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#8カンニング竹山・神田愛花100年ラヂオ商会 ゲスト:片寄涼太さん

カンリング竹山です。 神田花香花です。この番組は創業 100 周年を迎えた田村政作書提供のも毎回多彩なゲストを招きし、これまでの人生の中で忘れられない出来事についてお話を伺っていこうという番組です。 うん。 田村政作書に100 年の歴史があるように人に歴史あり、物に歴史あり、それぞれドラマがあります。さらにゲストの方に関わりが深いテーマを取り上げてその歴史にも迫ってまいります。 はい。はい。 さあ、竹山さん、今回8回目です。 ですね。うん。 本日のゲストは男性で歌手、そして俳優など。もうたくさんのジャンルで活躍されていらっしゃる方ですが、どんな印象をお持ちですか? え、いや、もう僕とはね、もう全然もう全然違う感じのそこのね、グループとかの方何人かもう飲んだり色々したことんですけど。 うん。でもね、飲んでる時とね、仕事してる時はね、別人に見えるんですよ。 ああ、そうなんですね。 え、こいだ飲んだってあんなに、あんなに輝いてんの分かる意味? なるほど。はい。 あのステージ立つとものすごい輝きを放つし顔の小さも竹山さんの 1/2 ぐらいや全くね。全然違うのジャンプルが。 そうなんですよ。そう。いつもの驚かされるというか。 いや、今回の方特に王子様という言葉が本当にお似合いの方なんです。 はい。はい。 本日のゲストはジェネレーションズの片瀬涼太さんです。 ええ、なんとなくも生まれた時からね、片さんって完成された方じゃないかというね。 そう思いますよね。 だってなんか噂によると分部領動で全ても できるって。 はい。もうパーフェクトマン。 パーフェクトマン。 はい。というイメージがありますが、一体どんな人生を送ってこられたのでしょうか? CM の後、本日のゲスト片瀬涼太さんの人生の歴史、そして関わりが深いテーマの歴史にも迫ってまいります。お楽しみに。田村静書プレゼンツカンニング竹山神田愛花 100 年ラジオ紹介。ここからはゲストの登場です。今回のゲストは片瀬太さんです。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。お願いいします。 [音楽] かさん喜んでんね。すげえ喜んでんね。かさん ちょっと緊張してるのは伝 なんかもうちょっと前に来たサーブ扱い全然違うじゃない。 全然違うのが違うもんね。 延金本も全然違うし。 まずは片瀬太さんのプロフィールを簡単にご紹介させていただきます。片瀬さんは 1994年大阪府出身の現在 30歳でいらっしゃいます。 2012 年にジェネレーションズのボーカルとしてメジャーデビューされまして一トップアーティストにまた俳優としてもか多くの作品にご出演されている他日本人として初めて自バシーのアンバサダーを務められたり今年 3 月にオープンしました鳥取県立美術館のグランドオープンアンバサダーに就任されるなど国内以外で活動の幅を広げていらっしゃいます。そしてつい先日はソロアルバムが発売されたばかりです。ということでよろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。 お願いします。 ありがとうございます。はい。 いや、嬉しいですね。ご しかもこの大の数日後、 8月29日に31 歳のお誕生日を迎えられるんですよ。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 嬉しいです。はい。 いや、30年きっと濃いですよね。 そうですね。なんか 30 年って、ま、この自分のソロアルバムにもちょっとこう記させていただいたんですけど、 15 歳の時に僕オーディションをきっかけにこの業界科入ってるので 15歳。 うん。うん。 その本当に誰にも知られてなかった 15年間ただの少年だった太と 誰かに知られてるなんかこう芸能の人の方り太の半分 15年15年が 半分半分だった時間というかど もうあとは知られていく時間が増えていくばかりなんだなと思うと えあれじゃあれじゃないよなんかあのほら LDHの事務所の方って 小学校時代から あそこのなんてサッカーとかクラブチーム的なこ やててんでこう頑張って頑張ってデビューしてていう感じの人はない。 