池田瑛紗の個展『Wings:あひるの夢』が11月7日から神保町のNew Galleryで開催されている。乃木坂46の5期生でありながら、東京藝術大学にも在学中の池田にとって初の個展となる。

ギャラリーには彼女が日常を綴ったブログを題材に、絵画や写真、映像、インスタレーションなど、さまざまな手法で制作されたアート作品を展示。自分の世界観を率直に形にしたうえで、そのビジョンを鑑賞者と共有することを目指すという。

「アイドルの自分、そうでない自分がいる今しか出来ないこと」を展示に込めたという池田。彼女の表現のルーツから作品のコンセプトまで、作品づくりへの向き合い方を深掘りし、『Wings:あひるの夢』の魅力に迫る。

幼少期からものづくりに熱中。「変身願望」を胸に、アイドルと芸大生を両立

―池田さんが乃木坂46のメンバーと東京藝術大学の学生を両立するようになった経緯を教えてください。

池田瑛紗(以下、池田):大学浪人中に乃木坂のオーディションを受けて5期生になりました。その翌年に藝大から合格をもらいましたが、アイドルと大学生の両立はきっと大変だろうと悩みました。

そのとき乃木坂のスタッフさんに「大学のことは全力でサポートする」「アイドルと美術の道、それぞれからしか得られないものがあると思う」と声をかけていただいて。その言葉をきっかけに、両方とも続けていくことを決めました。

池田瑛紗
2022年2月1日、乃木坂46の5期生として加入。32ndシングルに収録されている5期生楽曲“心にもないこと”でセンターを務め、 33rdシングルでは、初の選抜入りを果たす。乃木坂46として活動する一方、東京藝術大学美術学部に在学し、日々美術の分野への研鑽に励む。2024年にリリースした37thシングルではジャケットアートワークの一部分のデザインも担当した。

―アイドルとアート、どちらも尊重されているんですね。藝大生としての日々はいかがですか?

池田:私のなかで大学は「ものをつくる機会をコンスタントに与えられる場」という認識です。もともとお尻を叩かれないと進められない性分なんですが、いざ手を動かし始めると楽しいし、やりがいがあります。いまは課題でかなり大きな立体をつくっています。

ただ「今日はこれを学びましょう」みたいな感じではないので、高校時代までの勉強とのギャップは大きいです。美術系の大学はこれまでの学び方と違うんだなと思いました。

―そもそも、なぜ美大進学を考えたのでしょう?

池田:もともと絵を描くことやものをつくることがすごく好きでした。個展に展示しているアルバムは、私が3歳のときに母が製本してくれたもので、当時の私が描いた絵や粘土でつくった作品を、母が1枚ずつ写真に収めてくれていたんです。

池田:そのアルバムを見返したとき、記憶にないほど小さい頃から私は何かをつくっていたんだなと実感しました。なので、もう高校生の頃には「美術しかないだろう」という気持ちでしたね。それで藝大を目指すことにしたんです。

―ちなみに、中高生の頃に影響を受けた作品には何がありますか?

池田:私は昔から漫画がすごく好きなんです。とくに『ベルサイユのばら』(池田理代子)が大好きでした。

一枚一枚の絵がイラストのようにきれいで、登場人物であるマリー・アントワネットの着ているドレスをひたすら模写していましたね。受験勉強まっただなかのときには、勉強部屋から私の鼻歌が聞こえてきたら勉強をほっぽり出して絵を描いているのがすぐにわかるので、母が私の頭をはたきに来ました(笑)。

―今回の個展にも自身のメモ用紙を使って制作したドレスが展示されています。ドレス模写に熱中していたことと、いまアイドルをやっていることにはつながりがありそうですね。

池田:そうですね、何かしらの変身願望はあったのかなと思います。

―いっぽうで、アイドル活動が池田さんのクリエイティブに影響を与えている部分はありますか?

池田:カメラマンさんがどのように私を写そうとしているのか、映像作品の監督さんが私にどう動いてほしいのか、そういうことは考えるようになりました。明確な指示がなくても、つくり手側の言葉にならないニュアンスをうまく汲み取るのが演者だなと思うようになったんです。もちろん、そう思っていても実際にできているかと言われると、すごく難しいのですが。

文字、絵画、映像、写真、立体。多様な手法で表現された「私」の視点

―本展のステートメントには「アイドルの自分、そうでない自分」「今しか出来ないこと」「自分の目に映った世界を誰かに伝えたい」といった思いが作品に込められていると書かれています。

池田:今回の展示では、映像作品(※)を真っ先につくろうと考えました。なるべく最新の自分の視点をファンのみなさんにお見せしたかったんです。

アイドルというのは限られた瞬間しかできないし、いま私の見ている世界を自分だけのものにしておくのがもったいないな、という想いがすごくあって。私がライブ会場で見ている世界を、どうにかしてみなさんと共有したかったんです。

※乃木坂46のライブ中、客席を回るトロッコから池田の視点で自ら撮影した映像を、湾曲した壁面に投影した没入型の映像インスタレーション作品

―個展の内容を見てみると、しっかりしたデッサンも飾られていますが、セルフポートレート作品やブログから抜粋した文言をプリントした生地、それこそ映像インスタレーションなど、さまざまな手法を駆使しているのが印象的です。

池田:それはやっぱり大学の教えの賜物ですね。藝大に入ってみたら予想と全然違っていて、教授のみなさんが「もっと好きにやればいいじゃん」と、こっちの思い込みをぶち壊してくれるんですよ(笑)。

一つの手法を使ったシリーズだけを見せるのも素敵だなと思ったんですが、せっかくなら「最初に全部やってしまえ」みたいな気持ちがあって。だからすごく欲張りましたね(笑)。

―個展のタイトル『Wings:あひるの夢』は、自身のブログに由来する言葉ということですが、池田さんにとってブログとはどのような位置付けなんですか?

