(CNN) 中国では毎年、春節(旧正月)になると、各ブランドが干支(えと)にちなんで、縁起がいい赤のアイテムを売り出す。今年、特に目を引いた商品は「アディダス・チャイナトラックトップ」だ。
はっきりと春節のシーズン向けに発売されたわけではないものの、上海ファッションウィークで最新バージョンが発表されてからここ数カ月、TikTok(ティックトック)やインスタグラムでは通称「春節」ジャケット、あるいは「唐」のジャケットとして注目を集めてきた。
当初は中国限定だったが、やがて少数のアジア市場で販売され、さらに今月欧州で買えるようになると、Z世代の間で一躍、入手困難な人気商品となった。この現象が象徴するのは、若者たちの間で中国関連のありとあらゆるものを取り入れる動きが広まっているという傾向だ。
ジャケットは通称が示す通り、清王朝にさかのぼる伝統的な服装、「唐装」(タンジュワン)に似ている。唐装の元になったのは、17世紀半ばの騎馬民族が着ていた「馬褂」(マーグア)だ。この二つの間には、ひもで組んだ装飾的な留め具など、デザインの細部にいくつか重要な共通点がある。留め具は英語で「フロッグボタン」、中国語で「盤扣」(パンコウ)と呼ばれる。「マンダリンカラー」という立ち襟も共通している。
「視点:父親がたった今、中国から帰ってきた」と題した動画では、男性がスーツケースからアディダスのジャケットを取り出して、家族に配っている。閲覧数は260万回を超えた。若い女性が濃いグレーのタイプを着て通りを歩く場面の動画は、TikTokとインスタグラムで100万回超の閲覧数を記録した。「バズっているこのジャケットのために中国へ飛んだ。ほんとに行ったかいがあった」というコメントが添えられている。
CNNはこのジャケットを探して中国のいくつかの主要都市にあるアディダスの店舗に問い合わせたが、返ってきたのは完売、あるいは一部の色しかないという答えだった。「ストックX」のようなオンライン再販サイトでの価格は、今や400ドル(約6万2000円)にも上っている。
アディダスが中国の美意識を取り入れたのはこれが初めてではない。そして最新のジャケットがヒットしたのは、話題性と希少性による昔ながらの方程式のおかげばかりではない。ジャケットはアイデンティティーとインターネット文化、さらには地政学が交差する興味深い場所に、ちょうど着地したのだ。

上海ファッションウィークでアディダスの「チャイナトラックトップ」を着用したモデル=2025年10月16日/Courtesy Adidas
中国の若者の間では近年、「新中式」のトレンドが支持されてきた。伝統的なデザインを現代風にしたスタイルで、着る人が自分自身の民族的、文化的アイデンティティーへの自信を深めていることをうかがわせる。中国で大きな収益を上げている数々のネット通販サイトは、新中式という用語を売り込みの手段に使ってきた。これが街中にも反映されて、馬面裙(マミアン・スカート)のような伝統衣装の現代版をよく見かけるようになった。その一方でここ10年あまりの間に、楊桂東(サミュエル・グイ・ヤン)氏のような中国人デザイナーが自らのデザインに「中国らしさ」を巧みに織り込ませ、たびたび絶妙な効果を上げてきた。
英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザイン史を研究するサラ・チェアン氏によると、アディダスのジャケットは「新中式が広がり続け、現代中国のアイデンティティーをファッションでどう表現したらいいかという長年の問いかけと答えが行き交うなかで」登場した。同氏はさらに、ジャケットのデザインが「お決まりの竜のモチーフ」に代わる目新しい選択肢を提供していると説明。唐装に似ていることで、侵略や中国神話のイメージを遠ざけ、わずかながら中国の伝統的な思想、学問や、太極拳のようにむしろ内面のバランスを整える実践活動に寄せる効果があると指摘した。
アディダスによると、ジャケットは上海のデザインチームが中国の顧客向けに考案した。中国国内で、国内市場に向けてデザインするという幅広い戦略の一環だという。同社はまた、グイ・ヤン氏をはじめとする中国人デザイナーに加え、カナダ生まれの香港人俳優で歌手の陳冠希(エディソン・チェン)氏らのようなスターとの春節コラボを試みてきた。こうしたローカライゼーション(現地化)の取り組みによる成果は、販売実績に表れている。同社の発表によると、中国での収益は24年に10%増加。22年に中国での売り上げが36%落ちてから、大きな転換を果たした。