そうなんです。僕はちょっとまた違う形で じゃあちょっと迫ってまいりましょうか。 はい。 まず うん。 お父様が音楽の先生を はい。高校の音楽の教やっていて、あの土型の祖父もあの中学の音楽の教やっていて へえ。 はい。音楽イというか 片さんもご自身も幼少期からピアノを習って。 そうですね。はい。 ま、そういう家族の影響もあって、ま、実家にも本当に生まれた時から、ま、グランドピアノとアップライトピアノがもうピアノが 2 台あるような家だったので、ピアノはそうです、中学 2年生ぐらいまでやってたのか ずっと幼少期からずっとやってて、 そうです。はい。 それと同時にサッカーもやってたんですか? そうなんです。 そうですね。5 歳ぐらいか。松の本当に幼馴ナムがやってた影響で、ま、サッカーをやったりもしてましたけど全然そんな大したあれじゃなかったんですけど。 いやいや、私の手元の情報によります。 中学時代には死の選抜も選ばれたりということがありますけども、 なんかみんな仲良しでやってた子たちが、ま、それなりにこう結果を残して市の選抜選んでいただいたていうだけでうん。 その時代はでも将来的には自分は何になりたいまで行かなくてもこういう道に進むんだろうなとかなんか思ったことあったんですか? [音楽] うん。なんかサッカー選手にはなれないだろうけど、なんかそれこそ当時子供新聞になんかサッカーの国際審判の方の記事が載ってて、 [音楽] あ、審判とかだったとら慣れるかなとか思いながら そういうのに興味があったりとか、 でもサッカー関係は何かやってみたいなっていうのなんとなく思ってた。 うん。なんか思ったりもしてましたね。 あとなんか結構そのなんか英語とかなんかそういうなんか海外と繋がるお仕事に興味があったのでなんかそういうのはなんか国際審判とかも素敵だなと思ったりとか [音楽] は興味あったんです。 じゃ、まだ全然テレビの世界とかまだ本当に意識はなかった。 全然ないですね。ま、ただ母が本当に 本当に普通の母親というか、もう当時流行ってるものが好きな母親だったので、 なんかそういうテレビの影響とかすごく受けてました。僕も。 何を見てらっしゃったんですか? なんかそれこそ母は はい。 あの、今はBTSが好きなんです。 うん。 ああ、そうなんです。 その当時はそれこうスマップさんとかが大好きで、もう僕は小学校から帰ってきたらもう必ずスマップのライブ DVDが家で流れてるっていう状況で、 すごくそういう意味でのなんか母の影響というか、母の程どよいミーハードみたいなのがすごく影響を受けてはいますね。それエグザイルは知ってた。それから そうです。だからスマップエグザイル BTS。 BTS。 あ、その流れなんだ。 へえ。 はい。 気づいたらなんか母がすっごいスイッチ入ってて、 今年はライブに行くからみたいな。お、 ライブに行くんですかみたいな感じで。 それは息子を連れて私がってこと? いやいや、家族全員で全員で。 へえ。一緒に行ってた。でもその一緒に行ったエグザイルさんのライブで大変なことが起きるわけですね。 そうなんですよ。14 歳の時だったんですけど、あの、大阪の京ラドームのライブを見に行かしてもらった時に一の関係者の方にスカウトを受けるんです、僕。 ど、どこで? ライブ会場で お客さんとしてアリーナがなんか座ってたの? 普通に入って。 いや、なんかまだ開演する前で グッズとかを買ったりするじゃないですか、みんな。 外でグッズとか買って なんか僕当時父と一緒にいたんですけど なんか ちょっと時間もあるしって言ってそのグッズ買った後にフラフラその会場の周りを歩いてたんですよ。 大阪ムの周りを周りそらそこで声かけられて へえ。 へえ。な、な んて声かけられたんですか? ま、そのEXP でスクールのスタッフなんですけどっていうので、 あの劇団エグザイルっていうそののオーディションがあるからそれ受けてみませんかっていうお誘いだった。 え、ちなみにその頃身長とかその見た目はもう今の片さんなんですか? いやいやいや、どうもなもっとおぼ田舎の少年みたいな感じだったけど幼いというか可愛があるというかね、急に関西弁出ちゃいます。