池田:私がアイドルを始めた当初、すごく大切にしていたのがブログです。いまでこそ自分のInstagramを開設したり、メッセージサービスがあったりするのですが、グループへ加入したばかりの頃は11日に1回しか更新できないブログだけがファンの人との接点でした。そこでいかに自分を見せるかが勝負だと思って全力を注いでいたので、いまでもとても大切なものなんですよ。

―そんな自己表現の場でもあるブログの文言が、ギャラリー空間には散りばめられています。生地もそうだし、床や壁には手書きのポエム。言葉を美術作品として展開するのに苦労した点はありますか?

池田:どうしても文章を主体とする展示にしたい気持ちがあったので、いろんなところで言葉が見えるように意識しました。絵画や写真、映像と同じように、文字も視覚表現として重要なモチーフだったんです。

私は本を読むのが好きなんですが、書籍とはまた違う文字の見せ方をすごく考えましたね。ブログの世界をいろいろなかたちに昇華した展示のなかで、やっぱり文字をそのままドンと出したいという想いがあって。

―セルフポートレートのシリーズでは、まさにアイドルとしての自分自身が被写体になっています。

池田:きっかけは「いまの自分を表現したい」と思ったことで、展示しているのは直近に撮った写真になります。ブログは3年以上の積み重ねがあるし、デッサンは完成するまで時間がかかるから、どちらもリアルタイムとは言えません。でも、写真は一瞬を切り取るという要素が大きいので、私の「いま」を見せられると考えました。

モチーフに指定したのはアヒルと白鳥。どちらも水辺の鳥なので海岸で撮ろうとか、白い鳥なので使う色を抑えようとか、シチュエーションや衣装など、写真も自分でディレクションしています。

―展示方法としても、写真をただプリントするだけでなく、さまざまな工夫が凝らされていますよね。

池田:写真作品ではあるんですが、キャンバスに印刷したりアクリル板を重ねたり、さらにそのうえから模様を手描きしたりしています。そうやって若干の厚みを出すことで、薄型の立体作品のようになっているはずです。

ほかにもプリントした写真に直に絵や文字を描いたものがあるので、作品によってまた違う見え方になるのかなと思います。

自身の原点へさかのぼり、こだわり抜いた空間で見せる「アヒルの子」の世界観

―タイトルにもなっている「アヒル」や「Wings」には、どんなコンセプトが込められているのでしょう?

池田:個展のために過去のブログを読み返していたんですが、初期の頃に自分が周囲に抱いていた劣等感や焦燥感を「アヒルの子」にたとえているのを見つけて。「その気持ちはいまでもあるな」とすごく納得がいったので、「アヒルの子」をコンセプトに選びました。

なにより個展のメインビジュアルでもあるアヒルを抱えた写真を撮れてよかったです。本物のアヒルと触れ合って、自分の片目とアヒルの片目を重ねる。そのイメージを作品にするのが、実はずっと夢だったんですよ。「視点の共有」という意味も込められています。

『Wings:あひるの夢』メインビジュアル

―そんな想いを体現する展示として、とくに空間構成でこだわったところはありますか?

池田:来場者の方が私の好きな世界観に浸ってもらえるように意識しました。ギャラリーでは水のなかをイメージした音響を流していて、写真作品の青白い色味や、アヒルと白鳥のイメージともつながると思います。そういう空間全体としての統一感にはすごくこだわりましたね。

―また、ステートメントには「過去の自分への言葉であると同時に、ご覧いただく方が自身を見つめるきっかけになれば」ともありますね。

池田:自分が好きなものを知る機会って、誰にとってもすごく大切だと思うんです。今回の個展ではたくさんの方に助けていただいて、「私の好き」を思いきり表現できたと思っています。

それと同時に、やっぱりアイドルには「推す」「推される」という文化が必須ですよね。当然「推し」のなかには「好き」という気持ちが入っていると思います。その意味で、展示では「私はこんなふうに自分の好きがあるよ。あなたはどうですか?」と、来場者の方に問いかけているんです。

―個展に向けた作品制作を通して、池田さん自身に何か変化はありましたか?

池田:個展という空間を丸ごとプロデュースできる機会をいただき、「自分の好きってなんだろう?」と悩み抜きました。私はどういう世界観が好きなのか、何を表現できるのかと、自分の原点にあるものを見つめ直しました。そうやって少しずつ自分の原点を発見することができました。

―それでは最後に、アイドルのみならず表現者として、今後の目標はありますか?

池田:これからは自分の個性を見つけていきたいですね。いまはまだ乃木坂46や東京藝術大学という大きい名前に引っ張られている感覚があって。今回の個展ではやりたいこと全部を出しきることができたので、いまは「このなかで私がとくに好きなものはなんだろう?」と考え始めているところです。その「好き」をさらに進化させていけば、それが私の個性になっていくかもしれません。

イベント情報

池田瑛紗 初個展『Wings:あひるの夢』
2025年11月7日(金)~12月7日(日)
開館時間:12:00–20:00(最終入館 19:30)
会場:New Gallery
休日:会期中無休予定

プロフィール

池田瑛紗
(いけだ てれさ)

2022年2月1日、乃木坂46の5期生として加入。
32ndシングルに収録されている5期生楽曲“心にもないこと”でセンターを務め、 33rdシングルでは、初の選抜入りを果たす。乃木坂46として活動する一方、東京藝術大学美術学部に在学し、日々美術の分野への研鑽に励む。2024年にリリースした37thシングルではジャケットアートワークの一部分のデザインも担当した。

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