fukunomo2024年5月号|喜多方市・ほまれ酒造 唐橋裕幸さんへインタビュー!
一緒に飲もうよ福の福の編集長の小さは ですえここからですね先ほどの倉見学に 続きましてえホマレスオのから社長に色々 とお話を伺っていきたいと思います よろしくお願いしますえまず最初に ちょっと伺いたいのがですねこう場所を ここからま変えてこの運営案という場所お 借りしてやってるんですけどもちょこの 場所のことについて教えていただいても いいですかはいえこの礼案というのはです ねえ元々ですね創業者の唐橋工作私の早 祖父なんですがの居住まお家だったんです ねここがちらの本当に売店側がですねま 本当に寝室ではいでここに廊下がずっと あって向こうに今があったんですけども もう子供の頃こら辺駆け回ってたという ところでえでこの部屋はですね1番この 梅屋の中でもこうま景色がいいかなという 滝の間とましそこにあうんますよねはいで ここで私の祖母がですねよく俳句とか単価 をですね作ってた場所ですねはいへえ すごいなんかこちょっとなんか洋風な感じ もありつつていうかそうですねそこはです ねまちょっとワイを接中という感じなん ですけども私がまサンフランシスコ私 ちょっと留学してた時がありましてその時 にナパバレてあのワインの名産地ですよね はいそこのワイナリーを色々巡ったんです が非常にそこのなんてですかねはいワイン ツーリズムそういうのに非常に感銘を受け ましてええちょっとそれに習ってこう作っ てみたいな思ってそうなですはい カウンターとかも若干こうねワイナリっ ぽいえ感じかなという風に思ってそ作らし ていただいたと思ですねはいでちょっと 居住をされてた頃からこう解放するように なってかなりその内装とかもそういうね はい元々こっちはえっと虹次工事の時に こっちで最初はここなくてですねはい元々 のその居住スペースってあったんですけど 最初は向このえいわゆる今とかあっちの方 がです最初にあの回送してうんあっちだけ で営業してたんですけどだんだんちょっと 人がこうえてというかですね観光県の方が 来るようになったんでじゃこっちもって いうことでこっちも何年か前ちょっと忘れ ましたけどもえ広げたという感じですかね うんこれちょっと今ねカメラこういう角度 で撮ってますけれどもこの私の右手側に 素敵な庭があるので後でちょっとこ写真を ねぜひ動画のどっかに挿入して紹介 いただきたいですけどもこ庭市の方が入ら れて手入れされてるかと思うんですけれど もすごいですよねにわか是非1回お越し いただきたいですけどま今ちょっと運営ア のお話があいましたけどちょクラの歴史も 少しってもいいですかはいえま我々は 1918年対象7年創業なんですが私の早 ソフ先ほども言いましたから工作がですね 元々あの米のト屋さんをやってたというふ に言われてますで米の東をやっててですね 坂倉にこうお米を下ろしてたんですがその 坂倉さんがこう立ち行かなくなったんで それをこう譲り受けたところから始まると いうことでサグとしてはねそんなにこう 古いという方ではないですよねまま105 年ぐらいしか経ってないんで北方でもま 新しい方のプラに入ると思いますうんうん うんえ4代目にそうですね私て4台目に なりますねはいへでも今やま北方で1番 大きいクで福島でもま12を争うような 規模ですけどその100年ちょっとの歴史 の中でなんかどんな歩みをされてこられた んですかそうですねまやっぱりあのその 当時からも創業当時からですね非常に北方 の周辺も坂倉が多い知でしたからその地元 で勝負するんではなくてどんどん関東の方 にですねあの出てったま地元をこう地元の 市場をこう脅かすんじゃなくてですね うんうんえということでえ関東の方に出て てでそこで結構こう成功したっていう風に 聞いてますねなるほどはいま北方って多分 日本で1番の坂倉さんとっては激戦みたい なあのすごい坂倉さんが10もあるんです よねで人口が3万5000人ぐらいでし たっけ今ね4万確か2000とか3000 人ぐらいだ4万人ね前後であの今回5月後 でえっと4月後では佐宗さん同じく北方の 