【朗読】山本周五郎「松風の門」【一生に一度は読みたい名作】
松風の
門山本清五郎
作その洞窟は渓谷に望む段階の上にあっ
た谷は深く両岸にはかつて斧を入れたこと
のない森がみっしりと枝を差しかわして
いるの
で日光は真昼のほんのわずかの間それも弱
しく島をなしてそっと差し込むだけであっ
たその上少し遡ったところに大きな滝が
ありそこから吹き降りてくるしぶが絶えず
段階を濡らし木々の枝葉に後から後からと
水晶のようなしずくの玉を綴るので成華の
頃でも空気はひどく冷えていた
洞窟はその谷に向かって開いてい
た高さは八尺ほどで奥行きは20尺ほど
しかなかったが入り口が盗難に面している
ためにかなり
明るくまた比較的によく乾いて
いる里人たちはそれをびこの岩屋と呼んで
い
たそしてそこへ近寄ると思わぬ最悪に会う
と言い伝えられていた
しそうでなくとも1番近い村里からゴリに
余る険しい道をよじらなければならないの
でその付近にはほとんど人の姿を見ること
がなかっ
たある新中の
日1人の若い武士が渓谷を遡ってきて
この洞窟の前に立っ
た若いと言っても30にはなるで
あろう輪郭の正しい切りそいだような方と
やや目尻の下がった深い目元が際立って
いる彼は大きく膨れた網の能を背負い左手
に熱く折りたたんだひしを抱えてい
たどんなに困難な道だったか高くひい出た
額から襟首まで油汗が流れていたしわらじ
も旅もボロくのようにすり切れてい
たやはり考えていたような場所
だしばらくの間両眼の深い森と段階に支え
られたそれぬを覗いていた
がやがて背負ってきた荷物を下ろしながら
呟い
たここなら邪魔をされずに住む
だろう彼は洞窟の中へ入って荷を解きだし
たその明る
朝まだ灰色の薄明かりがようやく広がり
始めた
自分若い武士はすでに起きて洞窟の入り口
に近く正座してい
た骨太のたましい足を繁華に組み両手の指
を組み合わせて軽く下腹に
当て半眼にした瞳でじっと壁面を見つめた
まま身動きもせず座ってい
た大の音は
というより絶えざる振動となって警告に
反響し霧のように渦巻くしぶは時たまさっ
と吹き降りてくる風とともに木々の枝葉
からしずくとなってバラバラと白のごとく
散り落ち
た若い節はすぐに疲れ
たただ座っているというだけでも困難な
ものだ
な彼はそうつぶやきながら立っ
たそして首をねじ曲げたり肩を揺りあげ
たり両腕を振り回したりしてしばらく筋肉
のこをほぐしてからふと思い出したように
呂のを引き寄せ干した夏目の身を2つ3つ
取り出して口へ入れ
た洞窟の
はまに草で覆われていてその中に一寸ほど
の三山林道がとびとびに火憐な花を咲かせ
てい
た指先ほどの小さな花ではあるが光に空い
て見える濃い紫がいかにも鮮やか
でじめじめした暗鬱な周囲に美しい調和を
与えて
いるそして昼中わずかに日光の島がこぼれ
かかる時になるとどこからか1匹のとかが
やってきてその花影にじっと身を温めるの
が見え
た若い武士がそれを見つけたのは彼がそこ
へ来てから3日目のことであっ
たそれからいく日もいく日も真昼のその
時刻になるごに彼の目は自然とそちらへ
引かれかなり長いことその小さな生物の
動作に気を取られるのであっ
た季節はもう秋であっ
たその上日差しの弱い空気の冷えたその
辺りでは他に仲間もないであろうおそらく
そのとかも越冬の穴へ入る時が来ているに
違い
まだ幼なそうだし背中には美しい島を持っ
ているが動作も緩慢な上にひどく物な
目つきをしてい
た日光の島がまだにこぼれて三山林道の
鮮やかな紫を染める時になる
ととかはどこからかそろそろと吐出してき
て決まったように
ある1本の花影に身を
落ち着ける丸いつぶらな目をうっとりと
閉じ長いお咲を力投げに曲げわずかな
日差しの元でじっと動かなくなるの
だ
はてなある日若い武士はびっっくりした
ように呟いた
だるまはこんなことに気がついたかしら
んとかなどに気を取られたことがある
だろう
かそう
だしばらくして彼は再び呟い
た同じこと
だ見ようと見舞いととかはやって
くるたえだるまが気を取られなかったとし
てもやっぱり彼のそば近くにはとかが生い
