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【朗読】炎環 永井路子【小説】

7 Comments

  1. 大変聴きごたえがありました。素晴らしい朗読をありがとうございます。

  2. 古代社会に終止符を打ち、新しく中世の社会を開いた、鎌倉期という変革の時代を独自の史観で描いた、永井路子の第52回直木賞受賞作「炎環」について感想を述べてみたいと思います。

    私が大好きな作家の一人、永井路子の「炎環」は、古代と中世をわけた、大きな変革の時代である鎌倉時代初期の政権内部で生きた四人—–源頼朝の異母弟・今若(僧全成)、石橋山の合戦で頼朝の命を救った梶原景時、全成の妻・保子、頼朝の妻・北条政子の弟の北条四郎義時を中心に描いた、オムニバス形式の作品です。

    しかも、彼らが権勢の座をめぐって、陰湿な野心を抱くありさまを、骨肉の相剋図の中に捉えており、この四篇を通して、一つの時代相が浮かび上がるように描かれているのは、とても興味深いと思います。

    作者の永井路子は、この「炎環」のあとがきの中で「一台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引張ろうとするように、一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつの間にか流れが変えられてゆく—–そうした歴史というものを描くために一つの試みとして、こんな形をとってみました」と述べています。

    歴史の流れを創り出すものは、単にその頂点に位置する何人かの権力者だけではなく、その裏に隠された幾多の人間のドラマがあり、その矛盾相剋が全体としての歴史を形作るのではないかと思います。

    このことは、作者が愛読したと言われているシュテファン・ツヴァイクの影響もあるのでしょうが、それ以上に、戦中から戦後へかけて生き抜き、敗戦という歴史の大きな転換を、青春の中で体験した世代の人間としての実感に基づく、歴史認識なのではないかと思います。

    戦後、急速に開けた科学的な歴史観は、おそらく戦中世代の永井路子にも、歴史への強い関心を育て、特に古代と中世をわけた激動の時代、変革の時代である鎌倉期に対して、興味を抱いたことが「炎環」などの、この時代に材を取った多くの作品の執筆の理由なのではないかと思います。

    永井路子は、鎌倉幕府の公式記録である「吾妻鏡」を何度か読み返すうちに、いつか表紙がとれ、ぼろぼろになってしまったそうです。

    しかし、こうやって鎌倉期に分け入ってゆくにつれて、この時代が語りかけてくるものを、はっきりと聞き取れるようになったと言い、次のように述べています。

    「大きな変革の時代だ、ということは前から感じていた。私が小説にとりあげたのも、そこに興味を持ったからなのだが、その実態が『吾妻鏡』の中から浮かび上って来るに及んで、変革の大きさ、深さを改めて痛感させられた。もし日本に真の変革の時代とよべるものがあったとしたら、この時代を措いてないのではないか、という思いが、今は確信に近いものとなっている」。

    この「炎環」の中で、特に注目されるのは、公暁の実朝暗殺の黒幕を三浦義村だとしているあたりの、新しい見解だと思います。

    歴史家の石井進は、中央公論社版の「日本の歴史・鎌倉幕府」の中で、そのことを紹介し、その読みの確かさを認めていたほどでした。

    このような歴史解釈の新しさは、永井路子の現代感覚の現われであり、専門の歴史家からも注目される内容のものだったと思います。

    その後、永井路子は、さらにその見解を一歩進め、源頼朝挙兵の背後にある東国武士団の動きや、その政権下における主導権争いの様相にも、新しい光を当て、比企一族に見られる、乳母制度の果たした役割を見直す試みも行っています。

    この永井路子の独自で斬新な歴史認識は、歴史学会をも刺激し、それまでの通説の見直しを促すまでに、強い影響を与えたと言っても言い過ぎではないと思います。

  3. 永井路子氏の作品朗読ありがとうございます。若い頃は永井氏の作品貪るように読みました。三男出産のおりには「美貌の女帝」読んでました。国文科出身だけの文章力に感銘しておりました。嬉しく拝聴させていただきます

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