藤井 風のカバーアルバム『LOVE ALL COVER ALL』が、このたび紙ジャケット仕様で再発された。本作は2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』の初回盤CDに付属していたもので、長らくフィジカルでの入手が困難となっていた作品だ。今やグローバルに活躍する藤井の原点に触れることができる本作について、ライターのノイ村にレビューしてもらった。 *Mikiki編集部

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自分専用に〈再構築〉したカバーアルバム
藤井 風というアーティストについて深く知ろうとすれば、そう遅くないタイミングで、その活動のルーツが〈ピアノによる国内外の名曲のカバー〉であることに辿り着くはずだ。彼の公式YouTubeチャンネルを遡ると、最初に投稿された動画には当時12歳(まだ小学校を卒業する前)の藤井がコブクロの名曲“STAY”を無邪気にピアノで演奏する姿が映っている。以降も彼はJ-POPの人気曲から洋楽のヒットチューン、ジャズやクラシックの名曲に至るまで幅広い楽曲をカバーし続け、やがてそれは2019年に自身がアーティストとしてデビューするきっかけとなった。
ここで重要なのは、そうしたカバーが〈ただ上手い〉だけではなく、選曲やアレンジにおいてもユニークなセンスを発揮しているということだ。例えばB.B.クィーンズ“おどるポンポコリン”のカバーは、どこかやさぐれたまる子の姿を想起させるようなジャジーなアレンジで披露し、ビリー・アイリッシュ“bad guy”はあえて長調(メジャーキー)で演奏することで原曲の冷ややかなムードから一転、パワフルなパフォーマンスで曲そのものの秀逸さを表現してみせた。
元の楽曲に対して新たな視点をもたらすような藤井のカバーは、〈ただ名曲を上手く歌い弾くだけのアーティスト〉とは一線を画す、特別な才能を秘めた存在であることを証明していた。もう少し踏み込んで言えば、彼のそれは〈カバー〉というより、楽曲そのものを自分専用に〈再構築〉している、と言った方が適切かもしれない。
今回単独でリイシューされた『LOVE ALL COVER ALL』においても、そのスタンスはしっかりと貫かれている。ピアノ、歌、コーラスのみで構成された本作は、ミュージシャンとしての彼の魅力や才能がオリジナル曲とは異なる形で凝縮された作品であると言えるだろう。
ボビー・ヘブとアリアナ・グランデの楽曲に共通するもの
アルバムの1曲目を飾るのは、ボビー・ヘブが1966年に発表した“Sunny”のカバー。1960年代のR&B/ソウルシーンを代表するスタンダードナンバーだが、原曲の軽やかな歌唱に対して、藤井は冒頭から情感たっぷりに歌い上げ、元の曲にはないナインスのコード使いも相まって重厚で切ない仕上がりとなっている。
少し意外なアレンジのようにも感じられるが、原曲は1963年、ジョン・F・ケネディが暗殺された翌日にボビーの兄が何者かに刺殺されるという悲劇を受けて書かれたものであり、当時失意の底にあった自らを救う目的で制作された背景を持つ。藤井のカバーは、そうした原曲が内包している感情やストーリーを最小限のアレンジで巧みに浮かび上がらせているように思う。
続くアリアナ・グランデ“no tears left to cry”は、彼女が2018年にリリースした楽曲だ。メリハリの効いたビートと力強い歌唱、〈So, I’m pickin’ it up, pickin’ it up/I’m lovin’, I’m livin’, I’m pickin’ it up〉に象徴されるキャッチーなフレーズが彩る原曲に対して、藤井のカバーでは丁寧に構築された冒頭のハーモニーや、どこか祈りを想起させるような歌声が強く印象に残る。
この曲も“Sunny”同様、ネガティブな出来事をポジティブに昇華させた楽曲(アリアナのマンチェスター公演中に起きた爆破テロ事件以降、彼女が初めてリリースした曲)であり、藤井はそうした背景も理解した上で、原曲に込められた繊細な感情を汲み取りながらカバーしているように感じられる。
“Sunny”と“no tears left to cry”の間には半世紀以上もの時間の隔たりがあるが、曲の生まれた背景に共通点を見出すことができ、だからこそ並べて収録しているのかもしれない。自身の人生を大きく揺るがすほどのネガティブな出来事に対して、アーティストたちはどのように向き合い、作品へと落とし込んだのか。そうした楽曲の作り手の〈思い〉と徹底的に向き合うことで、藤井は表現者として成長してきたのではないだろうか。