まっていたに違い
ない若い武士の唇には静かな微傷が浮かん
だ日は立っていっ
た彼の頬や顎は濃い髭で覆われ深い両目は
ますます深く落ちん
だ今では星座にも慣れて
半日あまりは身動きもせずに座ってい
られる食べ物は干した夏目の身とわずかに
欲しいを噛むだけで
ある夜になるとひしに身を包んでゴツゴツ
した岩礁の上にそのまま眠っ
たそしてある朝冬の前ぶれの下がホラ穴の
外1
にじらと結ん
だ
2文10年10
月伊の国上島の両地へ反として初めて国
入りをした伊達大前の大部宗とは泣き父
秀宗のを済ませるとすぐその翌日鶴城で
たちの見を行っ
た宗と市はこの上島で繁栄17年に生まれ
11歳の時江戸へ去ってからほとんど20
年ぶりの帰国で
あるナ秀宗が周する時祖父政宗から選ばれ
てきた15人の労しと57州の人々がいん
でいる広まで
式は朝の8時から昼近くまでかかっ
た午後は支援であったが胸とは長く席にい
ないで去り口木大学と2人だけで庭へ出て
いっ
た口大学は胸との府でもう59歳になり胸
とが去年加するとともに賛成となった
非常に口数の少ない小柄な老人で胸ととは
影の形に沿うごとくいつもそばさらずじし
ているのだが平常はほとんどいるかいない
かわからぬという風の人柄であっ
たしかしふとしての彼がどんなに厳格で
あるかことに対していかに命をとして
かかるかということを胸とはよく知ってい
た
二のクまで来た時ふと胸とは見覚えのある
草原の前で立ち止まっ
たここはあの自分よく跳ね回るて遊んだ
ところだ
な女将がおおを傷つけなされた場所で
ござい
ますそうだっ
た今は視力を失った右の目を抑えながら
ふと胸とは遠い空を振り合い
だ誰も知らないこと
だ彼が10歳の秋であっ
たその自分お相手として電柱に召し出され
た少年たちの中に氷武行の子で池富士
小次郎というのがい
た胸とより1つ年下であったが振動と言わ
れた
で学問にも武芸にもつけた能力を持ち
ほとんど
一日中の注目の的になってい
た胸とは正直に言うと小次郎を寝たん
だ領主のことしての自分よりもはるかに
多く人々の尊敬と単勝を集めている彼が
にくかっ
たそれで言いながら胸は最も多く彼を相手
に選ん
だ小次郎にはどこかしらそういうような人
を引きつけるところがあったので
ある彼らは2人きりでこの車の草へ出てき
てふ市内で激しく打ち合っ
た体力に優れていた胸はその時小次郎を
思う様伏せてやるつもりだったが相手はた
に栄を避けて逃げ回った胸とは苛立ち
ついには法何もなく打ちかかっていっ
た小次郎は避けきれずと見たかにわかに
構えを立て直して向かってきたがその時彼
の袋市内の先が下に胸の右の目をつい
た胸はを上げながら両手で目を押さえて草
へ転げ
た指の間から溢れ出る血が反面を染め
た今でも胸とはありありと覚えて
いる小次郎は白く乾いた唇を開け空洞の
ようになった目を大きく見開いたまま
日頃の俊敏ないかにもさりな表情は後方も
なく消え恐怖開国に打ちのめされて
ほとんど白地そのままの顔つきをしてい
た黙っているんだ
ぞ胸とはその時彼に命じ
た転んで傷をしたことにしておくからその
方がしたということは公害してはならぬ
ぞ事実は誰にも知れずに住んだそして胸と
は初めて小次郎に優越を感じ
た小次郎が振動と言われてどんなに人々の
賞賛を集めるとしても胸とに受けた音転
から逃れることはでき
ない彼の持っている優れた能力を胸とはは
自分の小さな手のひらに握ってしまった
ように思ったので
あるそうだここでこの目を失ったのだっ
け胸とは20年前の出来事を思い出し
ながらふと今日の陰間に小次郎の姿を見
なかったことに気づい
たあの頃電池へ相手に登っていた者たちの
中で45人はこちらに残っていたはずだ
な確か5名であったと心得
ます昔話をしてみたいと思うが明日にでも
揃って出るように計って
おけ承知つまりまし
た小次郎がどんな顔をして出るかと空想し
ながら胸とはふとまた召た方の目へ手を
やった
その
翌日昔遊び相手を務めた者たちだけが胸と
の前に思考した年頃はみんな同じであるが
その頃のおかの残っているものはなく
