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自分を表現した先に見えた景色 清水 葉月

はい 皆さんこんにちはえ宮城県から参りました 一般社団法人スマートサプライビジョンの 清水はずと申しますよろしくお願いします と私を表現した先に見えた景色ということ で今日は私が体験した経験とそこで出会っ た人たちと一緒に行った表現についてそれ を気づいたことを皆さんにシェアできたら なと思っています え突然ですが自分を表現すると言って皆 さんはどのようなイメージが見ますかえ 自分をもし自由にここで表現してください と言われたら皆さんはどう感じになる でしょうかいやいやいや自分なんて表現 することできませんよそんな立派な体験し てませんからみたいな感じで思うんじゃ ないかなって思います実は私もそうでした こうやってここに立ってるんですけど元々 はそんなこう発表して表現するなんて ちょっと自分ではイメージがつかないよう な人間でした え私が思っていたのはまこういう風に自己 表現をする人というのは選ばれた特別な人 がするものでそして表現するものは 素晴らしくこう完成された作品での状態 じゃないと出せないまそれが私のも表現だ と思ってましたでこの表現っていうものへ のイメージが私が変わった出来事について これから話したいと思っています え私の出身はですね福島県の波江町という ところです宮城市から来ましたっていう風 には言ったんですけどま仕事で宮城県にい て元々は福島県にいますで私はあの14年 前に突然え東日本大震災という出来事が ありましてそこでえ私のこの町の地図が 写ってると思うんですけどもえ福島第1 原子力発電所のすぐ近く直線で言うと 7kmの距離に自宅がありましてあの3月 11日翌日の12日に原子力発電所の事故 があって突然町を離れなければならない ことになりました えそれでですね私は初めて誰かにこの自分 が体験した出来事とかそこについて思う ことを初めてこう話したいって思ったん ですねであれだけこう日本がというかあの 大変なことがある中でこれをどうにかこう 共有したいと思ったんですけどでも当時は 話したくても話すことができませんでした それはなぜかと言うとえ私とあとこのあの 図とクラスメートのことが書いてあります けれどもやっぱりこう体験をした人体験を していない人という中でこう見えない配慮 の壁ができていましたえいろんな感情が そこにあったんですけれども決して相手を 傷つけたいわけではなくてお互いがお互い を思い合う故えにこう言えなくなって しまっている話せなくなってしまっている という壁でしたでそこをあの私は幸運な ことにそこにたまたまいたまその時は私は 高校生でしたのでえ学校の先生大人がいて くれて間でこうえ震災の体験をたまたま きっかけで話すことができてお互いにこう 対話をすることができたんですね えそこで初めてあの自分はこういう体験を してそしてこういうことを思ってきたで クラスメイトも実は気になっていたけれど もどういう風に聞いたらいいか分から なかったしでも自分たちもあやっぱりあの 千葉県に私は避難をしたんですけども千葉 で体験したけどどういう風に接したらいい か分からなかったんだよねっていうことを 率直に言い合いましたでそこで初めて経験 の運を超えてそれぞれの思いがあるという ことを私は知ったんですねであのこの対話 をする前まではやっぱり経験すした人して いない人っていう風に線を自分でも引いて いたと思うんですけどこれによってみんな が同じ体験をしているということの認識が 書き変わりました えこの経験をした後に私は同じような体験 をした被災地の子供たちのために何かし たいということで今私が住んでいる宮県の 石巻という町に行きました石巻は被災地の 中でもかなりえ3万人以上かなあの被災を されてそれであの避難所でって東北最大の 被災地って言われてた場所なんですけども そこに行って子供たちの支援がしたいと いうことでこちら写真に写っているのは 子供センターという自動施設ですでここで 子供たちとその町を舞台に自動感を 飛び出しながら子供たちがやってみたい ことを実現するそのお手伝いをする職員に なりました そんな中でですね私が当時行ったのは震災 