
日韓のみならず、欧米のトップアーティストにも楽曲を提供するトラックメイカー/プロデューサー、TOMOKO IDA。2023年には、Tainyのアルバム『DATA』収録の「obstáculo」を共同プロデュースし、日本人女性プロデューサーとして史上初となるグラミー賞ノミネート作品への参加を果たした。そんな彼女が、制作拠点を東京からLAへ移した理由とは。現地の制作環境や、日米のスタイルの違い、そして彼女が貫くトラックメイクの哲学に迫る。
Interview:Hashim Kotaro Bharoocha Photo:Akiko Bharoocha(except*) Text:Yuki Komukai
ルーツは1990年台のヒップホップ
TOMOKO IDAの自宅兼プライベートスタジオは、LAのダウンタウン・エリアにある。現在、東京から引っ越してきて約2年ほどになるという。
「制作で大きい音を出すので、コンクリートの物件を探していたんです。LAの建物は大体木造なんですけど、ダウンタウンにはコンクリートの物件が集中していたので、このエリアで10軒ほど内見してここに決めました」

TOMOKO IDAのプライベートスタジオ全景。響きやすい部屋のため、遮音や吸音に気をつけていたが、大きなベッドを入れた瞬間に音が締まったそうだ。「こっちに来てから、グラミーにノミネートされた方や受賞した方のお家に行くことがあるんですけど、結構意外だったのが、ものすごく普通というか、ゴージャスなものは何もなくて、意外にミニマルなんです。みなさん外のスタジオを使われるからかもしれませんが、うちのほうがしっかりセットしているな、と思いました」とTOMOKO IDA(*)
制作環境は白を基調とした開放的な空間だ。コンセプトを尋ねよう。
「ソングライターの方などが来たときに、晴れやかな気持ちになれるようにしたくて、リラックスできる空間作りを意識しました。圧迫感を減らすために、機材や家具は白で統一しています。ビューも気に入っているんですよ。ちょっと抜けていて、向こうのビルが見えるのが好きですね」

デスク周り。パソコンは、Apple MacBook Pro M4で、DAWはsteinberg Cubase。「初めて使ったDAWがCubaseです。ほかのDAWも触ってみましたが、やっぱり使いやすくて戻ってきてしまいます。こっちでCubaseを使っていると言うと驚かれて、“映画音楽を作っているんですか?”と聞かれるんですよ」とのこと。手前のMIDIキーボードは、Alesis Q49。移動が多いためなるべく物を少なくしたいそうで、シンプルさがよくて気に入っているという。

スピーカーはGenelec 8331Aを使用。エンジニアのmurozoからのアドバイスのもと、GLMでキャリブレーションをしている。音がフラットなのが気に入っている理由だという。ボーカル処理や、大まかな作業はスピーカーで行い、オートメーションなどのより細かい作業をする際はヘッドホンを使用するという

HermanMiller Custom Cosm Chair。LAに引っ越してきたときに腰を痛めたのをきっかけに、良いチェアを買おうと導入したという

写真奥に見えるオーディオインターフェースはApollo Twin X。日本でも海外でも、スタジオに導入されていることが多いため、互換性を考慮して導入しているそうだ。写真手前のヘッドホンは、Focal Listen Professional。「長時間付けていても、疲れないところが気に入ってます。東京にいるときはFocal Listenを使っていました。秋葉原で何個も聴きながらチェックした結果、私の耳にはFocalのヘッドホンが合っていると思ったんです」とのこと
TOMOKO IDAのルーツは、1990年代のヒップホップにあるが、ビートを作るようになってから憧れたのが、スウィズ・ビーツだ。「ドラムを聴けば、すぐに彼だと分かる」という唯一無二の個性に、リスペクトを抱いている。そんな彼女自身がトラックメイクをする上で大切にしているのは、“いろいろなジャンルの曲を作ること”だという。
「私の場合、ダンストラック(編注:アーティストのコンサートで、ダンスパフォーマンス部分に使用されるインストゥルメンタル楽曲)の制作を依頼されることが多かったんです。例えば、あるグループの13人分のトラックを一斉に作るとき、メンバーそれぞれ欲しいジャンルがバラバラなんですよ。90’sのヒップホップが欲しい人もいれば、トラップが欲しいという人もいます。“ファンクならクラップが大きい”といった、ジャンルごとの音作りの特徴やマナーは、ダンサーとのコラボレーションを通して学ぶことができました」
ダンストラックの制作は、こちらの記事で解説!
この業界で自分の立ち位置は“スーパーレア”
元々はDJとして活動していたというTOMOKO IDA。トラックメイカーを志した理由を尋ねよう。
「DJを3年ほどやっていましたが、もうすでにレジェンドの女性DJがいたんです。そこで、“私も何かのパイオニアになりたい”と思って始めたのがトラックメイクでした。当時女性のトラックメイカーって、ほとんどいなかったんです。トラックメイクを始める前から、ノトーリアス・B.I.G.やEPMD、ノーティー・バイ・ネイチャーなど、ニューヨークのヒップホップレジェンドの曲をよく聴いていました。2008年か2009年ごろに、ニューヨークに1年半ほど住んだこともあったし、そのくらいニューヨークが好きでした。人脈作りをめちゃくちゃ頑張っていましたね」
ニューヨークに愛着があるのにもかかわらず、今回はなぜLAを選んだのだろうか。
「本格的にアメリカで活動したいと思っていたときに、私が所属しているソニーミュージックパブリッシングのニューヨーク・オフィスで、“今アメリカで、本気で音楽をやりたいなら、LAしかないよ”って言われたんです。それでしばらくここで頑張ることにしました」