いずれも見えるほど変わったりふけたりし
てい
たしかしその中に池小次郎はいなかっ
たりのが尽くされた時胸は小次郎のことを
尋ね
たすると彼らは妙な含み笑いをし
た新道の小次郎ならば今家を継ぎまして
八兵衛と申しており
ます彼はひどく人柄が変わりまし
た事実を申し上げましてもには遊ばすこと
はなるまいかと存じ
ます全くあんなに変わったものも珍しい
などと口々に言い出した
3変わったと言ってどう変わったの
か一言では申し上げかねますがつまり振動
と言われていた頃とはまるで反対になった
と申しましょうか家はぎましたがおにもを
けず妻をめとりましてもこれ格のし慎
しもう
ぞそばから1人が驚いて静止したいや武法
は許す申して
みいはあ誠にこれは口が滑りまし
て海王格心はひどく困った様子でしばらく
もじもじしていたが胸に詰めて仕方なく
話しだし
た胸とが江戸へ去ってからほどなく小次郎
の様子はにわかに変わり始め
た目から鼻へ抜けるような履行さは
なくなるし挙動作も次第に鈍くなり一家中
からあれほど注目されていた才能も影が
薄くなってついにはその存在さえ人々から
忘れられていっ
た彼は元服してハベと
名乗り25歳の時父を亡くして家を継い
だしかし父の役目であった氷業の職には
野島自衛門がつき彼は無役のまま今日に
及んで
いる衛門は彼の泣き父と親しい人で
2女がありその長女梅と彼とは親たちに
よって言付けの役を結ばれてい
た池藤八兵衛という名があああの神動の
小次郎かと人々の記憶に蘇ってきたのは3
年前その梅との婚礼が行われてからのこと
だっ
たはめでたく行われが彼は梅を近づけ
なかっ
た夫婦は別に住んだまま半年あまり経っ
たそれでついに梅は耐えかねて実家へ
逃げ帰っ
た最も自衛門がそれを許すはずはなくすぐ
自分で連れ戻した上八の存意を確かめ
た彼は別に体のない様子で
梅は誠に良き妻です拙者が未熟者なのでご
迷惑をかけましたそう言って梅を引き取っ
たけれどその後もやはり夫婦とはなばかり
の生活が続い
た梅を嫌っているのかと思うとそうでも
なし何のためにそんな不自然な生活をする
のか誰にも分からなかった
振動と言われただけにどこか人と違って
いる何か体に血管でもあるの
だろうそれともまだ小心が失せないのか
そんな批評が家中の人々の間に広まっ
たしかし八兵衛はまるで気にもかけず
極めて無関心なぼやっとした様子で火を
暮らして
たなるほど
だいぶ変わったようだ
な胸とは苦笑しながら聞いていたがだが
今日はどうして一緒に出てこなかったの
だはあそれが角のしはちょっと口ごもった
が実は8月始めに家を出たまま伊豆子へ
行ったものやら行方しれずでございます
行方が知れぬそれはどうしたわけ
だどういたしましたことかある日フラリと
出たまままるで音沙汰がございません国声
をしたのでないことは番所を調べて分かり
ましたし家の者たちが手分けをして
探し回ったのですがどうしても所在が知れ
ないのでございます
8月初めといえば胸とが漁師として初めて
帰国することが発表された自分で
あるさっきから面白半分に話を聞いていた
胸とはそのことに気づくと不に心を打たれ
たもしかすると固め召しいた自分に会う
ことが辛くて身を隠したのではない
かそれはありえないことではない過失では
あっても主君の目を出願させたの
だあの時は少年だったし間もなく遠く愛
別れたからよかったが改めて目の前に召
主君を迎えるとなると辛いことに違い
ない国声をしておらぬというのが確かなら
ば胸とは免疫を終わった時に言っ
たすぐに必要なだけの人数と手配をして
探し出すが
よいたえ無役であろうと届け出も出さずに
家を開けておるというのは不合だ1日も
早く探し出して
まれ胸とのそばには口木大学がい
た彼は話題の全てを聞きながら一言も口を
挟まず四十ひっそりと沈黙を守ってい
た八兵衛の捜索はすぐに始められたしかし
その噂は次で起こった反省上の大きな問題
のために影へ隠れてしまった上島ではその
前年から内の地に取りかかってい
た仙台秀宗が集して以来万治元年に吉田涼
を分地して7万国になったまま新しく開さ
