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Layered Book Selectors’ONLINE TALK #2 佐藤直樹×西村佳哲

はいはいえっとではレイヤード2023 年度ということで年が開けて2024年に なってますけれども2023年度えテーマ パースペクティブのレイヤードえ2回目の トークえ今日は佐藤直樹さんと西村義明 さんをゲストにお迎えしてのトークになり ますえっとですね一応まレイヤードとは なんぞやというところでま一応ですね こちらからいつもキーワードを身勝手な キーワードを投げてま今回 パースペクティブということでえ投げて いるんですけれどもまそれに対してま早期 する本を選んでいただくもしくは現在の 自分の今の気持ちとか現在の世界に対して 思ってる気持ちみたいなものを反映してま 本を一冊選んでいただくでそれについて もしくは現在についてま対話をするという この選書と対話をま毎年ま積み重ねていく ということでま積み重ねていくま私たちは これまアートプロジェクトと一応認識し てるんですけれどもまその積み重ねのま アニュアルアートプロジェクトということ でまやらしていただいていますそしてこれ をま仕切らせていただいておりますギフト のえ五藤と池田ですま本業空間デザインな んですけれどもまこうしたアート プロジェクトとか大なりシなりずっとり 続けてきていてまアトとか音楽とかがま 大好きな2人でございますえそしてですね お2人からまそれぞれ自己紹介この後して いただこうと思ってるんですがその前に ちょっと一言お話をさせてくださいえ実は これ2022年度その時にですねまライト ま光とかあもしくは存在の耐えられない軽 さっていうテーマでえ実はこの佐藤直樹 さんと塚田さんってま編集者でありアッド キュレーターであるあの方と2人と一緒に お話をしようということになっていたん ですがまその塚田アリナさんがま体調崩さ れてま正直癌になられてまそれでま流れて いたんですけれどもそれをま去年ま今回の 2023年度のパースペクティブでそれの 延期されていた対話をしようというま矢先 にま去年の年末にま旅立っていかれました でその後まどうしもやっぱり話したいなと いう時にま佐藤さんと私たちが今1番話し たい人誰だいという話になった時にまもう 本当西村さんということでちょっと今回は 西村さんと一緒にえパパースペクティブ 一緒に話していこうということになりまし たということでえちょっとお2人から それぞれちょっと自己紹介をして いただこうかなと思うんですけれどもまず は佐藤さんからよろしくお願いいた よろしくお願いしますはい佐藤のと申し

ますえっとですねうん自己紹介まこれあれ ですもんね見てる人はあるある程度うん なんかフレームがあってただ流れてただ 通りかかってていうんじゃないだろうから はいあのうんまでもねお2人のことは知っ てるけど僕のこと全然知らないって人も そんいやいやもちろんそれはいると思い ますそのあの流れ方だからねそうしはい それで言うと あのそうですねえっとあ2人との出会いは えっと多分まだいでにお2人がいた時です かねですねそうですねねそれでだから 2000うん何年ぐらいですか2年とかあ プロジェあそうそうそれぐらいですよね僕 は渋谷のえ桜科長にデザイン事務所を アジールというデザイン事務所をこう構え てた時に多分出会っていてでそのオフィス を西村さんとシェアして借りたんです私が 曲がりしてたんです けどそうでしたっけそうそうあの社さんの 雀荘になってたまいいやそうそう外曰付き のビルでねあの腰吹きさんがいらっしゃっ たのかなそうそれで あのまそのま渋谷辺りで点々としてた時に まここ習って入ったんだけどちょっと広 すぎてお金が足りなくてっていう時にな 西村さんに入ってもらったんですかね ちょうど一緒の仕事が始まる時だったん ですねあだからそうじゃあ一緒に借りれる かみたいな感じに近かったんですかねそれ で借りてったあだからその辺りにお2人と も知り合ってるのでまその時 以来デザインをそこをずっと続けてきて今 はま格時間の方が長いかなっていう感じの はいはいものですよろしくお願いします ありがとうございますよろしくお願いし ますよろしくお願いしますじゃ西村さん よろしくお願いしますはいえっと西村吉明 ですあのえっとですねデザイン プランニングとま教育とあとま本を書いた りっていう仕事をしてきた人間でえそれで えっとね10年ぐらい前に徳島に1回移住 してであの主に徳島の方に行て東京の家ま そのまま置いといてっていう感じのま2居 点ってよりは主に徳島にいたんですけど2 年ぐらい前にえっと向こう引き上げて東京 に戻ってきてえっと今すっかり都市生活 っていう感じですうん屋根裏に小動物がい ないのが安心みたいなそういう感じです ね いや走りますよね結構い走てるしこう やっぱりこうスバが巣を作ったりするのね すごい怖いですよあります色々そうですね ままあま色々田舎あったんですけどそれで あの佐藤さんとはえっと多分池田さんたち

と会うよりも長くてうんえっと佐藤さんが 渋谷の前にあの渋谷の東の方にあの借りて いた時から時々お邪魔していましたねで なんでお邪魔したのかあまよく覚えてない んですけどうん えっとその後佐藤さんと一緒に事務所を 一角お借りしてそのねいあのもっと前です よあのワアドの取材をしてくれたじゃない ですか あのあの自分の仕事を作るに後に収録さ れることになるはいインタビューでうん えっと編集部に来ていて主にあれ小林にそ インタビューだったと思うんですけどま僕 はそこにいてはいそんでまだからその時は すれ違っただけなんですよそれ96年です でそうかそれが97年ぐらいまであの編集 部の中にいてうんでまあのキ君にADを こうバトンタッチしてそれで自分で仕事 取ってこなきゃって言った時に渋谷の方に 移ってこれがあの潮入工事っていうあの 渋谷の新線の駅前にあるあの 建物ででそのそこにもう来てると思います で色々仕事をねちょうど移行期だったので いろんなものがどんどんどんどんデジタル 化してる時期だったからそのグラフィック デザインをものすごい本格的にやっていて デジタルにすっ移行した人が多分極度に 少なかった時期だと思うんしうんうんうん そうですねうんだからデジタル系の人は もうデジタルで思考してるちょっと あんまり古いその反とかそういうのは ちょっとみたいな人と反しで叩き上げられ た人はDTPなんてやってたら腕が落ちる よぐらいになのが主流だった時期だった から多分何かときっと西村さんがこれはて 相談がとにかくしてくれてたんですよ いろんな連載のデザインやったりとか あのしてましただから独立したばっかりだ たから仕事があるのがもう本当に助かって ちゃんとお金になるじゃないですか何か やって渡すとそれで自分所から行って生活 してたからうんもう足を向けては眠れない ですそこに行くなまでも本当におになって てあの自分の仕事を作るっていいう本を 最初の本を書いた時もうんえっと佐藤さん にその想定とかっていただいてその時はも 渋谷の一緒にオフィス借りてるところで ミーティングしたの覚えてますそうですよ ねであの時まだ想定の仕事僕そんなにして ないはずなんですよあそうかだってワイヤ やってただけだから雑誌のデザインやっ てるだけなので本の想定の仕事は本当に 数えるほどしかやってなくてあのやって 失敗したりしてましたねあのへえうん要は まだ想定の仕事今みたいに

こうま今とは随分違ったと思います想定の デザインっていう概念というかなんていう の領域というかねあのDTPで始める人 ってのはそもそもまだいなかったしうん あのでそれ以前の世界だと基本的にやっぱ 叩き上げない限りはその世界に入っていけ ない世界だったからうんうんもうはっきり と何々派何々派ってもう流派が分れていっ て文字の組み方とか選ぶ書体とかあのそれ それで出来上がってるからポットでが想 するっていうことがまずそもそもなかった んですようんうんそれで頼んでくれたから 割とこうま嬉しいのはもちろんそうだけど 出来もしないのにやるっていう特質 がはい常にあってことの始まりがそうです もんねそうなんですよもうずっとずっと そうなんですよでもね僕ね相談した時は そういう認識じゃなかったんですよこの人 はできる人だっていう専門家だって思った んだけど後から説明くとあのちますって 主張言ってるだけの人そう自己申告してる だけの人ですよねそれそれから調べてだ からやり方がめちゃくちゃなんだけど今今 ねちょうどねなんかあのなんかそのブ デザインをまとめたなんかこれ言っていい のかなま大丈夫かなどう佐藤さんのいや 違う違うあのなんていうかいろんな人のね いな人そうそれにちょっとお小いただいて それであのじゃあ何点ぐらいですかみたい なことをこう掘り起こしてやってる最中な んですけどうんいやもう僕あんまり デザインからねどっちかって言うともっと 中心的にデザインになってる人たくさん いるからちょっとこれはそうそういうのに 応じてていいのかなと思いながらもまでも 声かけていただいたのとデータ整理してて ねでやっぱりそのあの時期に手探りでやっ てたものの熱量が 全然違うなと思ってで今ももちろん来るん ですけどうんでうんもう選ばざる得ないし 選ばざる得ないっていうかそも数も減って きたしそれとその中で時間のやりくりで やってるからあの一時期すごくこうピーク になってた忙しさの時ほどの点数って デザインの仕事してないんですよねうんで そのまピーク今にして思えばピークだった 時っていうのはうんあののやつを見ると うんま手抜いてるつもりはないんですけど ほいちいちあの一生懸命あのやってるん です けどやっぱりあのこ習い症っていうかこう 覚えてしまったことの上にこううんうんま それでこう速度を上げてくみたいなことも あるし得意なものでちゃんと外に差し出す と向こうがおやりますみたいな反応がある

