ミュージカルでつなぐ記憶 被災地の住民100人が参加〈宮城・東松島市〉 (23/03/06 19:50)
宮城県東松島市で震災で大きな被害を受けた地域の住民が参加したミュージカルが開かれました。寄せられた支援への感謝を伝えるとともに、記憶をつなぐこと、続けることをテーマにしています。
3月4日に行われたミュージカル「100通りのありがとう」。舞台に立つのは、東日本大震災で大きな被害を受けた東松島市や石巻市などの住民およそ110人です。
菅原節郎さん
「今は穏やかで波ひとつない青い海が2011年俺の家族を奪った」
このミュージカルは2012年に東京で第1回公演が行われ、ニューヨークなど海外でも披露されてきました。新型コロナの感染拡大による延期もあり、今年は4年ぶりの上演となります。
ミュージカルを手がけるのは作曲家で演出家の寺本建雄さん。演技経験はなくても、そこに住む人だからこそ表現できるものがあると考えています。
寺本建雄さん
「技術はないんですけれども、心とか思いはきちっと持っているので、本物なんですよね」
寺本さんが出演者に当時の経験や思いを聞き、セリフや歌に落とし込みました。その台本の最後、クライマックスに選んだのが3世代5人で参加する、東松島市の千葉さん一家です。
千葉友子さん:「停電で星ってこんなに明るいの」
寺本建雄さん:「だめだ、芝居くさいな」
出演を申し込んだのは千葉友子さん(64)。千葉さんは津波で自宅が被災しました。2019年に行われた公演に初めて参加した友子さん。今回は孫の新太くん(12)とそよかちゃん(9)、2人の母親の楓子さん(39)と友子さんの夫の康宏さん(65)を誘いました。
震災当時、生後9カ月だった新太くん。震災の記憶はありません。
千葉新太くん
「たくさんの人が亡くなっていることも分かるけれども、実際に起きたか分からないので人から聞いたり見たりしているだけで、知らない世界というか、分からないこと」
千葉友子さん
「このミュージカルは孫たちにとって、いろんなことを知ることができるし、この人たちが感じ取ったものを大きくなった時に、自分の子供たちや孫に伝えられたら」
楓子さんも震災後に東松島市へ移り住み、直接被災した経験はありません。参加することに葛藤もあったといいます。
千葉楓子さん
「震災が事実としてあったとしても、自分の心の中にちゃんと落ちていなかったとミュージカルの稽古をして感じていて。被災した方と時間を共有することで、自分が今まで見てこなかったものが少しずつ見えてくるような気がして」
半年近く稽古に通うことで感じた気持ちの変化…台本にも盛り込まれました。
そして迎えた、本番当日。およそ400の客席は満席になりました。出演者がセリフや歌で自身の経験や支援への感謝を伝える中、いよいよ新太くんの番です。
千葉新太くん
「僕の生まれる前、たくさんの支援を頂いたこと、何にも知りませんでした。なんかすごい!」
ミュージカルは千葉家が揃う終盤へと差し掛かりました。
千葉楓子さん
「去年8月からミュージカルのお稽古が始まり、台本を読み、参加者のお話を聞いて、今やっと何かに向き合えるような気がしています」
千葉友子さん
「良かった、誘って。私さ津波の夜、一番心に残ったこと。一番心に焼き付いているの。あの星空、満天の星空。目に焼き付いているの」
最後は拍手に包まれて2時間半にも及ぶ公演が終わりました。
千葉そよかちゃん
「少し失敗した所もあるけれども楽しかった」
千葉新太くん
「これから中学校に入るけれども、津波は本当にいろんな人を亡くす怖いものだから、早く逃げてほしいということを、みんなと話していきたいです」
千葉楓子さん
「(新太くんとそよかちゃんは)すごく頼もしかったです。子供も大人も本当に関係なく、ステージに上がるとびしっとね。『伝えて、つなげていく』というのが、こういうことなんだなと実感しました」
親から子、さらに孫へ。世代を超えて震災の記憶は受け継がれてゆきます。