れた電池が相当多いにも関わらずそれらの
調査ができていなかっ
たしかも宇島の別は6着三寸の竿で行われ
た古法のものでこれは当然着竿に改め
なければなら
ないそこで新しい差を入れと従来脱税の
まま捨てておかれた神殿の調査を始めたの
であっ
たしかし良民たちはこの検地が重税を貸す
ためのものであると
考え愛通謀して猛烈に反対運動を始めた
にも川村のや安藤衛門はその一族と共に
最も頑強に検地を拒み竿入れのため出張し
た役人たちとの間に相当を演ずるという
事件さへ起こっ
たこれは一気になる
ぞそういう空気が一般の上に重くのち
かかってきたのであった
4八兵衛が発見されたのはその騒動のさ中
であっ
た彼は城下の南方七里にある鬼ヶ城山の奥
でなめと川の深い渓谷を遡ったビコの岩屋
から見つけ出され
た洞窟の中で座禅をしていた彼は上と換気
のためにすっかり少水し足軽の背に追われ
て帰るのがやっとのことであっ
たそれは折りから川村を中心にして今にも
農民たちが一期を起こそうとしていた時で
胸とも八兵衛のことなどにかっている暇は
なく騒動を未然に防ぐため日や心を砕いて
い
た家へ帰ったハはは10日あまり幼女して
どうやら元気を回復すると一応伺いをさし
出した後途上をし
た胸とはれを見るとすぐあの頃の小次郎の
影がそのまま残っているのを見て驚い
たビッコの岩屋にいそうではないか挨拶を
終わるのも待たず胸とが言った
世の帰国することは知っていたであろう
迎えもせずにそんなところへ隠れてふきだ
とは思わぬ
か何か主催でもあったの
か部長法をつまりまして申し訳ござりませ
ぬふと思いついたことがございましたので
ご帰国までには必ず立ち戻る心へで出かけ
たのでございますが
心がけたことがなかなか思うように参ら
なかったものです
から何を思いついたのだ
はあそれが申し上げますとおそらく
八兵衛は恥ずかしげに膝を撫で
たおはお笑い遊ばしましょう
から他人に笑われるようなことかみ
笑いますので誰も真面目に聞いてくれませ
ぬので弱りまし
た実はだるまが面壁苦に大護したと申し
ます無論女将にもご承知でござり
ましょうそれがどうし
た苦の面壁でだるは何を悟ったのでござい
ましょう
か私はふとそれが知りたくなったので
ござり
ます女将にはお分かり遊ばしましょう
か知らんな大学はどう
だ胸とは笑いながら振り返った口木大学は
黙ってハベの顔を見つめてい
た誰に尋ねましても笑われるばかりいし
なく自分でみるをけましてびこの岩屋に
こもったのでござり
ますそれでだるまの悟りが分かったの
かはあ馬鹿に早いではないかどうわかっ
た八兵衛はちょっと黙っていたがやがて
同じような平凡な口調で答え
た面の後だるまは結果を解いて立ちながら
火曜に申したと存じ
ますなるほど
ただ睨んでいるだけでは壁に穴は開か
ぬ何もう1度申して
みい睨んでいるだけではと彼は繰り返し
た壁に穴をうがつことはできぬそう申した
と存じ
ます胸とは声を上げて笑っ
た真面目くって言えば言うほどそれは
馬鹿げた拉致もない言葉に思われ
た胸は八兵衛の取りました顔とその言葉の
愚かしさとの対象の奇妙さに大学の自して
いることも忘れて笑っ
たその時もし彼がハベの表を見つめている
大学の鋭い表情に気づいたとし
たら多分そんな笑い方はしなかったに違い
ない駅もないものになってしまっ
た八兵衛が退出してから胸とはあかさに
失望の色を見せながら行っ
た人間は誰でも一生に1度は花咲時期を
持つというが八兵衛は10歳までに生涯の
花を咲かせてしまったのかもしれ
ぬあれではもうしようがない
な大学はやはり黙ってい
た胸とはその時初めて老人の瞳が責める
ように自分を見守っているのを見つけた
大学は作用には思いませ
ぬ老人は低い静かな声で言ったそれは
久しく聞いたことのない厳しい調子を持っ
たものだっ
た胸とは即日の敷物を引き抜かれたような
気持ちで老人から目をそらした
農民たちの不穏な動きがとうとう一気に
発展したのはそれから45日後のことで
あっ
た中心はやはり川村の安藤八門で金剛15
花村600人ありの人たちが塔を組み高之