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呼ばれていく時になんとなくこうそういう 感じの距離感に対して僕はちょっとこう 怒ってたんだいや単に遅刻したことについ て怒られたんですけどうん本当にはっきり 怒ってましたで本当にごめんなさいて思っ てあそうそんな感じだったんだねいやそれ ぐらい佐藤さんの中心人物でした うんいやていうか僕はあの西村さんがもう 中心になってるプロジェクトに声かけて もらったと思ってあ西さんんだったら 行こうと思って行ったんですよああだ そもそもそこに西村さんいなかったんです よそんなにねうんちょっとちょっと ちょっとはいたのかでも最初多分呼ばれた 時には行ったら確かいなかったんです ようん多分あどうだろう行った行って ごらんみたいな感じであ行きます行きます みたいななんかそんなとにかく一緒に行こ うっていうほではなくてとにかくこういう のあるけど興味あるでしょ行くみたいな 感じだっなんですよそかうんまでもねババ 君とかたけさんとかいてねそうそうそうい てだからそれバさそうなんですババさんと とか竹一さんとか原田さんはそれがあった から知り合えたのでそれまでは全く 知り合ううん術もなくてそれであ初めまし ててこういうものですってやってスタート したからあの本当に西村さんに繋いで もらったんですよねセットの海の親は西村 さんだったそういう話そういう話じゃ ないはいはいうんまでもねそうそういう 感じはありますけどね僕の中でありました けどねねうんでだからちょっと落ち着いて あの時間経ってそっかでも西村さんがその 中にいて呼んでっっていう人ではないんだ なってだんだん分かってくるんだけどそん 時はあのそん時はなんだかわかんなくなっ ちゃってんですよねああうんうんうんそれ で自分の中でもこう了解できない割には 血気だけが盛んだったからあの時期はだ からそそういう態度に出てたんだと思もう あの思い出したくないですねあの時のこう 自分一挙の全てがままままままねでもま それがねセットにそのまねメンバーが 繋がっいたしでやっぱりそこでま一応 バックグラウンドとして話してくとまがま その全のイデデザインニてあの ファウンダーである黒うんまあのザズ ブロックっていうますま都市でま都市をま デザインで遊ぶというかもう都市体をね街 自体をまラリにしてしまえま同時発の いろんなや展示がぼしてるっていうま本5 日間まあ5回やったんですかねうんやって やってましてそれをベースに結構いろんな その会社を超えたカンパニーを超えた

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近いんですかそれともどういうバランスな んですかその2拠点っていうバランスは 変わってきててう自分なんかも2対1 ぐらいであっちが多い時もあったんでああ なるほどね今はね正直7対3ぐらいで東京 が7になっうんうんうんでもマインド的に は割マインド的には1対1なんですけど うんうんなるほどにいる時間でうと7対3 ぐらいになってるかもしれないあなるほど ねそんなところでそろそろ のかなと思いますはい本題はいはいという ことで一応え西村さんに選んでいただいた 本がうんこちらにあなたの人生の物語と いうことで一応書いてなんでこれを選んだ んですかていうを時ぐらいくださいと 200時以内でくださいと言っていいた 言葉をちょっと読み上げてしまいます えっと自然の中では意識されなかった消失 点がドーンと浮上したのは都市国家の建造 に伴う街並や大通りかこパースペクティブ の体験によるところが大きいと思います おそらくそれが西洋的な時間概念をも支え ているててということを考えながらあなた の人生の物語を読みますましたという言葉 をいいておりますはいテトちゃんあなたの 人生の物語ですえっとこれについてまなん で選んだのかの深掘りでも今現在について でも西村さんお話を先にいいてもよろしい でしょうかこれでも出てくる何分ぐらい だっけ一応ね15分ぐらい15分ぐらいあ 了解了解了解佐藤私どんどん突っ込むと 思うんですけどもはいはいはいはい了解今 なんかえっと藤さん一応なんてなんか言っ て何を言したんだっけ忘れちゃった忘れ ちゃった忘れたじゃあ話しとこうかこれを こうえっと西さんが差し出してくる スピードがめちゃめちゃ早かったのでうん あの迷いなく出てきたんだろうないつも 早いんですけど別はもちろんそうですね うんそ辺も含めつつはいあの パースペクティブって いうお題ですよねそれであの 私あのインタビューのワークショップって いう4泊1つかぐらいのワークショップを ま年に何度かやってるんだけどもそれの あの去年9月にやった時まあ7人ぐらいの 人集まってその仲間たちと一緒に過ごし ながら使うんだけれどもこのグループが とっても自分にとってもあのワクワクする 感じだったんですよ あの実際に人の話を聞いてそれを ライティングしていくっていういう風な 仕事をしてる人の概要率が高いグループ だった普段ね割とあの看護師ですとかあの ま人の話を聞くってことに単純に興味が

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言語学者がうんうんうんうんうんうんで その言語学者がその異星人のその言葉の 文法を獲得していこうとするんうんうん うんうんうんであのよくあの英語を学び 始めて英語で喋るようになってくるとあの 違う自分のキャラクターが出てくるとか いう人いるじゃないですかうんうん うんうんなんかこう考え方自体がこう英語 的になるっていうかうんうんうんだ文法に すごく規定されるわけです私たちもま言葉 を使って考えるからこなっちゃうんだけど も文法に規定されてるとで宇宙人のそれを あの獲得しようとしていった言語学者は はいそこに入ってた結果宇宙人のように うんあの世界を認識し始めてくんですよ ああでもその宇宙人がうんあの人間と違う 形をしてるのでうん目が左右についてない んですようんうんうん方でこうんそうそう テトラポントなからこう360°うんに ついていて目がうんうんだ複眼とかと近い んだと思うんですけどうんうんうんあの 全部を同時にボンと見てるっていううん マイクみたいな状態にうんうんうんうん なってるうんうん生き物でうんそれであの それがあのさっきのあの言葉にに繋がって くんだけどうん僕らこの2つの目がある からあの物事をなんかこう距離感図ったり うんうん近い遠いうんとかうんそれとかま 消失点のある世界みたいなうんものに すごくこう馴染みのあるあの身体構造をし てるとうんであのそれであの都市っていう ものがこう出来上がっていってであの シャンゼリゼの大通りだとかなんだああ いうものができた時にあどうん点があ るっていう状態になったけですよねそれ までうん田ボとかぼっていうかあの自然会 には消失点ないうんうんあるんだけど見え ないわかんないからうんうんうんうんで えっとでなんかこうここがあってで後ろを 振り返るとまた後ろの方にも消失点があっ て遠ざかっていくものがありうんうん えっと前方の方にもまだこう到達してい ない世界があるっていううんうんこの なんかこう 世界経験みたいなものがうんうんとね ちゃんとタイミングをこう調べ て配置してないんだけれどもいわゆる なんか宗教革命とかあの科学のま流行流星 であるとかあの時計の発見であるとか奪還 式の歯車のとかああいうのと多分 タイミングがすごく近くてうんうんでそれ であのなんていうかなここ現在未来みたい なその1つのこう時間軸っていうこう矢印 であの時間を捉えるっていう感覚があの とても強くなったんだと思うんですよね

うんでもこの話はあのそうじゃない時間の あり方っていうのかなだからすごい不思議 な描かり方をしていてうんあの出だしが 確かなんだっけなあなたと私がなんとかか とかになってることを私は喜ぶでしょう みたいなうんそうそうそうあの未来未来 から見た過去というかぶっちゃけね時間時 消失してるんですよだからあの逐次的じゃ ないんですね過去現在未来じゃなくてだ 正直これ言っちゃ言っちゃっていいてか そんなところに繋げるなって言われそうだ けし村上はきのあの世界のワイトハード ボイドワンダーランドにあの永遠の時を 刻むためにはどうしたらいいのかっていう 名題があってこの地的にねこう繋がって いくこの1本の線のような時間ではなくて あの過去現在未来じゃなくてこの現在に あの演習率みたいな決して終わらない 0.7って永遠に続く数字を刻むと常に 現在現在っていう のんだけどなんかあのつまりそのエリアン たちはね時間軸ほぼ多分ないんですよね 過去現在み同時に多分見てるっていうか 同じもとして会話してて結局ねその主人公 の言語学者さんはだからその未来を結局 フラッシュバックしてて見ちゃうっていう でそれを歌ってどんどん未来から現在に 至るみたい現在でもうその破滅的な未来を 私は知ってるんだけどその現在を選ぶ みたいなところでま終わっていた気がし ますねなんかそうですねそのだからあの 過去現在未来っていうんじゃなくてなんか 現在がすごくうわーって広がってくんだよ ねそうそうそうなんか今今のなんか許容 範囲がなんかすごく広がっていくっていう かなんなんか うんもうだからそれをきっと資格化し ちゃって生きてるんだろうなこのそれら たちはそのまそれらって呼ばれてたが なんかきっとそれらたそういう世界感で 生きてるんだろうなっていう本当にでもね でもねなんか僕らもうんそのなんていうか な目がこうやってステレオでついててぱい 遠いが掴みやすいうんうんえっとそれに こう都市国家みたいな空間が加わってくる と過去在未来みたいなものがすごい強固に なったと思うけどでもその森の中にぐっと いたらこんな感じになってないと思うん ですようんもっとあのマイクみたいな状態 で生きてると思うんですよ全方位同時に ありますみたいなうんうんだでさあの戦勝 には出さなかったんだけど迷ったのはこの ピダハンていう本でうんうんうんうんっ てるこれうん知ってます知ってますうん ピラハンてねあの

アンのジャングルであの暮らしている えっと人々山の族じゃなくて何だったっけ なまところにあの言語学者がやっぱり行く んですようんうんうんその言語学者があの つまり選挙師でもあってうんあのキリスト 教に回収したいわけうんだけれども あのそれにはまずその彼らのその世界観と か言葉を獲得しないといけなくてでいや そんなんじゃなくてこっちやらなくちゃ いけないからあの教わっていくんだけれど も教わっていくうちに最終的にはその言語 学者がこの書いた人なんだけれどもあの キリスト教を捨てるんだよね おおすごいドラマチックな話ででもその ここに出てくるそのピラハンの人たちも あのすごく似てるんだよ この未来に備えないっていうかうんうん うん今っていうところですごくこう うんうんなんかねその辺りのことがとても 気になっていてそれであの パースペクティブて聞きた時にうんうん うんあのパースのない世界パースのない 世界って思ってピダハンかそれともえ テッドちゃんかみたいなうんそんなわけ です はいありがとうございますはいいやでも 確かにそうなんですよね私たちもずっと 東京で都市で仕事をしていてうん結局その 12年前から行ったり来たりするように なってそれを自分複眼思考って呼んでたん ですねなんか目がていうのかあの視野が すごく違う視野を出た感じだからなんか それはすごくちょっとその感覚はすごい よく分かりますうんうん うんはいそのそのまこのタイミングでそれ 言われてその本に今たどり着いてるんです けどそのパースペクティブの今の話 って あのこう東京に戻ってきて生活の拠点を その辺の移動とかともなんか関係する部分 ってあります西村さん自身かうんそれは 自覚はそんなにないうんうん東京そんなに こうなんていうかなこういう道そんなに ないの でなるほどね うん経験としてって何かそれがっていうの はないですけどうんうんでもなんだろうな あのその過去現在未来うんうんとかあの 立つ物語みたいなことはなんか最近より 考えるようになりましたねなんか歴史の こととかもうんうんうんうん思ってそう いう風になるんだと思う例えばあの イスラエルの状態のこととかねうんうん うんうんうん考えてもうんうん うんはいでは佐藤さん本のごに行こうかな