すいません。 ええ、可いらしい感じで。 うん。ま、中学生で、ま、サッカー少年って感じだったと思います。どちらかというと。 へえ。 ずっと見てたのかな?会場から悪歩悪い。 も、ま、今も繋りがあるんですけど、その方もずっとついて追いかけてた。 12 分ずっと後ろをついて追いかけて見つけて 様子を見て で、声かけたっておっしゃってました。 うわ。 ああ。そん時お父様と一緒だったってこと。 あ、そうなんです。 で、お父様にもだからこういう名刺渡してこんなものです。息子さん騎士はすごくこう、あの、警戒心が強いんで。 うん。 そりそうよね。親だったらね。息子さんですもん。 じゃあ、あの、一応名刺だけもらっておきますみたいな結構クールな対応で終わって ライブ終わりに家族会議が行ってなるよ。 で、え、この名刺は本物なのかみたいな話から始まって本物かどうか で1回電話してみようと。 うん。お、 そのスクールの電話番号でホームページでも調べて、あ、同じ電話番号だねとか言いながらでもいいや、こんな名刺は作れる、作れるとか言いながらなんか 1 回電話をしてこういう誰々さんという方に声をかけられたんですけど、いますか?ていうにお電話した。 うん。オ、 変わります。 で、その方がまた出てお電話くれたんです。ありがとうございます。て、 1回スクールに来て 映像踊りさせてほしいみたい。あ、さっきのだ。間違いないってなって てなって。 うん。 ええ、 でもその方はさ、全然さ、今声かけた少年、電話かけてきた少年が実はピアノを習ってて音楽的なことやってたとか何も知らないわけです。歌が歌えるかどうかも知らないし、体が動くかどうかも知らないしってことよね。 うん。そうなんです。 それある。僕ダとかもやったことないんですよ。うん。うん。 もちろんサッカーサッカーやってからうん。 すごい。 あ、でも優秀な方ですね、今考えたらね。 そうなんです。なんか実は結構後輩メンバーにもその方が声をかけた人とか女の子とかも含結構いて いる。 そうなんですか。 ちょっと名スカウターみたいな。 気が見える方なんだ。え、ちなみにこの頃はものすごいモテか。 いやいやいや、全然そんなことないと思いますよ。 いやいやいや。いや、持ってたでしょ。スカウトされるぐらいだから。 いや、でも思ってるほど。だからやっぱりほら、それくらいの年度の少年だからサでもあるしサッカーに夢中だしみたい。別になんかそんななんかね、昔の福山正さんみたいなエピソードとか全然ないです。そういう意味で言うと語れるような伝説は全くない。 でも学校で違う同級生に聞くと もうずっと見てた女子とかはめちゃくちゃあったみたいなねことありますよね。でも一方で小学生の時はその友達から遊びに誘われてもあまり乗り気にならない。はい。 子供だったみたいな話も そうですよ。なんかサッカーはやってたんですけど、なんか意外とインドアというかなんかなんかそうなんですよ。あんまり友達と遊びに行くとか [音楽] なんか1 人っこなんで多分親の顔を伺う瞬間が多かったのか 友達と遊ぶのもあるけど、ま、家で親とテレビ見てるみたいな そんななんか結構なんて言うんですか?大人びた子供というすごく社交的なね。 そうですね。喋りやすくてね。 あ、そうなんすよ。なんかま、本当その当時はそういう分ありましたね。 そういう子がじゃあオーディション来ませんか、写真撮りさせてもらいませんかってなって、あ、じゃあて 1 回行ってみようかなてなって、そっからなぜこう今の姿になってくるんですか?そっから何が起こるんですか? うん。そこからその劇団エグザイルさんのお人も一応受けたんですけど、ま、それはなんか別に結果とかもなく 中学生だったってのもあって うん。はい。 なんか特に進展はなかったです。 で、はい。僕も中学3 年生で高校受験のタイミングに差しかかった時になんか高校生になったら僕歌やりたいなと思ったんですよ。 歌を習いたいなっていう風に思ってはいて、それこそサッカーやりながらサッカー選手になれるなんて思ってないタイプの子供ですから歌を習っても別に歌手になれるなんて絶対思ってないタイプなんです。