仏教初心者講座「一から学ぶ日本の仏教」2023 in大阪 – 9月臨済宗・栄西(講師:松山大耕 師)

え皆さんありがとごましたこんばんはえ 今日はやぶえまたお忙しい中え会場にお 越しくださいましてどうもありがとう ございますえただいまご紹介いただきまし たえ今日京都から参りましたえ臨在集の美 慎司派のえ本山美慎二から参りました松山 と申しますどうぞよろしくお願いしますで はえ今日私あの臨在集の担当ということで あのお話をさせていただきますがえ今日は あの え2部に分けてございますえ第1部で全と 臨在集という話で第2部でえそのま特に この全というの文化全文化というのがあの ございますのでまそういった文化に与えた 影響とかですねまそういうところもお話し できたらなという風に思いますえ前半 終わりましたら少し休憩れさせていただき まして後半お話をしますで最後あのでき たら質疑応答の時間を設けたいなという風 に思っておりますどうぞよろしくお願いし ますではあの最初にですねま私の自己紹介 も含めましてあの妙信じ来たことないよっ て方もいらっしゃると思いますあと今日 オンラインでねご参加の方もいらっしゃい ますのでえ少しあのお寺のご紹介という ことであの1分であのビデオをご用意して おりますのでまそちらから皆さんにご覧 いただこうと思いますえそれでは スクリーンご注目 ください [音楽] [笑い] [音楽] T [音楽] はいえでは今ご覧いただきましたのが私が おりますみシジ場ますあの簡単にみ信じの ご案内させていただきますえ明信寺は今 から650年ほど前に送検されました臨在 集前週の総本山ですえ現在では松島が全国 に約3400家事ございますえ北は旭川の 少し北から南は石垣島までえございますで 海外にも20かほどあの末路がございまし てでその中心が今ご覧いただいてます美 新寺でございますえ妙信じはですねあの 大きなお寺がポンと1つあるわけではなく てえ中に小さなお寺立中と言いますけれど も46集まって形成されていますえ面積は 約10万ツえ東京ドムが8個分入るとま 大変大きなお寺でございますでえその一角 にございますのが私があいます大造員です ね えこの左下ですねこの矢印がついてます けれど もここですねはいえここにございますが体

Z位です今今映像でご覧いただきましたえ 体Z位は今から約600年前1404年に 明神寺の第3代名の尚様によって見され まし たでえ今日はあの臨在集ということなん ですがあのま臨在州ももちろん前週に属し ておりますでえこの前はですねあのま前週 の中にはえっと主に3つえ日本ではですね え周波がございます え臨在集え私のもります臨在集ですねそれ からえ相当集さんですねえエジが本山で ございますまあの掃除さんとかですね ございますけどもえ中心的なのはあの 永平寺さんですねでえそして大爆州さんと いうまこれはあの京都の宇の満腹寺という ところがえ本山ですけれどもま主にこの3 つがこの日本の全集でござい ますでえまこの前はですねあのま元々この 仏教というのは皆さんよくご存知のように 今から約2500年前にえインドでお釈迦 様によって作られた宗教でございますがえ その約500年後ですね今から約2000 年前に同じくこのインドで生まれたのが前 でございます今から1500年ほど前に このインドから中国に伝わります伝えた方 は皆さんよくご存知のだるまさんでござい ますですからだるまさんインド人なんです ねでえ中国の党の時代その時代に話開き ましてえ今から約1000年前にこの中国 から日本にやってまいりましたでインドで 生まれえ中国で育ち日本にやってきたわけ ですけれどもま実はですねもうこの前週の 原型というのはインドにも中国にも ほとんど残っていませんえもちろんその 元々のお寺というのはあるんですけれども ま教えがですねだいぶ顔変わってしまい ましてでえま前後ですね中国の周辺国と いえばこうベトナム台湾韓国そして日本ま こういった国に伝わりますでえ今ですねま そういった国からこの世界にまた発信され つつあるというのがこの前でござい ますでえこの前の特徴ですねえこれまあの ねえよく海外の方なんかあの全とは何だと 一言で説明してくれみたいなこと言われる んですけどもこ2000年以上続いてる ものをですね一言で説明できるわけもない んですがま今日はあのいくつかですねその 特徴を皆さんにご紹介をさせていただき たいと思いますでまず1つ目これあの前と いう字ですけれどもこれがですねあのまま 偶然にもというかあの前の特徴非常によく 表しておりますえこれ左がですねこれシメ 編でございます右がこれ単純のタという上 書いておりますがえまず1つ目の特徴は ですねこのシンプルであることを示すと

いうまこれが1つ目の特徴ですシンプルを 示すえ例えばですね皆さんあの東南アジア の国に行かれますとえタイとかミンマとか ですね行かれますとまお寺がですねあの ライトでこうねライトアップされていたり 仏さはもあの金色の値反物とかですねえ ちょっとこう派手な印象を受けられること もおられると思いますましかし日本の全 テラはですねえ茶色いミニマルデザインの 特徴でございますえ非常にシンプルな構造 をしておりますえそしてえま後ほど色々 ごご紹介しますが庭ですねえ砂コケ石以上 でございます非常にシンプルでえま ちょっと余談になりますが私数年前にあの BBCというイギリスのあの固形放送が ありますがBBCのあのまご長寿番組でえ ガーデナーズワールドっていう番組がある んですねこれもうお放映始まってから70 年以上というま非常にこうご長寿の番組な んですがでまイギリスの方はねあの イングリッシュガーデンもありますように こう非常にこうお庭が好きだということで でその日本庭園をテーマにされた会があっ たんですねでその時に水山にいらっしゃっ てですねこう一言目が非常にこう私は 面白いなという風に聞いたんですがえ イギリスでは庭の定義は空間の中でお花や 植物をめでるというのがこれが庭の定義で あるとしかし日本の全の庭はどうだともう 下手すゃ砂意以上じゃないとねえこれは庭 と言っていいのかっていう風にこう言われ たんですねでえもちろんですねこの イギリスとこう日本では庭の定義が違い ますま特に この前の庭というのはあのやっぱ違うわけ ですよね後ほどまその辺に関してはですね あの詳しく述べようと思いますがですから まあ庭もこ全然違いますねえそしてえ特に ま私は修業中はですね1歳というお食事を いただきますえ麦ご飯えお汁それからあえ 漬け物それから野菜物の一品ですねえ おひたしとか天ぷらとかまあまあ非常に こうシンプルなお食事いただきますえ そしてま座禅をして心をシンプルにすると いうまですからこう全部こうシンプルにし ていこうってこういうこう教えがこう 真ん中にあるわけですよねでま今ですね この前はあ日本だけではなくて世界でもま 非常にこう注目をいただいておりますがま いろんなこの理由はあると思いますえま しかしま1つはですねその大きな理由の1 つはあのスティーブジョブスさんの影響は あると思いますえジョブスはご自身の結婚 式もそしてご自身のお葬式もねえ相当集の お尚さんでいらっしゃいましたがえご依頼

されておりますですからジョブスはですね え最後の海外旅行は京都にいらっしゃった んですよねですからあのま京都とこう前を 愛したのがこのジョブスですで1つ ジョブスのですね逸をご紹介したいと思う んですがえジョブスがあの1番最初にです ねこのiPhoneのアイデアを思いつい た時にエンジニアにモデルを作るらしたん ですねえそしたらですね最初のモデルには ボタンが3つと言ってたそうですでそれ見 て丈夫するんですねこれあかんとこれなぜ あかんかと言うと複雑すぎるとボタン3つ もあったらどれをしていいかわからないと でもっとシンプルじゃなかったら世界中に して全ての世代に受け入れられないとだ からもっとシンプルにしろってできやがっ たのがあのボタン1つのiPhoneなん ですねもうもはやボタンすらなくなって しまいましたけどもですからまこのシプ大 ことの重要性まこれを前から学てたのは ジョブスですねですから1つ目これえ前の 特徴はえシンプルを示すということですえ そしてえまもう1つ特徴を上げるとすると ですねこの全というのはえまこう後ほどね え話に繋がっていきますけれども実践体験 というまこういうキーワードがあります 実践体験ですねでこの前の基本競技という のございましてえこれがですねえまこの ようにえこれ市政区という風に呼びます4 つの聖なる区という風にも呼びますがえ 不流文事橋下別伝直士妊娠検証成仏という まこういうこう4つの区がありますまこれ が全の基本中の基本であるという風に言わ れますでまずこの不流文字というとこです けれどもこれはですね えーこの本当のこう重要なところはこの 言葉文字では表現できないとで橋下別伝え 強教の外って書いてありますが今の もちろん教の外があるってことは今のうが あるということですけども教のうというの はですねこれはあのえお釈迦様から伝わる 点とかですねえーこの点の中ではこう伝え られないえ強別電ってことですよねです からこう維新伝心とかですねまそういう こうえ書物の中だけではこうどうしても 伝えられないようなこうものがあってで 直士妊娠まあの指を刺すとままさに自分 自身に向かって指を刺すことですね自死 妊娠え自分の心のうをに指をさして要は 自分の中に答えを求めそしてえその自分の 中にこの検証章というのは物性ということ ですねえ仏性を見い出せばすなわちそれが 仏であるというまこういう意味合でござい ますであの注意しなきゃいけないのはです ねえまこの不流文字え言葉で表現できな

