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もしもこの舟で 君の幸せ見つけたら
すぐに帰るから 僕のお嫁においで
この歌詞を聴いて、あなたはどんなことを思うだろう。
「君の幸せを見つけたら」や「僕のお嫁においで」というフレーズに“男性優位な結婚観”を感じ、反射的に違和感を覚えてしまう人も少なくないだろう。
現代のポリティカルコレクトネスのフィルターを通したら、このような曲の発表自体、許されないことだったかもしれない。
しかし、この曲は60年前の日本のヒット曲だ。1966年にリリースされた「お嫁においで」は、現在にも続く加山雄三の代表曲の一つである。
たった半世紀少しで、私たちの価値観は180度変わってしまったようだ。“今”を生きていると忘れてしまうが、歴史上、現代の感覚のほうが稀なのだ。
日本人の価値観の変遷に興味を持った私は、その恰好の題材として楽曲に注目した。各年のトップソングは、その時代を生きた人々の共感を集めたからヒットしたに違いない。その歌詞には、時代の世相が反映されているはずだ。
今回は、1968年から2024年までのおよそ60年間にわたる楽曲を調査し、日本人の価値観の変容を調べた結果を共有する。
調査について
調査対象楽曲は、1968年から2024年までの年間シングルトップ3の曲とする。
調査対象となる期間において、音楽の聴き方はCDからストリーミングへと大きく変化した。そのことを考慮して、年によって上位3曲の選出方法を変えた。
1968年から2003年の期間は、「オリコン年間シングルランキング」を用い、上位3曲を抽出した。1968年から調査を行なっているは、オリコンのランキングが1968年開始だからである。
2004年から2016年までは、楽曲のダウンロードが普及し始めた期間であり、CD売り上げとダウンロードを合わせて集計する機関がなかったため、AIによるスコアリング評価により上位3曲を選出した。
2017年以降は、複数指標(CD売上・ストリーミングなど)を統合した「Billboard Japan Hot 100 Year End | Charts」を採用し、各年の1〜3位をそのまま抽出した。
本調査は個人レベルのリサーチであり、学術論文のような厳密性はないことには留意いただきたい。調査対象は各年のトップ3曲だけであり、ここで示す結果は時代全体ではなく、ヒット曲という一側面から見た傾向にすぎない。
同様の先行研究には、博報堂生活総合研究所の、昭和から令和のヒット約4,100曲を歌詞分析した調査があり、合わせて参照いただきたい。
まずは時系列的に、どのような曲がヒットし、そこにどのような価値観の変化が表れているのか、見ていこう。
1960年代後半(1968~1969年):高度経済成長期の、陰影と新しい風
分析は、1968年にヒットした楽曲から始まる。当時の日本は高度経済成長の真っ只中。人々の生活が豊かになる一方で、都市化の進展による故郷への哀愁や、孤独感も漂っていた時期だろう。
別れることは つらいけど
仕方がないんだ 君のため
別れに星影のワルツを 歌おう
千昌夫「星影のワルツ」(1968年)
そんな世相を反映するように、1968年のトップ曲、千昌夫の「星影のワルツ」は、離別の悲しみと未練をしっとりと歌った演歌だった。1969年には、港町を舞台に、女性の視点から分かれた男性への想いを歌う、森進一の「港町ブルース」がヒットした。“想いを寄せた人との別れ”という状況に、立場は変われど多くの人が共感したのかもしれない。いずれにせよ、変わりゆく社会状況を耐え忍んで乗り越えようとする、当時の人々の姿が見えてくる。
一方、由紀さおりの「夜明けのスキャット」(1969年)の、スキャットによる斬新な表現や“夜明け”というメッセージ、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1969年)の都会的な雰囲気など、新しい時代への憧れや静かなる高揚感が香り立つ楽曲も人気を集めていた。変化に対する不安と期待が、入り乱れた時代だったのかもしれない。
1970年代:多様化する、音楽ジャンルと人間像
1970年代に入ると、日本の音楽シーンは多様化していった。70年代前半は学生運動の余韻も残り、若者文化としてのフォークソングが台頭していた時代である。たとえば1973年の、ガロのフォークソング、「学生街の喫茶店」のヒットは、若者文化が大衆化されたこと、青春時代特有の儚くも美しい様相が多くの人にも共有されていたことを示している。
あなたのために 守り通した女の操
今更他人に ささげられないわ
あなたの 決してお邪魔は しないから
おそばに 置いてほしいのよ
お別れするより 死にたいわ 女だから
殿さまキングス「なみだの操」(1974年)