じゃ、 そう、そう。 ちょっとちょっとカラオケにより気我が生えたらいいなみたいなぐらいの気分でちょっと歌習ってみたいな高校生なんてバイトでもしてみたいな気分だったんですけど、その年にそのボーカルバトルオーディション 2っていう今の3代目J ソールブラザーズのボーカルの2 人が選ばれたオーディション 歌のオーディションがあるんですよ、その年に。 で、あ、歌だしちょっと受けてみたいなみたいな。ちょっとやる気出た。 しかもなんかひろさんとあさんもなんか全部の会場に石審査から来るみたい。 うわ、いるんだ。いや、それたないよね。 ちょっと、え、 ちょっとこれは母親にも土産話になるじゃないか。な る、なる。それはなる。 だからちょっとそういう思い出作りもあって、 いや、これはちょっと俺受けるわみたいな。 うん。え、 そしたら最終まで行ったんです。 おお。最、最終行くったって 23、3人のあれ競争じゃないからね。 めちゃくちゃいる中の最終だから。 当時3万人ぐらいて 3 万人いたの? 10人に残って33万10になったの? そう。すげえな。 で、よっぽどうかったというかなんかあったんだろうね。輝くのが あれよ、あれよと世界が変わって、 ま、もちろん3代目J ソールブラザーズに自分慣れなかったん、選ばれなかったんですけど、 ま、LD の方から、ま、その若いグループを作りたいから東京に出てきませんかっていうお話につがっていくんです。 ああ、そしてジネレーションなるわけだ。 成長されて8月6 日にソロとして初となるアルバムブーケをリースされるんですよね。 で、これは30 歳の節目を意識して制作されたアルバムということなんですけども、このブーケどういった意味が込められてるんでしょうか? そうですね。ま、本当に自分自身の、ま、 [音楽] 30 歳って節目もそうですし、ま、その楽曲として、ま、 2020 年にポッシブルという楽曲をリースさせていただいて、大体 5年間ぐらいのあの、自分自身が出演した ドラマの主題かとかなんかオープニングテーマとかやらせていただいたと。 とかしてたのを、ま、一とめにしたアルバムで、ま、 1局1 局がすごく、ま、カラーが強いので、そういうカラーのあるものを 1つまとめて ブーケにする。 あ、そう。ま、 で、自分自身の30 年にもこうお疲れ様のブーケをあげたいし、今まで応援してくれた方々にもありがとうっていう風景をあげたいし、 なんかこれからなんか誰かがこうなんか送り物としてこのアルバムを送ってほしいなとか、そういう思いも込めてブーケというアルバムにしました。 はい。 グループでね、アルバム出すのとソロで出すのやっぱ全然気持ちが違うんすか? うん。そうですね。全部自分でしょ。 はい。なんかやっぱ全然違いますしやっぱジェネレーションズっていうグループ自体がすごく 10 何年もやってきていろんな方にこうしていただいてる部分もあって成長してきたグループだからこそままだ僕はソロ活動としてはまだまだ未熟な部分もあるのでそういう意味でこう まだスタートではあるんですけど うん うん楽しくやらしてもらってます。 色々実験的な部分もありながらはい。 え、で、本当人生の中でのものすごく記念になる そうですね。 アルバムなんですね。 はい。なりましたね。 さあ、ここからはですね、片瀬さんに関わりの深いテーマについて迫ってまいります。 はい。 今回のテーマはズバりジェネレーションズです。 [音楽] 説明するまでもなく片さんが所属されてるダンス&ボーカルグループなんですけども、え、このグループの歴史に焦点を当てていきたいと思います。 ありがとうござい 改めて片さんは18 歳の時にジェネレーションズに加入されるんですね。 そうですね。ま、最初ジェネレーションズ候広補性みたいな形でこういろんな全国でこう活動なんかライブ活動みたいなのをしてて、ま、最終正式メンバーみたいな形でデビューをさせていただいたのが、ま、僕がちょうど 18歳ぐらいの頃ですね。はい。 うん。はあ。は。 なんか画宿じゃないけど、なんかドキュメンタル色々やってそうですね。 [音楽] で、選ばれてみたいなテレビでやってたよね、ずっとね。 それ覚えてるわ、俺。 そうですよね。 