坂倉さんねお届けいたしましたけどもうほ 本当に北方ってすごいんですよねだって 4万数千人の街で素晴らしい差額が10あ るってま坂倉ミ集代でったら日本でなか2 番目とかそのサが1番そん中で確かにまね あの地域の中で後発だともうすでに十分 行き渡っているという時にこうそうですね 関東の方にただ今その新天地っていう意味 ではあの海外にもかなりはいね輸出され てらっしゃると そうですねまままだまだだと思ってますが えそう私が帰ってきてからですねあのこの プラに入った時からまもう日本酒の需要 っていうのはですね日本日本の国内では かなりもうシュリンクしてきてるで人口も これからどんどんシリックしていく中で どうどうしなきゃいけないのかって言った 時にやっぱり海外に目を向けることが自由 だと思ってうんこの16年ぐらいですから ねかけてあの海外の解たっていうのやって きましたねうんうんいや あの今日たまたまお時間いただけたんです けどちょっと取材とか色々お願いしたいっ て言ったらいやちょっとその月はアメリカ にこう行く予定があってみたいなあ やっぱりそうやってこうご自身で向かわれ てるんだって思ったんですけどそうですね まあの毎年アメリカはですねまコロナ以外 の時は深海とかもありますしあと レストランをこう回ったりとかですね毎年 行くようにしてますねまそれでやっぱり 地元っというかもその現地のですねま同行 とかですねえま商品の同行とかま レストランの同行とかやっぱ自分の目で 見ることってのはすごく重要かなと思って ますねうんうんはいうんまカとればその 先ほど冒頭でもおっしゃいましたけどえ サンフランシスコに留学をされ てらっしゃったっていう何歳の時えっと ですこれ遅いんですよ僕26の時に アメリカに渡りましたねはい1回じゃあお 務めされた後そうですね大学卒業した後ね あのメルシンっていうあのワインとかま焼 とか売ってる会だったんですけどそこで 営業やってましてまでもアメリカに行くっ てのはもう僕大学の時からの夢だったんで それを叶えられるとしてのはもう26だと ギリギリかなと思ってすいませんやめさせ ていただきますということでうん会に渡り ましたでねそのナパバレーとの出会いとか がそこではいあったってことですけど結構 その将来的にはこのほまれさんを継いで その輸出をするぞって意識もあって アメリカ行かれたりもしたんですかまそう ですねそれもあのありましたけども やっぱり最初はですねもう本当に民反なん でまうんあのアメリカというその青い空が こ抜けるようなま最初僕はエ行ったんです けどもはいあとは全てのもう広大さ広さ 大きさに圧倒されましたねでそこで やっぱり英語を喋ってる人を見るとかっこ いいなと思って英語が喋れるようになり たいいうのがまあ大きなきっかけですねで やぱねあの英語お話されてるところ私見た ことはないですけどまそういうごけもある から今輸出の交渉とかもご自身で全部でき てしまうんですかそうですねはいえ向こう でまあある程度のあの相談っていうのはま こなせてる状態かなという思いますねうん それやっぱ強いっすよねやっぱその自分の 言葉で自分のところの商品の魅力伝えられ るってなかなか他の坂倉さんがやりたくて もできないところじゃないですかそうです ねあとねな何が良かったかっていうとね やっぱりその物おじしないうんおあのその マインドをですね非常に植えつけられたか なという風に思まやっぱり言葉通じない ところでどんだけ恥を書いてても何として も伝えなきゃいけないっていうあは やっっぱりはい海外の例えば南米の子とか ねそういった人たちのねマインドってのは 強いんですよねでそういう人たちにこう 負けないようにしなきゃいけないっていう ところであの色々学ばさせていただいたな という思いますねあ結構26にしてなん ですかそのコミュニケーションの仕方と 大きく変わったりもそうですねあのもう 本当にもうチャレンジチャレンジっていう 精神はですねその時はなかったですけど やっぱり帰ってきて帰ってきたというか そのその留学時代の経験でですね非常に身 