By

Bloomberg

掲載日

2025年10月21日

ニューヨーク社交界のソーシャライト、ナン・ケンプナーは、1997年にディオールがチーフデザイナーを華々しい新鋭へと交代させた時点で、約50年にわたり同メゾンのオートクチュールの顧客だった。その年、彼女は大胆な新ルックが次々と行き交うのを眺めながら、同じ会場にいたフランスの大統領夫人ベルナデット・シラクと元大統領夫人クロード・ポンピドゥーについて、皮肉を込めて「冷たく死んだ魚を顔に叩きつけられたみたいな顔をしていた」と語った。

ゴルチエの最新ランウェイショーのルックゴルチエの最新ランウェイショーのルック – ©Launchmetrics/spotlight

そのデザイナーはジョン・ガリアーノで、その年は高級ファッション業界で「ビッグバン」として知られるようになった。1990年代、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンSEのベルナール・アルノーのようなビジネス界の大物たちは、グローバル化の時代におけるラグジュアリーの巨大な経済的可能性を見抜き、老舗のファッションやレザーグッズ企業を次々と買収した。彼らはその後、クリエイティブ面を再活性化し若返らせるという使命を与えて、若手デザイナーの一団を起用した。

口火を切ったのは1995年、グッチに就任したトム・フォードだ。デビューでは、セクシーなベルベットのローライズパンツとジュエルトーンのシルクブラウスを披露した。その後の2年間で、グッチの売上は90%増加。そして1997年には、ディオールのガリアーノ、ジバンシィのアレキサンダー・マックイーン、セリーヌのマイケル・コース、ロエベのナルシソ・ロドリゲス、ルイ・ヴィトンのマーク・ジェイコブス(いずれもLVMH)、クロエのステラ・マッカートニー、ギ・ラロッシュのアルベール・エルバス、バレンシアガのニコラ・ジェスキエール、エルメスのマルタン・マルジェラなど、名門メゾンでほぼ1ダースのデザイナーがデビューした。

その衝撃は地殻変動級だった。演劇的なランウェイショーと急進的な提案によって、「クリエイティブ・ディレクター」と呼び名を新たにしたこれらの若手デザイナーは、ファッションの世界的なマーケティングと販売のあり方を一変させた。

それから約30年後、ラグジュアリーファッション業界は、人によっては創造的なルネサンスとも、目まぐるしい激変とも言える状況を迎えている。

この秋にミラノとパリで行われた2026年春夏ウィメンズのショーで、クリスチャン・ディオールのジョナサン・アンダーソン、グッチのデムナ、バレンシアガのピエールパオロ・ピッチョーリ、シャネルのマチュー・ブレイジーをはじめ、10人以上のデザイナーが新天地での初コレクションを披露した。「1つのシーズンにこれほど多いのは前代未聞だ」と、米国のラグジュアリー小売コンサルタントでバーグドルフ・グッドマンの元ファッション・ディレクター、ロバート・バークは語る。

さらに、ジバンシィのサラ・バートン、トム・フォードのハイダー・アッカーマン、ランバンのピーター・コッピングらは2作目となるコレクションを発表。ディオールのミキー・マディソンやシャネルのアイオ・エデビリといったZ世代の女優を新たなブランドアンバサダーに起用したメゾンもあった。メッセージは明確だ。ファッションは世代的にもクリエイティブ面でも、そして(経営幹部や投資家が望むように)財務面でも、新たな局面に入っている。

それは遅すぎるくらいだ。ラグジュアリーはこのところ、むち打ちになりそうなほどの乱高下を見せている。新型コロナのロックダウンが解除されると売上は急騰し、2020年の営業再開初日には中国・広州のエルメス旗艦店が270万ドルという驚異的な売上を計上し、同国のブティックとしては史上最高の1日売上を記録した。その後、いわゆるグリードフレーション(強欲インフレ)が進行し、エルメスやシャネルといったブランドは小売価格を大幅に引き上げた(HSBC Holdings Plcによれば、欧州の個人向けラグジュアリーの平均価格は2019年以降で50%超上昇)。高額なブランド品なら人々はいくらでも払うはずだという前提に基づいてのことだったが、関心はやがて鈍り、販売は伸び悩んだ。

高級ファッションの購入の約3分の1を占める中国の消費者は、この分野に冷淡になった。ベイン・アンド・カンパニーは、中国本土の収益が2024年に18~20%減少したと報告しており、その一因は「消費者マインドの低迷」だとしている。インフレや失業の影響を受けた欧米の中間層は、フランスのレザーグッズ系スタートアップ、Polène(ポレーヌ)のような手頃な「アクセシブル・ラグジュアリー」ブランドへと流れた。伝統的に高級品購入の3割を占める富裕層、すなわち上位1%でさえ、その差を埋めるほどの消費はできなかった。

ベイン・アンド・カンパニーによれば、2024年の高級ファッション売上は世界全体で2%減。シャネルの昨年の営業利益は30%急減した。今年はやや持ち直しているものの、その幅は大きくない。LVMHの総売上のおよそ半分を占めるファッション&レザーグッズ部門の売上は、上半期に8%減少。さらに10月14日には、同部門が85億ユーロ(99億ドル)まで、追加で2%減少したと発表された。グローバルな株式調査・ブローカーであるバーンスタインは、ディオールが2025年に10%の減収に見舞われると予測する。バーンスタインのラグジュアリー・ビジネス・アナリスト、ルカ・ソルカは「コロナ後、ラグジュアリー消費者はしばらくの間、満腹感を覚えた。しかし今や彼らを再びワクワクさせ、財布のひもを緩めさせるには、新しい何かを与えなければならない。だからイノベーションが必要なのです」と語る。