9、メンバー優太式メンバー入れまして、この 11 月にメジャーデビューをされるんですよね。 で、この時がもうあの10月17 日付けの優先JPポップチャートで1 位獲得ですね。 あ、もうみんな見てたんだ。 そうなんですよ。うん。 でですね、え、その後、え、なんと 2019年にはグループとして初の全国 5大動物で46 万人を同員で、この年の年末に NHK 紅白せにも初場を果たす、もう本当にトントントンって登っていただ い。この時はどういう状態だったんですか?片瀬さんは。 いや、まあでも本当デビューした手の頃とかはなんかやっぱ今自分たちの昔の姿とかを見て思うのは よくこいつらが今だ活動できてるなっていうぐらい [音楽] 大丈夫かなっていう感じですね。 え、大丈夫かなって言うと いや、なんかやっぱ今の 2025 年の今の若いグループの子達って本当にかっこいい状態でデビューするじゃないですか。 はあほ。あ、最初見た目があって なんかダンスも歌も完成した状態でデビューするんですけど僕らまあまあ完成してなかったんで あの 1人ずつ個人個人たちっていう 僕らまあまあなんかあのへなチョコグループだったんで本当周りにたまたまそんなにいろんなライバルさんたちがいなかった分 いろんな方に応援していただけただけかなという風に思ってはいますね。 でもその分やっぱあれですか、あの我々はほら表しか見ないじゃないですか。 でもグループってとこダンスも歌もあるからめちゃくちゃリハーサル必要じゃないですか。 だから夜中のリハーサルとかそれこそちょっと先生に怒られたりとか。 いや、もうめちゃたし 特に僕はそれこそさっきの話でも感じていただいたと思うんですけど、僕ダンスやったことなかった。 そうです。ゼロか。 僕はダンスにすごいコンプレックスがあって、個人的には。 うん。うん。うん。 なのでデビューしてからもすごい数は苦手意識が払拭できなくて ずっとコンプレックスを抱えながらやってました。 そう。その分なんかこう助け合いながらなんか絆はどんどん強まっていったんじゃないかなと思うんですけど。 そうですね。 まあ、本当にぶつかり合いながらもやっぱいろんなメンバーそれぞれのあの力を本当に伸ばしてあのなんか俳優活動していろんな方に知っていただくメンバーを見たりしながらいろんな方にこうジェネーションズ点も広げていけた時間だったかなという風に振り返えると思いますね。 はい。 ジェネレーションズメンバーというのはどんな存在ですか? うん。そうですね。ま、本当に 10何年も一緒に 1つの活動をやっていく人たって うん。 やっぱりなかなかないじゃないですか。その仕事をしていても、ま、芸人さんとかだったらそれこそコンビとかもあるかもしれないですけど、 2人だし 会社ってなってもやっぱりね、部署移動があったりとかしてある ずっと10 何年も同じことを一緒にやり続けてるメンバーたちなので、もうなんか切っても切り離さない存在ですし、 こいつが何を思ってんのかみたいなのとかもうなんか手に取るようにみんな分かり合ってるし。うん。 そういうもんな。 だからこそ、ま、気を使う部分とかなんか言い合えない部分とかそういうのはいろんな時があるんですけど、 ま、でもなんだかんだ本当にこのジェンずっというグループをみんなで大切にしてきたからこそ出会えてる時間に、ま、今はみんな感謝してるんじゃないかなと思いますね。え、 確かに本当そうだ。 そうですね。今日は瀬さん貴重なお話を数々ありがとうございました。 では最後になりますが片太さんにこんな質問してみたいと思います。 人生100 周年を迎えたその時、あなたは何をやりたいですか? ねえ。うん。なんか自分がなくなっても誰かが大切にしてくれる [音楽] 1局ぐらいを残したいなって思います。 ああ、作品で はい。 歌い続けられていくとかそういう曲とか踊り。 誰か1 人でもいいんですけど、心に残って次の世代にこの曲マが好きだった曲だよねとかって言って残ってくれる曲が 1曲でも残せればいいなって思います。 でも今ね、グループではね、ありますもんね。ソロでもこれだけね、出してるしね。うん。うん。 100 周年、100だ今から今から100 年後とかにもしかその時の若いグループが例えばジェネレーションズって昔それをまんま やるとかああ、カバーしたりとか うん。 