「のたうちまわった過去があるから、いまがある」
『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」絆の奇跡、そして柱稽古へ』ではメキシコシティでの舞台挨拶に立つなど、櫻井は世界における本シリーズの熱狂も目にしてきた。本シリーズについて、「未知なる体験、特別な体験をたくさんできた作品」だと感慨を口にする。
「この作品と一緒でなければ行けなかった場所。見られなかった景色、やれなかったこと。そういったことがたくさんあります。近年、驚くような映像表現を持つアニメーションがたくさん作られていて。生々しさを表現した作品など、令和になって、よりいろいろな幅のある作品を目にしている気がします。そういったなかで常に新しいものを作り続け、美術や芸術であるかのような映像を追求している『鬼滅の刃』という作品で、冨岡義勇役として参加できているというのは、古い言い方ではありますが“僥倖”という言葉に尽きます」と力を込め、「本作の映像をつくっている方々は、作品に心血を注ぎながら、恐ろしいほどに突き詰めていらっしゃる。僕は、スタッフの一員である声優としてここに参加できているので、そういう身としてはやはりたくさんの方に作品を観ていただきたいし、これからも声優としてやれることをしっかりとやっていきたい」と宣言する。
櫻井孝宏は、義勇との出会について「僥倖」だと話した[c]吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
1996年に声優デビューして以降、本シリーズの義勇役をはじめ、あらゆる作品で唯一無二の存在感を発揮してきた。本シリーズで童磨役を演じている宮野真守が、『GODZILLA 星を喰う者』(18)の舞台挨拶で「“櫻井波”が出ていた」と櫻井の持つ声色は特別なものだと話していたのも印象深い。自身の声優としての武器について尋ねてみると、櫻井は「自分の声についてはよくわからなかったりする」と照れ笑い。
「お芝居において大切にしているのは、できるだけシンプルに考えること」撮影/興梠真穂
「自分の声だけを切り取ってどう思うというよりかは、いまだにファン目線で、『この人の声、好きだな』とほかの声優さんに対して思うことばかりです。それこそ石田さんや宮野くんの声もすごく好きですし、獪岳役の細谷(佳正)くんのような男らしい表現ができる人も『うらやましいな』と思ったり、花江くんのように、鋭さや圧力を出す表現ができるのもいいなと感じます。そうやって憧れたり、絶望したり…」と敬意を表しつつ、自分の声色について「よく第三者の方からは、『なにかありそうな声をしているね』と言われたりもしますが、こちらとしては、そのキャラクターに向き合って一生懸命に表現しているだけです!」と楽しそうに語る。「お芝居において大切にしているのは、できるだけシンプルに考えること。ややこしくするのは簡単ですが、できるだけシンプルな状況に身を置いておきたい」と持論を述べる。
キャリアをスタートさせたころは、「訳もわからずに、ただただがむしゃら」だったと回想。「先輩ばかりのなかに一人、放り込まれて『下手くそだ』と怒られたり。実際に自分でオンエアを観ても、『下手すぎて恥ずかしい』と思ったりしていました。いきなり上手な人もいると思いますが、僕はのたうちまわりながらここまで進んできました」と道のりを振り返る。そんななかでも、「心が折れることはなかった。どう思われても、どう言われても、突き進んでいこうと思った」という。「根っこがオタクなところも、声優の仕事には向いているのかなと思いますが」とほほ笑みながら、「なによりものたうちまわらせてもらえる環境があったこと。それが強さを身につける土壌になっていると感じています」と感謝を込めていた。
※煉獄の「煉」の漢字は「火+東」が正式表記
※ 鬼舞辻無惨の「辻」は点一つのしんにょうが正式表記。
取材・文/成田おり枝