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AFP

掲載日

2025年12月31日

「パリの最後の女王」と称された伯爵夫人ジャクリーヌ・ド・リブは、ファッションデザイナーで実業家、ジェットセットの象徴的存在であり、特に米国でパリのエレガンスを体現する人物として知られたが、火曜日に96歳で死去したと、家族を代表して事務所が水曜日にAFPに明らかにした。

「パリの最後の女王」ことファッションデザイナーのジャクリーヌ・ド・リブが96歳で死去。1961年3月、ミラノにて。「パリの最後の女王」ことファッションデザイナーのジャクリーヌ・ド・リブが96歳で死去。1961年3月、ミラノにて。 – Farabola/Leemage / Bridgeman Images via AFP

ジャクリーヌ・ド・リブはスイスで死去したことを、アシスタントのステファニー・ムーリーがAFPに明らかにした。

イヴ・サンローランやヴァレンティノの友人で、文化支援者であり慈善家でもあった彼女は、2015年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で、彼女自身が保存してきた1962年にさかのぼる最古のものを含むオートクチュールおよびプレタポルテのアンサンブル約60点を紹介する展覧会によって顕彰された。

早くも1956年、ジャクリーヌ・ド・リブは国際ベストドレッサーリストに名を連ねた。1962年には同リストの「殿堂」入りを果たし、世界の著名なファッション写真家たちからも称賛を受けた。

1929年7月14日、ジャクリーヌ・ド・ラ・ボニニエール・ド・ボーモンとして生まれた彼女は、幼少期から自由を愛し、ファッションに情熱を注ぎ、19歳でのちに伯爵となる子爵エドゥアール・ド・リブ(1923〜2013)と結婚した。

1962年にはジャーナリズム、演劇、テレビ、インテリアデザインに次々と挑戦し、顧客でもあったイヴ・サンローランからの励ましに後押しされ、自らのクチュール・メゾンを立ち上げる意向を近しい人々に伝えた。

初のコレクションは国際メディアから絶賛を浴び、米国が瞬く間に最大の市場となった。彼女は1995年まで自らのクチュール・メゾンを率いたが、健康上の理由で活動を停止した。

2019年末には、夫とともに収集したコレクションがサザビーズ・フランスでオークションにかけられ、ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿による先買権の行使もあり、総額2,280万ユーロを記録した。

パリ(フランス)、2025年12月31日(AFP)

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