山にこもってムバをあげ竹槍山刀良住など
を手に今にも上下へ攻め寄せる規制を示し
た常駐の意見は2つに分かれ
た国元のものは教皇で兵を出して揉み消し
てしまえと主張したしかし胸とし始め江戸
から来た人々は幕府の観察を重んばかって
あくまで文敏な方法を固守しようとし
たこうして両者が互いに意見を戦わしてい
た時高之山では騒動を一挙に転換するよう
な事件が起こったので
ある
5これより少し前池富士の屋敷では外出
から帰った八が昼中だというのに珍しく酒
を命じ夫婦だけでに愛して座った梅は23
歳で体つきの小柄な腫れぼったいような
まぶと唇の色の鮮やかなどこかまだ鬼娘の
ようなううしさの残っているざしをしてい
たお前も
飲め逆月の先を一口すすると八兵衛はそう
言って妻にさきを与えた
梅は覚悟の決まっている目で夫を見上げ
ながらそれを受け
た今シト殿を尋ねてまっ
た梅の父野島衛門は氷業で今度の検地の
支配役を務めてい
た梅は夫が何を言おうとするのかその一言
でも分かった様子であっ
たそれで俺はこれから高之山へ
行く多分これがご方向納めになるで
あろうお前が統計来てから3年になるが何
1つしてやることができなかっ
たお前のためには誠に打ち合わせな縁で
あったが不運な巡り合わせだと思って諦め
てくれ
もったいのございます私
こそ梅は微傷しながら目をあげたしかし
その唇は感動を耐えるために引きつってい
た私こそふ日もで色々と旦那様の足手
まといにばかりなっておりましたどうぞお
許し遊ばし
て夫婦は偽と
八兵衛は都と妻の手を取っ
た次の世には誠の目になろう
ぞ貸してきて3年
余日初めて触れる夫の手であっ
た初めて聞く血の通った言葉であっ
たこの瞬間を少しでも伸ばすことが可能
なら自分のを落としても悔いは
ない梅は心のうちでそう絶叫しながら
突き上げてくるおえを懸命に押さえつけて
い
たでは行って
参る八兵衛は逆月を置い
たどうぞご守備
よろしく梅はもう表をあげられなかっ
た八は馬に屋敷を出
た浄化を出外れたところに野島衛門が15
人の配下と牙で待ち受けてい
た別に50人ばかりの鉄砲足軽もいて揃っ
て川村の方へ出発し
た高山は鬼ヶ城3階の1つでなだらかな
給料をなし松と杉が大茂ている
八兵衛は戦闘を走りながら36一面に
焚き火の煙とうおさおする人の群れを認め
たそしてその時どんな連想作用でかびこの
岩屋にこもっていた時宮山林道の花影に
見つけたあのとかの姿がふと幻のように目
の前に描き出された
あのとかももう穴へこもったで
あろうそう思いながらしかしどうして
こんな時とかのことなど思い出したのかと
不審な気がし
たここでお待ち
ください小さなどばのとろに来た時八兵衛
はそう言って馬を降り
た衛門は手を上げて一同に止まれと合図を
したそして鉄砲足軽たちを陽水堀の包みへ
1列に並べ
たどのようなことがあっても拙者が合図を
するまでは決して手出しをなさらないで
いただきたい固くお願いしておき
ますできるだけそう
しよう自衛門は向こに頷いて見せた
八兵衛は静かに歩き出し
た一期の群れは早くもそれを認めたらしく
松林市の中から有りの塔を突きしたように
手に手に獲物を持った人々がバラバラと道
の方へ押し出してくるのが見え
たどうしてとかのことなど思い出したの
だろう
はまだそれを考えていた大竹の末は霧の
ように
渦巻き日光の島が宮林道の紫を美しく
透かして
いるそして朝な朝な
渓谷の冷えた空気がしみいるように
匂う突然突き上げる風に江から雨のように
こぼれ落ちるしく
その気ぜわしい音までがはっきり耳に蘇っ
てくるようだっ
た林道まで実験の距離に近づい
た押し合いへし合いしている人々のさきに
満ちた顔が大きく見開いた目が八1人の上
へ集まってい
たそして彼がなおも黙って大またに感覚を
縮めてくるのを見る
とその群の中から老人邸の恐ろしく大きな
男が飛び出してきて立ちふさがっ
た止まれ何をでき
た老人は三尺に余る野立ちの使に手をかけ
て叫ん
だ八兵衛は近寄り
ながら一期の軍と称しているのはその方
かそんなことに答える
はた地を取りやめる死者なら許すがその他
