郎はしままで聞かずに坂を 駆け降りてい た3の 3岩浜というのは太地の湾の南隅にある 一部をさして呼ぶ他は砂浜であるがそこだ だちになっていてお涼の船を直につつける ことができるのだ小三郎が駆けつけてきた 時いちの影で和家の船を中心に小浜のもの と156人の古座の漁父たちとがまさに 殴り合いを始めようとしているところだっ た待て手出しをする な激しく叫びながら小三郎は駆け寄っ たその声は圧倒的だったフのなの漁でその 声を知らぬものはないその声を知ってその 恐ろしさを知らぬものもない浜の漁たちの 間にあ小旦那だ小旦那が帰ったという喜び のどよめきが上がるのと反対にまさに殴り かかろうとしていた小たちはあっと言って 横飛びに左へ開い た小三郎は死後間手前で立ち止まり大きく 見開いた目で小殺法の群れをぐるっと 見回し た156人いる古座の漁父たちの中でその 半数は棒切れや貝などの獲物を手にしてい たしかし今目の前に立ちている相手に対し てそんな獲物などがいかに無力であるかを 彼らはよく知っているそれで小三郎に 寝つけられた時彼らは持っていた坊や会を 急いで投げ捨て た小三郎はそれを待っていたように 立ち止まっていた場所から大股に歩み寄っ た したんだ彼は量の拳を腰に突き立てていっ たお主たちは小のもの だろう小のものが何のためにこの浜へ 押し込んできたん だ何か文句があるの かこいつらはと浜のもの中から咲が何か 言いかけた小三郎はそれをお前は黙ってい とさえぎって もう1度ぐるっと 小座間文句があるんなら 聞こう文句はないの かみんなごくりと唾を飲んだ文句をつけに 来たんだからないことはないしかし何か 言うとすればそれは小旦那のいないところ に限るのである 彼らは石のように黙っていっ たよし文句はないと 見える小三郎は決めつけるようにでは こっちで言うことがあるからよく聞いて おけお主たち小のもはこの頃両馬嵐のよう なことをするそうだが海は誰のものでも なく場にも仕切りはないぞ熊野の漁師は 熊野の海のどこでしてもいいこれまでも そうだったしこれからもそうだお主たちに も小包の魂があるだろうつまらぬ両馬嵐 などはよして漁師は両の腕で 来い小三郎がそう言ったとこえ帰ってそう 言うん だ分かったら 帰れ小の漁たちはそう言われるのを待って いたようにバラと先を争って逃げ出した それを見て浜の者たちがわっと朝を浴びせ ようとするのを笑うなと郎が怒鳴りつけ た別にお前たちが勝ったわけじゃない ぞまさに小旦那の本領である浜の者たちは その土星を聞いてみんな蘇ったような 顔つきになった そして誰かが全くだ俺たちが勝ったわけ じゃないと言ったのでみんなが一度にわ はははと声高く笑い出したそれから急に気 がついたという風に小郎を取り巻いて我 がちに挨拶を始め た申しくれましたお帰りなさいまし小旦那 お帰りなさい まし自分たの英雄を迎えて彼らはまさに 正規を取り戻したのであるしかし人当たり 挨拶が住んだ時そこに間の悪い沈黙が来た 彼らもまた小旦那が武士になって和歌山へ 行くということを聞いていたので あるだからこの大きな喜びが長く続くもの でないことにすぐ気がついの だみんな船を片付けよう 向こうの橋にいた咲がそう言った彼らは肩 をすぼめるようにして船の方へと散って いっ たその世小三郎は遅くまで父に江戸の話を して聞かせた家道とのにはほとんど触れ なかったけれども吹き上げの庭やお相手と して常駐に止められている間の見分は最も 父を喜ばせたようであっ たまるで夢のよう だ話を聞き終わってから中米は疲れたよう な声でうっとりとつぶやい た我が子が将軍家直々の越を 賜りこの家が戦国の部として最高 するわしはもういつ死んでも心残りは ないそれからほっとため息をついて行っ たおさを早く和歌山へ行け のあり次第行くんだ殿様がお待ちかねだ から な4の 1それから2日目の朝父にせかれて小三郎 は便箋を聞くために浜の島屋へ出かけた 島屋はとばに本棚のある大きい解散物症で 木沿岸の線も扱っている店へ行って 問い合わせると和歌山への船はいのでない と気候しないことが分かったその店でも 小三郎の出世を知っていてアジや店の者 たちから祝事を述べられ た島屋を出た彼は家家の道とは逆の方角に あたる北浦の方へ歩き た北浦は太地の湾を囲む北の御先の 向こう側にありなだらかな岡の道が うねうねと右して太地との間をついでい た少し急ぐと汗ほどの温かい日を浴び ながらその道をゆっくりと歩いてきた 小三郎は北浦へかかる手前のところで右へ だらだら に分かれている細い小道へと曲がっ た2丁ばかり降りたところに花をつけた つきの林がありその林に囲まれたくぼ地に 一のみすぼらしい網屋が立っている家の前 はあでそのだだ畑の向こうは一望の裏腹 だっ た小三郎が道からくぼへ降りてきた時その 網屋の前の旗で1人の老婆が畑を打ってい た小三郎は畑のそばへ近寄りながらばばと 呼びかけた老婆は聞こえなかったものか 衰えた手つきでクを振り続けてい たばば高三郎だ よもう1度呼んだ老婆は静かに振り返った そして小三郎を見たけれども何にも言わず