一方で、従来型の価値観を色濃く反映する演歌や歌謡曲も生まれている。殿さまキングスの「なみだの操」(1974年)では、“尽くす女”の健気さがテーマになっており、女性の献身愛や忍耐といった価値観が表現されている。この曲を歌った殿さまキングスが、男性グループであるのことも注目すべき点だろう。1973年の宮史郎とぴんからトリオの「女のねがい」や、1976年の都はるみの「北の宿から」などの歌詞からも、当時の女性像が浮き彫りになってくる。
私の胸の鍵を
こわして逃げて行った
あいつは何処にいるのか
盗んだ心返せ
あんちくしょうに逢ったら
今度はただでおかない
私の腕に抱えて
くちづけ攻めにあわせる
ピンク・レディー「ウォンテッド (指名手配)」(1977年)
しかし70年代後半になると、新たな女性像が提示されるようになる。ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」(1977年)や「ウォンテッド (指名手配)」(1977年)は、これまでとは異なる活発な女性像を打ち出しヒットしている。当時流行り出したアイドルグループの曲は、ディスコ調のビートに乗せた明るさが特徴で、高度経済成長を経た豊かさを享受する時代の空気感を、反映していたとも言えるだろう。
70年代は、従来の価値観と新しい価値観が交錯する、まさに潮目の時代だった。
1980年代:バブル期の、明と暗のバランス
1980年代は、日本がバブル経済に向かって突き進んだ時代であり、大衆音楽にも景気の良さと開放感が反映された。
ようこそここへ はしゃごうよパラダイス
心の傘ひらき
大人は見えない しゃかりきコロンブス
夢の島までは さがせない
ヒカルGENJI「パラダイス銀河」(1988年)
まず、この時代はアイドル歌謡曲の全盛期だ。松田聖子、中森明菜、近藤真彦、少年隊といったアイドルの曲がチャートを賑わせ、恋愛や青春を爽やかに歌い上げる曲が量産された。70年代までの現実的で生々しい表現から一転して、ロマンチックで夢見がちな世界観が支持を集めた。
実際、楽曲テンポの傾向も、60~70年代に比べて全体的に速くなっている。ディスコやダンスビートを取り入れた曲が増え、音楽全体がノリ良く軽快になっている。
Video: プリンセス プリンセス official YouTube channel / YouTube
80年代後半には、プリンセス プリンセスを代表とするバンドサウンドが支持を得始めた。こうした楽曲では、自由や自己実現がテーマとなり、従来見られた異性への愛憎に変わって、自分たちの生き方を歌にするトレンドが現れてくる。これは、現代にまで続く歌詞傾向の、大きな出発点とも言える。プリンセス プリンセスのヒット曲、「Diamonds」(1989年)の「好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ」は、まさにそうした価値観を表したフレーズだろう。
Video: Warner Music Japan / YouTube
何にこだわればいいの
愛の見えない時代の 恋人たちね
(中略)
ヒールを脱ぎ捨て 感じているのよ
夜の孤独な長さ
そう 多分 贅沢な悩み
中森明菜「DESIRE -情熱-」(1986年)
一方、80年代は明るい曲ばかりだったわけではない。
中森明菜の「DESIRE -情熱-」(1986年)では、愛に翻弄される女性像が描かれ、従来の演歌とは違う形での恋愛の哀愁が滲み出ている。安全地帯の「ワインレッドの心」(1983年)のように、複雑化した恋愛感情を歌った曲もある。こうした曲からは、経済的な豊かさを享受しつつも心の渇きを覚える人々の心理、すなわち物質的豊かさでは埋まらない心の問題が浮かび上がってきていることがうかがえる。バブル景気に沸く華やかな表の世界の影で、音楽はむしろ、現代にも通ずる内省的な側面も持ち合わせいた。
総じて80年代は、明と暗に分かれた時代であり、人々の価値観も享楽的な明るさと内面的な繊細さを併せ持つようになっていったのがわかる。
1990年代:J-POPの隆盛、自己実現と励まし
1990年台に入ると、日本はバブル崩壊を経験し経済停滞期に入る。しかし音楽業界は、空前のJ-POPブームとなっていた。CDのミリオンセラーが続出し始めたのもこの頃である。
Video: Bz / YouTube
風に揺れる心を抱えたまま
痺れるような眼差しをずっと忘れないで
浮気な町で君の足もとに転がる
儚い夢にどうかつまづかないように
B’z「BLOWIN」(1992年)
B’zの「BLOWIN’」(1992年)や「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」(1993年)は、激しいロックサウンドに乗せて、自分を貫き通すことの尊さを歌った。
Video: Mr.Children Official Channel / YouTube
近頃じゃ夕食の 話題でさえ仕事によごされていて
様々な角度から 物事を見ていたら
自分を見失ってた
入り組んでいる 関係の中で