はいはいうん選んでいだいたのが赤瀬川平 さんのえ反芸術アパうんはいま アンデパンダンのアンパンだともちろん えっと一応この寄せていただいた言葉すい ませ見上げてしはいお願いしますはい学生 が本棚から見つけ出して持ち帰り面白かっ たと返してくれたのだけれど今現在の学生 がどう面白かったんだろうと読み始めてみ たところ確かにこれは面白いな昨今の アートの面白さとはかなり異質な何かえ党 の学生もそこに反応していたようなという 言葉をいただきましたえっとじゃちょっと これにつてはいはいよろしくお願いします そうですねあのま僕があのあんまりその パースペクティブというお題がにあんまり こう寄り添わないでって大変なんだけど だめだよそれじゃいやいや あの最初は全然腑に落ちないっていうか このえパースペクティブて何だろう パースペクティブて何だろうってこう思っ てそっからそっから戦勝つっても俺は 見つからないなって考えてた時にちょうど このまうん学生がねちょっとこれって言っ てすって本なから取り出して借りてきま すって持ってったんですよま研究士でこう 本棚があってそこにたくさん並んでてま いろんな本があるわけでこれにすっと手 伸ばしただから全然僕は誘導したりとか 一切なしにねあこれ持ってくんだと思って ふんみたいなどうぞどうぞみたいなそれで 面白かったですって返してくれたうんであ 面白かったんだってねあのうんもう20歳 以上離あの40歳以上離れてるわけだね 年齢からするとうんうんそれでこれ面白 いってどうどう面白いのかなと思ってもう 1回こう読んでみたんですよねその はいしたらこれはかなりたくさん何度も 読んでいてでそれは最初にこれが85年か なんかに相関されていてそん時は えっと今やアクションあるのみえ読売 アンデパンダンという現象っていうのが 多分最初のタイトルでちから出ていてで それがこのこの文庫になったのは90何年 かなうんとなのでま少なくとも2回は読ん でるんですよね90 えっと94年かだからま9年9年経ってん ですこの最初のやでその最初に出た時は 80年代だから自分もまだ若くてそんで 赤瀬川原平さんとか大好きだし大好きな割 に実は何やってきたかはそんなによく 分かってなくてこ遡って読むんだけど全然 ピンとこないんですよそのうんそのその 当時の80年代にやってることは面白いん ですよな路上観察の頃そうですそうですだ からまちょうどだから超超芸術トマソンと

かを出した時期ですよねうんだからその 次義を得ているところというかそのその 時代感にぴったしの部分はすごくよく わかるわけですよ面白いなっていうか言葉 の選り方も面白いし見つけてくる現象も 面白いしいちいち全部面白いからもうそう ある意味民ハ的に追っかけになってるわけ ですよねだからでちょうどあとはえっと 宮竹骸骨の方を出したりとかあの今和次郎 さんの高原額をもう1回こう現代に復活さ せるみたいなことをやるからその80年代 の高原額っていうのはすごく面白いって 思うんだけどその今和郎の話になって今 和郎に戻ってみて読んでもちょっとピンと こないっていうか あのちょうどそ震災関東大震災の話とか その前後の話だったりするのであのあまり にもちょっとこう自分たちのうん日常と 掛け離れすぎていてなかなかそこにええ 理解が追いつかない感じだったんですねそ それでこのあの初犯の時のやつ読んでも 同じ感じを受けてだからその読売 アンデパンダン のことがよくわからないわけですよ一応 書いてあるからあの頭では理解するんだ けどなんなんかまとにかくはちゃめちゃ やってたんだなぐらいな感じにしか思って ないわけですよねうんでそれとその ミキサー計画だったりとかあの前後に 起こってたことも全部ごっちゃになってる から前後もうんあの前後関係もわかんない しうん うんだから ま赤坂さんが書いてるのは面白いんであっ てその中の現象に関してはあ正直ピント来 てなかったんだと思うんですよおそらくね うんうんそれで90年代になってこれが出 た時も うんとまたこうあの10年経って形変えて 出してる相当もう本人も年齢が高くなって きて熱量も冷めていて非常にこう落ち着い た感じでえ前後に色々こう解説が入ったり とかしてうんるんだけど近づいた感じでは なくてまなんかより遠くなってく感じ なんかこううんうんその元のやつがもう 本当に歴史の中に葬られていく感じを受け てたんですようんそれからさらにえっと 20年以上経ってるじゃないですかま約 20年たったわけですよ間の10年を 飛ばしてねこれで学生が読んで面白かっ たっていうのはどんな感じなのだろって 初めてうん なんかあのその時のこうを全部追うような 感じの読み方ができたんですよねだから その読売アンテパンダっていうのは始まっ

たのがえっと 1949年とかかなほんでその前に日本 アンデパンダンっていうのがあ1947年 とかにスタートしてるんですよ47年って 言ったら戦争終わってまだ2年しか経って ないですよねうんうんうん完全に焼けの原 ですよ何にもない状態うんうんうんそそこ であの新しいことが始ま るっていうそっから始まってんだっていう 風にこうキョロキョロしたたら周りが焼け 腹の 状態がなんていうかすごくこう 生々しくあの浮かぶようになったんですよ 読んでる時この話してる時周りまだ本当に こうえ下手したなままだこう焦げた柱とか 残ってたりしかねないぐらいの感じ以前は そういう風に読まなかったんだそん時はね そんな風には読んでないですね中に起き てる現象とかそこで赤瀬川さんとその うんうんさらに上野世代との対話のなんか やり取りを追ってる感じでうんうんうん うんあの知識として一生懸命いようと思っ てるからじゃあここに登場する何々さんは 大体何年代の生まれの人でみたいなうん うんあのこう知識の整理をしようとしてる んですでそれを蓄えてちょっとは喋れる ようになろうとかちょっとはそこに対する 理解があのなんかうんうん豊富な人に なろうと思って多分読んでたんだと思うん ですよねだから書かれてるコンテンツに 関心がそうそうコンテクストていうか背景 まで含めてうんうん捉えようとしてなかっ たしてなかったですねところがその学生 返して読んだ時になんでそうなったのかな と思ったのはその後だから話したんですよ ね少しどうだったつってうんうんうんで そうするとあのそもそもその社会主義国と 資本主義国がうんこう両方まソレンと アメリカみたいなものがあってでその中で 画質を起こしてるっていう感じが あのあったわけですよねあってますみたい な感じでこう話してくるからああ大体 そんな感じみたいなでまあのソ連がま崩壊 するのっていうのがま80年代のまさに 後半から90年代にかけてのあたりだから ちょうどこれが出た頃っていうのがそれで ちょうどガラっと変わる時でここででやっ てた時ってのはそんなことまさかそれが 崩壊するなんて誰も想像してないむしろ そっちに希望を持ってより新しくよりあの 自由なあの社会になってくんじゃないかえ 資本主義なんかダメだっていう人が普通に 半々ぐらいいる感覚があってそれで左対右 とかあのどどちらが良い世の中を実現する かみたいなすごい大雑把なあの2項対立

みたいなのがまあったっていう風に理解し ていいんじゃないみたいなうんことを一生 懸命こうこっちも分かるようにたりながら 喋ってるし向こうも会ってますみたいな 感じでいうかま大体あってんじゃないかな みたいなうんそそれであのその後に僕読み 始めてるからうんうんうんあのすごくそこ にこうなるほどいちいちなんかあのうん うんで例えばこう社会主義リアリズム みたいなのが出てくる時期があるわけです よねあの最初のアバンギャルド時っていう のは政治もアバンギャルドだからえ表現も アバンギャルドになってくるんだけども なぜだかその国がそれを弾圧し始めるじゃ ないですかうんもっとちゃちゃんとこう この国がいい方向に向かってるってことを それこそ物語としてちゃんと分かるように あの絵描いてもらわないとこんななんか よくわかんないデタなめみたいなことやら れたら困るんだよみたいなことであの どんどんどんどんあの規制が強まってく じゃないですかうんでその規制がある意味 こう生き切ったところにま今の若い人たち はもう当たり前に生まれてきてるからあの いわゆるこう共産主義的な国とか社会主義 的なことがしでかすことのなんか前提が 大体もう分かっているわけで理想の果てに そうなったとはいうのがいまいちピンと来 てないんだけど あのその社会主義リアリズムみたいなのが そこで起こってそんでそれに対してまた川 さんたちが滅してみたいなことをうんあの 普通にたどってるからうんうんうんあの僕 もその後またそのから覚醒のさらに後ろ からついてくみたいな感じであ合ってます みたいな感じで読み直してるわけですよね なあそうだみたいなうんそうそうそうそう そしたら本当にあの今までで1番面白かっ たと思ってこうんこれこの本が1番面白く 読めた感じがしたんですうんうん今まで こんな風に面白く読でなかったなっていう かおもしれえなと思ってあの読んだでこの 面白さがその彼女が読んだ面白さとこう そういうこと合ってますっていうの聞いて みたいけどでも普通に面白かったっていう のはやっぱりその何か僕らがちょうどその 80年代とかその後の90年代とかって 比較的やっぱりま安定していてその中流的 なものがこうバブルみたいなものもあった しあのそこまでその焼けの腹感ってのは なかったんだけどあの話してると彼女たち の方がこっちの感覚に近いんですよねその なんかけ焼けの原に立ってるようなイメー ジっていうかもうどっち向いてもなんだか よくわかんないけどま何かやってなきゃ