こうしてデザイナーのシャッフルと新たなクリエイティブの奔流が起きた。いくつかの提案は即座にヒットした。シャネル、ディオール、バレンシアガ、ロエベのショーはいずれもスタンディングオベーションを受け、アンダーソンによるディオールの初コレクションは若いファンから期待どおりの称賛を集めたと、バークは言う。

一方で、評価の芳しくなかったものもある。ヴェルサーチのデザイナー、ダリオ・ヴィターレによるシャーベットカラーのフィットの甘いストリートウェアの行進は、「値段の高すぎるベネトン」と評した批評家も複数いた。ジャン・ポール・ゴルチエの新デザイナー、デュラン・ランティンクは、老舗フランスブランドに対してあまりに唐突で優雅さに欠ける方向転換を行い、裸の(しかも毛深い)男性の身体をプリントしたボディスーツや、オレンジ色のコルセット付きキャットスーツに楕円形のバルーンバストをあしらったルックを発表。これに対しSNS上のゴルチエ・ファンからは、彼の即時解任を求める声が上がった。

とはいえ、デザイナーたちはまさに与えられた使命通り、話題をつくった。グローバルなデータ&アナリティクス企業のLaunchmetricsによれば、パリ・ファッションウィーク閉幕から48時間で、同イベントはメディア・インパクト・バリューで11億ドルを生み出し、今年のカンヌ国際映画祭とほぼ同等の数値を記録。「パリ・ファッションウィークが見本市から年間の主要な文化的瞬間へと進化したことを確固たるものにした」という。

そうかもしれない。だが、Launchmetricsのチーフ・マーケティング・オフィサー、アリソン・ブリンゲは鋭く問いかける。「これらのデザイナーはブランドの認知・印象にとって何を意味するのか。そして、それを売上に転換できるのか」。企業の経営陣はもちろん、それを期待している。

ファッションハウスでの椅子取りゲームのようなデザイナー交代には第二の目的があるのではないか、と見る向きもある。すなわち、ガリアーノ、マックイーン、フォードら(現在の面々と同様、その世代もほぼ男性だった)が築いた高コストな「スター」デザイナーという役割を終わらせることだ。そうすることでブランド名をより強固にし、デザイナー側には自分たちはあくまで雇われの身にすぎないと知らしめる、という考え方である。実際、LVMHは今週、ディオールの元クリエイティブ・ディレクター、マリア・グラツィア・キウリを、ローマに拠点を置く同メゾンの姉妹プレタポルテブランド、フェンディへと異動させたと発表した——ファッション関係者の間では昇進とは見なされていない人事だ。(昨年夏まで10年間メゾン・マルジェラで働いていたガリアーノは、ディオール復帰を含む複数ポストの噂があったものの、現在は職に就いていない)。

もしこうした経営上の駆け引きが本物だとすれば、どうやら機能しているようだ。「消費者はデザイナーよりもラベルそのものを愛している」とバークは言う。

しかし、その愛も移ろいやすい。「今日のファッション/ラグジュアリー消費者のロイヤルティは決して高くない」とソルカは言う。「彼らは刺激的なものなら何でも買う。もしあなたがVIC、つまり“ベリー・インポータント・クライアント”(高級ブランドを愛好する富裕層)なら特別待遇を受けられ、それがある程度の忠誠心を生む。しかし大多数の消費者は多くのブランドから買う。驚きを求め、インスタグラムやWeChatに投稿する“物語”を求める。そういうものだ」。

「最も重要なのは、デザイナーの交代とは無関係に“新しさ”である」と、米百貨店チェーン、ノードストロームの副社長兼ファッション・ディレクター、リッキー・デ・ソールは語る。「そのアイテムがどこから来たかは問題ではない。自分をスタイリッシュに感じさせるものかどうかだ。良い商品はいつだって勝つ」。

それは、ラグジュアリー最大の市場であり全売上の40%を占めるアジアでは特に当てはまる。ライフスタイルに特化し、3億人超のユーザーを抱える中国のソーシャルメディア兼ECプラットフォーム「Little Red Book(小紅書)」では「ラグジュアリーにはヒエラルキーがある。トップはエルメス、次いでシャネル、ディオール、ヴィトンだ」と、香港のラグジュアリーブランド・コンサルタント、ジャスミン・ズーは語る。「フォロワーは自らの愛するブランドへの帰属意識が非常に強い」。

この秋のショーの後、これらのブランドに対する消費者の認識は著しく変化した。「シャネルはよりクールに、ディオールはより知的になっている」とズーは言う。「ディオールは中国でレザーグッズのアクセサリー類を多く売るでしょう。ラグジュアリー市場全体では、ハンドバッグがビジネスを牽引しそうです」。

アンダーソンが1990年代の“イット”バッグ、レディ・ディオールを遊び心たっぷりに再解釈した新作を見れば十分だ。レディ・ディオールは、当時のトップ・スタイル・アイコンであり——そしてガリアーノにとってディオールでの最初の顧客でもあった——ダイアナ妃にちなんで名付けられた。1995年、同妃がこのボックス型のハンドバッグを手にした姿が撮影されると(ちなみにこれはシラク大統領夫人からの贈り物だった)、同社は1個1,000ドルで10万個を売り上げ、1996年のディオールの年商を20%押し上げた。90年代ノスタルジーがいまのファッションとカルチャーを席巻するなか、キュートなリボンと小さなデイジーで飾られ、価格が3,900〜1万ドルのアンダーソン版レディ・ディオールにブームが起きれば、ブランドを財務面の停滞から引き上げる助けになるかもしれない。ビッグバン、ふたたび。

Write A Comment