いつも帳尻 合わせるけど
Ah 君は君のままに
静かな暮らしの中で
時には風に身を任せるのも
いいじゃない oh Miss. Yourself
Mr.Children「innocent world」(1994年)
同時に、Mr.Childrenの「innocent world」(1994年)や「名もなき詩」(1996年)、H Jungle with tの「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜」(1995年)は、長引く経済停滞や就職氷河期、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件といった社会不安の中で、人々の苦しみに寄り添い、時に勇気づけるメッセージも発信し続けた。
1990年代を総括すると、音楽の世界では多様性と自己表現が盛んに歌われ、日本人の価値観にも“自分らしさの追求”や“将来への夢”といったものが増えていったことがわかる。
同時に、長引く不況下で心に傷を負ったり不安を抱えたりする人も多く、音楽が世の中を元気づけた時代でもあった。
従来の歌詞に見られた“我慢の美徳”よりも、“自分の気持ちに正直になること”が推奨され、人々が過去ではなく未来を、集団規範より自分自身を、という方向に舵を切った時代でもあったようだ。
2000年代:個の尊重と、繋がりの再発見
2000年代は、IT革命やグローバル化で、社会が大きく変革した時代だ。インターネット経由の楽曲流通も定着し、ヒット曲の拡散経路も変わっていった。
音楽はさらなる多様化の時代へ向かい、J-POPだけでなく、R&Bやヒップホップ的要素を取り入れた楽曲の登場も見られる。宇多田ヒカルや浜崎あゆみを中心に、楽曲のテーマは自己表現や前向きなメッセージが一段と増えている。
その最たる例が、SMAPの「世界に一つだけの花」(2003年)のヒットだろう。「ナンバーワンではなくオンリーワン」というサビの歌詞で有名なように、一人ひとりの個性を肯定するメッセージソングだった。
この曲が広く国民に受け入れられていったことから、これまでの競争社会から、それぞれが自分らしくあることを重視する社会へと、時代の潮流が変化していっていたことがわかる。現在声高く叫ばれている“多様性”は、すでに2000年代初めに台頭してきていたのだ。
Video: TeichikuMusicChannel / YouTube
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
(中略)
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
秋川雅史「千の風になって」(2007年)
こうした個人化の一方で、“繋がり”をテーマとした曲も人気を集めた。亡き人との繋がりを歌った秋川雅史の「千の風になって」(2007年)、大切な人と巡り会えた奇跡を歌うGReeeeNの「キセキ」(2008年)、人との別れの切なさと感謝を歌ったケツメイシの「さくら」(2005年)など、繋がりから生まれる人間の普遍的な喜びや美しさが、続く災害や不況の中で再評価されている。
以上のように2000年代は、“個性の尊重”、“繋がりの重視”といったキーワードの価値観が広がり、人々は自分らしく生きることや大切な人との関係性を、ポジティブに捉えるようになっていったようだ。それまでタブー視されていた個人主義が肯定的に語られ、逆に好景気の中で忘れかけられていた人情や絆が再評価された時代とも言えるだろう。
2010年代:多様性の時代、感情表現の深化
2010年代は、インターネットとSNSの普及により、音楽体験が激変した時代だ。CDからストリーミングが主流となり、動画配信サイトからヒット曲が生まれることも珍しくなくなった。
Video: AKB48 / YouTube
2010年代前半の年間トップ曲は、AKB48が席巻している。「I want you! I need you! I love you!」と歌った「ヘビーローテーション」(2010年)は、これまでの自己表現を肯定する流れの中で、感情をストレートに表す現代感覚の極地とも言えるのかもしれない。
Video: Kenshi Yonezu 米津玄師 / YouTube
他方、米津玄師の「Lemon」(2018年)は、失った愛する人への未練を歌ったバラードで、複雑な感情をレモンの苦味にたとえた繊細な言葉で綴っている。興味深いのは、平成の終わりに再び“哀しみ”に光を当てた楽曲がヒットを記録したことだ。ただしそれは演歌のような耐える悲しみではなく、自分の悲しみを認めて抱きしめるような、新しい感情の捉え方だった。
Video: Official髭男dism / YouTube