いっていうことであじゃあもう言葉いら ないのかっていう風にこうおっしゃる方も いらっしゃるんですけど決してそうでは ありませんえ言葉というのはですねま非常 にこの重要なあの前でももちろん重要な あのツールの1つなんですがえしかし ながらこの言葉だけで全部完結することは ないというまそういう意味合ですねです から学問だけずっとやってればいいって いうわけではないとやっぱりこの自分自身 のその実践体験というのがこう非常に重要 であるというまこれがあの前の非常にこの 重要よなポイントでござい ますえさてえま先ほどこの臨在集の歴史と いうことであの少し申し上げましたけれど もまだま大使がですねえ前後中国に伝えた のは約520年ですね えそしてえ旧席の半ばにこの臨在義元善治 という方が臨在集を起こされますでえこの 総の時代に前が中国で最も栄えるとえ そしてえ 1595年にこのa菜善治まあの要塞とも 読みますけれどもがあの小福寺これはです ねえ今の福岡県の福岡市博多のすぐ近く 祇園という場所がありますがえそこに ございます小福じというのをこう日本で 最初にこう見されましてえそしてえま しかしですねこのA前が伝えられた前と いうのは途中でこのまあのなんて言うん でしょうねえこの流れというかですねえ これがこうえてしまったんですけれども今 日本に伝わってる林大師の流れはですね 大王国士というこれあの鎌倉の県長寺をえ 見されました大王国士がお伝えになった この前がえ大大王国士大東国士というのは えこちらですね大徳次です京都の大徳さん そしてえ言というのは私たちこの妙信の 解さ様でいらっしゃいますがでこのま 私たちこの大王国士の王大東国士の党で 関西言の間という字をとて応答官の流れと いう風によく申し上げますがえこのま県長 児を見された大王国士からの流れがま今で もこの日本に寝付いているというまこう いう形でございますでえ13世紀の後半 から14世紀の後半にかけましてほとんど のこの種の法山が見されましてえそしてえ ましかしですねこの江戸時代の中期ぐらい になりますとだんだんこの臨在集がこう 落ち目になってくるというかですねえ だんだんこうま勢力がこう落ちてくるん ですけどもましかしその時にですね白筋 善治というま林材集の中高の人と呼ばれる 方がえ出られましてでえこの18世紀のま 初島から半ばにかけてですねこの臨在集を もう1度こうぐわっとこうねえ復興させた

というのがこの白音善治という方で いらっしゃい ますでえこの白員善治はですね あのま非常にこの力のあるえお尚さんで いらっしゃいましてえもちろんですねこの 前走としてもま素晴らしい力を持って いらっしゃったんですがえ他にもですねえ こう非常にこうパワフルなえ木石字ですね 残されたりえそれからあこの特徴非常に 特徴的な絵ですねえこの前がを残されまし たりえそしてえ意外なところではですね あのハイン善治は30歳ぐらいの時にです ね実はあのうつ病になられるんですねえま 非常にこ厳しい修行の質でうつ病なられ ますでその時にこう肺のこう病気にもなら れて本当こう死にかけられたんですよねで えその時にこの京都の北間にいらっしゃっ たこの000人からこうえを得てですねで いわゆるこう現代風に言うとこの呼吸法電 呼吸法とそれからイメージトレーニングま これを教わってだんだんこの病気から回復 されてえま最後80何歳までえ生きられた という方ですけれどもえこの白衣善治が ですねあの日本の歴史上で初めてこの健康 という言葉を使われ始めたんですねでえ体 の健やかさそして心の安らかさというま この両方が重要であるということでこう 健康という言葉を使い始められたというま そういう方でもいらっしゃいますでえま この白金前人のおかげでまたこうねえ臨在 集が復興してきたというまこういう流れで ござい ますでえこの林山州の本山はですねえこの 京都には7つございます南前川町 にですねえ5つございまして14パござい ますえそれぞれまあのちょっとずつこの なんて言うんでしょうねあのなんて言う でしょう儀式のやり方とかお経の上げ方と かま若干こう違うんですけれどもましかし 教えそのものはあの一緒ですのでま例えば 私があのお坊さんなりたいなと思った時に 私あの妙信じへり寺と寺埼玉で修行したん ですがあの他の本山で修行しても大丈夫 ですえ大徳次さんで修行してもいいですえ 県人日産で修行してもいいですしあのそこ はですねあのどこの本山に行ってもいいと いうですから教えの本質は変わらないと いうまこういう状況でござい ますでまそれぞれえこのま回送の方が いらっしゃるわけですけれどもあのまえ 日本に臨在集を伝えたのは要塞さんだと いう風に言われてますがこのえ1番左上の ですね県人波祭要塞はですねあの まもちろん前を伝えたということもあるん ですがもう1つ日本にとって重要なあの

ものを伝えてましてこの要ささんはですね えお茶を日本に初めて伝えてえ寝付かせた 方という風に言われておりますでえま あの臨在集のですね修行というのま非常に 厳しいことで有名でございますま少しこう どういう修業かとご紹介しますとあの基本 的にですね臨のお坊さんな思ったらあの 修行道場専門道場で3年以上というまそう いうルールがあるんですがえまず入門の時 にはですねえ庭詰めというのがありまして えこの玄関でえ3日間ずっと頭を下げて朝 から晩までずっと頭を下げるというまこう いう行がありますでそれに耐えられたら中 に入れてもらって本道の脇の真っ暗な部屋 に入れられまして朝から晩まで1人っきり で真っ暗な部屋で4日間座禅をするという えタガ詰めというのがあるんですねでこの 3日足4日この1週間でえまなんて言うん でしょうねこの自分の覚悟は本当かという まこういうこう自問自とする時間なんです ねえちなみにこの期間に逃げる人も結構 いらっしゃいますはいで私もですねやっぱ こう私は3年半修行したんですけれども この最初の1週間とやっぱ本当にきつかっ たですねでえまこう考える時間がやむほど あるわけですからわあなんでこんなこと とこ来ちゃったんだろうとかですね人生他 にもすいろんな道があったんじゃないかと かですねま色々考えるんですよねでこう あの真っ暗な部屋で座禅してるとですね雨 が降ってくるとこの雨どいにこうね ポタポタ落ちる音がですね半に信で聞こえ てきたりですねまそういう中で本当にこう 孤独だし寒いしその中ででもやるんだって のこをやっぱ再確認するというまこういう 1週間がありますでその後ま入門が許さ れるわけですけれどもま基本的にですね朝 は3時少です3時に希少ででえその後1 時間あの約1時間ですねえ釣果朝のお務め がありますえそれから朝4時ぐらいから 朝ご飯の時間なんですが朝ご飯はですねお かゆタワ梅干し以上ですであの皆さんが 想像されるのはおかゆじゃなくてですね あの騒動のお会はあのまあなんて言う でしょうねえ私が降りました頃は結構人数 おったんですけども40人ぐらいおったん ですが40人でご飯がですね1.5号でし た1人1.5号ちゃいますよ40人で 1.55ですですからもうお湯みたい濁っ たお湯みたいなもんですよねでえそれとお えそのおかゆとそから梅星タワいただき ましてでえその後は座禅の時間ですねで その座禅中に前門度もありましてえそして えこの明るくなったら畑を耕したり巻きを 合ったり臭かったりとま今でもご飯巻きで

いいてますからそういう作業しなんですね えそしてえまお昼ご飯があって午後もです ね同じような作業わりまして大体5時から 夕ご飯ですねで1人23分のお風呂の時間 がありましてでえその後また6時ぐらい から座禅になりますで一応9時に消灯に なるんですがあのそこで寝れるわけじゃ なくてそっからですね自分の座布団を 持ち出しまして本道の円顔で居残り座禅 ですねえ大体寝れんのが11時から12時 とで翌朝3時ですからえ睡眠時間約34 時間とまこれを最低3年間やるというねえ テレビもラジオも携帯も新聞も何もあり ませんま本さ読んじゃいけないエアコンも ありません まそういう環境の中でま3年以上修行する というま大変え厳しい修行が今でもござい ますですからあのまこのさっきの要ささん の話に戻りますがあのどうしてもですね やっぱこう眠たいんですよねえまいくら 頑張ってでも眠たいとでえその陽菜さんが お茶を持ってくるまではですねお茶が2本 になかったわけですじゃあその陽菜さんは ですねこのお茶を何だという風に持ち込ん だかというとですね目覚ましの薬ってこと に持ち込んだんですねええーま濃いお茶を いただくと目がパチッと冷めるということ から目覚ましの薬ということで紹介され ましたでえその後ですねえまお茶はですね もちろんこうあの目も覚めるんだけれども 消化に良いとかえそれから例えばコーヒー も目が覚めますこコーヒーはですね ちょっと興奮作用がありますがお茶はです ねえ目が覚めるんだけれども心を落ち着け てくれるとかまいろんな高能を発見され まして喫茶幼機という本も書かれており ますえですからまそういったですねあのま 仏教だけではなくてそういろんなこの文化 をですねえ持ち帰ってきたというまこう いう原因もござい ますでえさっきご紹介したですねまこれが あのま前の修行の様子でございますえ今 から約20年前の私の写真でございます けれどもえまこのようにこれ全道で座禅を してる時ですねえ座って繁盛寝て1条と いう言葉がありましてえこの座禅してる時 には温みの半分を使う繁盛ですねで寝る時 にはですね柏布団っていうですねあの畳2 枚分の正方形の布団がありましてで自分 自身があの柏持ちのアコになった気分で こうパタンと折りたたんでですね寝 るっていうまそういうこう布団なんですね ですから自分の使うスペースは1乗だけで あるというこういうことですねですから あのでこの私の写真の後ろにですね