ソロの曲とかを誰かね、その手が歌ってるとか、 これが好きなんだよねって誰かが1 人でも語ってくれたら嬉しいなって思います。 あ、いや、それありますよね。可能性全然ありますよね。 素敵ですね。 うん。 ではここで片り太さんの新曲を聞いたしたいと思います。曲紹介お願いいたします。 はい。それでは聞いてください。片瀬太で STGOプロトバイタ高橋Mフロー 片瀬太さんでステイオプロットバイタ高橋 Mフロー聞いただきました。 さあ、田村制作所プレゼンツ100年 ラジオ紹介。この後は田村政作書の歴史も 掘り起こしてまいります。人に歴史あり、 物に歴史あり、会社に歴史あり。2024 年5月11日に創業100周年を迎えた 田村政作署。その歴史は未来への挑戦の 連続でした。今につがる田村政作書の挑戦 の奇跡を紹介していきたいと思います。第 8回となる今回は時計の針を再び1972 年に巻き戻してみましょう。待機圏突破。 1972年札幌東京オリンピックの開催 田中格営内閣の発足ウォーターゲート事件 など国内外で世間の集める出来事が数多く 起きたこの年田村政策署は新たな事業への 挑戦を開始します。その挑戦は待機圏を 突破し、宇宙まで飛び立っていくものでし た。 1969年に現在の弱差の前進となる宇宙 開発事業団NAナス田が発足し、3年後の 1972年には現在の茨城県筑波市に筑ば 宇宙センターが解説されます。 マ田は宇宙空間での技術試験、宇宙観測 気象観測放送通信などを目的としており 人口衛生の打ち上げが国の事業に決定し ました。 そして人口衛星に搭載されるトランスの 開発を委託されたのがすでに防衛庁向け トランスの実績を持っていた田村政作書 でした。委託を受けた田村は日本初の実用 衛星である観測衛星梅及び試験衛生菊1号 用のトランスコイルの開発を開始。以降 田村政作署は人工衛星用だけでなく 打ち上げ時のロケットに使用される トランスやコイルの開発供給にも携わって いくことになるのです。 品質に妥協をしない姿勢によって積み重ね てきた確かな実績がトランスの田村を宇宙 まで連れて行ってくれたのではない でしょうか。 そして田村政作の未来への挑戦はまだまだ 続きます。次回をお楽しみに。 そろそろエンディングのお時間ですけども 片瀬さん何かお知らせありましたらお願い します。はい。そうですね。 ま、あの、ご紹介もいただいてるんですけども、 8月6 日に発売になりましたソロアルバムブーケ、あの、ま、多くの方に手に取っていただきたいなという風に思っておりますので、是非これを木に、あの、楽曲聞いてみていただけたらなと思います。ま、あとはなんかそのリースを記念したイベントであったりとか、ま、ジェネレーネーションズとしてもツアーもありますので、あの、是非ぜひそんなところもホームページをチェックしていただけたら嬉しいです。うん。 はい。この中の1曲がずっと語り継がれる 1 曲になるのかもしれない。よろしくお願いいたします。 ゲストにお送りしてりました。今回の年ラジオ紹介さんいかがでしたか? いや、なんかあの、あれでしたよね。やっぱりそのずっと人生の繋がりがあって今があるっていうのはなんか分かりましたしね。 そうですね。 認め合ってみんなでやってんだなっていう。 そうですよね。私幼少期のお話なかなかお伺いすることなかったのですごくなんか貴重な時間でした。 そうよね。喧嘩してるうちはまだまだあちゃんってことですね。 そうですね。 はい。 というわけで100年ラジオ紹介。 今回のゲストは片り太さんでした。片さん、どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 それではまた来週お耳にかかりましょう。さよなら。

7月スタートのこの番組は、
ゲストのこれまでの人生を振り返り、これまでの忘れられない出来事についてお話を伺う番組です。
8回目のゲストは、GENERATIONSの片寄涼太さんです!

#100年ラヂオ商会 #カンニング竹山 #神田愛花 #片寄涼太

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