いけないみたいだから手探りでうんやっ てる 感覚を自分もまこう同じ感じでこう キョロキョロし始めたような感じがあって うんこれはもしかしてパースペクティブて いう言葉のあの問と重なるとこがあるかな と思いながらちょっとこう出してみてま その後はここで話すればいいかなと思って うんうんはいそれでとりあえずじゃあこれ にしときますっていうことではい出した 次第ですはい3回目に面白いって改めて 思ったのはだからもうその赤川さんの文章 面白いなとかうんうんあのそういうこと じゃなくてうんもうそうそうそうだもう もう随分いなくなってからさらにまた10 年経ってますからねちょうどだからその 最初の最初の80年代中盤にこの初犯の やつが出てでえその10年後にこの文庫化 されてでその10年後に亡くなられてそれ から10年経ったって感じなんですよね今 ねうんうんまの年代だけど結局ね60年代 に彼らがやらかしていたことの多分記記録 ですよねそうですそうなんだけど あのその60年代にやらかした元は何だっ たのかってことを探る探ろうとしてる話な んですよねこの本はそれで自分たちはここ まである意味こう生ききってもう何でも ありのことをやりかえた後にまいるんだ けどじゃあそのあんなやりかけがどうやっ て始まったのかなとうんあのあそこまで そのうん何でもありの世界がどうやって 始まったんだろうってことをその始めた人 たちのところを尋ねてうんうんあの聞いて いく作りなんですよでそうそうそうすると そこにまず赤瀬川さんとさらにその上の人 たちの世代感ギャップがあってあの理解し 合えてはいえないんだけどちょっと分かっ てきたっていう感じがこうどんどん進ん でくんですよねうんその戦争変わって本当 にやのになってそれで復興でえ美術館立て てでにこれから並べてく絵はどんなものが いいんだろうでそれまでのそのものすごく こう制度的にあのヒエラルキーがはっきり してた世界なのでそれまでの絵画とか美術 の世界っていうのは あのそれをフラットにするかその当時の 大下の絵の横に普通に小学生じゃ僕も参加 しますみたいな絵が普通に並んでるんです よ企画として何かこう狙ってるんじゃなく てあの真面目にみんなもう1回自信喪失し ちゃってるからうんあの大下の人ももう1 回1からやり直すて人とまそのそれをもう 1回その地位をあの立て直さなきゃって ことの方に一生懸命なっちゃってる人が 同時に存在してるからうんあので文字通り

どっちもいるわけですよよしこれを気に もう1回あの1から出直しだっっていう人 はそこに本当に参加してくるから本当に そこに提出しちゃうわけですよそしたら横 見たらあの子供の初めて書いた絵とかが 普通にになでさどっちだとかやられちゃう わけですよ今だったやっぱりそのだねなん て言うんだろうこうバカにすんなよって なるかうんそれかまあの自分の地は緩が ないからまこういうものは笑ってねあの こういうものを受け入れられる自分を演出 しようとかどっちかになると思うんだけど 本当に必死だからあのどうなるかわから ないので本気でやってんですよ一瞬だけな んですよでもそそれが起きるのがねその うんあの別のものになってくんだけどうん そこのシーンはまだあのいわゆるこう 赤瀬川さんたちが中心になっていくやっ てくアバンギャルドの前夜なのでうんうん うんうんそういう風になってくかどうか すらまだ想像ついてない時期なんですよ うんそそこが1番面白いとこなんですよね うんうんうんなんか災害ユートピアだね うんそうですよねそうなんですその直後の 一瞬一瞬垣間見える感じですよねうんこれ は本当に面白いあの感覚だなっていうのが うんうんあんまり気づいてなかったと言っ た変だけどそこに立ち会いてなかった感じ ですねそうか赤がさ自身もそれをちゃんと 振りなしに行ったんだそうなんですよそう なんですよそそこの感じがあのよく分かっ てなかったなんでこの時期にそんその話を 聞きに出かけるわけですよねうんうんだ からそのせ戦事中とかに停点とかに出して た人の話を聞きに行ったりするわけですよ うんそうするとまずその文化的なものが 全く違うわけですよ自分たちだからその頃 の若者だからまだそのうん若者だった人が 60年代に大暴れしてるわけですよねで さらにそれ落ち着いてえっと80年代だ からま450って感じですよねうん 4040から50に差し掛かるぐらいの時 にその上の世代のところに話を聞きに行っ てる感じなんですよねうんだからそこでこ まあなんか聞きに来たからじゃあ答えよう かっていう人たちはさらにその上の世代だ から今もう僕らその世代なんですようんだ から赤瀬川さんが聞きに入ってる人たちの 方の世代に僕らが今いるからうんあのもう 全部がこうぐちゃぐちゃになっちゃって るっていうかうんだから今要するに20歳 ぐらい年下の人がさうんなんかこういう ことあったそうじゃないですかって自分の とこに聞きに行った時になんか一生懸命 答えるけどうんうんずれつつうんあのでも

まあ何らか向こうが勝手に感じ取っていっ てうんうんおそらく伝えたいようには 伝わってない感じも手に取るように分かる わけですこれ をてことは今も明らかに自分がもう そっち側だから年齢的に言うとねうんうん うんその なんかよくわかんなくなっちゃった状態が うんパースペクティブかなって いううんでもぱなんだけどちょうど2人が 選んだ本がねそそうそのなんだろう近い ところと遠いとうん うんうんなんだろうな混うんその差がもう 意味が意味を失うみたいな近いところ遠い ところのうん失う感じっていうのがなんか 実は近いのかなみたいな感じはしますね うんで自分自身も正直パースペクティブと 言った時にあ美術表現としてのねこっから こう行ってっていうはやはり確かにそのそ 近いわゆる日常とま点非日常的ものあの その区別がつるなくなるうん もう日常は非日常じゃに非日常も日常だよ ねみたいなとこで自分はちょっとあのなん ていうかその生機みたいなところから やっぱりちょっとうんそうが落ちてきた ところがあったんであの全然お2人 をいやそうそんでねそのまこう特にその 明解な答えをこうあの出してくださいって いう問いで設定してるわけではないと思う ので あのわかんないままにいいのかなと思って 一応出したんだけどうんうんでこう改めて 今反芸術って言わないじゃないですかです ね反芸術って言ってしたあんまりあんまり 見な見ないというかうん見なくなったと いうかまいるかもしれないんだけどあのあ 半月って言わないなっていうのもちょっと 改めて思ってでそのじゃあその反芸術って いうことをこの時に言ってじゃあその前の 芸術っていうものに対してあるしこう反発 してるから反芸術なんだ けど単純に否定してるわけではなくてまず そもそもそのでしかも反芸術アンパンて いうタイトルにこう変えてるんだけどうん うんアンデパンダンテ自体は別に半芸術で もなんでもないんですよ芸術 アンデパンダンなうんうん完全にそういう こうヒエラルキーとか何かの役に立つとと かあのえそれでこそ意義があるとかいう こと一切なしにしてとにかく書きたいなら 書いて出したいなら出してそれでそれが 集まってみんなで見るっていうことを1回 1からやり直しましょうってこと言ってる だけだからうんうんあのでそっからずっと この繋がってるのでところが途中からいつ

の間にか反芸術になってくんですよああ なるほどうんそのその方が面白いからと いうかそうま自然自然とそうなってくん ですよ範反権威的なものになってくるうん だけど最初の出だしの時は権威も反権威も ないんですよただ本当に1回あの焼けのほ になっちゃったからそそこから始められる としたら何だろうっていうことをこうやっ てるだけであのその 感覚っって分かってたよで全く分かってな かったなっていうのをちょっとこう改めて なんかア判断ていうと反芸術のイメージ しかもうイコールみたいになっちゃって ましたうんなるほどねあれあの赤瀬川さん がさその半タパの文庫じゃない最初のに 書いた頃ってうん若瀬川さん自身のあの アート活動はうんうんと改めて絵画の方に 行ってた頃いやあのねだから辻克彦として のうんあのデビューをした頃だと思うので ああうんだからこれこの本ももしかしたら あれじゃないですかね名義として明が原平 じゃない可能性がありますねっと長で今 アクションあるのみ読売アンダベダという 現象っていうのが僕の頭の中ではうんあの 著者が小辻和彦なんですよへえあのわかん ないちょっと今調べたら分かるかなあの どっちなんだろうあのちょうど あの2人で勝つとあの名義を2人にして あの明瀬が克彦さんですけど本名 あの赤瀬川原平と大辻勝彦を両方存在させ てる時期ですねあうんだからどっちかが 著者になってどっちかが解説書いたりとか してた時期だと思いますねうんうんうん うんだから絵はね書いてないと思いますを 書くていうかさあの日本画であるとか印象 派であるとかうんうんうんいろんなこう 絵画をもう1回こう見ようっていううん うんそ見ることの面白さみたいなことに こうわーって開いてった時があったと思う んだけどうんありますねちょっと前ですね その前ですねその前か印象派とかをすごく 改めてもう1回なぞり直してっていうのの ちょっと前ぐらいだと思いますねうんだ からあの桜画法のうんあのもう1回文庫化 して桜が保大善出したりしてたとか ちょうどあの時期にもういぺに一気に いろんなもの同時に出してるからうんあの あのそれが80年代の中盤ぐらいに ものすごいあの大量に出てくるんですよね うんそほんでそのもう1回改めて絵画に っていう風に戻ってくるのはその後だと 思うですねうんうんそのその直前ぐらいは うんそれこそそのあの 絵画の話ができなくなっちゃってるという か普通普通にうんえっていいもんだね

みたいなことが言えなくなっちゃってるあ 時期だとだったと思いますねうん うんトマソンもその頃っていう感じそう そうですねトマソンはだから活動としては あの色々こう発見し始めるのは70年代 から あの始まってるんだけどあの観察学会とか を立ち上げてそれであの書物として どんどん出してるのがその時期だと思い ますね8年中盤だと思いますね うんでもあのさっきあの池田さんがあの 2人が出したのどちらもそのパ パースペクティブうんあのま合ってると 思いまていう話をしてくれたけれうんはい そのパースペクティブていうのはう1つの 展望みたいなものだとしたらうんなんか その展望のなさっていうかうんうんうん うんそうそういうところでは同じあたり ですよねうんうんうんうんちょっと シニカルな意味は確かにちょっと込めてた しれなくてさっきも言及されてたけど やっぱコロナがやっと落ち着いたと思っ たらウクライナが来てガザが来てうんなっ ちゃうのみたいなところでようやくさっき のねやっぱりコロナで1回地球が全部 クローズみたいになってしまってそれぞれ が鎖国状態になってうんようやく開いて これからまたあのやり直してくのかって さっきの言じゃないですけどもようやく ちょっとはあの平らかなになってくのかな と思っやみたいなうんえみたいなことが ちょっとまちょっと続いてはいてちっとも 収まらないんだけどこのみたいなところで もう一体何をパースペクティブとれのか みたいなその一直みたいなも簡単なものが あんまり見えなくなってしまって何をスト するのかみたいな気分は確かにうんうん うんうんますねうんうんそうですよねあの 私も私ははいあの見えないですうんですよ ねうん本当にヤの中って感じですね うんうんうんうんあのま実はその初めて このレイヤと2020年にコロナの待った た中でま始まっましてまその時の1番最初 のキーワードうんスイッチにしたんですね ここで1回世界切り替わるんだろうみたい な次何が来るんだろうみたいなその時は どちらかていうとそのコロナが始まった ばっかりのま半年経ったぐらいの頃でまだ どう収まるのかもよくわかんないけど なんか勝に収まるよねっていう楽観しと 収まった後いい意味でまた全然違う新たな 世界がうんかもみたいな勝手な変な期待が あってま結構楽観的な意味でスイッチって つけたんけど 全然なんかもうゴリ夢中なんだけどみたい