から6年が経った頃だったんですけれども まだ街の中に少しあの仮説住宅が残って いるという状態の中で子供たちに話を聞く と震災の話を学校や家族としたことないよ とえ知りたくても私たち聞く知る機会が なかったとで当時自分はあのま物心ついて いて震災のことも景色も分かったけどでも 何もできなかったんだよねてそういう 気持ちを被災地だからこそ抱えている人 たちがいるでそれについて知ったりとか 表現できる機会がないというのを私は感じ てここに対してどうにかしたいなっていう 風にあの自分の経験からも思いました そんな中でえ震災をですねあの子供の時に 経験をした人たちがもうすでに若者の年代 になっていましたあ少し上のお兄さん お姉さんたちが自分たちが様々なそれこそ 津波地震原発事故色々なあの時えことが 起こりましたけれどもそれぞれの経験を それぞれの立場であのみんなこう車になっ て話すという場に子供たちと一緒に参加を してみんなで自分たちの経験を表現し合い ました その中で1人出会った女の子がいますえ 西城風さんという女性なんですけれども 彼女は石沼の自動館で出会ってえ実は家族 をなくしていて当時あの幼稚園だった妹 さんをなくしていたんですけれどもあの 小学まだ2年生で自分が何が起きたのか 分からないだけど突然妹が帰ってこなく なったで家族が遺体を捜索しに行ってそこ に自分もついていってでそこで変わりてた 妹の姿を見たそういう体験をしていました なんですけどこの経験をやっぱり身近な人 たちに言うことができなくって自分の胸の うちに抱えていたんですねでそれをあの 初めてこう一緒にでもこのことを忘れたく もないし表現したいっていう時に一緒に 対話の場をやろうと彼女があの資格企画者 になってくれて一緒に企画をしましたその 時に彼女が言ってくれたことがありますえ 当時もう震災から10年目に差しかかって いました時間が経ってあの日からのことを 理解して語れるようになっただからこそ今 の方が悲しみが増してきたで昔は鮮明に 思い出せていた記憶がだんだん薄れていく ことが本当に怖い妹との大切な記憶を忘れ ないためにあの日からのことを伝えていき たいっていうお話をしてくれたんですね えこのような彼女の話を聞いて震災から もう10年も経っているのにというか経っ ているからこそなのか語れる場がないと いうことに気づきました当時の周辺の環境 によって子供たちはどうしても大人たちが 復興だなんとか日常を再開させないとと 頑張る中で自分たちの気持ちを話せなかっ たそこについてあのそういう風にどこにも こう表現できる場がなかったっていうこと に気づいてまそういうのを時間も必要だっ ていうことも彼女の話から分かったので そういう子供たち若者たちが安心して自由 に語れる場所を作ろうということでえオン ラインでですね語る場を始めましたまそれ がえ私が今所属しているスマートサプライ ビジョンという震災後にできたえ何か災害 があった時に1人の市民が自分たちが さやかだけどできることということで支援 のこう相互で支援と供給の プラットフォームなんですけどもそこの サイトの中で未来を作る声を届ける プロジェクトということでオンライン イベントを始めていきました でここの中ですねいろんな子供たちと会っ てきて宮城から宮城福島岩手それ以外の 関西や関東の学生まで経験は同じではない けれどもでも自分たちが震災を通じて感じ たことを思ったことを表現し合いたいと いう人たちが集まりました で本当に1人1人あの様々な体験をしてい てでそこに対しての向き合い方もかなり 多様なんですよねそして今もう震災から 14年が経ったんですけれどもあのそこに 対して信仰系であるとまだまだその出来事 に対して自分がどう考えるか感じるかを 更新しているというのが感じましたそう いう同じ人誰1人同じ表現をする人はい ないというのをこの回を重ねるごとに感じ ていく でこのようなですね出来事ある特定の 出来事に対して個人がどう向き合うかと いうことに対してはかなりま個人的な行為 かもしれないんですけれどもでもこうやっ て安心できる場で違った他者同士が 語り合ういうことで自分と他者を知れる そういう機会になったなって思っています でそういうことをした上でようやく違いを 超えて繋がることができるそういう場に