【再アップ】45歳のジレンマとは?宇宙飛行士・野口聡一が陥った“燃え尽き症候群”【悩める大人たちに贈る 47歳からのキャリア 】
宇宙飛行士としての日本人記録みたいなこ 、ま、全部全部塗り替えちゃったわけ。 一旦こう地上勤になって自分がやってきた ことは何で、え、自分がこの次何を目指す のか宇宙飛越しとしてのそのキャリアの 持ち上げ方と日本のその あの組織の中間管理職の1度とのその 折り合いがつかなかった自分を持ってない 人が実は多いということです。 自分を持ってないんじゃなくて 50 代ぐらいの人たちは僕から見てくると自己評価が低すぎる。自分に持ってるものがないっていうのがこうどんどんこう実肯定感が下がる理由なんですけど、 [音楽] あのそんなことはないですって。 [音楽] え、今回のゲストは宇宙飛行士の野口総一さんです。で、野口さんは最近こういう本を出されているんです。 宇宙飛行士野口総一の着陸哲学に学ぶ50 歳から始める定年前退職とま50 代になっている私にとってはとっても気に なる内容なんですけれども宇宙を見た野口 さんが考える定年ってどんなものなん でしょうか具体的に聞いていきたいと思い ます。え、さんどうします?この本書か れようと思ったんですか?そうですね。ま 、あの、私自身のこう経験として、ま、 あの、ま、宇宙飛越しとしてね、3回、ま 、宇宙に行って、で、それ自体はその プロフェッショナルのこうキャリアとして 十分満足はしてるんですけど、一方その、 え、最終的に自分のこう、ま、人生という かキャリアがこう、え、どういう形で、え 、区切りをつけようかと思った時に、え、 ちょうど、ま、あの、実際には55歳だっ たんですけども、え、3回目のフライト 終わったところで、じゃあそのもう1回 自分のやりたいこととか、え、できる ことっていうのに向き合って新しい ステージを始めようと思うと、その55歳 、私にとっては55歳が、ま、ちょうど いい時期だったんじゃないかと。 で、その前にこう考えてみると、やはりその日本の、ま、組織にね、え、いる時にこう悩んでいたこと、え、門々とした時期っていうのもやっぱりあったので、で、そういうの考えるとおそらく、ま、 [音楽] 50 代に差しかかる頃から自分のこう、ま、セカンドキャリアというか、この先に関して徐々に実際には考え始めていたんじゃないかなと。 ま、それが、ま、着陸哲学、自分のそのファーストキャリアの 終わらせ方と、じゃ、そっからまた第 2 段エンジンかあるいはこうサイド出発かわかんないですけど、そこに関して、え、考えようじゃないかと。 そういうことになってますね。 でも野口さんの経験っていうのはこれまでのキャリアってあの、いわゆる人類が うん。 なし得る最高というか、そして最も難しい厳しいことを成し遂げられたと思うんですよね。 そういったところからの次の人生っていうのはどういう風に描けましたか? そうですね、あの、ま、あの、そういう風に、え、言っていただいて、それはもう本当にありがたいことなんですけど、一方であの うん、 え、宇宙飛行士であっても、え、ま、すごいスポーツ選手であっても、え、あるいは、あの、こう 1 つの会社でね、こうずっとやってきて、ま、丁寧退職した方であっても、え、どういう立場でもやっぱりそのこう自分の中 のキャリアのこう、え、ま、盛り上げと あとはその徐々にこう、え、終わらせて いく時で実際に何かのタイミングでその キャリアが切り替わる瞬間の 感というか、その自分のそのこう寂しさ みたいなとか、え、じゃあそこからどう やって立ち直るのかって結構似てるんじゃ ないかと。 だ、宇宙飛行士であってもオリンピック選手であっても、え、同じようにその、え、状況は違いますしね。 [音楽] え、そうな、そこまでに至るけ、あの家庭っては違うんだけども、やはりそこであの新しくこうライフステージを変えようと思う時のそのこう転換の難しさと でその先に広がる世界に対する期待みたいなのは、え、会社員であってもあるいは主婦であってもね、多分同じであろうっていうのが 1つのこう切り口になってます。 そうですよね。 あの、私スポーツニュースも担当していたんですけれども、やはり多くの一流の選手たちが 引退した後に本当にこう、あの、自分と苦しい戦いをしているっていうのを見て、こんなにも、あの、現実というのは厳しいのかオリンピック選手もそうですし うん。 で、あの、ある専門家の方に聞いたら、やはり光が強ければ強いほどう、 やはり影は うん。うん。 深くなるっていう意味では、ま、宇宙をご覧になっていらっしゃったのに 1番感じられるかなと思うんですよね。 うん。うん。 そこの差というのはやっぱり厳しいものがあったんじゃないですか? そうですね。はい。 あの、ま、私のこう、ま、こういうね、あの、え、それぞれの人で、あの、こう状況とその、ま、光の量とね、影の深さってのは違うけども、でも横る問題が一緒っていうのは実は、あの、 え、東京大学でね、あの先生、あの、当治研究をやられているあの熊谷慎一次郎先生っていらっしゃるんですけど、あの、ご自身も農麻痺でもう大変苦労されながら、 え、ま、お医者さんになって、今、あの、当事者研究という分 やられてますけど、元々はその障害者の方 とかあるいは薬物遺とかあるいは、ま、 あの、こう、刑務省に行かれてそっから 戻ってきたような方とかの方に関して自分 自身が抱えてる問題っていうのをちゃんと 自分で見ていこうよっていうのが、ま、 当事者研究なんですけどで、その中でその 、え、まさしく今ね、さおっしゃって いただいたような宇宙飛行士こう、ま、 非常にこう目立つところから、え、落ちて いくで、ま、元々いたとこに戻るだけじゃ ないかって言ったらそうなんですけど、 やはで、そこで一度こう感じた光のこう楽 さっていうのは非常にこう厳しいものが あるなと。 