なあの霧の中なんだけどっていうま結局 続いてしまってその中でだからまあの光 って去年選んだのもね単に光見たいんだ けどっていうところとか見たいんだけど みたいな願望でしかないかもっていう ところはちょっとあってうんうんうん全然 視界が流にならないんだがみたいなうん なんというか諦めとか焦りとかなん投げ ちょっと投げ出してますみたいなん うんうん投げてとのどうなるんだろうこれ からみいなでちょっと人言のように見 ちゃってるところはちょっと今あるな みたいなところはありますみたいな感じが あるなんか直どうするんだろうっていうか もどうしたらいいのみたいなもうちょっと 生前説ってか人間もうちょっとまともだよ ねって思いたいのに勘弁してよみたいなね ありますねうん [音楽] うんやっぱどこかでま信じてはいてだけど 結局なんか歴史振り返ってみてもね結局 安定しないんだろうかってまあうん気持ち にもまあなっちゃいますけどね うん今あのこのパースペクティブっていう キーワードはうんうん基本にま池田がああ そううんうん書いているわけですけども はいまその心を今初めて聞いたぐらいの 初め ざとは言ってたんですけども裏みたいな話 とかまそういうところまであの考えた上で のこの言葉ねっていうのを今改めて感じた なっていうのはちょっとありましたなん ですけどは受けて話あの20代のそれこそ 赤瀬川憲兵さん夢中になってたような頃 からお前は司会良行だったのかと言われる と常にそういは見えてなかったっていうの も事実であるのでまうんなんというか何が 起こってもうん結局あれなのかもしれない んですけどもねうんあそうそういううんあ どうどうどういやいや年齢上がってくると 色んなことがこう見えてくるようになって うんであの若かった頃のようにこうなんか この刀だけで全てがこう切り開いていける みたいな感じじゃ全然ないからうんないの もう結いやいい意味でねそんなにうんあく も結局なんか苦しみの量と喜びの量って プラマイゼロだなとしか言なくていやだ からその何にも変わんないなって感じはし ましたよあの改めてその学生の後ろをつい ていって手探りでこれにたどり着いて読ん だ時に感じたうん このなんて言うんだろうも要するにその 始めた時のその視界のなさという かあのだ始まった時時誰も何もその視界が 良好だったわけじゃなくてうんとりあえず

やってみただけなんですよそれでそれやっ てる人たちもただやってみてるだけなんだ なっていう感じがあの何にも進歩もして ないしあのよりその後が良くなったわけで もないし逆に悪くなったわけでもなくて やっぱりすごくこうずるい人とかあの うまいことやっちゃう人とか も当時も今もいてうんでな何にも報われ ないでもやってるだけの人が昔もいて今も いてっていうだけの感じは思いましたけど ねでもねうんやっぱりこの東京 アンデパンダンのその半芸術っぽい感じと いうかこの何でもあるみたいなやっぱり その一番やっぱ彼らの60年代のいろんな うん騒ぎの中でうん教えてもらえたのて 自分が一応の目にしてるんですけど視点の 変換をやっぱり教えてもらっていうんただ なんかあんまりだからと言ってこうそれを 羨ましくは思わなくなったというかあの前 はもうちょっとそのそこに対しての期待値 が高かったから多分この人たちが初めて こういうことに気づいたんだろうとかここ ですごい歴史的な転換が起こったんだろう とか思って読んでたと思うんだけど今回 読んでみて全くなくなりましたねそのの 期待値がなるほどうん本当にただなんて 言うのあんまり変わらないバカバカしさと か あの別に本当に文字通りちっとも偉くない しこの人たちうんうんあのますすごいとは 思いますよあの少なくとも赤瀬さんに関し て言えばあの相当ケなあの能力に持ち出し たなとは思いますよねそれはその小辻さん のこう文章力とその赤瀬川さんのこのなん だろう観察力というかそれがちゃんとこう 二重性があってでこれをただ淡々とやっ てる人っていうのが見渡したところいない なっていうの改めて思ったんですよだから このこれをこう書きとめといたことのあの 貴重さというかケな感じっていうのはある んだけどうんあのその当時起きててたこと の特に60年代に起こってたことを祖先し てやってた人たちがすごく こう何か輝かしいもののようには 全然見えなくてでそれがなん か うんか帰って楽になったと言ったら変なん うんうんそこに対する幻想がちょっと消え たかなっていう感じはあってそれよりは その前のあの 状態がちらっとこう見え見えてうんうん そこが今と繋がってる感じがしたんですよ その前前の人たちうん うん うんうんその例えばそのアンデパンダンが

始まる時に新聞広告が出たらしいんだけど もうんそれそれをあのなんか職人さんがこ 新聞を見てる時にこう見つけるんですよね その広告をうんどうも誰でも出していい らしいとうんそてことは俺でも出していい んだみたいなことをこう気づいてうん やっぱりその職人と芸術家っていうのはも 階層としても役割としても地位としても 全部分れてるんだけどもうん1回そこが チャラになる瞬間がこう訪れてうんでその ことにこうハトする瞬間の話がこう出て くるんだけどうんこれは今でもも今もう 本当に普通に怒ってるじゃないですかその いろんなメディアが変わり目にあってうん あのそれぞれ自分の手探りで近くのもの 使ってやってるだけだからいち一日 分かり合えなくても別にみんなその手探り でやってる状態がものすごい数になって あの同時にやってる状態ななんだろうなっ ていうのがちょっとうんこうそこでパッと 繋がってきたっていうかうんうんだからま 自分のいる場所の不安定さっていうかそこ の心々なさっていうかあのまより確認さ れるんだけどまうんそそれでいいというか ねうんそうそうだからこそやれることが たくさん見つかってくるというかだからま ももあとそんな残りも残りの年数も だんだん少なくなってくるので本当にやり たいことに全部時間費やすだけで終わって しまうだろうと思うの でうんそまちょっと 改めてなるほどうん学生さんはさうんうん あの今のなんか自分たちのこう当ての当て なさっていうかうんうんうんが あのとても重なるしうんでかつそれを面白 いって思っ たまそこまで仲良くなれてないと思うので あの本どこまで本心でこううんねせっかく あのっっていうのはあの部分的なもので しかないと思うんだけどまそのそもそもね 接点がねうんままさとさんにもわかんない とうんうんそうそうそうだからそれそれ どこどこが本当のその人にとっての壺だっ たかってのは分からないだけどもでもま 間違いなくあのこう無理やり読まされて 感想言わされてるわけじゃないからうん うんうんうんそういう意味では本当に 面白かったんだろうなっていう感じで ちょっとこういうこういうものにこう いきなり出合うっていうことが今今やっ てる自分の手探り感とはちょっと違う ところから光が差し込んできた感じが多分 あったのかなっていう感じはしましたよね うん うんまあ

でも本当自分なんかその東京 アンデパンダン的にななんかにどんなもの があのわさわさある感じっていう正直言う とすごいセットでねそれ感じててなんか 自分がそれを原体験できてるかも今みたい なうんうんすごくだから自分の中で結構 あの東京アンデパンダン的なうん東京ミ 計画的なみたいなものとセットって結構 いい意味でしてるっていうかこの同じ線の 中に自分は勝ってながらうんうんでまあだ からすごくこうセットみたいな動きという のは本当に こう自分が原点にしてる場所ななんかあの 何でも怒っててあのやる人にも体験して あり反応する人にもどっちも離れちゃう 感じというかその客体の主体もぐしぐしに なってくみたいな感じみたいのがやっぱ すごいうんだろう勝手になんか懐しいと いうのか教習というのかいやここが帰る とこかなみたいにやっぱ思っちゃうんうん ありますねなんかまあの辺りも変わって しまったしあの瞬間的に非常にああいう ことが起きやすい時間がま10年単位で あったのですごくそこにこう出会えたあの ラッキーさはあったと思うんだけどま こないだねまたちょっとあの同じような ことをこうやる機会があってうんあんだけ ビルが立っちゃってあんだけ開発進んだら もうさすがにないかみたいに思ってたんだ けどうんうんそれはそんなことはやっぱり なくてどんなにこう狭まってもうんある あるものあるのでうんちょっとそこに 対する希望は出てきてるかなっていう感じ ますねうんですいや正直最初にね街歩きし た時あまりにも風景が変わっててうんうん なんか知ってた場所が全部おしゃれな カフェとかお店になっちゃうん 感じ意外になんかこう蘇りましたね全く 同じではもちろんないしあくまでも20年 後のセットなんだけどちゃんと隙間を 見つけてったなっていううんあるんだなと 思いましたあのあのね 多分あの1回表通りはどうしてもおしゃれ になっちゃうんですよあので整備される ですよそれでそのそのうちそのやっぱり 見向きもされない場所っていうのが絶対 残るからあのやっぱりそれちょっと遠のく かもしんないし本当に裏側になるかもしれ ないしすごく狭まるかもしんないけどあの 絶対なくならないんですよあのでそれが すごく こう確認できてきたっていうかうんうんだ からそんが移動し続けるだけなんだなとは 思っでだここがそうだったせっかくここが 前は良かったのになんでこんなになっ

ちゃうんだろうってそこだけ切り取ると ちょっと絶望しちゃうんだけどやっぱ渋谷 とかねあのああいう開発のされ方され ちゃうとやっぱりあの正直その前のところ の面白かったところで経験してるともう これをやられたらもう本当 に正直参っちゃうなって思うてた時期も あったんだけどやっぱりそれでうろうろし てるとそれがズルズルズルズル移動してく じゃないですかそうですうんだから やっぱりなくなりっこないのででそこに またあのま前にね鈴木さんにあの セントラルエスト東京とか言ってるけどさ あんなとこ全然東じゃないからってず言わ れて て東っていうのは本当にもっとそっから どんどんどんどん東に行ってこらんよって 言ってやっぱり実際に鈴木さん自身が すごくそこから面白いあの報告をしてる けどまね人がいてそうやって あのね高くて手が出なかったら安いところ でなんとかするしかないわけでそれはそう だなってうんうん思い思いながら何かやり たい若い子たちはそういうところに自然に 流れていきますもんね うん うんでもさっきあのささん思っりって言っ たみたいにうんうんち定まってる部分って いうのは実はそんなにこう満面なく生き 渡ってるというわけじゃないみたいがなん となくこううんまあったのかなっていうま その中でやっぱりかあの見つけられる部分 そのエリアとしてっていうことだけじゃ なくてもまだこうなんだろ影の部分という かうんみたいなものはちょっと残ってると いうかうんうん渋谷にもジャングルが残っ てるのかもしれないですねいやもちろんだ からねあの今は今で楽しんでやってる人 たくさんいるしあのそんなこと言われたく ないよって言いながらあの十分楽しんで 場所見つけてやってる人はいくらでもいる のであの全然それはそれできっとまたなん か繋がってくんだと思うのでうんあのま 本当ただそれだけの話かなと思ってあの ちょちょっと最近は気がになってきたと いう かうんちょちょうどそうこういうねお題も もらえてそういうので読み返したりとかし てうん思ってたとこですけどあのさっきに ますますあれ絵を描いてこうっていう感じ なのうんうん あのそうねあれ は何て言うんだろう あの ちょっとちょっと大変ですよねでどういう