こうした傾向は他の曲にも見られる。Official髭男dismの「Pretender」(2019年)は、叶わない恋に別れを告げる切ない曲だが、その中には“君の運命の人は僕じゃない”という客観視があり、自己犠牲とも違うクールな諦念が感じられる。これは現代的な関係性として“無理に執着しない”価値観の表れなのかもしれない。また、以前はこうした喪失のラブソングは、女性視点のものが多かったが、現在は男性歌手による、男女どちらの視点ともわからない歌詞が増えている点も興味深い。
2010年代は、多様性と、本音の時代だった。人々は自分の感情を率直に表現するようになり、喜びは思いきり明るく、悲しみは隠さず繊細に、といった具合に、感情の振れ幅が大きく深くなったことがうかがえる。多世代に共有された“規範”をベースとした歌詞よりも、歌手自身の“内的な声”が尊重されている。
2020年代前半:苦難への寄り添い、楽曲は新たな次元へ
最後に、現在進行中の現代のヒット曲を見てみよう。この時代の大きな出来事は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行であり、音楽にもその影響は明らかだ。
Video: Ayase / YOASOBI / YouTube
騒がしい日々に笑えない君に
思いつく限り眩しい明日を
開けない夜に落ちてゆく前に
僕の手を掴んでほら
YOASOBI「夜に駆ける」(2020年)
YOASOBIの「夜に駆ける」(2020年)はSNSを中心に爆発的なヒットとなったが、実は自殺をテーマに含む物語を下敷きにした楽曲だ。人々が感じる孤独や絶望感に寄り添うような曲がヒットしたことは、コロナ禍で先行きの見えない不安を抱えた人が多かったことと無関係ではないだろう。
Video: LiSA Official YouTube / YouTube
そのほか、2020年のLiSAの「紅蓮華」(2020年)も象徴的な楽曲だ。「紅蓮華」はアニメ『鬼滅の刃』の主題歌で、鬼と戦うという物語を背景に“強く前へ進む”メッセージ性を持った曲だ。「僕を連れて進め」、「誰かのために強くなれるなら」と歌うその姿勢は、苦難の時代にも仲間と共に立ち向かう現代的なヒーロー像を想起させ、コロナ禍で逆境にあった多くの人の胸を打った。
Video: Tani Yuuki / YouTube
重ねた手はね離さないでいて
ごめん、これそばに居たいだけだね
抱えた思いはお互い様でしょ
ほら、おあいこでしょ
すれ違い、間違いもあるし
筋書き通りにいかない打診 悲しみだって
半分こにしよう
別れじゃない希望
独りよがりにならないように いつも
Tani Yuuki「W / X / Y」(2022年)
昨今の楽曲の着眼点、歌詞の長さ、表現の複雑さを見れば、日本人の感性が大きく変化してきたことは一目瞭然だ。
Tani Yuukiの「W / X / Y」(2022年)は、若者を中心に人気を博したラブソングだ。しかし、そこで歌われる愛の形は従来のストレートな感情ではなく、互いに寄り添い助け合う中で徐々に形作られていく、まるで日本特有の“察する文化”を現代的な感性で再解釈したような内容だ。
Video: tuki.(16) / YouTube
tuki.による「晩餐歌」(2024年)は、10代の若者を中心にTikTokで広まり、大きな共感を呼んだ作品だ。スローテンポの静かな旋律の中に、非常に複雑な感情が吐き出すように歌われる。
Video: Ayase / YOASOBI / YouTube
YOASOBIの「アイドル」(2023年)は、SNS時代の”表と裏の顔”の問題にまで切り込んでいる。ここで描かれるのは、現代人の二面性であり、特にSNS時代において多くの人が抱える“見せる自己”と“本当の自己”の乖離を、アイドルに乗せて表出化させた。
これらの楽曲には、過去の歌詞にあったような“愛は素晴らしい”、“自分を信じろ”といった単純明快なメッセージとは対照的な、曖昧さや未完成な感情をそのまま肯定するような姿勢が感じ取れる。
ここには、人々の感情のさらなる複雑化、繊細化という、正解や理想が一元的ではなくなった現代性が反映されていると言ってもいいのかもしれない。2020年代前半の日本人は、“答えを求める時代”から“問いを共有する時代”へと歩み始めているように感じる。
現代の価値観が宿った歌詞には、個人を尊重しつつも孤立は望まず、ゆるやかに人と繋がって支え合いたい——そんなバランス感覚が宿っているのではないだろうか。
続く後編では、「人々の関心ごとがどう変化したか」、「性別役割がどう変化したか」、「テンポと社会状況の相関性」、「人々の感性がどう変化したか」の4つの観点から、日本人の価値観がどう変化したのか、本調査の結果の部分をまとめていく。
この60年で日本人に何が起きたのか。ぜひ、後編で確かめてもらいたい。
【後編】60年で別人になった日本人——ヒットソングから読み取る、私たちの何が変わったか
Source: オリコン年間シングルランキング, Billboard Japan Hot 100 Year End | Charts, 博報堂生活総合研究所