ちょっとこうあのと棚があると思うんです けどこ棚の中がですねこの私物を入れる あのスペースになってまして自分の別は これぐらいしかないんですよねですから もう本当にこのしそなあの生活を3年半で わてするということです ねでえまあのちょっとあの話はあの恐れ ますけれども私はですねこのさっきご紹介 した美神の大造員の長男として生まれまし た今45歳になりますえしかし私はですね あの実は中学校高校時代はあのカトリック の学校でないりましたえ6年間キリスト教 の教育局でおりますでえま今でもですね このまキリスト教の皆さんとは非常にこう いい関係が続いておりましてでえ ヨーロッパに行くと私必ず修道院に泊まら せていただくようにしておりますでえこの 不思議とですねまそのキリスト教の環境に 見おくとより仏教のことは分かるというか ですねえそういう感覚になりますで えヨーロッパにですねあのもう本当中央に ルクセンブルグという小さな国があります ま世界で1番お金持ちの国という風に言わ れますがでそこのルクセンブルグの大子教 ですねえカトリックのトップの方はオロ リッシュ大教という方なんですねでこの オロリッシュ大教はですねあの実は非常に この日本とあのま関係が深くてえ前の上地 大学の副学長をされた方ですでえ東京の ですねで日本にも20数年いらしってで 荒野さんでも1年間お坊さんの修行もされ たというまそういう方でてで大教になられ たらですねあのえローマ教皇長からあの 自分のこうシンボルマークってのをこう 授けられるんですけれどもこのカトリック のま2000年の歴史の中で初めてその シンボルマークの中に日の丸を入れたと いうまこういう方でございますでえご縁 ありまして私あのえルクセンブルグにお 伺いして大子教とですね会談をさせて いただいたんですけれどもまその時にも 大子教はですねこう同じことをおっしゃっ てましたえ大子教はもちろんこう カトリックのあのま新婦様でいらっしゃい ますがこ日本というえま仏教国新党の国ま こういう京都の国にいるとよりこのま キリスト教のことがよく分かるというか ですねまそういう感覚になったという話を されておりまし たでえまこれがですね そのこの時はちょちょうどその ルクセンブルグのえ修道員を紹介して いただいてでそこであの数日ですねえご 一緒させていただいた時の写真でござい ますでえもちろんですねこのカトリックの

修道員と前の修行道場と同じところはあり ます例えば朝早く起きるえそれからお祈り の時間があるえそれから静かなところで ご飯いただくまこの辺まで一緒なんですね でその後が全然違いますこのヨーロッパの 修道員はですね勉強の時間が山ほどあり ますえ語学を勉強する聖書を学ぶえから 歴史を勉強するとかですね勉強の時間が山 ほどありますしかし日本の全の修行道場は 勉強の時間1分もありませんまひたすら庭 掃除雑巾がけ巻き割りですこれなぜかと 言うとですねやはりこの実践の中からの 学びというのをこう非常に重要視してる から ですでえま例えばですねえま今日は私え そこ降りたところの山崎でですねえ途中で 飲もうと思ってこのジャスミンティを買っ てきましたで私今皆さんの前で飲み ますうん非常に香りがいいえまだ冷たい 飲みやすいま色々説明しますねましかし私 がどれだけこのジャスミーティのさを皆 さんに説明しても皆さんその絶対わから ないですよね飲まない限りはでまこれが いわゆるこうなんですよねえつまり世界中 におそらく前の本何10万さ出てると思い ます素晴らしいおばさんいっぱい いらっしゃいますしかし何人のお坊さんが 話聞こうか何冊本読もうかですよもお釈迦 様が到達されたその世界がどれだけすごい ものかと私たち絶対わからないとだから もちろんこう全部はねあれだけ抱いな方の ことは全部分かんなかったとしても やっぱりその一部だけでもやっぱ自分たち でこう追体験していこうというまこれが私 前のえ非常にこう1番大きな特徴なんじゃ ないかなという風にも思います でまそれに関して言うとですねあの結構私 あのま海外に行くことも多いんですがあの よくですね仏教は宗教なのかっていう風に 聞かれることがあります哲学ではないのか とえこういう質問を受けることがあります でえしかしですねま私はま明確にですね 仏教は宗教であるとでえただその一心教的 な信仰とはやっぱり全然違うわけですねえ 一心教はですねまキリスト教ユダヤ教 イスラム教まあまあこういったメジャーな 宗教一神教ですねあのどういうこう信仰の 形態かというとあのまえまそこにですね こう神という存在があるわけですよねで神 はもうあの私たちのこう人地を超えた存在 ですですから触れないし見れないし存在も できないしでもそこにそれだけこうす 素晴らしい何かがあるっていうのをこう 信じてるわけですよねでえですからこの 私たちがまどれだけいい人でもどんだけ

素晴らしいことやっても神にはなれないん ですよねそこにはこう完全なる断絶があり ますでえしかしですねこの仏教はもちろん 様はすごく特殊な能力を持ってたと思い ますよ思いますけれどもしかしお釈迦様は ですね こう王国の王子様だったわけですよね歴史 上に実在した人物ですですから私たちは別 にお釈迦様の存在を信じてるわけじゃない ですよもうお釈迦さは実際にいたわけだ からもそれは事実なんですねじゃあその 仏教では何を信じてるのかというとお釈迦 様が悟ったってことを信じてるんですよね そんなこと誰も証明できないですよね お釈迦様が悟ったっていうでえそれをでも やっぱりこうすごくこう一生懸命努力をさ れてえね座禅をしてそしてえ最終的にま 素晴らしい心理を悟ったんだというのを 私たちもこう信じているわけででその一心 教との大きな違いはですねもちろんこれ めちゃくちゃ難しいしすごい時間もかかる しま今回のこの私たちのね今世では達成 できないかもないけれもでも私たちも一生 懸命努力すればお釈迦様と同じような境地 にたどり着ける可能性があるっていうま これが1番の違いですねですからもう一心 教はですね神になる可能性ゼロですでも 私たちは頑張ればめちゃくちゃ可能性 少ないかもしれないけれどもこう慣れるか もしれないてまこれがですねやっぱこう他 の維新教との進行は全然違うところですよ ねですからまいったですねあのま違いと いうのもやっぱりこの他の宗教のところに 行ってみてあの改めて感じるというのは あの大きいと思い ますえさてえもう1つですねま最近のこの 話で言いますとこ前話海外で非常にこの 注目をいだいているという話をしましたが 私も2018年からえアメリカのですね シリコンバレーにあるスタンフォード大学 というところで客員行使をさせていただい ていますでたまにまアメリカに行くわけ ですけどもででえそうするとこの全とか ですねあとマインドフルネスというのがね えま非常にこう流行っているというですね え注目をされていますでえまそれ自体はま あのねいいことだと思うんですけれどもま しかし行くたびにですねやっぱりこれ ちょっと違うなというかですねあそういう 感覚にもなり ますでえま何が違うかというとですねあの まもちろんもう全は仏教ですしそれから マンフルネスというのもあの発症動という のがありますね皆さん発生動8つの正しい 道ね正しい言葉を使いましょうとか正しい

物のみ方をしましょうとかその中の1つの 少年っていう少年場の少年ですねあれを約 するとマインドフルネスなわけですです からまマのフレスも全もちろん仏教以来な んですがでもその1番大きなこの本来の 仏教とか全との大きな違いですねあのま 非常にこの理主義的な文脈でみんな取られ てるんですねやはりこうゴリ役があるから やるとえ全をやればパフォーマンスが 上がるえマインドフルネスやればお金が 儲かるえいは全とかマイのフルの人やれば いいことがあるっていうでもちろんですね そういうこういろんな福次的なものっての はあるかもしれませんけどもまそれだけを こうねあのテクニックのように使って しまうとただ単に資本主義強化することに しかならないとでそういうとこから出た ところにいい世界があるのにまちょっとね ねもったいないなという風には思うんです けれどもでまその公理主義的なこえ文脈で あるということともう1つはですねあのま これはこ非常にこのアメリカ人の特徴と いうかですねヨーロッパの人あんまこんな ことしないんですけどあの例えば私のその 学生でもですねあのよく僕はブディストな んだみたいなやつが結構いるんですねで話 を聞いてみるとですね僕はブリストなんだ と仏教の本はいっぱい読んでいるとえでも あの輪廻転生は信じないとかですね いやいやそれももはや仏教ちゃうやろと こう思うんですよねでなんかこう好きな とこだけ取ってくるっていこういう特徴が ありましてでこのマインドフルネスもです ねこれ発症動だからこの8つのバランスが 大事なんですよでも1個だけ取ってくるん ですよねですからま例えばですね えまもうあのなくなってしまいましたが あの試して合点のような非常にこの影響力 のある健康番組でえ玄米食が健康にいいと まこういう報道がなされたとしますねえ そうするとアメリカ式にやるとどうなるか と言うとおブラウンライスがいいんだって 言ってですねえ山ほど玄米食べてで タブレットでビタミン取ってプロテインを 飲んででエスカレーターに乗ってあのジム でワークするみたいなこんな風になるん ですよいやそうじゃないとでえちゃんと こう睡眠を取ってえ適当に運動してでお肉 も野菜もねお魚もバランスよく食べてで 白米食べるんだったら玄米の方がいいです よってこういう意味ですよね本来はです からやっぱりその8つのバランスが大事な のにそれだけ持ってくるっていうのは やっぱこうちょっとね今のこう傾向にある なという風に思うんですけどもですから