についたかなていう思いますねなぜこの 会社があるんですかそれはですね安らぎと 喜びそして感動を与えるために我々の会社 はあるとおいうことを皆さんにあの知って もらうとはい安らぎと喜びそして感動感動 与えはいなぜお酒を飲むのかやっぱり皆 さんはそこに安らぎを求めうんでも喜び うんでそれを飲むことによって友達とか 家族と飲むことによって喜びをそこに感じ ていただけるうんそのだから飲むんじゃ ないのかなお酒をそれはそして我々はそこ に感動を与えるそしたら最高の会でうんだ よねっていうことでそういう謝をはい作り ましたお酒は元々お好きなんですかそう ですね結構飲みますねはい飲んでましたね 若い頃はも本当飲んでましたねえうんそれ やっぱこうカシとってお酒ってこう安らぎ 喜びにつがるものっていうそうですね私は やっぱり友達とですねまいろんな話をし ながら本当に飲むのが大好きでしたねへえ だから大学の時はよく飲みきましたね なんかそういうお話て我々ま福のもですね がま福島の酒を通してこう豊かさを全国に 届けるっていうのは今以上にしてるんです けどもだからやっぱ豊かな時間を作るのが お酒でまそれがその安らぎだったり喜び だったりあると思うんですけど我々は最近 でもその豊かな時間作るっていうのであと は驚き発見をもたらしたいっていう結構 思っていてうんうん似てますねなんかね 最近服のも長く続けてるお客様20人 ぐらいにロングインタビューさせて いただいたんですよはいでどういう シチュエーションで飲まれてるのかとか 飲んでてどういう気持ちになるのかとか 聞いてでまその福島の人と繋がり感じたり とか色々言ったんですけど結構なんか発見 があるんだって方が多くてうんうんうん それやっぱこうおつまみを一緒に送るから てもあるんですけどやっぱこの後一緒に やらせてもらいますけどはいあこれ合うね とかままずお酒単体でも面白いうんうん うんおこういうお酒かでちょっと温度変え てこれ倒したらあ面白いみたいなで うんうんうんそれをまた誰かと一緒に体験 すると うんうんはいはいなんかそういうのはそう 豊かな時間だなと思ってそれ増やしたいっ ていうなるほど彼さもね服のも会員やって ます毎月本当にもういろんなあの僕僕は 1万円の会会ああプレミアム会員て いただいてありがとうございますいろんな おチョコとかですね多感のおチとか いろんなものが僕の部屋にいっぱいにな ちゃっ大ですよこれ実は表に出しない情報 なんですけどあでも大丈夫なんですけど あのプレミアム会員の方にはプラス1お酒 がつくんですが実はおまけを毎回つけて ですねこれ約束してないんですけど坂倉 さんによかったらなんかおまけとかつけれ ないですかねて言うとあのほぼ必ずそそう おちとかお巻けをくださってそれはたまっ てうんうんはいそうなんですよねそれ大事 にしてくださってはい大ごちょっと話を このお酒の方に戻しましてえ今回はいはい え皆様にお送りする北方テロワール エピソード1ちょっとこのお酒どんなお酒 が教えていただけますかはいこれはですね ま我々の北テロワールシリーズといって 新しいブランドでを出したもの第1弾です ねえ北方さんの山田にですねま山田って 言うともどうしても兵庫県なんですが北方 で山田作れないのっていうことをですね 農家の方にこうちょっと問いかけてうんで そしたらこうじゃあ作ってみるわていう ことで作っていただいてうんうんうん ようやく3年目でですねあの使えそうだ なっていう坂間になってきたんでじゃそれ 単体で1本作ってみようっていうことで 作ったのができたのがこのエピソード1な んですよねあ最初からエピソード23って 増やそうと考えてらっしゃったんですか それはそうですねあの頭の中ではあの北方 で作られてる境がやっぱりいくつかあるん でうんえそういったものをやっぱり エピソード化してくっていうのは非常にま 最初エピソード1とかエピソードドって いう名前ではなかったんですがうんえ たまたまですね私の子供が非常にスター ウォーズが大好きだっったんでうんうんそ でなんかエピソードドってかっこいいの