“君の名は希望”“サヨナラの意味”“きっかけ”など、乃木坂46の代表曲を数多く手がける作曲家の杉山勝彦。

近年も“Monopoly”や“歩道橋”といったヒット曲を生み出しているが、その一方で2023年に作家事務所・CoWRITEを立ち上げ、同年にはソングライディングスクール・CoLABもスタートさせるなど、現在は若手の育成にも力を注いでいる。

表舞台に立つアーティストとは異なり、日々コンペと向き合う現代の作曲家という職業について、杉山はその喜びと苦悩をどのように感じているのだろうか。

今回のインタビューでは、乃木坂46から指原莉乃プロデュースの≠MEや≒JOYまで、近年関わっている女性アイドルの楽曲について杉山が解説。TikTokからAIに至るデジタル環境の劇的な変化にも言及しながら、作曲家であり、事務所の社長でもある杉山の現在を語ってもらった。

乃木坂46は「史上まれに見る、世代交代が成功したグループ」

─以前、杉山さんに取材をさせてもらったのが、乃木坂46が10周年を迎えた2021年。その後すぐに5期生が入り、いまでは6期生も入って、どんどん世代交代が進んでいます。一方で2024年末の『NHK紅白歌合戦』では“きっかけ”、今年の「THE FIRST TAKE」で“君の名は希望”と、杉山さんの楽曲は歌われ続けているわけですが、いまの乃木坂46に対してどんな印象を持っていますか?

杉山:おっしゃっるように、自分が作って、ある意味乃木坂46のカラーを築いてきた曲をいまも大事に歌ってくださっていますが、メンバーはオリジナルのときから全員入れ替わっている曲もあると思います。『紅白歌合戦』に出たり、人気を保ちながらそれを成立させているグループはほとんどないと思うんですよね。

杉山勝彦(すぎやま かつひこ)
作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー。株式会社コライト 代表。1982年1月19日生まれ。埼玉県入間市出身。早稲田大学在籍時代、ラッツ&スターの佐藤善雄にスカウトされ、2007年、Sony Music Publishingの専属作曲家となる。2016年に独立し、株式会社コライトを創設。家入レオ“ずっと、ふたりで”で『第59回日本レコード大賞』作曲家賞、乃木坂46“ごめんね Fingers crossed”で『第63回日本レコード大賞』優秀作品賞を受賞。

─本当にそうかもしれないですね。

杉山:そういう意味では、史上まれに見る、世代交代が成功したグループだなと思っています。「THE FIRST TAKE」で5期生の井上和さんと中西アルノさんが“君の名は希望”を歌唱されているのを見ても、ちゃんと乃木坂46の色はあるのに、やっぱり新しい。

お二人は僕からするとまだ新しいメンバーのイメージがあったんですけど、もうグループを引っ張っていく存在になっていて、その成長スピードの速さも感じました。6期生最初の曲である“タイムリミット片想い”は弊社の作家が作曲させていただきましたが、6期生もここからスターになっていくんだろうと容易に想像できました。

─乃木坂46のメンバーも世代交代をしているし、現在はグループの色を作ってきた杉山さんの教え子たちが乃木坂の楽曲に関わるようになっていて、それもすごいことですよね。

杉山:もともと作家事務所をやるとは思ってもいなかったんですが、2年半ぐらいで所属の作曲家が53名ほどと、規模もだいぶ大きくなりました。ただ、僕自身の曲を書くペースは、アーティスト活動と並行していたときよりもむしろ上がっていて、前よりたくさん書いています。

TikTok発のヒット曲が増えるいま、杉山が大切にする「音楽自体の主人公性」

─途中で話に出た≠MEの“モブノデレラ”や、≒JOYの“ブルーハワイレモン”と、今年は指原さんプロデュースのアイドルの楽曲も手掛けられています。乃木坂46以外のアイドルに提供するにあたって、意識の違いなどはあるのでしょうか?

杉山:曲を作る時点では意識してないです。ただ、あの2曲はレンジ間の広さや譜割りの細かさが、秋元(康)さんがやられているグループにはマッチしない感じなんじゃないかなとは思ってたんですよね。

特に“モブノデレラ”は、関口くんがある意味勢いで作ったので、音域が広すぎるという問題があったんですよ。でもそこが良いところでもあったので、無理に転調して収めることはせずに、仮歌はめっちゃ上手い人にお願いしました。

ただ、その人でもギリギリ歌えてるぐらいな感じだったので、内心では「これ無理だろうな」と思ったんですけど……すごいですよね(笑)。

─歌えちゃってますよね(笑)。

杉山:≠ME、めっちゃ歌うまいなと思いました。しかも最後の転調サビがソロ歌唱なんですよね。櫻井ももさん、蟹沢萌子さん、冨田菜々風さんの3人で順番に歌っていて「このグループすごいな」って。低音のところはちゃんと低音が出る子を当てていて、みんなでリレーして歌うからこそ、ちゃんと歌い切れてるところもあるとは思うんですけど。