やっぱりこう本来的にはやっぱりそういう こうねえバランスをちゃんと考えるという こととそしてまそういうですねあのまゴリ 役ばっかりを求めるんでなくて本来的なま あの前の目的はですねえーまあまいわゆる この孤児救命っていう風に言うんですけど もいわゆる自分とは何かというのを明らか にするってこですねまこれはあのま私たち この前の修行層の1番のこう眼目だと言わ れ言われてますがまそのそういうこうね ご利益を求めるんじゃなくて自分自身を 明らかにするというまこういうこうねえ 大きなあの疑問を持ってまもしくはですね 死ぬとは何かとですね生きるとは何かとか まそういうものをこう追求していくのが 本来の前でえありますですからまそういっ た意味でま今の流行ってるのまちょっとね あの本来的なのはずれてるかなという風に はこう思ってございますえそしてえ皆さん にですねもう1つご紹介をさせていただき たい言葉ですねえこれあの前の言葉であり ません仏教の言葉ですけれども仏教には3 絵という教えがあります3つの知恵ですね えこれは3へと言いますでそれが3つが 何かというとこの門えしへ主へというま略 して門師主という風に言いますけどもえ これが仏教の3へと呼ばれるものですで この門絵というのはですねこれはまこすい ませんこの3へというのはこの仏教の学び これ3つどれがかけてもダメですよって いうこの3つの学びの要素なんですねえ これもやっぱバランスよく全部やらなきゃ いけないとでこの門へというのはですね これはあのいわゆるこうセオリーです学 ですですから勉強するてこですねえま今日 のような機会ですこれはもですねで死って のはこれはあの自分自身でこう リフレクションするってこですね自分自身 でこう考えるとえちゃんとこう自分自身で こう噛み砕くそういうこう時間を持ち なさいということですねそしてシってのは そのいわゆるこう知識を得て自分自身の ものにしただけではダメだとまそれを ちゃんと実践をしなきゃいけないと生活の 場でですねでその3つがちゃんとバランス よくできて初めてのこの仏教の知恵です よってこういうこう教えですねですから このまあさっきも申しましたようにま前は 特にこの州というね実践というのをこうま 特に重視してるわけですけど他を警視し てるわけじゃないですが特に重視してるの がこの州というところなんですけどもです からこの3つですねえともすればこの学問 だけに走てしまいがちになるしえともすれ ばねその無学でこうきついことだけやれば

いいっていうですねまそういう風にもなり がちだしだちゃんと全部やらなきゃいけ ないよというのがこれがあの3へという 教えですよねでえそしてまちょっと前半 ですねあのえもう少しお話をしてあの1つ 休憩にしたいと思うんですけれどもあの 最後にですね私最近ちょっと非常に強く 思ってることをあの述べさせていただき たいと思うんですが 前ではですね元神っての非常に重視するん ですよ元神願う心っていう ねで あの相当集さんはですねええ同元さんが この臨在集前週がえ結構この権力と 結びついていてでま京都っていう大都会に あったからそういうのをちょっと嫌ってえ このね永二と山の中にこう作られたという まそういう経緯がありますで臨在州はです ねまあのまその当時からやっぱりこう ずっとこのリーダーに思考されてきた宗派 なんですよでえまそれこそ武将たちねえま なる武将たちですよね武田シンもそうだし ねえそれから伊もそうだしもうこう いろんな武将たちですよねえうちも宮本 武蔵がずっと修行しましたしでえ近代に なったらこの政治家アスリート経済人ま いろんな方がこういわゆるこうリーダーの 方がこう施行されてきた宗派ですでこうな なんでなかなという風にもちょっと私こう 疑問に思ってたんですがあのちょうどこの 冬ですね1月にえある機会を得まして私 富山県の南都市というえところに行って まいりましたでそこに常花というあのま昔 から門前町があるんですけれどもその常花 というところはあの徳寺さんというですね 上土新州のあの別格本山があるうま いわゆる門前町なんですねで私ですねまこ 非常にこう失礼な言い方かもしれませんが あの鈴木大説さんって方いらっしゃいます ねあの前をこの世界に伝えたまこう第一任 者でいらっしゃいますがえ大説はあのまあ 鎌倉の円楽寺でえ君島を受けてそして アメリカで新聞社叩きながらこの前を アメリカで広めたという ま非常にこの厚労者なんですけれどもで この大説が帰国してですね 最後大説はですねずっと信頼の研究をした んですよ上土真州ねで私ま臨在集のお坊 さんとしてなんで信頼やねんてこ思ってた んですよ最後はですねでまちょっとこうね なんでなんだろうとこうずっとこう思って たんですがでそれがこないだその常花に 行ってねええま全徳寺さんのまお寺に 行かしていただいてえその常花の街を色々 こう見させていただいたんですけども

すごいこう感じることがありまして ね あの上土新州さんは本当にこの説法を大事 にされますよねでその全徳時さでも朝晩 もう365日欠かさず必ずお坊さんが説法 されるとでえそれを地域の皆さんがその 聞きにいらっしゃってでそのおさんの説法 が終わった後も時男って言ってですねあの 裁判の次男と同じわきますが次男って言っ てこう学びのシェアリングをされるんです よね皆さんででまそれがずっとこの何百年 もそこに行きついてるんですよでその町の いろんな人とこうお話をしたんですけれど も皆さんですねお坊さんみたいな話するん ですよねそこのおじいちゃんおばあちゃん とかですねえまそれからそれこそ海外から この移り住んだ人たちまでですねすごい こう多きのあのワールドになってるんです よで そのしモントで洗うがなかろうが日本人で あろうがなかろうがもうそこに住んでいる だけで勝手にこの多きの力に包まれてい るっていうですねこれは善にはないなっと 思ったんですよでその全ってのはやっぱ こう元子こう願うここやる気が大事なん ですやる気があればまあれだけ厳しい修も できるしそれに対しての所得もあるしだ からこうまこう得るものはすごくいっぱい あるとじゃあでも世の中にですねそんな やる気の人ある人ばっかりじゃないじゃ ないですかね弱い立場の方もいらっしゃる しねそれだけのねあのま強い気持ちを持っ た人だけじゃないしじゃそういう人たちは ほっといでいいのかと思った時にやっぱり 上土真州さんにはそれがあるんですよねで すごい温かいこのふんわりとしたこのね たきのあのま教えに囲まれてあこれは確か に善にはないしでえこの最後杉大説が信頼 の研究をしたというのは確かにそこに全に はないものを発したんだなっていう風に私 思ったんですねで私自身はあのま臨在集の お坊さんではあるし本当にこの臨在集の 修行からいろんなものを頂いたしま本当に こう自分の中心というかねあのま石勢なし ておりますがでもまあえて言いますが やっぱりその完璧な宗教はないなっていう 風に思ってるんですよでそれをね一番感じ たのはあの震災の時ですねで私の道場の 同期が え陸前高田のお寺に向こうに入りましてで えま結婚式の時はですねま震災前でま すごいこう温かくね皆さんに迎えて いただいて港町で豊かなまねえ集落で本当 にこう皆さんに歓迎されてるって感じのね 素晴らしい結婚式だったんですよねでその

数年後にあの震災があってもうお寺の中庭 まで津波が来てでま私3ヶ月後ぐらいに 行ったんですけどもまだ避難所になってて 家ない仕事ない家族なくなったじゃあ座禅 しましょうかこれ何の意味もないなと思っ たんですよやっぱそこには生みしかないな とで信男さんも人生で4回ぐらい死にかけ られてらっしゃって2回の大震災2回の大 基金っていうまその度にこうごまたいたり こういろんなねあのおを上げたりとか色々 しれたけどみんな救われないとで最後は やっぱこの念仏ってとこにたどり着かれて でまあの生編ダウってのはなんというか こうね例えば半に信行読めるじゃない かって言えるかもしれないけど半信行知ら なかったら読めないし生みダだったらもう 本当何もなくてもみんな実践でき るっていうまこれはやっぱああいう状況を 体験しないとそこにはならないしでも やっぱりそのなんて言かな本当にこう最後 の救いになるなっていうのはすごいこう私 感じたんですよねでもその震災の5年後 ぐらいに私の友人で小川でこの街作りを こうやっているまリーダー若手のリーダー みたいな子がその5年間ずっとこう自分の ことを帰りみる時間もなく突っ走ってきた とで5年経ってちょっとようやく一々立て つつけるようになったからその小川の みんなでこの京都に来てで自分を振り返る 旅をしたいってことででこうみんなでいら だったんですよで一緒に座禅をして商人 料理食べてでそん時はですね皆さん ものすごく喜んでくださってやっぱそこに は前がいるなっていう風には思ったんです ねですからやっぱこの宗教が生まれる背景 ってのがあってでその信男さんが生まれ られたあの時代ってのはですねあの私もお これこれも数年前ですがあの聖マリアナ 医大っていう東京の医大がありましてそこ がですね え論文を出してましてえ日本人の平均寿命 の推移っていうこういうこう論文なんです ね私その論文読む前はえま野時代から現代 までなんですけど野時代はめっちゃまあね 寿命が短くてでこうだんだんだんだん増え てきてで江戸時代にちょっとこうねえより ねこう増えてきてで明治維新からこうまた 増えてで第2次世界大戦後にぐっとこう 伸びてきたってまそういうカーブを思いて たんですでも実際は違うと野時代その なかったと40歳ぐらいだったんですねで それがですね平屋の後期ぐらいから だんだん下がってきてでその診断さんが 埋められたのええ鎌倉から室町の初期とか 一番きついんですよでその辺って日本人の