上海ファッションウィークでのアディダスのランウェー。アディダスはこの3年間、「現地のマインドを持つグローバルブランド」になるべく取り組んできたという/Courtesy Adidas
だがジャケットのターゲット層がだれであれ、いかにも中国らしいその美意識は世界中を魅了した。ちょうど同じころ、ネット上では「チャイナ」に「最大化する」という意味の「マックス」を組み合わせた「チャイナ・マキシング」というトレンドの一環として、「You met me at a very Chinese time in my life」(あなたが私に出会ったのは、私の人生のなかでとても中国的な時期)をキャッチフレーズとするミームが流行。Z世代の若者たちが中国の文化、食、健康法や技術のさまざまな要素をたたえる動画を投稿した。この現象は、世界における中国の立場が強まり、それに続いて価値観や文化に基づくソフトパワーも上がる一方で、超大国としての米国の不安定化や衰退が目立つことへの失望を反映していると思われる。
上海にクリエイティブ、PR、ブランドコンサルティング企業「ボー・プロジェクト」を設立したチウ・ボーハン氏は、「今の欧米で『中国人になろう』がトレンドになり、中国や中国文化のイメージが全体に良いほうへ転じているという、ちょうどいいタイミングでジャケットが登場した」と語る。「ジャケットはこの流れを束ねる『完璧なよろい』、あるいはファッションアイテムだ」

ランウェーの他の装いでは、ペプラムジャケットやカーディガンに中国のデザインの要素を取り入れていた/Courtesy Adidas
SNSには、海外在住のアジア人の間でこのジャケットがいかにもてはやされているか、その人気ぶりを揶揄(やゆ)する書き込みも相次いだ。TikTokに投稿されたユーモア動画では、トロントに住むコンテンツクリエイターのクリス・ゾウさんがジャケットのワインカラー版を着て登場し、3枚買ったと話している。中国に行ってみてわかったのは「このジャケットを買ったり、着て歩いたりしている人はみんな中国人でなく、シンガポール人、マレーシア人、アメリカ人、オーストラリア人だ」ということだったと振り返る。
現地の人々に「このジャケットを着ていると外国人に見えるか」と尋ねたところ、「うーん。ただちょっと、自分のルーツとのつながりを必死に取り戻そうとしている在外中国人のように見えるかな」という答えが返ってきた。
このほか、インスタグラム上で拡散し、40万回あまり閲覧された寸劇では、俳優のサム・リー氏とクエンティン・グエン・ドゥイ氏がそれぞれ若いアジア系米国人に扮(ふん)し、「自分たちのルーツとのつながりを取り戻す」ためにアジアへ旅立つ。ロケ地の台北ではアディダスのどの店舗へ行ってもジャケットが売り切れていたため、友人から借りるしかなかった。2人がしゃがみ込んでたばこを吸い、通行人に中国語の「ニーハオ」、英語の「ハウディ」というあいさつを合わせて「ニーハウディ」と声をかけながら、現地の文化を開拓しようと珍道中を続ける話だ。
グエン・ドゥイ氏はCNNとのインタビューで、ジャケットは欠かせない小道具だったと強調。「アジア系米国人は年を追うごとに、もっとアジア人らしくなろうと、ある意味演出をこらしている。それを視覚的に表現するのに最適だ」と述べた。
中国系米国人のリー氏は、「(カリフォルニア州)ベイエリアのサンマテオやサンフランシスコなり、ニューヨーク州北部なり、米国で育った(アジア人の)友人たちが開封動画を投稿し、カリフォルニアなまりで『やあみんな、この新しい、話題のマンダリン風ジャケットを見てみてよ』と話す姿を見た」のがきっかけだったと笑う。「色々な意味でとても米国人らしい人物が、アジアの文化を経験している、ただしアディダスを通して。そういう対立構造が面白いと思った」
グエン・ドゥイ氏によれば、ジョークはさておき、「だれもが知るブランド」が「中国のデザインを取り上げ、いたって王道の分かりやすいやり方で混ぜ込んだ」ために、国際的な関心を集めたとも考えられる。
チウ氏も同様の見方を示し、ジャケットを「もっと多くの人々が中国のスタイルを発見したいと思うような可能性を開くアイテム」と表現した。さらに、中国ではすでに一部のデザイナーが、伝統的なデザインを取り入れることだけにとどまらない「次の段階」へ動き出したとも語った。それは中国が受け継ぐ伝統だけでなく、哲学にも根ざした服をつくるという、より深いアプローチだ。
「パンコウ留めは『表面にひびを入れているだけ』だ」と、チウ氏は言う。
同氏はさらに、「中国のデザインと着こなしは長い歴史を持つため、まねできるものはいくらでもある。すべての王朝に、それぞれ異なったデザイン要素や技法、縫製がみられる」と語った。