に再び向こう向きになって畑を打ち始め たおみの母小三郎のUBだったお秋で ある小三郎を産むとすぐ死んだ母に変わっ てお明は彼のために本当の母とも思える人 であっ た小三郎のどんなわがままにも見方になり 厳しかった父のしつけぶりから言っても身 を持ってかってくれた彼が成長するととも に小旦那はわしが父をあげた人だと言って 何よりの自慢にしてい たけれども今小三郎を見た目は その人のものではなかったひどく冷たい まるで見知らぬ人の目であっ たどうしたん だ自分の出世を一番喜んでくれると信じて きた彼は老婆の冷ややかなまなざしと よそよそしい態度を見て安然とし た一体何を起こっているんだ そう思いまいながらもう一度呼びかけよう とした時老婆の腹立たしげなそして悲しげ なつぶやきが聞こえ たわやは太地の浜の草分けじゃ太地には 限らぬふのなだきって漁師の相元じめ じゃったこの海のものはみ大々わを親と 頼みわやのある限り安心して生きてき た海から吹いてくる風が老婆の灰色になっ た髪をハハと吹きはっ た小三郎は黙って聞いていっ た太郎様の亡くなったのはおいしいこと じゃ老婆は静かにぽつりぽつりと言葉を 続け た追いたわしけれども容子が海で死ぬのは 当たり前のことじゃこのババの親たち親の 親たちもくたりとなく海で死ん だそれでも海から逃げるような腰抜けは 1人もいなかっ 親たちの墓は海に ある海で働くもの墓場は海にあるの じゃ戦国鳥のお侍は偉いかもしれ ん老婆はさらに続けていったけれども親と 頼む大勢の漁師たちを捨て 育ってきた海を捨てていくようなものが なんで偉 かろう稼ぐ漁師が1人蹴って戦国の極 つぶしが出来上がるだけのこと じゃこのババがお乳をあげたおこ はそんな腰抜けではなかったはずじゃ 小三郎の額がいつか青くなっていた彼は 老婆がそれ以上何も言わないのを知ると 黙ったままキスを返してそこを去っ た一番喜んでくれると思ってきた老婆から まるで予想もしない言葉を浴びせられて 五郎の頭は混乱した自分は決して海から 逃げ出すのではない兄の死によって打撃を 受けたのは父だ自分は海を恐れてはいない 自分は祖先の部名を最高するために若山へ 行くのだ父が最もそれを望んでいるから 武士になるの だその点だけは誰にでもはっきりと言える けれども 稼ぐ漁師が1人減って戦国の極潰しが 出来上がるだけのことだという一言は辛辣 だっ たこの一言が小三郎の気持ちを頂点から 叩きつけ たその一言の持っている真実さを否定する ことはでき ない家へ帰り着くまで小の心は暴風の中の 足のように動揺していたしかし帰ってみる と家にはまた思いがけない全てを決定する ことが待っていたので あるゴサ郎様どこへ行っていらっしゃった のですみんなで探し申しておりました ぞ帰ってきた彼を見ると老手台のわが 飛び出してきていっ た何を慌てているんだ大変でござります 田辺の殿様がご自身でおいでなされました 何安藤の殿様が見えたお船を浜へつけて ゴケ来週があなたを迎えに来ておいでです 若山へお連れくださるそうですからすぐお 支度をなさい ましまるで坂を転げ落ちるような気持ちで 小三郎は支度をするために奥へ入った 4の [音楽] 2安藤立脇なぐの船は東明崎の裏に止まっ ていたが小三郎がつくとすぐ怒りを 巻き上げて出行の用意を始めた小三郎は船 の表の席で直ぐとあった立脇なつは田の 上手であり非徳川家の中石と言われる老心 だった年はその時もう77で神も口ひげも 白かったが太い眉はつやつやと黒く力の ある相合には者をしのぐ光がこもっていて 見るからに非凡の風格を示してい たお前か朝義秀の子孫というのは 初めになつが言った言葉はそれだったそう 言いながら老人はその恐ろしい眼光であた とねつけた小三郎はその目をかっちりと 受け止めながら答え たせの通り名は小三郎と申します うんのこのこいい目をして おるにやりともせずに行ってさらにぐっと 寝つけ ながら鎌倉のわの血闘と言えば軽からぬ元 には将軍家お声がかりで食6戦国の 取り立てと決まったそうじゃお前もさぞ 嬉しいであろうどう だ長い間壁broughtの漁村に埋もれ ていました和のカがようやく世に出ると 思いますといかにも嬉しいございます おお おおなつは空とけたように首をかしげて雨 が世に出るから嬉しいではお前自分が戦国 の士になれることは嬉しくはないのか え正直に言ってみろ武士も戦国になると槍 を立てて歩けるなかなか悪くない気持ちだ ぞお言葉ですが私は祖先の名をあげるため また父がそれを望みまするゆえ和山へ まかりいでるのです己れの出世を喜ぶ 気持ちなどはいさかもございませ ぬそうかそう か直はやはり空とぼけた声でそれほどに 申すなら己れのためではあるまい だがそうするとこの老人に分からぬことが 1つ ある戦国で武になるとどうして祖先の名を 上げることになるのかそれがこのわしには とんと下せぬあって立脇目もどうやら猛し たと見える わいそういった直はへへへと笑いながら て叫んだうを 出せモドがはっと答えた時である沖の方 からわあっという大勢のわめき声が聞こえ いく実調もの激しいロトが波の上を伝わっ てきたこの船の上にいた人々は何事かと 驚き一斉に原速の方へはせよった名つぐも 立った クジを追い込ん だそのロトですぐにそう感じた小三郎は直 つぐの後から立って原則へ近づい たまさにクジラを追い込んだのであるそれ も透明崎からほんの人の近い海面だ今網を 打ち直したところと見えてクジは盛に波間 を暴れて いるこいつは大物だぞ 小三郎は思わず伸び上がった全くそれは 巨大なやだったおそらく頭からおびれまで 20件はあろう跳躍するたびに跳ね上がる 末は尺も本当するかと見えたその末を浴び 砕ける波を縫って今森宗が十王に走って いる手形の船も見えるだがそこには屋の船 は一層もなかっ た太地の浜の船は一層もいないの だ小三郎はそのことに気づい た太地の奴らは何をしているん だ思わず拳を握って浜の方を見たそして そこに虚しくつがれている船の群れを 見つけ た彼は雷にでも打たれたように愕然とそこ へ 乗り手を失った船その主人を失った腹の船 幾実装とも知れぬひがんた船の大軍が声 なき叫びをあげてわっ彼の方へ呼びかける ように思っ た海で働くものの墓は海に あるおばの声だっ た海の見えるところへ埋めてくれ 臨時に行ったという兄の声が耳元で囁か れるように聞こえ た突然として小三郎の血が踊り出した彼の 五体に流れている手形鳥の血が席にせいて いた包みの切れたように1つの方向に 向かってどっと雪崩れを打っ た和の家はこの海と共に生きてきた父も 祖父もその神の多くの祖父たちもこの熊の なで育ち熊のなで死んだこの海が和の家の 分母ではないかこの海と共に生きこの海と 共に栄えてこそ先祖の名をあげることでは ないの か浜につがれているあの船の群れを見ろ雑 leftの船で占領されたあの沖を 見ろ小三郎はうんとうめいたそして大股に 直ぐのそばへ歩み寄ると抑えつけたような 声でこう言っ たお願い申します私をこの船から下ろして くださいましそれから和山のお城へはかに ご頼み申します小三郎は熊野なの漁父で ございます と父をどうするとなつが反問した父はお前 が武士になるのを望んでいるはずではない か父もかつては熊野ならの漁夫でござい まし たよく言っ たなつ具にと頷きは笑ってわしがここへ来 たのは実はその一言を言わせたいためだっ たのだ天下治って武士の務めは楽になった が漁夫には終わる時のないサがある果て しれぬこの大会 だ手をあげて直は海をさし た海への 郎そこにある宝は無限だ ぞ海へ出て国の富を戦い とれそれは戦国武士を10人集めたよりも 値打ちの高い仕事だ ぞ小三郎の顔にも輝くような笑が刻まれた 彼は大きく俳優しおさばと一言言うと活気 の溢れた足取りでキスを返した浜にはまだ みんないた老手台のわけも咲もたもいた 最後までわやの船を守る漁父たちも揃って いたし涙に濡れたおみの顔もあった小旦那 を送ってきた彼らは安藤家の船が出行する のを見送っていたのだそこへ小三郎が戻っ てき たどうしたのだア然としている人々の前へ 船を急がせてきた小三郎はぱっと砂へ 飛び上がりながらいきなりわめき出した咲 森と手形とりの支度を しろ う急ぐんだと怒鳴りつけそこに集まって いる漁たちの方へ手をあげ たみんな見ろ雑leftがクジを追い込ん でいる奴らの手に終える獲物じゃはない 本当のくじらつきを見せてやるんだ船を 出せ高 旦那たが前へ飛び出した和山へ いらっしゃるんじゃないんですか俺 か小三郎はくるくると着物を脱ぎ雪のよう に真っ白なふんどし1本の酸っぱだになり ながら行った 俺はこの浜の漁師 だわあっという叫びが浜いっぱいにど 上がるたが拳を振り上げ てみんな小旦那は若山へはいらっしゃら ねえやっぱりこの浜の小旦那だもう太地の 浜にゆるぎはねえぞさあ船を 出せ船だ船だはああっと言ってみんな舟を 下ろしにバラバラと走って 行くその声とその動作の表している換気を まさしく伝える方法は ない彼らは主人を取り戻したばかりでなく 自分たちの太陽を取り戻したのだ小方が束 になって押してきてももう太地は大晩 intoである 咲が両小屋から駆ってきた手形とりの刀を 持ってきたのだ野立ちのような語釈に近い 長剣で ある小旦那刀でございます差し出そとした 時それまで物も言えずに立ち並んでいたわ がおみよの肩を押しやっていっ たおよ刀を結んであげろ はいおみよは先口から刀を受け取り踊り あがるような身振りで小三郎の後ろへ回っ て肩へ当てた小三郎はおみの手から紐を 取りしっかりと背中へ くくりつけるそこへ船の支度ができました ぞと呼ぶ声がし た7長路の船15人の乗り手が皆1本の すっぱ高である飛び乗った小三郎はその先 につったった船はざぶと波を噛んだ潮風に 焦げた16人の裸が 踊るおみよ嬉し かろうわの声は震えたおは返事をしなかっ た の中の神経が目に集まっていたのだそして その目は毎文字に起きえ進む舟を見てい た舟の先に仁王立ちになっている小三郎の 姿を食いつくように見守っていたので あるこの話から30年ほどのに小浦への補 役所ができたそして和や一族を中心にして 州独特のホゲ業は維新前まで連綿と伝統を 守って栄えていた [音楽] N [音楽]