平均寿命20歳ぐらいなんですねだ めちゃくちゃきつかったんですそれ日本 だけじゃなくて世界中にそうだったんです よ例えばその時代にあのロンドンの テムズ川全部凍ったとかですねそういう こう文献が出てくるんですねそ世界的 ちょっとこう寒冷金になっててええ作物 育たない基金続発で疫病も流行るであのえ 浅山が大噴火かなんかしてですねままう 本当こう大変な時代だったんですよねで それまではやっぱりこう仏教っていわ哀れ の世界というかクの学問だったんですよで もそんなことしてる場合じゃないとみんな めちゃくちゃ苦しんでると生きるのがもう 精一杯だとでこう庶民のところにこう皆 さん出ていってやっぱこう日本の宗教が 本物なっていったんだと思うんですね ですからやっぱりそういうこう時代背景が あってでそのなんて言うかな皆さんから 求められてああいう形になっていたという ですからあのま私もですねその経験を通し てこの元神これはまあのもちろん私たち すごく大事だと思ってるしこれがないとね 本当にこうあの得るものもないわけです けどもでもやっぱりこのねこのいろんな 周波があるってのはそれぞれやっぱりこの 存在意義があってでえTPOがあってで それにまふさわしい人たちのために存在し てるんだなっていうまそういう学びをして きたんですねですからま最後このねえ臨財 集の特徴ということで申しましたが元子 やるきっていうまこれは私はまプラスにも マイナスにも両方あるなっていう風には 思ってるんですけどもえ最後それを ちょっとご紹介させていただきましたはい ではえ今50分ほど経ちましたのでえ ちょっとここでえ10分ほど休憩をしてえ また7時半からですね後半のこのえ全と 日本文というところをお話をしてで最後皆 さんからですねえ質疑応答を受けさせて いただきたいと思いますではあの10分 ほど休憩としますよろしくお願いし ますさせていただきたいと思い ますで えっとオンラインも繋がってますか今はい えオンラインの皆さんもあの後ほど質疑 応答の時間設けたいと思いますのであの 是非チャットでえご質問があればお寄せ いただければと思いますえ最後230分 ですねあの質疑音の時間を取りたいと思い ますよろしくお願いし ますはいではえチャプター2ということで 前と日本文化あのお話をさせていただき たいと思いますでこの前はですねまさっき のお茶もそうですけれどもあのま様々なえ

文化を日本に紹介をしかつやっぱりそのえ ま影響を与えええもちろん日本文化からも こう全が影響を与えられるというまこう いうことはあると思いますでこの全と日本 文化というとこう全が日本文間にどういう 影響を与えたかっていうえ視点ばっかり あの捉えられることが多いですが私逆も しかりだと思ってましてえ例えばですね あの私修行に入る前にすごい大きな疑問が ありましてえどんな疑問だったかというと え日本以外の仏教国例えばタとか ミャンマーとかですねスリーランカとかえ お坊さんいらっしゃいますよねでえそう いった国々のお坊さんは結婚できませんね お肉お魚食べられませんねお酒飲めません ね日本のお坊さん全部やってますよねなん でそんなこと許されんねんとどない落し つけんねんとか思っとったんですねでえま そういう疑問を持ったままですね私は修行 に入りましてで修行の3年目にえ私のこの 師匠老師が中国の修行道場で中国のお坊 さんたちと一緒に修行する機会をいただき ましたでま10日ほどあの中国で修行して きたんですけどもえそん時にこう鳩気づい たことがありましてえ確かに中国のお坊 さんたちはえ規則は非常に厳しい結婚でき ないお肉お魚食べられないえそれからまお 酒も飲めないま他にもいろんな規則があり ますしかしですね起立がめちゃくちゃ緩い んですねえ例えば座禅中みんなめっちゃ寝 てるとかえ掃除時間全然掃除せとブラブラ してるとかですねまこう言い方悪いです けどもこう本当こうダラダラとこうしてる 感じなんですよねでルールは守るんですよ でも起立が全然なってないんですよねで これは日本だけじゃないと思います私今 あのブータンの対合費にご依頼されて ブータのお寺の修繕修復を日本の匠の技で というのでこ今あのさせていただいてるん ですがとえばあのダラマ芸官のですねお話 がされてるにも関わらずその辺のあのお 小僧さんはですねみんなずっと携帯いじっ たりしてるんですよねも日本でそんなこと したらもうボコボコしばかれると思います でもそそうなんですねですからその規則は 守るんだけれども起立があまりこうないと いうこれがやっぱはこうあのま海外のこう 仏教国のまある種のこう特徴だという風に 思うんですが日本は逆です規則はそんな 厳しくありませんでもやる時は めちゃくちゃビシッといくっていうですね ま例えば掃除1つにしてもその海外のお寺 と日本のお寺の掃除のクオリティは全く 違いますでこれやっぱりこう私たちがこの キリストいうの日本は昔からこのキリスト

いうのを非常にこう重視してきたからだと 思うんですねまそれがやっぱこうえ全に 影響を与えたってのはもちろん確実にある と思いますですからまこういうあのま日本 の文化が全に影響与えた影響ってのも もちろんあると思うんですけどもまあのえ ま一般的にはこのねえ前が日本文化に与え た影響ということでえお話をさせて いただきますがえまず身近なところから ですねえこの実は私たちの使ってる言葉で 全由来のものが結構あるということですね まず1つ目挨拶ですね でこの挨拶というのはあのハローとか こんにちはとかそういうこう軽いものじゃ ありませんえそもそもはこの問答の時 の老師と弟子の死ぬか生きるかな1対1の 血闘のこうやり取りが挨拶なんですねえ ですからもう本来的にはものすごくこう あの厳しいえモドのやり取りがこの挨拶で ございますえ そして融通まこれは金融の業界の中でよく 使われますが融通するお金を融通するとか ねこうよく使われますけれどもこれあの前 のことは融通無限ということ葉ありまして これは自由時代である様ですねまこれユズ ムという風に申しますそこから融通という 言葉が出ておりますえそしてえこれはです ね結構こう意外に思えるかもしれませんが 当期 えま英語ではスペキュレーションですね これはあのこれをパッと見たらですね ギャンブル性の高い投資という風に皆さん 思われると思うんですが実はこれ全の言葉 でございますでもちろん全ではその ギャンブル性の高い投と意味ではありませ んでこの木ってのがこう非常に重要でして あの木ですねこの木ってのはですねはい木 え例えば え私娘が2人おりましてえ5歳8歳なん ですけれどもえ下の娘にですね今自転車の え方を教えておりますでえ輪をですね今 ちょうどこう自転車を持ちながらこうね あの家の前のところをこう行ったり来たり してるんですけど もまあの外したとこですから全然乗れませ んわねで焦げてばっかり行てですねえ泣い てこうすりむいてですねもう私自転車 なんか一生乗れなくても結構ですみたな ことを言うわけですねでもこう本気よく やってるとですねこうフラフラとこう 乗れるようになりましてでもうちょっと 頑張るとですねもうすーっとこ乗るように なってむしろですねもうそこまで行くとけ られなくなるんですよでこれが木なんです ねで他の例で言うとエに水を入れまして日

にかけますで最初運ともすんとも言わない んですがそのうちですねこう振ってこれる とボコボコといくわけですねまあれが木 ですだこう非連続的な飛躍まこれを木と いう風に呼ぶわけですがでその木を通ずる というまそのまこのきっかけを通ずるとこ ですねまこれを登記という風に申し ますで えま私もですねこの当期これ非常にこの 思い出深いえこの登記の機会がありまして えこれ1枚の写真でございますがえこの紫 の衣を着てらっしゃるのですね糸原炎王 老師というま大変立派な前走で いらっしゃいましたもう亡くなりになって ますけれどもでこの糸原老師がえこの明神 寺の歴代の住職のくいを得られるというま こういうこの重要な式典があってえ妙信じ いらっしゃった時のお写真でございますえ 今からちょうど40年前の写真です ねでその1番前可愛らしいこうぽっちゃん がいますけれどもこれ40年前の私で ございますはいで実はですねこのちょうど 20年後に私はこの糸原遠野老師が いらっしゃった埼玉県の平林寺で修行させ ていただくことになりましたですからま この時にはですね私がまか20年後にこの 老師の元で修行させていただくことになる とは誰も知らないわけです ねでえこの修行に参りますといろんな役割 がありますま例えばお経を専門にあげる かかりとかえそれからご飯を作るかかりと かえそしてその中の1つに老子の月人と いうまこういうお役目がありますでこれ何 をするのかというとまもちろんみの周りの お世話それから大きな祭事とか包容があっ た時にカ持ちをするとかえそしてま1番 重要なお仕事はですねえ日々のお食事を 作るというまこういうお仕事がありますで 私修行の2年目の時にこの老師の月人に 任命されましてで約半年間まお使えしたん ですけれども初日ですね初めて老師のお 食事を作るとさ何作ろうかなとこ思って ですねま初日やし無難に行こうと思いまし てご飯味噌汁風呂吹き大根ってこういうえ ま献立で出したんです ねでえまそれをですねこのお前に乗せまし てでえ老師のお部屋に運びますでテーブル の上に乗せてですねで私はちょっと影にえ 襖のえ向こう側にこうま行きましてでその 影物影からですね大きな声でえお昼ご飯の 支度が整いましたってこう言うんですねそ したら中の方からはとこう聞こえるわけ ですで私はですね所まで引きまして後 片付けをしながらですねこう待ってるわけ ですねあどうかなと美味しく食べて