─もちろん乃木坂46にも歌唱力が高い子はいるけど、指原さんプロデュースのアイドルのほうが一人ひとりを目立たせることを意識されている印象です。

杉山:そこは人数とも関係があると思うんですよね。乃木坂46は人数が多いから、絵としても一人にばかり花を持たせられない。やっぱりグループの人数によって、見せ方や戦略がだいぶ変わると思います。

井上和さんも中西アルノさんも、かっきー(賀喜遥香)も久保(史緒里)さんも……歌が上手い人はいっぱいいるんですけど、そこまで一人にフォーカスしすぎないようにしていると思います。表題曲は特にそのイメージがありますね。でも“ネーブルオレンジ”は2人のソロ歌唱があって、乃木坂46にもちょっと新しい風が吹いた感じがしました。

─乃木坂46はある種の普遍性を維持しつつ、時代によってちゃんと変化もしている印象ですが、近年のトレンドで言うと、やはりTikTok発のヒット曲が目立ちますよね。そういう状況に対して、作曲家として思うことはありますか?

杉山:カワラボ(KAWAII LAB.)さんはTikTokなどのトレンドを意識していると思いますし、僕にもそういう依頼はあって、それはそれで正しいと思うんですよ。ツールが変わったら音楽も変わるのは当たり前なので。

そもそも曲のサビで感情の高まりや願望を全部入れるようになったのは、テレビやラジオのコマーシャルができたからなんです。短い時間で、楽曲によって商品のイメージを高めるためにそうなった。なので、TikTokに合わせて曲を作るということ自体は正しい行為だと思います。

─なるほど。

杉山:あとこれは個人的な考えなんですが、ロックバンドのコンサートなら、主人公はバンドのボーカル、もしくはバンド全体。でもクラブミュージックの場合、主人公はDJじゃなくてお客さんなんですよ。音楽で体を揺らすのも、仲間とコミュニケーションを取るのも、女の子を口説くのも、お客さんの自由。

いまTikTokで流行っているカワラボさんの曲は自己肯定感を上げてくれる系の曲が多い。やっぱり主人公は歌い手ではなく受け取り手であり、それも「聴きたい曲」より「使いたい曲」が流行ってるんだと思います。ただ僕はバンドの真ん中で歌うボーカルを見て、かっこいいなと思った人間で……。

─前回のインタビューでもミスチル愛についてお話しいただきましたが、ミスチルの影響はいろんな面で大きいわけですよね。

杉山:そうですね。なので、時代とはちょっとずれているかもしれないけど、僕はやっぱりその音楽自体が主人公であるものが好きです。でも私立恵比寿中学さんに提供した“仮契約のシンデレラ”みたいに、まったく狙っていなかったのになぜかTikTokで10何億回再生されて、25バージョンリリースされたりする場合もあるので(笑)、何がバズるかは「神のみぞ知る」部分もありますよね。僕自身は何も狙ってなくて、いまもやりたいことをやっているだけなんです。

AIでも作曲ができる時代とどう向き合う? スクールだからこそ伝えられる「自力で作曲する高揚感」

─事務所とスクールを2年間やってきたなかで、現在の作家が置かれている環境について感じていることはありますか?

杉山:やっぱり一番大きく変わったのはAIの登場だと思っています。ご存知のとおり、いまはもうAIでかなりクオリティの高い曲が作れてしまうんですよね。しばらくは自作とAIのハイブリッド時代が続くとは思いますが、どうモチベーションを保っていいかわからない作家も多いと思うんです。

本人が頑張って作ったのか、AIが作ったのか、聴いている人にはわからない時代がもうそこまで来ているので、うちの作家には「早く売れろ」と言ってますね。完全にAIの時代になる前に売れたら、「これは自分の力で作った」って、世間に胸を張って心から言える。それに、「自分はAIなしでもこれが作れる」と思えるかどうかって、クリエイターにとってはすごく大事なことだと思うんです。

杉山:今後は仮歌にしろ、楽器にしろ、AIでできることの精度がどんどん上がっていくことは間違いない。

一昔前であれば、「自力でちゃんとやったほうが自分の音になる」って、自信を持って言えたんですけど、正直いまはAIで作って、それを微修正するほうがいいものになるかもしれない。

でも、それをやると「その人らしさ」はどんどん薄れていって、「よくできてはいるけど均質化したもの」になってしまう。だから、すでに第一線で活躍してるプロは頼らないと思います。