なっていったように思いますで私はですね この後にえ同じように体験をした友人と 始めたんですけれどもえそもそも震災って そんなに特別だったっけっていうことに 気づいてそれを震災な震災を特別な出来事 にしないあの日常の出来事として緩く フラットにみんなで語り合おうよという イベントを勝手にYouTubeで配信を 始めました2人で喋っている様子をみんな はどう思うんだろうみたいのを自然に 語り合いたいそういう空気ができたらいい なと思ったからですでこのえっとユルク フラットに審査について語る会は今年の4 月1日の朝日新聞の一面であの掲載されて いるおりの言葉に掲載をされましたえ哲学 者のわ田さんが引用してくださったんです けれどもえ劇的なエピソードではなくその 時にあったさやかな出来事を教えて くださいという今年え仙台で行われたえ ある企画店であのその当時のエピソードを 募集してYouTubeでライブ配信をし たんですけどもそこのエピソードを抜粋し ていただきましたそのなるべくこう特別な んだけど特別だ特別だとされて大きな 出来事にされがちなんだけども本当は自分 たちが感じたことってどこにあったんだっ けそれを探る取り組みだと思っていますで さらにですね私たちはあの被災地で被災を した子供たちの声を聞いてきたんですけど もそうじゃない実はこの関東とかまあの 群馬もそうだと思うんですけども自信を あらゆるとこで経験した人たちがいるで 経験をしていなくても遠くで見ていて自分 たちも心が傷ついたっていう風に感じる人 たちがいるその存在をえ知ることが活動 通じてできていてでこのみんなが主役の カフェトークってものをオンラインでえ 奇数好きに続けて細と続けているんですが え私の物語をそれぞれが表現し合うそれを 受け止め合う対話のイベントですでこれを しているとえいろんな人が実は自分たちも 関係があってあの時に感じていた自分が できなかったという後悔あとは関われ なかった罪悪感を持っていることに気づき ましたでそこをようやくこう安心して表現 することでようやく自分の過去を受け入れ られるそうすると他者を受け入れられる そういうような場になっていきましたえ 私自身もえ場を開きながら向き合ってい ました自分は被災者なんだろうか震災から もう2日3日経ってもう被災地からいなく なった中で被災者と言っていいのかそんな ことをこう他者から言われたこうここと 言葉とか世の中で言われている被災像 みたいなのに照らっしゃあの自分のえっと 経験をなかなかこう表現したくてもでき ないみたいなものにはまっていたんです けどもでもこういう活動を通じてあの誰か につけられたものではなくて私がこの経験 をどう思うかそしてどう表現していいかと いうのを自分で決めて表現することそう するとえそこから繋がっていていって さらにこうその次の未来に繋がっていくだ なっていうのを初めて自分はこの活動を 通じて分かりました え本当に誰のものでもない感情や感覚と いうものを表現することそれはすなわち 自分の人生を表現することなんだと思い ますなので冒頭の話に戻るんですが自分を 表現することっていうのは必ずしも特別な ことではなくて自分が本当にどあらゆる 出来事に対して何を思うかそれを自由に 表現していくことなのかなと思っていて それをたくさんの人が行っていけるといい のかなと私は思っていますご成聴いただき ありがとうございました [拍手]

「自分を表現する」と聞いた時、あなたは何をイメージしますか? 人生の様々な場面で、人は自分にとって不本意な出来事に遭遇することがあります。私は14年前に遭遇したある出来事をきっかけに、同じ出来事を経験していても、だれひとりとして同じではない記憶と感情を抱えながら、同じように簡単にはことばに言い表せないものを持った子どもたちや若者たちに出会いました。ちがいを認め合い、やわらかさをそのままに、同じいまこの時を生きていくために必要なもの。それが「表現」ではないかと私は考えています。これまでに私がどんな表現に出会ってきたのか、そしてその先に何が見えたのかを聞いていただいているみなさんと分かち合えたらと思います。

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