くださるかなと思ってですねこう待ってる わけですでしばらくするとあの所定の位置 がありましてそこにですねお前をカチんっ てこう置く音がするんですねでそれを会い ずにこのお染を取りに行くんですけれども なんとですね私がご用意した お染一口も手がつけられてなくて真横にこ 新聞広告の裏紙の白いところに筆のど 恐ろしい達筆でずりでですよ風呂吹き大根 の炊き方って書いてあったんです ねでそれ見てですねもこう頭の先から足の 先ずっと鳥肌立ちましたでなんて書いて あったかというとまずですねえ風呂吹き 大根は米の汁で炊けなさいとで面取りし なかったら崩れるとでえま中火から弱火で 焚いてその箸を刺したらその箸の自分のみ でで切れるぐらいまで柔らかく炊くんだと で添えるみそは朝のこのお買いを少し残し ておいてでそれに赤味噌とみりんとお砂糖 を加えてで味を整整えて添えるんだという ことがですねど恐ろしいタピがいてあった んですよでまいわゆるですね一瞬で見抜か れたってことですよねえまとりあえず初日 だから無難にやってやろってことです ねでまこの場面ですよま私すぐそこにいの 分かりますからおおいって呼び出すことも できるわけですねでもう何もせずにですね お前をそこにカチャンと置いとくだけの こともできるわけですなんなら時間とって 一緒に風呂吹き代を書くこともできたかも しれないでもいろんなあらゆる手段の中で こいつには1番何が効くかなってこう考え られて捉えた手段があの広告の裏紙にどう 恐ろしい達筆でえ立方を書くっていうそう いう手段だったんですねで現にですね私 あの場面昨日のことのようにありありと こう記憶ノりに残ってますしで一瞬で悟る わけですねあ商人通りというのは単なる 野菜料りではないなとでやっぱりですね こういうこう気づきが大事なんですでその ま例えばですね皆さんの近でもこいつ何回 言うても分からへんなとまどくさやっちゃ なって言いますよねお坊さお坊さの世界で もいますそういう人はですねでもちろん ですね本人も悪いんです本人もあるんだ けれどもでもその人に気づきを与えられ なかった指導者の責任も問われるのがこの 全の世界なんですねですからやっぱりこの 当期っていうのですねこのこう非常にこの 重要でしてで特にやっぱりこの修行道場の 修行の中で共通してるのはですねこの答え を教えないて自分で気づかせるっていう ここなんですねで例えばあの前門道という のがありますでこの前門道というのはです ねこの何のためにやるのかというとですね

あのま例えば車で例えますとえ世の中には ですね素晴らしい車いっぱいありますねえ レクサスとかフェラーリとかポルシェとか も素晴らしい車いっぱいありますねえ外装 も素敵だし内装もリッチだしエンジンも 素晴らしいしでもハンドルさきを間違え たら単なる暴力装置ですねそれと一緒で 仏教修行もですねたたにきついことすりゃ いいっちゅうんじゃないんですよこうどの 方向に向かってやのかってこれがすごい 大事で弟子がちゃんとした方向に向かって 修行してるのかってチェックするのがこの 全問道なんです ねでこの修行中はあの座禅の時間があり ますが座禅してるとですね突然遠くの方 から金がカーンてなるんですねでその合図 に修行素が一斉にバッとこう立ち上がり ましてでダッシュで本土の沿岸に1列で 並びますでまた遠くの方からチリチリて こう鈴の音がするんですねそしたら1人 ずつ立って長い廊下を歩いて角を曲がっ あって真っ暗な部屋にロソ1本立てて老子 が座禅し回ってらっしゃるんですでその 老師の前まで行って額をですねこの老師の 前のこの畳にこすりつけましてえただいま これこれれこういう問題頂いておりますと 頂いた問題を暗証してでそれに対して自分 が私たちあの私たち考えるっていですね 工夫するって言うんですけども工夫してき た答えを呈するんですまこれはあの もちろん言葉でもいいしジェスチャーでも いいし殴りかかってもいいし何やっても いいんですでそれでオッケーだったら次の 問題もらえるんですけども間違ってたら ですね無言でこう横に鈴が置いたでチチっ て流さないです帰れって言われるわけです でこれを1日基本的に朝晩2回で置いと1 日5回やるん ですであのま自分で言うのも何なんですが 私結構この前門度の進みは早かったんです ねスムーズだったんですがでもあるそんな に複雑な問題じゃなかったんですが1つの 問題に対して7ヶ月かかったことありまし た でもう違う違う言われてですねま7ヶ月も やってたらましょうもないことしか思い ないともあるじゃないですかでそういう時 はですねこの廊下歩いてる足音だけであ こいつしょうもないことしか持ってない ねってバレるんですねで着いた瞬間に一言 も言ったのいきなり鈴サするわけですよで まその7ヶ月終わりましてで7ヶ月目の ある日にもうもうええわと思って出した やったんですねそしたらですね老師がお それじゃとそれも全なんじゃっとおしゃっ

たんですではっきり言ってですねあなんで これが答えやねんと自分で言うときながら 分からなかったんですよでもその修行が 終わった23年経ったある日ふとした瞬間 にかって気づいたんですねあこれやとこれ が老師がおっしゃってたことだとえそれが やっぱ自分にとってものすごいステップ アップに繋がったんですでこれですねなぜ え答えとかヒントを言わないかと言うと これ言っちゃうとどうなるかと言うとです ねふーンってなるからです何にも残らない んですよもう例え3年間の修行でたった1 問しか分からなかったとしてもその1問が 腹の底から分かってたらそっちの方が よっぽど価値があるというのはこれが全の 立場なんですねですから他にもですね やっぱこの修行中はこれは徹底されてまし て例えばそのご飯を作る係りというのが ありますでこれはまさっき言ったように私 が降りましたから40人おりましたので 朝昼晩40人前1人で作るんですねでえ 突然ですねまその料理登板3ヶ月から半年 ぐらいやるんですけども である日 突然お前明日から料理登板とか言われるん ですよでそうするとその日からですねこの 台所にこう寝泊まりしてこう料理をずっと 作るわけですけれどもあのまそれまで ずっとこうねご飯作ってた人がいますから その人からの普通引き継ぎてのがあるじゃ ないですかでその引き継ぎの時間がですね なんと2時間ぐらいしかないんですよで2 時間しかなかったらもう米ここに置いて あるぞとか野菜ここで洗えよとかねえもう もうご飯作るって言ってもま全部巻きで やってますからすだらけになるからもう とにかくもう掃除ばっかりなんですよねで あのご飯作りながらま道場回ってますから ご飯作りながらこう教えてもらうわけです からもうほとんど引き継ぎらしい引き継ぎ できないんですよでいきなりはいどうぞっ てこうやらされるんですねで今みんな飯合 水産すらしないじゃないですかなのに いきなり40人前巻でご飯炊けって言わ れるんですよそんなん誰もしたことないん ですよでそうするとですね何起こるかと いうと全員失敗するんですで大体ですね あの焦がしたらあかんから早めにあの巻き 引いてべちゃべちゃのご飯できるんですね でもできちゃったもんだからこれ出さ なきゃいけないとって出したらですね当然 めっちゃ怒られるんですよなんじゃこれは とこんなも食えるかって言って怒られるん ですねいやでもそんな怒られた俺やった ことないしなと思いながらへこんでたら

早速次のご飯の時間がやってくるわけです よでこれですねいわゆるこうタスクベース で考えたらですよ美味しいご飯を食べ るっていうタスクベースで考えたらこれ 引き2週間ありゃいいんですよでそしたら ね前ご飯炊いてた人からえ美味しいご飯の 炊方教えてもらえて誰でも失敗すること なく美味しいご飯炊けるんですでも私たち の道場で絶対それしないんですなぜかと 言うとそれやっちゃうと盲目的にその方法 しか取らなくなるからです自分でトライ アンドエラーしなくなるからですねでこの まセンスのいいやつだと大体2週間まどん だけどんさくても1ヶ月ご飯炊き続けたら ですね全員美味しいご飯炊けるですです から全員失敗させて全員成功させ るっていうここは味そなんですねですから 私たちの修行は目的はですね美味しいご飯 を食べることじゃなくて人を成長させる ことなんですだからこういう手段とるん ですねですからやっぱこの当期気づかせる 自分で見つけるまこれをですねこう ちゃんとやらせるってのはこれがこう前の 修行なんですねですからこの登記っての こう非常にこう重要な要素 ですえさてえ他にもですねこの前には いろんなあのね生み出した文化があります 例えばえこちらですねさっきご紹介しまし たえ白音絵画さんえ白音前時が書かれまし たえだるまの絵ですねえ直士妊娠検証上物 さっき申しましたけれどもえーまこういう だるまの絵が書いてあります一方ですねえ こちらこれ何の図かと言いますとえ最後の 晩餐の絵ですねこれも大変有名な絵です けれど も何が違う か比べるとです ね前額というのはまこれもあのもちろん 例外はありますありますけれども大体です ね このここ に3ってのですよ文字が書いてあるんです よねでえまこれはですねあのさっきえね 市政区って言った中の直士妊娠検証上物と こうね後半の部分が書いてありますけども 例えばこのだるまさんの絵が書いてあるて ですね白員さんの面白い絵でえこれを だるまと呼んではならないって書いてある だるまの絵があるんですよとかですねでえ そうするとですねこうおってなりますよね こなんだっていうでえつまりですねこのま 欧米のこの図はですねまいわゆるこう キリスト教のこのキリストが生まれてから 亡くなるまでのこのストーリーってのは もうみんな小さい頃から教会でも散々教え

