アイドルの表現が劇的な多様化を遂げた2010年前後──いわゆる「アイドル戦国時代」と呼ばれた頃よりも、実は現在の方が断然多くのアイドルグループが生まれては消える、新陳代謝の激しい時代となっています。

あまりにも膨大な数のアイドルたち。その多くは記録に刻まれることもなく、人々の記憶からも少しずつこぼれ落ちてしまうことも少なくはありません。

私にできることは、後世に一つでも多くのアイドルの軌跡を残すこと。そして、一人でも多くの読者にこの文章を届け、この世界にはまだ見ぬ面白い表現が溢れていると知ってもらうことです。

今回の記事では、可能な限り直近に誕生したアイドルグループを中心に2025年のリリースを振り返っています。これからも広がり続けるであろうアイドルという表現の可能性の一端を、ぜひご覧ください。

『河原町ハイドアウト』(AL)/0番線と夜明け前

「孤独な夜が明けるまで、あなたと同じ世界線に」をコンセプトに、オルタナティブ・ロック、シューゲーザーと呼ばれるジャンルの音楽を中心にリリースする京都の0番線と夜明け前。

このグループは運営も含め、振付や作詞、その他ディレクションまでアイドル自らが担当するセルフプロデュースであることでも注目されています。とはいえ、そのようなグループを褒めるときの典型的な文句である“DIY感”というものはあまり感じることはなく、細部に至るまで高クオリティーで洗練されたクリエイティブが印象的です。

1stアルバムとなった『河原町ハイドアウト』は作曲者陣が非常に豪華で、デビュー当初からBlume popoの横田檀さんが楽曲提供を行っていることで局所的に話題に。その後も17歳とベルリンの壁のYusei Tsurutaさん、管梓(元夏bot)さんらと協力し、オルタナファンの夢のような座組を実現させてきました。

Yusei Tsurutaさん作曲のシューゲーザー楽曲「閃光」の《きっと そう正しいだけではフィクションでしょ》という歌詞は、アンビバレントな感情を生み出しやすい地下アイドル界隈を象徴するかのような一節。

また、シングルとして同時にリリースされた管梓さんの「ブラックアウト未満」と連続で聴くことによって生まれる、「白」と「黒」の明滅の印象が、グループのキャラクターを定義付けるものとなっています。

なお、メンバーのひとりで運営の中心人物である夜乃マユミさんは、雑誌『BRUTUS』のアイドル特集にプレイリストを寄稿していました。これからより注目されていくこと間違いなしのアイドルです。

『サイケそのあとに/すんごいあいのうた』(SG)/惑星通信社

あらゆる音楽ジャンルをアイドルソングに持ち込み、“アイドル”というフォーマットの可能性を拡大させてきた、東京アンダーグラウンドアイドルレーベル・TRASH-UP!! RECORDS。

誰よりも自由であることを重視するこのレーベルは、今年で10周年を迎えました。そして、今現在“来るところまで来てしまった”と言われても仕方がないアイドルユニット・惑星通信社が新高円寺を中心にぶいぶい言わせています。

「新高円寺文化集団」「噂の学級崩壊アイドル」というキャッチコピーに負けない、自由奔放でパワフルでユルすぎるパフォーマンスを誇示。見るものをドン引きさせ、帰宅を誘発させます(実際に「ちゃんとやれ」って言って帰った人がいる)。そんな中で生まれたオリジナルソングが、超直球ポップソング「サイケそのあとに」。

歌謡曲、渋谷系、J-POPを丁寧に貫き通す、誰にとっても聴き心地の良いギターポップの大傑作。明るい曲調でありながら「まだ暗い部屋の中で シャボン玉が割れただけ」という歌詞の、ポジティブさへの距離感が不思議な感覚を生み出します。

全ての他人を寄せ付けない存在でありながら、同時に全ての他人にも通用する確固たる“アイドルらしさ”も持った矛盾だらけの惑星通信社には欠かせない一曲です。

ハロウィンに『忍たま乱太郎』のコスプレをすると聞いたので、段ボールで忍術学園の門を作ってライブハウスに持って行った

また、メンバーの夢野くるさんが絵を担当したジャケットも超キュート。2026年2月13日(金)からは新宿眼科画廊で個展が開催されるので、全員行きましょう(外部リンク)。

2025年の私は惑星通信社に通い続け、惑星通信社という存在について考えていたらあっという間に1年が終わっていました。来年もよろしくお願いします。

『TCHOTCHKE』(EP)/YA’ABURNEE

「不謹慎で申し訳ナイです」というキャッチコピー、何者かにぶん殴られたかのような血糊メイク、ゴージャスな衣装に派手なメイク──完全に流行から外れ、下品さも隠すことなく堂々と見せつけてくるYA’ABURNEE。

ただ、この突き抜け存在だからこそ生み出せる“アイドルらしさ”への探求心は唯一無二です。

『TCHOTCHKE』には、変拍子が絡み合うマスロック、ブルータルなデスコア、中東風ポップス、ド直球なアイドルソングがみっちりと収録。EPというサイズ感に収まりきらないほどの情報量ですが、この“脈絡のなさ”だからこそ一貫したキャッチーなメロディーと歌声が際立ちます。

そして「TCHOTCHKE」という単語は、「安価な小間物、見かけ倒しのもの」という意味を持つもの。蔑称的な用法として「奔放な、あるいは愛人関係にある女性」「セクシーだが頭の悪い女」という意味でも使われます。

こう言い切ってしまうと失礼になってしまう気もするのですが、YA’ABURNEEというアイドルを表す言葉としてはピッタリな単語だと思います(そもそも人間なんてみんな見かけ倒しなので、そこを割り切ってからようやく生まれるものがあると信じているからこう言っています)。

アニメーション監督であるヤン・シュヴァンクマイエルや、アニメ『メイドインアビス』に影響を受けつつ、アイドル稼業のさ中、世界中を旅するYA’ABURNEEのプロデューサー・O-antさんの異常なセンスに注目。本記事で紹介するアイドルの中でも特にライブに行って観て欲しい存在です。

yam_nyam

タナカハルカ

武蔵野美術大学中退後、フリーのゲームライターとして執筆業を開始し、自身でもインディーゲームを開発。アイドルグループの運営スタッフやオーガナイザーとしても活動。2025年8月からKAI-YOUで編集/ライターとして従事。得意ジャンルは地下アイドル、インディーゲーム、モダンカートゥーンなど。著書に『海外ゲーム音楽ガイドブック ビデオゲームからたどる古今東西の音楽』(DU BOOKS)、『楽曲派アイドル・ガイドブック ももクロ以降のアイドルソング再考』(双葉社)がある。

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