ねっていうことでエピソード12ってこと でエピソードしてたんですがはいまその 山田最初山田式5050%でやってたん ですがやぱちょっと55ぐらいの方がま 価格時にもあのやりやすいかなっていう ことで55生前にさせていただいてうん 非常にあの出来もいいですしうんあの北方 さんの山田も捨てたもんじゃないなという 風に感じてますねうんうんうんうんこあの 山田西ってどちらかというと西側で作ら れることが多い坂でま福島だと夢なかとか 500万国とかそういう風な感じですけど 最近割と山田日を作るのさんそうですね あのどうしても奥手なんであの雪との戦い が最初あったんですよねただもうこれいい んだか悪いんのかそのやっぱり温暖化の 影響でなかなか雪がそんな降らなくなって きたんでこの山田式も作れちゃう状況が こうできてうんうんできてるのかなうん そうなんですよねなんかこう山田にの前線 がこう東側にこうちょっと移動してる みたいなはいはいなんかラベルも めちゃめちゃかっこいいんですけどはい えっとちょっとありがとうございます カメラ教てみますねこの形がこれは北方市 の形なんですよねそうですね はい実はデザインもから社長が携わっ てらっしゃるって伺ったんですがそうです もうこれはもう私が全面的にやりました もう色々悩んだんですが北方市のこの地図 をはい入れたらいいんじゃないのかなって ことでやってみたらですね結構なんかワイ ンっぽくて面白いなとかっこいいかなって いうことでうんあのやってみたら結構評判 も良くてですねはいで僕がこだわってるの はここなんですよねやっぱこはねちょっと デフォルメされてますがこれはもう北方と 北方の市民としてはもう外せないイデさん ですねはいそのイデさへの登山道これが 剣道でもあり謙虚でもあり教でもあると いうことでえ北方市がですねこの山小屋も 管理してますしいはいま我々としてはもう に我々水をこからいいてますしね非常に あのこだわったとこですねここがねはい うんあの結構地図上でここを入れない人も いると思うんですけどすっごい細いんで もう多分幅数メみた9ぐらいです9もう メーもいかないぐらいでこう続いてる ところなんですけどそこちょっとデフして 表現されてるますがだから90cmのこう 道てて東側も山形県なですはいで西側が 新潟です新潟になるっていうその県境で こうちょっと食い込んでるような人着を できるとですも3件をこうまにかけられる とああなるほどはい山形から新潟そうです 私毎年登ってんですよでもへえあれ山登り が好きなんですかいやあのそれだけです 山登りは毎年あはいお世話になってる山に こう参られるわけですねこれエピソード今 えっと5までですか並んでそうですね55 じゃなくてねあのこれ2が2つあるんです よ2が2つあこれあの前回の服のでお送り した2はい2がですねこの生とこれが パッチライズっていうのつけて2でも パスチャライズとただの2っていうのが あるではいそれで分けてますねで34って ですかはい34というとはいでまだまだ 続いていくそうですね今続けていくことで 今ちょっと色々へ練ってますということで え本日はえほさんにございましてえから 色々と上がってきましたありがとうござい ましたありがとうございましたえ通常で あればここでインタビューが終了なんです けれども実ちょっともう1つえあってです ね はい昨日うん何の日だったか時ですか5月 2あ27は僕の誕生日ですよはいはい ハッピーバースデー トユハッピー バースデーあありがとうございますバーう ごござますあすねはいハッピーバースデー トユありがとうございますありがとう ございます2月の27日でえはい51歳に なりましたはいおめでとうございますもう だんだんおおめでたくなくなっちゃいます ねこれからもちょっと是非お元気にはい はいありがとございお願いしあございます はいお案内いただきましたはいじゃあこの 後おビに釣りたいと思いますよろしくお 願いしますはい
【ディレクター / daiki films】
/ daiki.films.s
【編集者 / 車田 瑞生】