られてるわけですよだからこうパッと見た だけですねあこれは最後の晩餐やなとかあ これキリスト生まれたとこやなとかみんな 知ってるわけですねわざわざ書かなくても いいんですそんなことは見れ分かるんです よでもそのですからそのイエスキリストの この生涯が大事だしそれをこう称えるよう なこう絵があのまあ大半なんですよ ねでも この前はですねそこじゃないんですよこれ さっき言ったように そのなんていうかな気づきが大事なので その気づきを与える1つの手段なんですよ ねですからこのあこれ何でこういうこう こうなんていうかな頭をこうちょっとこう ね殴られるようなそういうこうなんていう かなあのものにしなきゃいけないですね水 気づかないんですあ綺な絵やなじゃダメな んですよおってなるのはダメなんですねで それがやっぱこう前科のこう非常にこう 大きな特徴でしてですからそれがですね やっぱりこの欧米のこの宗教画とこの前画 のこう非常にこの大きな違いですよねです からこのま例えばこの絵もそうですし字も そうですしえま料理もそうかもしれません しこの前はですねやっぱりこう気づきの 宗教という風に言われますがこれは やっぱりこの五感でえまず感じるという こととそして自分で気づくということです ねえこれをこう非常に重視してるのがこの 前の特徴ですですからこの絵1つ取ってみ てもですねやっぱりこのなんていうかな えまただ単に綺麗な絵とかねあのまこうお すごいなって迫力の絵ある絵ではなくて そこに何かこうメッセージがあるっていう のですねまそれがこの非常にこの前額の 特徴であるという風に思い ます え そしてこちらですねさっき庭という風に 言いましたけれどもまこれあの両安寺さん のえ有名な石定ですねえ世界遺産の石定で ございますでえこの石定はですねえまあの さっきえま欧米との違いという話をしまし たがこの日本の庭と欧米の庭というのは ですねまそもそも違いがありますまず1つ 目はですね欧米の庭というのは例えばこう ねイングリッシュガーデンとか思い浮かべ ていただいたらとかもしくはえベルサイユ 宮殿の庭とかですね大体この左右対象なん ですねまずで全部このなんて言かな明らか に人が作りましたよっていうこういうこう あのまやはりこうえ王様は自然をも制服 できるというまそういう象徴としてこうア というのを作られてますからだからも

明らかに人工的え左右え対象というです ですねまそういう特徴がありますましかし 日本の庭はですねえ庭市の世界ではえ無 作意の作意という言葉がありますまこれは もちろん人間が作るんだけれどもあかも 自然が作り出したような形にこう仕上げて いくというえそして左右非対象であると いうまこれがあのま日本の庭の特徴です そしてえこのまこの両安寺のおもまさに そうですけども欧米の庭はですねこの中と 外というのは完全に分かれてますでしかし この日本庭はですねこの縁側っていうです ね中とも言えるし外とも言えるしもしくは こうあやとかですねですからこの庭との アクセスが非常にこうま簡単であるという かですねえまこれがこう日本の庭の特徴で ございますでそしてそれプラスやっぱこう 前の庭というのはですねやっぱりこうあの やっぱ前の庭らしさというのがこうある わけです ねでこれはあのさっき申しましたように両 安寺さんのお庭でございますえ今から約 550年ほど前に作られたお庭だという風 に言われておりますで550年間ずっと 変わってないんですねで え行かれた方ももちろんたくさん いらっしゃると思うんですけれどもこの両 寺のおはですねもち大変美しい庭です しかしただ単に綺麗やだけやったらですね こな550年も持たないんですよえそれ こそ違う建物が立ったりですね違う庭に なったりしますでもこれ550年間ずっと 変わらないってやっぱ理由があるんですね でえまず1つ目はですねえこの庭にはこの 押えがあるということですねでちょっとね この鬼はちょ横に長いのであの全部はこう 入り切らなかったんですけどもあのここの 縁側がありますがこの縁側からこの似を 眺めるわけですですがこの石定の中には ですね意が15個置いてあります15個 ですねでこの円がですねどこに移動しても その15個の石全部一気に見えるポイント はありません必ず14個か13個しか見え なくなってるんですわざわざそういう風に 設計されてるんですねでこの15というの はですね昔から完全笑数字ですえ例えば 753全部足した15になりますねあと 15やとかあですからまいろんなと15 あるんですけれどもでこの縁がはどっから 見ても15個は見えないとまいろんな会社 がありますが1つにはですね人間いいか なる場合にやっても完全にはなれないぞと かもしくは同じニを見ていても見る場所に よって見える意思が違うまつまりま同じ ものを見ていても自分の見方だけが正しい

と思うなとかまそういう目を込めてるん ですねですからまず1つ目この教えがある ということ2つ目えこれはですね実は非常 にえ実用的であるということですねええ よく海外の方なんかにこの砂の色はんで 白いんでかっていう風に言われますで もちろんですねこう石定あの青い砂の石定 もあれば赤い砂のやつもありますでもこの 両味のこの石定に関してはこれ絶対白じゃ なきゃいけないんですねなぜかというと 実用的な意味があるからですえどういう ことかというと昔はですね電気がありませ んでしたねですからこの白室のお道の周り に敷いておくと日の光月の光反射してお 部屋なんか明るくなるんですこれ明り取り なんですねカメラのレフ1と同じですです からこの白い直しくんですねまこれが2つ 目ですでこの庭ってのはそういう工夫が ありまして例えばですね皆さん京都のお寺 ってもみのイメージないですかねもみも ですねもちろん公用して綺麗やなってのは ありますけどもただ単に綺麗やなじゃない んですよもみはまいくつかこう他にも特徴 がありまして1つはですねえ まず掃除が楽はい掃除が楽なんですねでえ もう1つはですねまこれが1番大事なん ですがあの桜が終わりますともみの信力が バーっと出てきますつまり暑くなると出て くるわけですねですから夏はですねもみの 葉っぱってすごいたくさん出ますから日陰 ができるんですよなのであの涼しいで本土 の縁側もこう涼しいわけですねでえ11月 になってですね公用してこう落ちるとま 三々とですね日の光が本島の縁側にこう 降り注いでくれるとですから夏涼しくて冬 暖かいだからもみなんですねですからそう いうこう住まいやすい工夫がされて るってことですですからそういう実用的な やっぱ庭には意味があるんですねそして3 つ目 えーまこれもよく質問されますけれども この石定にはなぜ線が敷いてある引いて あるんですかてまこういう質問いただき ますで えまこの線を引くってのはですねま理由は 2つあります1つはやっぱりこの美的な 理由ですま綺麗だということともう1つは こう色々表現したいということですねでえ こういう石定作る時にはですねルールは ありませんたった1つのルールを除いて ですねその1つのルールってのはこの狭い 面積の中でも全宇宙を表現しなさいという こういうルールがありますですからまこれ はですねこのおそらく大原えに島がこう あるというまそういうこう表現だと思うん

ですけもですからこの海の波を書こうと 思ってこういうこうねえ線が引いてあると まこれは1つの理由ですでもう1つの理由 はですですねあの皆さんまもしこの石定に 線を引くという機会があればあのすぐ 分かるんですがあの石定のですねこの石の 周りに丸く線引くってのはそんな難しく ないんですよ1番難しいのはまっすぐ長い 線引くこれがめっちゃくちゃ難しいんです ねでいらんこと考えたらすぐ曲がりますで 曲がらないように曲がらないようにと思う と余計曲がるんですこれ でこれずっとこれ引き続けてると自然に ですねこぐーっとこうまいわゆるこううん そうですねスポーツでいうゾーンに入ると いうかですねこう自然にぐっとこう集中し ていくというかまそういうこう心境になっ てくるんですねですからこれいわゆるこう 動く瞑想なんですでさっきこう座禅の話を しましたがもちろんこう座禅というのは お釈迦様が悟りを開かれたもう元になる やつですからもちろんこう私たち重要視し てるんですがその座禅だけじゃなくてこの 動く瞑想ですね例えば掃除でやるとかこの 線を引くとかそれから料理とか車橋とか ですねまこうあれは1つ動く瞑想ででえ それもやっぱりこう非常にこう重要である とですからこのえ全のお庭というのは もちろん美しいから教えがある実用的 そして修行の場であるとまだからこれだけ 長く持ってるんですよねですからこの1つ 庭と言ってもですねそういうこういろんな この意味合いがあるというのがこの全脳庭 の特徴でござい ますえ そして えーもう1つですねあそうですねこれ私が 線を引いてる場所ですねまこうやって線を 引いておりますそしてはいこれ最後の スライドですけれど もこの お日本にはいろんなこの同というのがあり ますえ剣道柔道作道初動ま色々ありますが うんなぜ同とつくのかっていうとこですね でこの銅とつくものにはですねまあほぼ 全てやっぱりこの全の影響ってのはあると いう風に思います ええ例えばですねあの新年にえ初釜という のがありますよねでま私もあのたまに親元 にばれえ呼ばれてですね初釜に参加させて いただきますけども ねあの足は痛いし待時間も長いしえ思うん ですがでもやっぱりこうあれはあれあの すごくいいものですよね でもしです

よ美味しいお茶飲みたいなと思ったらお茶 屋さんで高級なお茶も買ってきてですね 自分でお茶沸かしてお湯沸かしてですね 自分で立てたらいいんですよそしたらもう 美味しいお茶飲めますよねで もそれじゃあ銅にならないんですよ単なる お茶なんですねでそれがどうでなるどに なるために何がいるかというとですやっぱ 自己検算なんですよねで私もその初釜に 行ってあの私はですねいつもあの大徳さん の席でお願いしますって言うんですね大徳 さんってもうあのえ全ての初釜のいろんな お席ありますけど最も緊張感のあるお席な んですよで館長から皆さんお歴歴が いらっしゃってですねでそこにこうご視聴 させていただくんですがまそうするとあの まなんて言かなあの 例えばそう数年前ですねちょうど雪が すごい津々古いで雪が降るとこう音がこう 消えるんですよねでこうシーンとしてる中 ですねこの釜からですねあの松風のこう ポツポツポツポツってこうね追が湧いてる 音がしてでこうみんなピシっとこうね一言 も喋らずにこうね待ってるっていうそん中 でお茶をいただくんですけどもやっぱりね あの緊張感は自分では作れないんですよ ですからやっぱ緊張感を味わいに行くん ですねあの初がっていうのはでですから やっぱそういうこうなんて言うかな検査の 場を提供できるってのはやっぱ佐道の同で ある意味だと思うんですねで佐道の世界に は茶前一味という言葉がありますお茶と善 というのは1つであるともう切っても 切り離せないってことですねでもちろん 私たちも修行中のお茶の時間がありますし 逆にですねこの佐道のお家元例えばえ武者 工事選挙の今の家元は妙信じであのずっと 修行されてましたしからあ演習流という 東京にありますが演習流の今のおいのご 四則ですねえはまさに今大特の修行道場で お坊さんの修行されてますですから今でも やっぱりそういうこう深いこう付き合いが あるということですねえそしてえまこの 9度の写真ですけれどもあの数年前にです ねえあるお客様がスイスからいらっしゃい ましたえその方はあのIOC国際 オリンピック委員会の理事されてる女性 唯一の女性の方 ですでうちで一緒に座禅をしてですね座禅 の後えその方に質問したんですね私ま あなたはスポーツのお仕事をされてる けれども球道とアーチェリの違い分かり ますかって聞いたんですねヒドたちの違い 分かりますか皆さんあの道具は違うとか そういう話じゃなくてですねあのそもそも