こといや俺に同様をえられてわかんない あのちょっとでかいじゃないですかあそう ですねうん重たいベニアだもんねそうそう こうあの見ないでってあのほっといてつっ て書いてるだけだからつって気にしないで つってどっかでこうすっとあのそれこそ 見えないところでこそこそ書いて早10年 20年ってなったらそれそれそれだと思う んだけどうんあの形で書い てることがうんあのそして続いてるので ちょっとそうもいかないうんうんものなの でやっぱり普通にちゃんとご挨拶して ちゃんとあのその場所を貸してもらってと かあのやらなきゃいけないのでうんうん あのそれができるようになってきたって いうかうんあんまりはず恥ずかしくなく ちゃんとこう例えば今も場所借りて書い てるんですけどけどああうん特にそそこ 本当にただ借りて書いてるだけなんですよ アトリエとしてアトリエっていうか曲がり うんうんうんだから次次の移動までの間 欠かしてもらってるって感じですよねうん うんだからそれ をあの同じようにこう探しながらこうその 状況作ってどうやったらいいのかなって ことだけ考えてればいいだなっていう感じ ですかねうんうん父さんはまあれでこう 食ってるわけじゃないからうんうんまでも ま食ってく仕事もするでしょうしうんそう そうあれは食え食えないでしょあれはね うんそそうかなであのうんうんま以前は そのデザインチームっていうかスタッフも 何人かいてアジるってことでやったけもえ えええ最近はアシスタントさんもえっとい なくて1人でやってるのあの僕だけででき ない 部分はあの一応表看板的には3人いて アジルの中には僕と小野君とうんうん菊え 正孝君と3人いてうんうんうんアジルとし ての仕事はその3人でできることをやっ てるからうんあのフィニッシュのところも 含めて僕だけだと不安なのはまずまず最初 に来たらすぐ声かけてやれるって言って うんうんうんうんやれるんじゃないですか つったら受けるっていう風にしてるから うんうんあの完全に1人でやるものは すごく減りましたねうんうんうんでも そそうかじゃああれもうデザイン事務所と して場所は構えていなくてそうですそう です割とこうなんかバンドっぽくなってん だそうですそうですそうですうんあの一応 だから今今こう開けてるこのこのこの中で 僕がデザインできるわけだしうん菊もシの もそれぞれのところにこうできるからうん そこでこうぐるぐる回してればうんデザイ

ンってできるじゃないですかうんうんうん うんうんだから固定的な事務所を構えて そこに家賃必ずいくら払ってってことし なくて済むように移行できたのでうんうん うんうんうんうんだからそこに最低限 かかるお金が限りなく0に等しいというか うんあもちもちろん家賃はかかりますよ 自分の自分の居場所の賃もそうそうだけど あれ 3331を出たのが何年前ぐらいでた 3331が出たのは 3331がだからえっとちょうど1年前の 3月末で1回千代田の方からうん契約解除 うんそれわかるうんうんだそそのその時点 でえっと固定的にここにいてここで書ける とかここでデザインできるって場所が1回 消滅してるんですよあそれまでは3331 を使っていたんだうん使ってそか失礼し ましたうんうん使ってましたねただ デザインデザインはそこではしてないです けどねほとんどねうんうんでも一応 ちゃんとスペースはあってこ固定してそこ に指物が届いてっていうあの固定的な場所 はあったんですよその3331の中にねで それが今もうないからはいあの完全にそう いう不動産的なものは今ないですなるほど ねなんかこう移行されたんだねその スタジオシステムをうんなんか今もうあの だけ書いててうんあとは蓄で暮らし てらっしゃるのかなとか大気なことを考え てましたそういうわけにもいかないですね なかなかうんあのうんかかるじゃないです かあのだからその例えば板だって買わ なきゃいけないしその場所だってあの最低 限ま高熱払うとかうんあのしなきゃいけ ないわけだからうんあの相当恵まれた状態 にはあるとは思うんだけど あのそれを最低限やりながらいろんなもの で回してかなきゃいけないので うんそその都度考えながらやってる感じ ですねうんその個人の展望と別にその社会 の展望ってことで言うと佐藤さんは最 どんなこと考えてるん [音楽] うん [音楽] うんそうですねあのさんと藤さんの方にき ます よていうかあとあと3分しかないんです けどそっかはいはいうんうん丈です自動的 に切れるとかじゃないん てそうですねあので今のそのその状態を とにかく あの止めないようにはしようと思ってるん ですね書くっていう行為に関してはね

やっぱそこが1番大事な部分なのでそれは もうやめやめないっていうか無理やりやめ やめるぞやめるぞってやっ たら あのでもまやるかなあのそうするとあの その条件をこう維持しなきゃいけないじゃ ないですかうんその条件を維持するために 社会的なことが絶対にこう付随してくるの ではいとにかくそれをやってくっていう ことですよねだからその中にあの社会的な ことがこ同時に起こり続けるのであのうん 普通に人としては反応するんだけどうん なんかいちいちそのこう繋げて位置づけて こそれこそさっきのこ物語的なものにし ないようにしてるうんうん感じですかね うんうんうんうん文脈がすぐできてしまう のでねうんうん都都でやってるこの都度で やってるって感じですねうんうんだから 一切だからそこの情報こ封じられるかって 言ったらやっぱりそうそうはいかないです よねあのうんでこんだけ関わってくること だからまうん でもっともっと変化すると思ってるので あの状況としてはだよね うんただあんまりそこにこうあのそそっち を整えすぎないようにするというかそこの 言説みたいなもの整ええようとはしない ようにしてますねそれをそれはどうしても 矛盾してしまうんですよねあの書いてる 時間っていううんうんうん書いてる時間 って結局は あの自分勝手なことでしかないんですよ どう考えてもそそそんなそんな時間が1分 でもあるんだったらあのもっとお役に 立てることっていうのはその都度あるはず なんですよその社会的なものとしてのこ 均衡が崩れてる時期だからあちこちで均衡 が崩れてる時期なのでお前はあれを肯定し てんのかとあれあれをいよいとそのまま あのいいと思ってるのかって言われたらこ やれることはやるんだけどま例えば今だっ たらあのいくつかのそのうん寄付先があっ たりとかねそういうところにこう寄付し たりはそれはすると思うんですようんあの ただそれとその絵を書いてることとかを こう結びつけて話したりはやっぱりしない しそうよかってることっていうのは本当に 単に自分勝手なことでしかないのでその 時間をあので自分のあの満足のためだけに あの自分のあのうん分からなさに対して 自分がやってることでしかないからあの 何かいいことでも別にないしかと言って 取り立てとものすごくこう悪いことかって いうこと悪いことでもないしうんあの できればそれはそれでちょっとうんあの別

のことと言ったら変なんだけどでもまあ いちいち隠してもしょうがないというかね うんうんあの隠した方がやりやすい人とか もいると思うんですよで自分が尊敬できる 人とかああいう世界は素晴らしいなと思っ てきたものは割とそういうものが多いと いうか隠して作られてあのそうですねあの 隠してというか あのなんて言うんだろう社会的なところに こう露出させないというか あのダガーみたいな人だってそうだしあの ビビアンマイアみたいな人なんかもそうだ けど一切 その表沙汰にしないでやり続けてる人って いるわけじゃないですか うんうんだからそれそれをまた理想化して しまうとあのわけがわかんなくなって しまうんであのそれそれもしないというか うんあのいう状態が1番いいかなっていう ので今のところは うんやってる感じですね了解はいなんか 回っちゃってるけれども池田さんや五藤 さんの言葉も聞いてもいいのかな今の話 そのパースペクティブって言葉を出したま 2人のそのなんか展望と かえうんうんあいやあの今の佐藤さんの話 聞いて思っうんうんあってまあのぱも近い のかもしんないですけどうん社会っていう の自分 そのま捉えるかっていうところの社会ま社 性とかま大きな単位とかなんかこう大きな ものを動かすっていうようなことではない ところで今社会っていうものを捉えてる なっていうのはすごく思っていてまそれが こうなんて言うのかなこう身体的にという かま例えば顔の見える範囲ま体でこう 行ける範囲みたいなところを社会って捉え てるなっていうのをすごく感じてはまそこ の中でなんてろいるま活動したりいろんな 人と会ったり話したりすることがまあ なんて言うんでしょうねあのバタフライ エフェクトじゃないですけどま結果的には 大きなものに影響してくるものにもなるの かもしれないなっていうのもあるしなんか こうこうでなければいけないとかっていう ことをこう言うことがそれだっていう考え ではないというか うんうまこう言語ができてないかもしれ ないですけど もまそもそも今社会っていうのはすごく そういうフィジカルな範囲のものとして 捉えた時に何がでできるというかまあの その中でこうあこれ は面白いなとかあるいはあこの人と一緒に これやりましょうとかでもいいしなんか