デスク左側に設置されたISOVOX ISOVOX 2。「ISOVOXを使うことで、遮音がしっかりできるので良かったです。そのままだと、“ボックスの中で歌っている感じの音”になってしまうので、ISOVOXの中に自分で吸音材を入れています」とのこと

デモ録りをする際に使用するというNeumann TLM 102。フラットなイメージがあり、コンパクトなので、別の地域でセッションをする際に持ち運びがしやすいという(*)
LAでの活動を通じ、すでにさまざまなアーティストとの出会いがあったというTOMOKO IDA。最近では知人を介してフィラデルフィア出身のラッパー、ティエラ・ワックと意気投合し、共作の話も進んでいるという。海外で自分自身を売り込んでいくために必要なことは何だろう? 彼女に尋ねてみる。
「私は女性で、なおかつアジア人。この業界では“スーパーレア”な存在なんです。だからこそ、どれだけ個性が出せるかが重要だと思っています。以前アトランタで行われたライティングキャンプに参加したとき、“ここで私がトラップを作っても、何の特徴も出せない”ということを実感しました。やっぱり私の場合は、インターナショナルなサウンドを前面出していく方が、みんな面白がってくれますね」
その背景には、日米の制作スタイルの違いも関係しているようだ。
「日本の場合、クライアントの持つイメージが明確で、それに合わせて楽曲を緻密に作り込んでいくことが多いです。アーティストの“カラー”が確立されているので、そこから外れたことはあまりできません。一方、こっち(アメリカ)では、“これをサンプリングして自由に作って”というようなプロジェクトや、レーベルからのリクエストが「バンガー(神曲)」とだけ書かれてるものなど、クリエイターの感性に委ねられる依頼が多いです。“かっこいいものさえ作れれば、それが正義”というような雰囲気がありますね」

現在は広告関連の仕事が多いため、今後はアーティストのプロジェクトを増やしたいというTOMOKO IDA。最後にアメリカでの活動を考えるトラックメイカーに向けてメッセージをいただいた。
「実際にLAに来てみて、私はすごく世界が広がりました。日本のトラックメイカーは、細やかな対応ができて、納期を守る真面目な方が多いと思うので、それがこっちでも大きな武器になると思うんですよね。あと、アメリカではInstagramから大きな仕事になることが多いです。私がTainyのアルバムに参加することになったのも、Instagramがきっかけなんですよ。SNSが名刺代わりになるので、自分の世界観をしっかりと打ち出すための“セルフ・ブランディング”が、本当に大事ですね」

Tainy『DATA』の「6×プラチナ認定のプラーク」と 「 グラミー賞ノミネート作品参加認定証」
ちょっと一息
音楽以外でハマっていることなんてないくらい、音楽ばっかりの生活ですね(笑)。趣味はコンサートに行くことですけど、それも音楽ですし。ライブって、心が広がる感じがするから、すごく好きなんです。前はクラブにめちゃめちゃ行ってたけど、今はコンサートを見て、世界観に浸るのが好きですね。
お気に入りのプラグイン
TOMOKO IDAお気に入りのプラグインを5つ紹介!

ドラム用のプラグインエフェクトPLUGINS THAT KNOCK KNOCK。LAに来てから友人のビートメイカーに教えてもらったそうで、簡単な操作なのにパンチを出すことができるため、キックやRoland TR-808の処理で活用しているという

サブベースを生成するシンセサイザーFuture Audio Workshop SubLab。「しっかりしたベースが欲しい人におすすめです。プロデューサーとのセッションの時に「SubLabある?」と聞くと、大体の人が持っていました」とのこと

ヒップホップの制作に特化したソフト音源Sauceware Audio Scorch。「ヒップホップ系のプロデューサーがよく使っているのを見ますが、面白い音が入っていて加工もしやすいのに、あまりメジャーなプラグインじゃないので使っています」とのこと

TOMOKO IDAがUltimateの年間プラン($199)に登録しているという、Roland Cloudの画面。「すべてのインストゥルメントやソフトウェアにアクセスできます。画面上のビンテージシンセも使いたい放題はやばいです」

ボーカル処理に使うEQプラグインのMIXLAND TIPSY。簡単にハイとローをカットでき、音質も好みのため、ボーカル処理に重宝しているという
Profile

【TOMOKO IDA|Profile】日米韓のトップ・アーティストに楽曲を提供しているトラック・メイカー/プロデューサー。Billboard Japanやオリコン・チャートで1位を獲得した作品が多数あり、2023年にはTainyのアルバム『DATA』の「obstáculo」を共同プロデュース。同アルバムは第66回グラミー賞ラテン部門の“最優秀アーバン・ミュージック・アルバム賞”にノミネートされ、日本人女性プロデューサーとして、初のグラミー賞ノミネート作品への参加を果たすこととなった。
Release
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