こう違うんですねでこの1番の違いはです ね球道は矢を的に当てることを目的として ないこれが1番の違いですアーチェリーは ですねやがに当たればいいんですもちろん 難しいですよで私も1回も人生でやった ことありませんがもしぐれで矢が的に 当たってもそれでいいんですなぜならば 当たることは目的ですがそれでいいんです 問題ないんですしかしですね私が球道で もしまぐれで矢がまに当たってもこ何の 意味もありませんでこの球道で大事にし てるのはこの弓と矢を使っで姿勢と呼吸と 肩をたしてそして自分自身の精神状態を 極限まで持っていくとまこれが1番の目的 ですですからやがに当たるかどうかっての は自分の精神状態を確認する作業でしか ないですねえもしくはあ剣道と フェンシングもえらい違いですあの フェンシングえリオオリンピックで開き ませんでしたがその前の世界選手権で太田 君がですねえメダル取りましたでその時に ですね1本取った後にこう剣をバッとこう 掘り投げたんですねであれはフェンシだ から全く問題ないですよそれでいいんです でも剣道で1本通った後にガツポーズし たら1本取り消しになりますねでそういう とこなんですねえつまり剣道では斬新と心 を残すと1本取った後も心を残す一礼する までが競技ですですからこ剣道で目的とし てるのは1本取ることでもなくて相手を 任すことでもなくてあくまでもやっぱ自分 なんですよですからこの お剣道の世界でも健全一のということが ありますえ剣と全は1つであると切っても 切り離せないとまそこにですねやっぱり このなんというか日本の文化のこの本当 大事なところがあると思うんです ねでこの欧米のスポーツと日本のこの文化 のまたまもう1つ大きな違いですね えま例えば私もあのたまに書を書いてく れって言われるんですよねで賞を書くん ですけれどもでそのうちの神寺の館長70 代80代もしくは90代の館長が書かれる 字を真似して書こうと思っても絶対書け ないんですでこれはもちろん人生経験も 違うしそれはねあの筆のスキルも違うしで 筋力もちろん筋力も違うし真似できないん ですよでやっぱ私たちこの40代には40 代の目指すべきところがあって90代に なっても90代の目指すべきところがある んですよでもしくはそのうちの京都には あの花町加がありますがあの明寺から1番 近いあの奥座敷にですね上市県という北の 天満宮のもすぐ横にあるんですけどもで そこは近いのであのたまにその北の踊りと

いうですね年に1回あの踊りを披露される あの宮みたいなのがあるんですがそれ たまに行くんですねでえ北のはですねあの もちろん舞子さんも回れるんですが必ず ですねあの80代ぐらいのベテランの お姉さんが回るんですよそれがまた めっちゃくちゃ力が抜けてて美しいんです よねで舞子さんはあれどんだけ練習しても あんな前舞えないんですなぜかと言うと やっぱりそれだけのさっきと筆と一緒でま 人生経験も違うし筋力も違うしでやっぱり そのねあのもうそこにはその人たちが 目指すべきところがあるんですよでこれが ですねやっぱいつまで立っても終わりがな いっていうこれがやっぱりこう日本文化の すごいとこやと思うんですねで1つの特徴 だと思い ますでやっぱりねこの お自己検算をするところその心をこう磨く というかですねそこにやっぱこう善がある んですよ ねですからぱこの銅とつくものまこれはま そのもちろんこうねえ自分自身を磨くと いうこともそうですしであのいつまでたっ てもこのやるべきことがあるというから そこにやっぱりこの道たるこの理由がある んじゃないかなという風に思うんですねで えま最後少しちょっとあのまこれからと いうかま大きな話をするとあの最近ですね あの私今京都の観光大使を説明させて いただいてましてえ頃の前と今と比べまし てあのちょっと違いがあるんですよねで これはあのま今ねあのあの大阪駅も京都駅 もあのディズニーランドみたいに外国人の 人いっぱい来てますがあの来てる人の種類 がちょっと変わってきてんなと思いますで これはですねあの大物がすごい来てると 思います最近でえやっぱこのいろんな世界 情勢の中でもちろん円安ということもある んですが日本というのはいい意味で あんまり色がないというかですねでえです からみんな来やすいっていうそういう今 世界の立ち位置になってるんじゃないかと いう思うんですねでえ先日6月でした けれどもあのGoogle のま全会長ですねエリクシュミットさんの 主催のあのま小さい国際会議を京都であっ てもう世界からトップリーダーだけを集め てくるとでマスコミにも一切出さないって いうまこういうこうあのえ方針で私はま 完全にあの地元枠で入れてもらったんだと 思うんですが70人ぐらいでこうやったん ですねでそん時に1つこうすごい大きな あのまあの話題が出ましてでこれがですね なぜ成長が必要なのかっていうこういう

話題だったんですねで20世紀はですねま フロンティアがぶわっとこう広がっていて 頑張れば手に入るってこういう時代でした でも今これだけね世界が小さくなり グローバル化しで主要な先進国はみんな 人口が減りでその中でこの成長を心出し たらですね単なる奪い合いになるわけです よえそれは果たしていいの かでえそのでやっぱりですねこの日本って のがこれからの世界のモデルになるんじゃ ないかっていうこう話をされていてえ つまり このま特に京都なんか特徴的ですけれども あの例えばですね京都はこう美食の町とし ても知られますが私の義理の父が料理人で あのそれこそ本当にこう京都の料理館の レジェンドだったんですがあのミシュラも 2つ干しもらってましたし弟子も100人 ぐらいいますしえその何人かがこう独立し て料理やってるんですねでえカウンター 10席ぐらいのまこう非常にいい料理屋が あってその私の義の父の弟子とそれから その弟子と女将さんとま3人でやってる店 なんですがでこういう店が例えばアメリカ にやったらどうなるか一瞬で買収されます ねで2号点3号点4号点でできてですね 儲かるんだけれどもえみんなは忙しくなっ てクオリティは下がってみんなハま幸せ じゃなくなるっていうまそういう将来が目 に見えてるんですよでもこの日本ま彼は ですねそんなこう商売の大きさ全然大きく ないけどますごいいい仕事をして常連さん もいらっしゃって叱るべき対価を上てです ねみんな幸せなそれでいいんですよでも彼 は成長してないかと言うとお仕事のなんて 言うかなえレストランの料理屋の規模は 大きくしてないですよそういう意味じゃは 成長してないけど自己検算してるんですよ ずっとちゃんとこの料理を磨いてですねで より良いものを提供しようということで こうずっとやってきたですからやっぱり このえ今まではこうサイズ大きするっての が美徳でしたけどそうじゃないやっぱり 自分自身を磨いていくんだっていうそう いうこう日本が昔から大事にしてきたこの 文化がですね今こうすごい注目されてる 思うんですからこれからのやっぱりこの 世界ではやっぱりそういうこうねえ自分を 磨くという自己検査をしていくさっきのね えねあの直士妊娠検証成仏じゃないです けどやっぱこう自分自身を見るというそこ ですよねまこれがやっぱりこう今後のキー ワードになるんじゃないかなという風には 私思っておりますですからまそういった 意味でもですねえこのま日本が昔からこう

続けてきたこの宗教前まそういったところ を改めてこう勉強するというのは非常に こう意義があると思いますしそしてさっき 言ったように私はこのもちろん前週のお坊 さんですけれども皆さんが今回ねえこう いろんなこの周波を学ばれるってのは私 すごい重要なことやなという風に思って ましてえ完全な宗教はありませんから それぞれのやっぱりこう役割というかね いいところがあって必要とされるべき時が あってでそれはどういうところなのかって のをですね学ばれるってのはまこの今の 時期に非常にこ叶ってるんじゃないかなと いう風に思いますですからま今日はね私 あの臨在集の担当ということであの臨在集 を中心にお話しさせていただきました けれどもまこれを気にですね皆さんもこの 日本の仏教の親しんでいただいてえそして え日日の生活にお役立てていただけたら いいんじゃないかなという風に思います はいではちょうどあと残り20分なりまし たのでえ私のお話はこれで終わらせて いただきまして最後20分弱なります けれどもあの皆さんからご質問があればお 受けさせていただきたいと思います長時間 ご清聴いただきましてどうもありがとう ございまし た

仏教初心者講座「一から学ぶ日本の仏教」2023 in大阪 -9月臨済宗・栄西
2023年9月26日(火)開催
講師:松山大耕 師(退蔵院 副住職)

公益財団法人仏教伝道協会
公式ホームページ:https://www.bdk.or.jp/
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