そういったことに必要性を感じて動いてる っていうところかな そうですねま自分かもそのこのレイヤード につがるまイデ時代からやってた企画点も そうなんですしまあのなんと言うのかなあ もう1つに志村さん巻き込んでしまった あのエコアートでリビングワールドさん で パワーいただいてまそういうなんだろう やっぱり自分なり自分たちがやってきた ことてなんかのこの場とか器を作るってま やっぱり私たちも様々ななんかことを ちょっとずつちょっとずつやってしまって てあのお2人は何してる人でしかてよく 聞かれるんですけどもま一言で言うと場を 作ってる人たちですっていう言い方をまし てきていてなのでずっと結局もう20年も 30年も実は自分とか自分たちやってる ことあま変わってなくて結局何かの交差点 みたいな何かが行きかう場みたいなものま 作り続けてきていてまこの後確かにもう 残りの時間の方が全然少ない生にもう入っ ちゃってるけれどもうんこの先も多分何か がう場をま作り続けていくんだろうなって もそれしか確かなものはなくてそれ以外 ちっともわからん何も見えないっていうの が今の状況でしょうかねうんところで締め は是非西村さんそういうことになっちゃい ますよねこれやっぱやばいなと思ったん です けど よろしくそんなに別にカスとかしないそう ですよカスじゃないですよのあの さっきあの池田さんに対して私がうんま なんていうかこうま若かった頃うんえっと もうこれでわって全部できるかもみたいな うんうん感じになっていた頃に比べるとま 色々こう見えてくるからうんなんつうのか なそんな単純じゃないなっていう風にこう だんだん理解が深まってくるというかうん うんでえっと今回のあのイスラエルとあの まあそこの話だとかまその少し前だったら えっとウイグル自区のことだとかま香港の ことだとかうんうんま色々ありますよね うんうんうんうんでも考えてみりゃその 日本に原爆が落とされたことだって ジェノサイドドって言葉が使われてない だけでうんうんうんうんあのやってること は同じじゃないかみたいな風に思うと うんうんうんああなんだろう何も変わって ないっていううんうんでそれをなんていう か認識聞き始めるとうんあの果てしない 物語で最初のに出てくるあのうれいの沼 ってのがあってうんうんうんでその売の沼 にこう主人公が乗っていた馬がだんだん

沈んでくんですね私はもうどうでも良く なってきましたみ感じでうんうんうんうん くんだけどうんああいう気持ちになって しまいやすいんだがうんうんうん えっとそれ自体はなんか間違ってんだなっ ていうことをうん最近思ってますかねうん うん あのなんて言うのかなウレとかそういうの はまこうあるべきっていうものがあるから うんうん起るっていうかうんそれとか葛藤 みたいなものもちろん葛藤あっていいんだ けれどうんなんだろうな えっとでもねあの社会のことをあの自分の なんか身の回りで起こる自分とのなんか点 だけでこう考えたくないなって気持ちは どこかにあるんですようんあのちょっと話 長くなっちゃってて申し訳ないんですけど あの来月私3つワークショップ連続して やるんだけれどもそのうちの1つがえっと 林連打っていう東ののクインズメドって いうところでこれから彼らが始めようとし てるあの望遠事業に関するあの滞在 プログラムなのねうんでその望遠事業を みんなが理解するってよりはあのそれを 通じてあの自分とか自分の身の回りの友で あるとかえっとあるいはその総理であると か通過議みたいなものをどう考え直そうか みたいなえ場なんですよで最近なんかそう いうのをすごく読んでるっていうことも あってで例えばその死んで亡くなってくっ ていう時にね例えばその例であるとかあの 村の儀式でとかそういったものがま自分に とってどうかっていうこととそれからあの 親族とか身の回りの家族とか身近な人たち にとってどうかっていう意味とそれから 社会にとってどうかっていう意味がまある と思うんだけどあのそれがねなんかこう 全然連続して語られてないなっていうこと を思っててうんで結局今みんなの状況は こう個人個人個人になっちゃっててで消費 も全部その個人にこうアジャストしてき てるからうんえっと1人で食べるし1人で こう買ってキンドルで買ったけど誰にも 勝てないじゃんみたいなそういうですよね うんうんうんであのそれでその個人の慣れ の果てでさで個人に適したあのお墓商品と してえっと去年だったか2年前だったかな 前方公演墳出たの知ってる えんどどういうことですか前方公演分型の うんあの共同埋葬の墓地が売りに出て 大人気みたええ共同埋葬だったんだあれ 共同場場所どこですか場所福岡の方ですよ へえうんあの全然その脈ないんだけどあ うんうんせめて奈良に作ろうよみたいな けどまそれはそれとしてねそれそれとして

なかなんだろうなその今さあのお墓行くと うんお墓の形がすすいよどれもうんうん なんかこううん住宅地と同じ感じああでも 分かるわかるそれはでさなんかすごい昔だ とうんあの俺たちのね親の世代がさあのと かおじいちゃんとかがあの私が死んだら マリリンもろの隣にみたいなうんうんそう いうなんかもうしょうもない欲望がうん あのもっと手軽なものになってなるほどで それが埋め尽くしていてうんうんうんでま 個人的な世界がすごくあってその中の1つ にはいえっと共同埋葬であっても前方公演 分みたいなこうコスプレみたいな世界が あってでそれがしっかり飛びよに売れると すごいとこまで行くんだないくよねうんで もさその達し社会だしうんうんでそういう なんかこう段階の世代の自分勝手なもので うんあの自分らしいうんそのとか言い ながらさうんうんそれでこう社会重点され てもたまったもんじゃないっていうかうん そうも石ってなかなかなくならないからさ うんだからあのやっぱりこう社会的なもの とあの個人の死のことをちゃんとこう繋い で考えたいのにああ今度その間にこう家族 ってものがある身近なあの人たちの親族 って世界があってうんうんうんでそこも また弱体化してるからうんあのいや自分 たちだけでも忘ますしたって言って報告 だけきて死深もないみたいなのとかうん うんうんうん あのまあいつも通りやってらっしゃるうん うん古いお家もあると昔ながらのお家も あると思うんだけどうんうんうんなんかね そこがこうバチバチぶち入れちゃってるの がうん うんつまんないなってことを最近考えてい てうんうんうんうんでそこに何かできない かなていうことは思っていますうん なるほどねはいうんいやそのプロジェクト めちゃめちゃ気になってましたあのこれど どれぐらいまで引っ張っちゃっていいの これまいいのか別にね聞きたい人が聞き たいだけでもうあのいいいんだもんねいや そのじゃあのお時間のす方は聞そうです あの西さんはさすごく今の話って非常に 社会性が高いテーマじゃないですかそれ 自体ねうんそれと そのまあの自分の仕事作るっていうあの本 を 多分あの出しままとめてみてで働き方研究 家っていうこうあの肩書きもちょっとこう 生み出してみて別にねそういうフレームが 先にあったわけじゃなくてま名乗るとし たらこういうことなのかなっていうこと だったと思うんですよ最初っってうんでそ

そん時 ってその個人として実したいってことと 社会的なことに対するこう興味関心っって いうのがま実際に重なってますよね おそらく ねそうだねうんそれそういう意味では 変わらないんですよねきっとねあんまり 変わってないんですよ ねてないともその昔はそういうような言い 方しなかったけどうんあの日本人ま自分も 含めてみんな本当働いてんなと思ってて うんこんなに働いてんのにその働いた先で うんうんうん社会が空気をなもになっ ちゃうのは一体どういうことなのっていう うんそうだったよね疑問がずっとある感じ うんうんあのワイルドにこう来てあの インタビューの形で来た時っていうのは あれなんか発表する媒体があったんですか あれはあったよあれはアクシスにああれ アクシスの連載だったのかなんだよ アクシスの連載 でんちょっと写真上手に撮ってくださいと かよく言われたああやっとなんか結びつい てきたそうだよあのいわゆるこうワーク スタイルとかワークプレースとかいうこと 配置とか人間のそ散らばり方だけでも こんなに違ってみたいな話をすごくこう うんしてたなっていうことをすごくこう 改めて僕もそういう内代横行の仕事とかし てたしワークプレよそうそうですねあそれ でも確か接点ありましたよね あのあの業師うん確かあれあの中にあの 西村さん書いてた回があった気がしワーク プレイスの中にうんワークプレイス誰のね 知的生産研究室のそううんいやだから最初 からそういう意味では非常にこう重なって ますよねそうだね今思うんうん うんだから僕も多分ずっとモヤモヤしてる のはその例えば絵を書くって行為がうん じゃああなんか実自己実現できるものが あっていいですねみたいにこう言われがち じゃないですかそのうんなるほど それパトさんにはそれがあっていいですね みたいなそうそうそうそうそう そうそうまそう言われたらそうですよって 言えばいいそれで終わりだから然いいんだ けどうんうんその自己表現とかその自己ね その言い方はずっとやっぱり引っかかって ますよねそれが学生とも付き合わなきゃ いけないしその時にうん皆さん自己表現の ための武器を持ちましょうっ て思ってないから自分 がだから多分そういう意味で言ったら下手 し たら美大の中では珍しくなっちゃうかも

しれないよね下手するとその思ってないっ てところをもうちょっと詳しくあそのみ皆 さん自己表現しましょうって思ってないっ ていうことねうんうんいや文字通り思って ないっていうことですけどねうんうん 要するになんかこう自己表現って言葉が もう出来上がっちゃっててうん自己が表現 する要するに事故が確立してその事故に 1番起点があってその人が思いっきり好き なように書いたり好きなように踊ったり 好きなように歌ったりするのがあの1番 いい えそれがないならできるようになり ましょうさああなたは何ですか1番好きな ものはて選ばせてやらして訓練してできる ようになったらより実現しそうだって いうその伝説が持ってるうん嘘嘘うんうん うんそれは嘘ですよとうんそれは間違って ますとあそれ学生たちに言うのするいや僕 はそう思ってますねはっきりとうん うんうん言うんだねただこれ言い方 間違えるとあのすごく失敗しちゃうので うんうんあのこういう言い方するように なる人っていうのはそれこそ1対1で すごい時間かけてうんうんあのま例えば 今日今日だったらここまで来るのにもう1 時間半以上ずっと喋ってるでやっとこの話 になるわけじゃないですか うんだからそういう中では言う時もあるか なうんうんうんうんそそもそもこの クレームの取り方とかだからあの断るごと に時々そのあのうまく説明できないまま今 に至るのでましばらくまだもうちょっと 時間かかりそうだと思うんだけど僕が しょっちゅうこうアートの評価を巡って あの少しあのおかしなこと言ってる時が 多分池田さん感じてる時ると思うんですよ ねあの例えばそうだなそのセット始めた時 とかがそうなんだけどそのアートイベント として始めてるわけじゃないんですよあれ ねうんうんうんうんできたらアートって 言葉使わないで進ませられたら一番いいな と思ってるんだけどうん あのちょっとそれも不自然になってしまう わけですよそのだからわざわざ僕はそれを 主張して僕の中でこう納得するためにあと やめましょうとかは言わけどうん あのやだなあとって思ってるわけ うん言葉ね言葉として言葉としてねうん うんあと概念ねうんうんそそそそのどうし てもそこにこう生まれてしまう概念 ねうんそそのそういうものに対してすごく ずっとこうやっぱり違和感を感じ続けて るってことがありますよねうんでそれと その自己表現とか自己うん言葉はやっぱり