のようで来たのならここから
帰れ我々は防areを知りとけるか伊達の
家を上島から追うかいずれか一等を完徹せ
ぬ限り手は引かんの
だそこをのけのかぬ
か言葉とともに八の腰から体がを描いて
飛んだあという声が一気の人々の口をつい
て出
た実に思い切った一等で
ある今朝がけに切り離された老人が寝かぶ
ばかりの泥たへ横様に転落するのを見
ながら道の上にひしめいていた人々は立前
と色を失っ
たまさかと思ったのであるそしてハの一等
はそのまさかという感じを根底から覆す
断固たるものであっ
たみしまれ獲物を
捨てろ八兵衛は体験を右手に声高く叫び
ながら進んだすると人がきの中からさらに
2人小足をつけた老人者が1人は立ち1人
は槍を取って走り出てき
た白は足も緩めず沈まれ手迎えするものは
切るぞそう叫びながらぐんぐん寄っていっ
た槍を持った老人が喉の避けるような鋭い
声で絶叫しながら突き込みだそして八兵衛
が体をひねった切なに立を振りかぶった
老人が跳躍して切り込ん
だしかし何とも形しよのない不気味な音が
聞こえたと思うと槍の半ばから真光へ切り
割られた1人は道の上に片方は右手の稲原
の使に血を染めながら倒れてい
た獲物を捨てろ八兵衛はさらに進みながら
叫ん
だ向こうには鉄砲50丁が並んでいるぞ軍
などと申して一期をたんだ浪人者は切って
捨てたがお前たちに音はない獲を捨てて
静かに沙汰を待て迎えするものは今見た
通り容赦なく切る
ぞ彼らは竹槍を捨てた山刀を捨て良住を
捨て
た八兵衛はそれを見届けてから振り返って
自衛門に無事に住んだという合図をし
たもうとかのことは頭から消えていた
6午前へ出たハベは胸との表情がかつて見
たことのない激しい怒りに震えているのを
認め
た彼は小前と頭を垂れ
た一期のものを切ったというのは事実
かはい骨をつまりまし
た彼が切れと命じた
八紛らわしい返答はならん
ぞ私一存にて捕まりまし
た教則を掴んでいた胸との手は怒りのため
に見えるほど震えてい
た八兵衛は床下にひれ伏した
まましと衛門にいさか女力をいたそうと心
へ出向きましたところ一ののありを当たり
に見ましてことの恐ろしさに前後を忘れ
思わず3名を切ったのでござい
ます切っても良いものならその方などの手
を待つまでもなく切っておることを音便に
収めようと思えばこそよ始め労しどもも
これまで苦心していたのだそれも知りをせ
ず侶にことを謝るとはふきなやつだ
恐れ入り立てまる平に平
に八兵衛の額は床板に食い込むかと思われ
たその声はただ慈悲を願う響きしか持って
いなかっ
たそしてその様子を口木大学だけが目を
うませて見つめてい
た今にも涙の溢れ出そうな差しだった
たて胸とはしたしたさするまで平門を
申しつけるそして荒々しく奥へ去っ
た一期はしかしそれで逆転した八兵衛の
思い切った方法がこうをそうしたので
あろうか場はその日のうちに静まって地の
こともいつ始めても良いという状にまで
解決し
た胸とは予想外の結果に驚いた彼の考えで
は血を見た農民たちはさらに凶暴になって
おそらく上兵を動かさなくてはならぬこと
になるだろうと暗示たので
あるもしそうなら大名取り潰しの機械を
狙っている幕府の工事となるに違い
ないわずか2台ににして上島の仮名を失っ
たらふの霊にどう言って詫びられるかそこ
まで心を痛めていたのであっ
た7万国の拾い物であった
な全てが無事に収まり検地の竿入れが始め
られたという知らせがあった
時胸は久しぶりでのんびりと大学1人を
連れて内の庭へ出ていっ
た随分久しぶりで歩く庭だっ
た温かい冬の日差しが天主の白壁に眩しい
ほど輝いてい
たこうなると八兵衛にも多少は怪我の巧妙
を認めてやらなければなる
まいしかし切ることはなかった3人も切る
などとは
いや切るべきでござりまし
た大学が初めて口を挟ん
だなんだ大学までがさ様なことを申すの
か切るべきでござりまし
た八兵衛が切りました3人は浪人もで音便
のおさを常駐に力なきものと思い誤り農民
を先導して一期を立てたのででござり
ます断固として彼らを切ったればこそ一期
の者どもはその支配者を失うとともに