─何を大事にするのか、難しいところですね。

杉山:音楽的な高揚感は、やっぱり自分で作ったほうが圧倒的にあるんですよ。事務所の勉強会では「すぐにクオリティを上げたい人は導入すればいい。ただ、自分の地力を高めたいのであればおすすめしない」、スクールの子には「使うな」と言っています。音楽って、苦労してちょっとできるようになって、それが少しでも人に伝わった瞬間に、めちゃくちゃ伸びるものなんですよ。

─まずは自力で音楽を作ることによって得られる高揚感を一度体験してほしいと。

杉山:そうですね。“モブノデレラ”は関口くんがちゃんと作った一曲目という話をしましたけど、スクールにはサビだけを何パターンか作らせる小川さんの講義があるんです。それをみんなでやると、「こんなの作ってくるやつがいるのか。負けたくない」と思うようになって、それで関口くんは最初にちゃんとフルを作ったときに、めちゃくちゃ頑張れたらしいんですよね。そういう作る喜びとか、夢中になれる瞬間を伝えるのがスクールの一番の役目だと思ってるんです。

作曲家であり、経営者であることで生まれる「相乗効果」

─最後に、作曲家としての今後の展望を聞かせてください。

杉山:攻めと守りを両方やりたいです。これまで大事にしてきた自分から自然に出てくるものは守りつつも、AIツールを含めた新しいプラグインなども学んでいきたい。新しい挑戦が億劫になってくることもありますが、ちゃんと続けて、また新たなヒット曲や残っていく曲を作れるように頑張りたいです。

─組織としてはどうでしょう。

杉山:経営者として、「何年後に年商いくら」みたいな目標はないんです。人材によるところが大きいお仕事なので、明日ヒット作家が出るかもしれないし、もっと時間がかかるかもしれない。

ただやっぱり、「これほどの努力をどうやったらほかの人ができるんだろう」っていうぐらいの頑張りは、基本的に必要な世界だと思ってるんです。少なくとも、僕はそうしてきた。それを無理に強いるのではなく、自発的に頑張りたいと思えるような組織体制を作っていきたいですね。

より具体的に言えば、ライブハウスを持ったり、自社でアーティストを抱えたり……自社で経済圏を作っていかないと、大AI時代に生き残るのは難しい。どうすればこのチームを守り続けられるのか、成長し続けられるのかを日々考えて、研さんを積んでいるつもりです。

─作曲家としての杉山さんと、経営者としての杉山さんと、いまはその両輪があることによって、相乗効果が生まれているようにも感じます。

杉山:おっしゃるとおりだと思います。たぶん、事務所をやってなかったら、もうこんなに曲を書いてないと思いますね。いまは毎月の事務所の勉強会の日にかっこつけるためだけに曲を書いてるんですよ(笑)。

でもそれでちゃんと結果が出て、事務所に優秀な子が入ってきてくれたら、またその子にも背中を見せなきゃって……その無限ループなんですよね。

─めちゃめちゃ好循環ですよね(笑)。

杉山:そのうち体が持たなくなると思うんですけど(笑)。

─いやいや、まだまだ曲を書き続けていただけると嬉しいです。

杉山:ありがとうございます。頑張ります。

サービス情報

1年間で確実な成長をしたい方のためのコース

2時間1レッスン(グループレッスン月4回、年間48回)※杉山勝彦の特別講義含む

講義日時:
毎週日曜16時から18時 ※16時からのクラスは定員に達しました
毎週日曜19時から21時※第1回講義は2025年10月5日(日)
受講場所:CoWRITE studio(JR・都営大江戸線代々木駅 徒歩4分)

初歩からサポートして欲しい方のためのコース

1時間1レッスン(マンツーマンレッスン)

※受講日時は担当講師と決定いたします
受講場所:CoWRITE studio(JR・都営大江戸線代々木駅 徒歩4分)

<初心者コース>
楽器の経験、作曲の経験なしの初心者用コース

2時間1レッスン(グループレッスン、計6回)

講義日時:毎週日曜19時から21時
※第1回講義は2025年8月24日(日)
受講場所:CoWRITE studio(JR・都営大江戸線代々木駅 徒歩4分)

プロフィール

杉山勝彦
(すぎやま かつひこ)

作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー。株式会社コライト 代表。1982年1月19日生まれ。埼玉県入間市出身。早稲田大学在籍時代、ラッツ&スターの佐藤善雄にスカウトされ、2007年、Sony Music Publishingの専属作曲家となる。2016年に独立し、株式会社コライトを創設。家入レオ“ずっと、ふたりで”で『第59回日本レコード大賞』作曲家賞、乃木坂46“ごめんね Fingers crossed”で『第63回日本レコード大賞』優秀作品賞を受賞。

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