すごく関連してる話なんでうんこれなん なんて言ったら1番こう うまくあの伝わるんだろうなっていうのは うんありますからねテーマとしてねでその さ半芸術ザパの話にま戻る と あのま赤瀬川さん明がさなりにこう悩み つつある場所にこう自分をこす うんスライドさせていったんだと思うんだ けどもうん あのまね若彼氏頃はやっぱり多分あの画家 になりたくてうんであの画たるもの アトリエを持ってんでそこでえ自由に書い て書いて書きまくってでそうするとそこに 1つのあの自由空間ができてくる とでまその中の王者になると表現の王者に なるということをやってたはずなんだけど うんそれをやるためにはどうしても不動産 問題にぶつかってしまううんで不動産が なくなった時にどうするかって言うと コンパクトにできるっていう選択肢が出て きてそうすると海外よりは イラストレーションになですまずまず最初 の段階としてうんうんうんそんでもっと 狭まると鉛筆一本でかける分泌になってい て気がついたら あの辻勝子になっていたみたいなこと書く わけですよねうんうんうんうんそそっから 生み出されてしまったっていううん書く わけですよ今ま時代も違うし状況も全然 違うからちょっとそのそのストーリーに そのままこうなぞらえることはできないん だけどもあの不動産問題だなっていうのは すごくよくわかりますよねその美術美術 っていうのは要するにあのあのうんカマで 何の問題なんだって言った時にその精神性 の問題だったりとかこう自由の問題だっ たりするっていうよりも不動産問題なん だって言い切った方がうんあのある意味 こう心理をついてる側面があるというか うんうんで実際今僕があのぶち当たってん のまさに不動産問題でああいう大き大きい ものをこうどこにうん置いてでそれを確保 してたらいいかでそれをせそれを成立さ せるためにはどういうそのシステムに乗っ たらうまくいくかっていうのは全部それ 経済の問題になってくるのでま資本主義の 問題にもなってくるしあの全部関わりある に決まってるんですよ ねでただまそそのそこをこう論理的に言っ てみんなにこうあの発表するうんことに 使う時間があったらまできるだけその各 時間をこう増やしたいのでうん今今のとこ はまそっちは書いてる際はずある意味 ずっと考えてるかもしれないそのことを

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起こりにくいかなと思ったんですよねうん ちょっとまいいじゃないそれ置いとこうよ でちゃんとそのテーマの話をすればいいと いうかねうんでも絵ってなかなかそんなり にづらいですよねなるほどねうんうん ちょっとそその話がしたかっただけ ですすいませ んうんでもそっちの方でできないかなって いうのはずっと思ってますねうんうんその うんそっちの方の話としてできないのか なっていうのは ちょっと思思ったりしますね うんあのあままたすいませんちょっとあの お寺来てくれたじゃないですか西村さんが はいそんそんあれななんだどういうあれで 来ましたそのなんだと思ってきたってた変 だけどああいや佐藤さんが順調に書いてる んだろうなっていうことはま一応知っては いたけどうんうんどれどれどれみたい見に 行てないなと思ってずっと見に行きたかっ たけどね行けなかったんですようんそれで ようやく行けるなと思って東京にね帰って きたしうんうんうんうんそしたらあんな ことになってたとそうです ねはいあれはどどんな風に見えるですかね あのあれはだから その赤原平さんがおっしゃっていたうん うんスタジオっていう不動産があるとあと はもう植物のように増えていってしまうの だいううんうんうんそれがそのまま展開し てる感じですよねそうだねねであのなんて かその目的的でないでしょうんうんうん うんそうですそうです溢れてきてるものっ てかこう自分の泉みたいなもんだと思うの でうんうんうんあのなんていうかな うんあ私は楽だったんですよすごくああ うんうんふんなんつうのかなえっとどこか にこう私を連れてこうとしていないって いう感うんはいうんま佐藤さんはこういう 風に生きてるんだなと思ったしはいはい そういう感じで見てましあありがとう ございますまええそうそうだと思うので はい あのいわゆるだからあの なんて言うだ外注とかうんあのこう雑草と かうんこうある目的にあのうまく合わない とこう始末されちゃうものってあるじゃ ないですかうんうんうんどっちかっていう とそっちな気がするんですようんるそそ 存在としてはねだったらわざわざやら なきゃいいだけなんですようんあのこう しげるままにするつったって うん板なんだしさ合番なんだしさうんうん わざわざ合番の上にそんなものもこうね しらかばないじゃないですかなんかもっと

やりよあるでしょうていう風にこうなんか 言ってくる人が自分の中にもいるんですよ ねそういう人も住んでるんですよね自分の 中に ねうんいやあの終わらせたくないんだなっ て思ってうんうん見ていたしあのその後の 話も聞いてましたねあの藤さんがトーク イベントの中でうんまこんだけ書いてくる となんかちょっといやらしい部分がうん あの自分の中から出てきてしまう感じも あってそこに対してすごい警戒してるって いううんうんうんうんうんうんまそういう 言葉じゃなかったかもしれないけどうん うんでもまそういうことありますねうん うんうんうんあのねさっきのあのデザイン じゃないけどこの形に入ればもう誰でも 投げられるみたいなうんうんうんうんうん そうそうそうそうそのそれをしたくないん だなっていううんそういうあの様を見て 入ってきたっていうとですあ はいすいません あの感想聞けてこんなところで聞けて ありがとうございました さんいや自分もそうやってそこで生えて いきたいと思います はいなんかいや自分もぐるぐるね今何やっ てんだろうあるんだけれどもあとやっぱり 20代とかねん表現 ばならないんじゃないかみたいに思時期も うんうんうんけれどもうん自分なんか どっちかっていうと音楽やってきたかった ですね20代とかうんうんうんうんあの 28歳で挫折しましてあのとりあえず今 あるところにとことこ歩いてここまで来た んだけれどもでももういいのかなって確か にま自分がやってきたこととやってきて やっていくんだろうなっていうことと今 やってることとうんとりあえず全部受けれ よっていうですかねま繋がってると思い ますけどねそのわざわざだからその いわゆるこう音楽シーンみたいな風にして 位置付ける必要がないところで見るとま こないだやってたすえさんのね展示を ちゃんと場所をこうすえてやって るっていうのはうんそうそれがだからそれ が表現にもなってるって言った変なんだ けどなんかこう自己表現としてやってます って言ったらかって不自由になる感じが するんですよねああいう行為っていうのは だからそれを言わないで済ませられるよう にならないかなっていうのが なんかうん関心としてずっと繋がってるか なっていうのはありますよねそれを探し てる方が面白いんじゃないそのそれぞれの 属性の中で1番向いた多分何かあるはずだ

からでそれは多分最初に起こす時に起こる ことってのは名付けられてないはずなので うんあのあんまりその名付けられてるもの にこうピタッとはまって安心しない方が いいんじゃないかなっていう気がするん ですよだけどなんか無理やりデビューさ せようとしたりとか無理やりこう自信つけ させようとする時にやりがちなのがそのあ 当てはめて何かそうそこでデビューできた こととかそこにあのなんかこう続属する ことを あのの方に導きがちというかねそんな感じ がしていてこれをもうちょっとうまく言え たらいいなっていうのはずっと思ってます かねなんかねあの展望であってもそれから なんか自分のなんかこう人生の意味だとか あるいは自己表現みたいなものにしても うんうんうんあの言葉で語ろうとしたり あるいはその考えようとするとやっぱり 言葉で考えちゃうからうんうんそうなん ですよ葉に縛られるじゃないそうなんです よそであの佐藤さんがさ昔一緒に事務所 うんうん行った時にあの俺にわーって喋っ てたことがあってましちそうだけどえっと そん時わーって喋ったのはあのもうデザイ ンっていう言葉を使わないよがいいんじゃ ないかって言ったんですよ覚えてるうん 覚えてるまあ一緒のことですよだから今今 言ってることと多分全くある意味うんなん かここにこういう不具合があるからこう いう風に調整してうんうんとかかかると こういう風に空が見えるうん何かを作ろう みたいなもう全部語りおろしていいんじゃ ないかみたいなこと言ったんですうんうん うんはいはいうんでもそれすごいいそれ すごい私はヒットしててああそうです去年 ね割とよくやったあの小さなワークって いうかうんうんうんあのみんなの話し合い の場でよく使ったのがうんうんうんあの ポンってこう台出してうんうん例えば民主 主義とか書いてあるんですうんうんうん うんであのこれから喋る人だけがそれを見 てうんで今からその言葉を使わずにそれに ついて語るっていうのをうんうん2分半 ぐらいやるわけうんそうするとあのその人 の民主主義がこう姿を表してくるんだよね あうんだけど民主主義が大事じゃないか みたいに言うとなんかみんなすぐあそう ですみたいな感じになっちゃうんだけど うんうんそうななりますなります言葉使っ てる限り絶対そのね勘違いとそが起こる わけで分かったつもりになって全然わかっ てないみたいなうんそうなんですよでも それが自分の内側でも起るっていう起き ますうんねだからあの佐藤さんがうんその

今からもう15年ぐらい前だけど言ってた うんあのもう言葉を使わずに全文語り おろしでいちいち書いた方がいいんじゃ ないかっていう話はあの今も私の中で ライブでてそれはありがたいですねはい じゃそろそろ一旦この辺でめていちょうど 2時間お 話ていうあのこの辺ですいませんいえいえ 配信の方は1回いただきますじゃまん23 年度トークあのパースペクティブのえ トーク2今日はご視聴ありがとうござい ました一旦ここで終わらしていただきます ありがとうございましたありがとうござい ました皆さんもありがとうございます失礼 し ます はい絶対こうなると思うて かいやそれも

配信日時: 2024年1月27日 18:30-
ゲスト:
佐藤直樹(デザイナー、画家/3331デザインディレクター)
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西村佳哲(リビングワールド代表/プランニング・ディレクター)

モデレーター:gift_ 池田史子、後藤寿和
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“Layered”
「その時」を象徴するキーワードで直観的に選ばれた「本」を、「その時」の表象として記憶としてレイヤーしていく試みです。
単発の企画ではなく継続的なプロジェクトとして年を重ねていくことを前提にしてスタートします。
2023年のテーマは ”Perspective”。
選んだ理由を解くオンライントーク。
選ばれた本の展示も同時展開。(詳細は下記より)
https://layeredbygift.tumblr.com/

企画制作:gift_

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