初めて竿入れの正しい事実を見知ったので
ござり
ますしかしそれは事実なの
か浪人者であったというのは事実なの
か事実でござり
ます大学は静かに歩き続けながら行っ
たよしまたそうでなかったとしましても
一期は相場の重罪でござり
ますこと収まった上は死亡者は警察され
なければなりませぬ前か後かいずれにして
も何人かは犠牲者を出さなければ愛すまぬ
場合
です
うん胸はを伏せ
たしかし初めに3人切ったため農民たち
からは罪人を出さずに愛進みまし
た胸とは体の中から何かがすっと抜けて
いくような気持ちを感じ
た2人はいつか2のクまで来ていた胸とは
再びあの草原を前にして立っ
た明日にでも使いをやってと胸とはそこの
草を見やりながら行っ
た平門を許してやるとしよう
か恐れながら八兵衛にはゴム用でござり
ます許しては悪い
か彼は切publicをして愛果てまし
た7
胸とは何か聞き違いでもしたように大学の
方へ振り返っ
た1話のお長が2人の上を低く叫びながら
飛び去っ
た八兵衛はあの日屋敷へ立ち戻ると間も
なく切publicを捕まりまし
た誠にあっぱれな最後でござりました
なんでなんで八兵衛
がお分かり遊ばしませぬ
か胸とは自分の顔が青めていくのを感じ
た大学は1後ずつ区切りながら感動を
抑えつけた小で行っ
たもし仮にこの度の騒動がこういう結果に
ならず裁判にかけて何人かを警察した場合
農民たちのエサはどこへ向けられましょう
かおそらく宇島班の御政治に長く恨みを
残すことでござい
ましょう八兵衛はそれを五政治に向かう
べき壊疽をすなわち自分の一心に引き受け
たのでござり
ます彼は音便にという良いに背いて3人を
切りました
切ったのは彼の独断でござり
ます農民たちが婚を持つとすれば相手は
八部1人お家には伊坂も壊疽を含むものは
ございます
まい大学は言葉を切っ
たかなり長い沈黙があっ
たそれから再び続けたがその声はもう隠し
用のないほど濡れてい
たいつぞやだるまの悟りの話をしていた
ことを覚えておいで遊ばす
かお神はお笑いなされた駅もないものに
なったと押せられたしかしあれは決して
笑うような言葉ではござりませ
ぬ睨んでいるだけでは壁に穴は開かぬ
もう一度よくお考え遊ば
せ彼が断固として3人を切ったのも即日腹
を切ってはてましたのも皆このイゴの悟り
から出ているの
です農民たちの婚を背負って彼は死にまし
た
もはやお家は安泰でござり
ます胸の目は大きく見開かれたまま枯れた
草の上を見合ってい
たそこは北側を鉄砲庫で塞がれているため
一面に枯れた草の根からはもう薄青い目を
覗かせているものもあっ
たそうだ確かにそうだ胸は大学の言葉とは
全く違う別にそう考えた
八兵衛はこのめいた右の目のために死んだ
のだあの時以来あの過失を償う機械の来る
のを待っていたの
だ伊達家のためもあるかもしれない7万国
を安泰にしようと思ったのも嘘ではない
だろうしかしもっと深くもっと厳しく考え
ていたのはこの右の目だ
ぬくぬくと日を浴びた草原がぼとかんで
はかに遠く幼い日のことがまざまざしく
思い出され
たちまみれになって転げている自分とそれ
から唇を白くして驚きのあまり白地のよう
になった彼の表情と
があの日以来彼はいつかをげつ火の来る
ことを待っていたのだその火の他には何の
役にも立たなくともよいそう覚悟していた
の
だそれで目とってもこう産むことをほし
なかったの
だ胸とには初めてハベの本心が分かった
そしてその事実は誰にも知られず死んだ八
と自分だけのの秘密だと
思い分かったぞよくしたハと胸いっぱいに
叫ん
だ墓へ参ってやりたいが胸とはしばらくし
ていっ
た忍びでこのまますぐに行きたいがとも
する
か音もつまり
まする大学は静かに目を押しにった
城を出た2人は馬を飼って上北ギダン寺へ
向かっ
た少し前から風が出てやや傾きかけた日が
雲に隠れたので空気はひどく冷えてき
た胸とは先に馬を買っていたが道から寺の
3門へかかる間の左右にのある道まで来る
とそこで馬から降り
た2人は馬をついで歩き出し
た松風が少々となってい
た前も後ろも右も左も耳の届く限り松風の