で、え、同じその研究の中でオリンピック選手の方からも何人もお話伺っていて、ま、あの公開してるとこでは例えばあの女子カリングのね、あの吉田美さんもあの、 え、この研究でお話何度も伺っていてでやっぱり彼女もオリンピック子供の頃からずっとカーリングやってオリンピックに行って戻ってきてすぐにあの首になったりしてんですよね。戦力外みたいな。 で、やっぱりまだ 20 歳そこそこでね、そのいきなりその自分のキャリアを否定されてしまうっていうのは非常に、ま、彼女、え、辛いくても本当に放浪の旅に出てしまうんですけどね。 で、ま、そこからまた戻ってきてね、あの 、故郷の町で、え、ロコソラレーでね、 あの、ま、そっからの活躍はもう皆さん よく見てると思うんですけど、やっぱり そういうのを聞くとその光の量が、え、 大きければ大きい赤の光が当たるとこに 行ったからこそ感じるその楽さっっていう のはあると思いますよね。 さん、あの、実は、あの、最もその苦しんだのが 2回目以降3 回目に行くまでの間だったっていう話でしたけれども、これはどうしてそういうことが起きたんですか? そうですね。ま、あの、ま、1 回目の後で起きててもおかしくないと思うんですけど、ま、要はその、こう、非常に目立つというか、自分の中でこう目指すキャリアがあって、ま、宇宙、宇宙引越しになりたいと。 で、宇宙に鍛えた。で、宇宙でこう、ま、 え、ま、災害活動みたいにね、こう、非常 にこう華やかな仕事をしたいっていうのが やっぱり仕事、宇宙飛行士という仕事に ついた時点で持ってる夢だと思うわけです よ。目標だわけですよ。 で、それがこう、あの、え、叶ってしまった後にこうどうするなと。で、 1 回目の後は実は私、あの、宇宙から戻ってきてすぐにその次のフライトが決まって長期滞在今度は長期だとだ 1回目は宇宙に行くで、2 回目は宇宙に住むんだみたいな感じでね、すぐにこう入ったので、あの、そのこう自分のことを買い見る、帰り見る時間がほとんどなかったんですよね。 バタバタバタって1 回目あってでその後始末してるうちにも次の立ち上がってでまそういう意味じゃ今の生活にも近いかと思いますけどこう 1 つプロジェクト終わったらもう次の現場がまた始まってまたそこ次また新しいっていうのですね。で、それはそうです。 それはそれで幸せなことではあるんです けど、で、2回目が終わった時、2回目の 宇宙フライトが終わった時に、え、 2010年ぐらいなんですけど、やっぱ その時に、あの、いわゆるプロとしての、 あの、宇宙飛行士としてのその、え、日本 人記録みたいな、こう、ま、全部全部 塗り換えちゃったわけですよ。だもう、え 、回数にしても滞在日数にしても災害活動 の回数にしても全部塗り換えちゃってで、 そこでこう一旦あの、え、ま、私以外のね 、飛行士も順番飛んでくので、こう間が 開くというか、一旦こう地上勤になって、 え、いわゆるこうデスクワークに入るわけ ですけど、で、その時にやっぱりこうはっ たと、じゃあその自分がやってきたことは 何で、え、自分がこの 次何を目指すのかでそれがこのプロとしての宇宙飛行越しとしてのそのキャリアの持ち上げ方と日本のそのこうあの組織の中間管理職としての位置とのその はい 折り合いがつかなかったです。折合がつかなかった。はい。 で、え、ま、佐々木さんもね、当然その直さとしていうのを、ま、ね、そういうこうキャリアのみ方でここである程度にあのなってくるとこ中間管理としてこう見なきゃいけない子たちの人出るとそのところで [音楽] こうまくトラジションできる人いるんですよ。 [音楽] お
番組のフル視聴(38分)はこちらから▶https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/47/vod/post_320951?utm_source=youtube&utm_medium=video&utm_campaign=cp2025_autumn_book_47_250628_yt_dnMlb77k0Rk
ゲストは『50歳からはじめる定年前退職』(主婦の友社)という本を出版した、宇宙飛行士の野口聡一さん。3度の宇宙飛行を成し遂げた野口さんですが、実は2度めの宇宙飛行後に、“燃え尽き状態”に陥ったといいます。華やかなキャリアから中間管理職になるジレンマ。そんな苦しみから野口さんはどう立ち直ったのか?人生を諦めない、50代からの生き方について伺いました。(全2回の前編)
【悩める大人たちに贈る 47歳からのキャリア】
2017年にアメリカで公開されて話題となった「47歳 人生のステータス」という映画があります。中年男性の悲哀と再生を描いた人間ドラマです。
実は、人生で一番「幸福感」が低い年齢が、47.2歳。米ダートマス大学のデービッド・ブランチフラワー教授が調べたもので、50代を目前にした世代は憂鬱な日々を送っているそうです(先進国で47.2歳、発展途上国で48.2歳 2020年調査)。
確かに、仕事やプライベートの悩みが増える世代です。残りの会社人生で何をするのか?出世できるのか?定年退職後も働き続けるのか?趣味に走るのか?今さら転職?リスキリング?キャリアアップ?「人生100年時代」。悩める大人たちに向けて、生き方のヒントを探ります。
<出演>MC:佐々木明子(テレビ東京) ♯9 ゲスト:野口聡一
<衣装協力>ORIHICA HIROKOBIS TRUNK
<音素材>OtoLogic
★動画で紹介した書籍はこちら↓↓↓
『宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職』(主婦の友社)
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