「完成されたもの」とは、なんだろうか?麻袋と共に壊され、ミルフィーユ状に積まれたり、ねじられたり、結ばれたりと新たな造形に生まれ変わった洋服を見ていたとき、「それは、洋服なのでは?」と考えた。スポンジのような素材を覆ったメッシュ、マクラメのような織物、そしてチュールやオーガンジー。麻袋と共に壊された素材は、「コム デ ギャルソン」にしては可憐な素材が多く、一部の洋服からは袖や襟元など、“洋服だった痕跡”が確認できる。今シーズンは、そんな洋服を壊したのではないだろうか?
では、なぜ洋服を壊したのだろう?まず考えられるのは、その多くが実に一度も着られることないまま、洋服としての生命を終えてしまうという事実。もちろん多くの企業やブランド、デザイナー、関係者たちが対峙している問題だが、それでも現実はなかなか改善されない。今シーズンの「コム デ ギャルソン」は、そもそも洋服は作り過ぎなのではないか?だとしたら、洋服ではなく、何か別の形として生まれ変わるべきなのではないか?とのメッセージを送ったように思える。
そしてもう一つ、おそらく川久保がもっと壊すべきと考えているのは、昨今の特にラグジュアリーを中心とするファッション業界の産業構造だろう。巨大コングロマリットによるマネーゲーム、デザイナーを翻弄している椅子取りゲーム、そしてファッションを使い捨てているような側面も否めないSNSマーケティング。業界には、どこかで立ち止まり、是正して、もしかしたら立ち返るべきかもしれない問題は数多い。こうした諸問題に対して、ある意味産業構造の1つの頂点にあるパリ・ファッション・ウイークという舞台で“破壊的再興”を訴えているのだとしたら、さすが「コム デ ギャルソン」と言うべきだろう。終盤のゴミが入っているような帽子と合わせた、一度も着られることがなかった洋服がパンパンに詰まっているかのように思えた袋の集合体であるドレスを見て、そんなメッセージを受け取った。
だが「壊した時のパワー」というように、全てを悲観しているわけではないことは付け加えておきたい。明るいカラーパレット、特に白を基調とした今シーズンのコレクションに悲壮感はない。上述した、洋服がパンパンに詰まっているかのように思えた袋の集合体であるドレスも同様だ。川久保玲は、きっとまだ信じているのだろう。今のファッション業界、産業でもあるファッションは、まだ人を幸せにすることができる。でも、このまま行くと、もう戻れないのかもしれない。気候変動などと同様に、今が、ラストチャンスなのかもしれない。そんな強くも、しかしファッションの世界らしい美しい声が聞こえた気分だ。