日経サイエンス 2026年2月号
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ニューヨーク州ハドソンバレーでマーシュ(Lilly Marsh)は,米北東部産の繊維からスカーフやショール,その他の衣類を織っている。北米の現代的な手編みをテーマに博士号を取得した彼女の作品はどれも美しく,伝統的技法に裏打ちされているが,彼女の関心は製品を完成させることにとどまらない。2017年に天然繊維の生産者と地域の作り手をつなぐ,ハドソンバレー・テキスタイル・プロジェクト(HVTP)を共同設立し世界規模のファッション産業の支配から抜け出す道を探っている。
まず取り組んだ大きな問題は羊毛の扱いだった。牧場で羊から刈り取られた羊毛は油分を多く含んだままなので,これを洗い落とす必要がある。しかしニューヨーク州から最も近い洗浄施設は南に離れたノースカロライナ州にあり,受け入れ最低量が1000ポンド(450kg)だった。多くの小規模農家は年間でもその量に届かない。そこでHVTPは助成金や寄付金を利用し,少量の羊毛などの動物繊維を洗浄できる施設「クリーン・フリース」を地元に開設した。「多くの農家が中小ロットの羊毛を洗浄できるようになり,業界が大きく変わった」とマーシュは言う。いまでは地域の農家が靴下や帽子,手袋などを継続して生産・販売できるようになり,価格帯も大手ブランドの同等品とほぼ変わらない。(中略)
世界規模のファッション産業がもたらす悪影響を和らげようとする取り組みが広がっており,HVTPはそのひとつだ。ファッション産業では衣類や繊維製品を毎年大量生産し続けるために,世界中の何百万人もの低賃金の縫製労働者が安全とはいえない労働環境にさらされている。また地球の天然資源に与える負荷も大きい。年間の繊維生産はオリンピックサイズの水泳プール3700万杯以上の水を使い,綿花栽培だけで世界の耕作可能地の2.1%を使っている。世界の繊維製品のおよそ60%が化石燃料由来のプラスチックを含んでいるため,現在海に存在するマイクロプラスチックの1/3超は衣類から出たものと推定されている。
また,ファッション産業が排出する温室効果ガスの量は世界の総排出量の10%近い。これは航空業界と海運業界を合わせた量を上回る。衣料品の消費が現在のペースで増え続けると,2050年までに世界に許容される温室効果ガス排出の1/4超をファッション産業が出すことになるだろう。さらに,ほとんどの衣類が早々に廃棄され,ゴミ埋め立て地でメタンなどの温室効果ガスを放出することを考えると,状況はより深刻だ。
続きは2026年2月号の誌面でどうぞ。
著者
Jessica Hullinger
ロンドンを拠点とするフリーランス・ジャーナリストで,The Week誌の元編集者。
原題名
Fashion Forward(SCIENTIFIC AMERICAN July /August 2025)
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