【目次】
0:00:00 タイトル
0:00:14 第一章(一)
0:07:16 第一章(二)
0:14:05 第二章(一)
0:20:28 第二章(二)
0:27:48 第三章(一)
0:37:39 第三章(二)
0:44:42 第三章(三)
0:52:07 第四章(一)
1:00:59 第四章(二)
1:14:19 付記
1:14:50 エンディング

【主な登場人物名等】
小三郎(こさぶろう) 熊野の漁夫 網元の次男
紀伊頼宣(きい よりのぶ) 紀伊藩主
和田屋忠兵衛(わだや ちゅうべえ) 太地の一番古い網元 小三郎の父
清太郎(せいたろう) 和田屋忠兵衛の長男 小三郎の兄
家光(いえみつ) 将軍
・境の浪人伊右衛門:初代和田忠兵衛と共に鯨突きを始めた一人
・尾州領師崎の漁夫伝次:初代和田忠兵衛と共に鯨突きを始めた一人
・朝比奈義秀(あさひな よしひで):鎌倉幕府の勇士 和田忠兵衛の祖先
お美代(おみよ) 和田屋の女中 小三郎の乳母の娘
お秋(おあき) お美代の母 小三郎の乳母
和助(わすけ) 和田屋の老手代
佐吉(さきち) 太地の漁夫
太平(たへい)太地の漁夫
竹次(たけじ)太地の漁夫
・古座(こざ):太地から南へ三里程の漁港
・みほ:熊野灘の漁場の名
・岬三段:熊野灘の漁場の名
・「志摩屋」:鳥羽に本店を持つ大きな海産物商
安藤帯刀直次(あんどう たてわき なおつぐ) 田辺城主 紀伊家老臣

底本:山本周五郎. 夜明けの辻(新潮文庫) . 新潮社. Kindle 版.
底の底本:夜明けの辻 平成23 (2011)年9月発行第23刷
※使用上の都合により適宜編集を加えた
初出:『講談雑誌』昭和17(1942)年4月

※表記、読み等は、旧字体、旧仮名遣い等対応できないもの、聞き取ることが非常に困難であるものを除き、底本に準拠いたします。

※この作品には、今日の観点からみると差別的表現と取られかねない箇所が散見しますが、著者自身に差別的意図はなく、作品自体の持つ文学性並びに芸術性、又著者が既に故人であるという事情に鑑み原文通りとしています。

【使用ソフト・機材等】
動画編集、BGM、画像:Power Director ・Pixabay
画像:NDLイメージバンク
音声収録:Scarlett Solo Studio
音声収録・編集:WavePad・Audacity

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