音だっ
た胸とは黙って歩いていった石段を登って
高い三門をくぐると寺の兄弟も松林であっ
たそしてそこもまた潮菜のような松風の音
で溢れてい
た八兵衛会いに来た
ぞ胸とはその松風の音へ呼びかけるように
口の中で呟い
たその時初めて席を切ったように涙が
込み上げてきた
2人は松風の中を歩いていっ
ただから三門の脇のとろに切り下げ神にし
た武風の若い女が1人地に膝をついたまま
涙で晴れた目をあげてじっと彼らを見送っ
ていたことには気がつかなかった
OG
『聴く山本周五郎』チャンネルへようこそ🌙
『松風の門』は、過酷な自然と時代背景の中で、一人の若武者が自己を見つめ直す物語です。人里離れた「白狐の窟」を舞台に、彼は自己との対話を深めながら、内なる平和と解答を求めます。この孤独な修行を通じて、彼は何を得るのか、そしてどのような真実に気づくのか。山本周五郎の繊細な筆致によって紡がれる、深く、静謐な物語をお楽しみください。
【作品紹介URL】
https://shugoro.net/matsukazenomon/
【本チャンネルについて】
『聴く山本周五郎』チャンネルへようこそ。このチャンネルでは、日本を代表する文学者、山本周五郎の不朽の作品を、心を込めて朗読します。時代を超えて愛され続ける彼の物語は、現代にもなお響き渡ります。
私たちの朗読を通じて、山本周五郎が描く時代の風景、人々の心情、そして日本の美しさを、耳で感じ、心で味わってください。彼の作品には、人間の温かみ、悲しみ、喜び、そして生きる力が詰まっています。
山本周五郎の作品に触れたことがない方も、長年のファンもぜひこのチャンネルで山本周五郎の名作を楽しんでください。
【山本周五郎の紹介】
山本周五郎は、1903年6月22日に山梨県大月市初狩町下初狩に生まれ、1967年2月14日に横浜市で逝去した日本の小説家で、本名は清水三十六(しみず さとむ)。彼の作品は、江戸時代を背景とした時代小説や歴史小説で、武士の哀感や市井の人々の生活を描いたものが多く、特に『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』などの作品は高く評価されています。
周五郎は、清水逸太郎ととく(旧姓・坂本)の長男として生まれました。家業は繭、馬喰などの商売で、家族は武田の遺臣である清水大隅守政秀の後裔と自認していました。幼少期、明治40年の大水害で多くの親族を失い、家族は東京に移住しました。横浜市の西前小学校を卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店(質屋)に徒弟として入り、この時期に文学への関心を深めました。
1923年の関東大震災で商店が被災し、一時は関西に移り、地方新聞記者や雑誌記者を経験。1926年、「文藝春秋」に掲載された「須磨寺附近」で文壇デビューを果たしました。以後、途切れることなく多くの作品を発表し続け、日本の文学界における独自の地位を確立しました。
生涯にわたり、彼は「賞」と名の付くものはすべて辞退し、1943年には『日本婦道記』で直木賞を受賞するもこれを辞退しています。彼は文学において「大衆」も「少数」もなく、「純」も「不純」もない、ただ良い文学と悪い文学のみが存在するという信念を持っていました。
私生活では、1930年に土生きよいと結婚し、1945年には妻を病気で亡くします。その後、吉村きんと再婚し、横浜に転居しました。晩年は、横浜市の旅館「間門園」の別棟で作品を執筆し、1967年に肝炎と心臓衰弱でこの世を去りました。
山本周五郎の作品は、人間の深層を探求し、日本の歴史や文化に根差した独自の視点から描かれています。その文学的功績は死後も高く評価され、『山本周五郎全集』や『全集未収録作品集』が刊行され、1988年には新潮社により彼の名を冠した「山本周五郎賞」が創設されました。彼の作品は、今日でも多くの読者に愛され、日本文学の重要な一角を占めています。
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