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佐々木亜希子Special#2 2025.7.4

はい、行きますね。 はい。シジャンパンファンでした。 [音楽] この2個の音が好きなんですって。 そうなんです。もうニコ大好きでジャンパンファンさんともちょっとだけ共演させてもらこがです。 なんかね。はい。 いいですね。こうべ、別のだから僕なんかは あのなんか2 個の女性の軍団みたいなのがジしたりとか はい。あ、 私も行きましたね。はい。あのすごい学 あ、そうですか。もだし。 うん。うん。うん。 あとやっぱりあの方僕も僕なんかもそうですけど坂本龍一のえっとラストエンペラーいうあれだ。 [音楽] 2 個ね色々重無事に使ってあれでアカデミー賞ね取りましたから。 うん。 そういうので今なんか坂本のことなぜか今聞いて思い出してなんかだからさんがこう涙組んでるから大丈夫って言ったらいいや鼻水 [音楽] ばらさないで いやあのお互いこうやってあのけなし合いながら あのやってますけど なんかいろんなことやってきましたね そうですね でもやっぱりあのさっきねおっしゃっていただいたあの沢み先生の活弁を初めて見て [音楽] う もうこの世界に飛び込んでしまった感じなので [音楽] うん。その時どう思いました?初めて見て。 うん。 いや、もうこれ私やらなきゃっていう感覚になったんですけど、ま、あの はい。 テーマって人間の持ってるものって変わらないし。 そうですね。100 年前のフィルムでも一緒ですもんね。 でも時代がしっかり見えるのでうん。 当時の映像ってそれしかないじゃないですか。 うん。画に当時の方々の想像がたく詰まっていて うん。あの時代も見えてそにしか作れないものが映り込んでいてなんかすごいあのトリップする感じロマンを感じたんですよね。その世界 100 年前にトリップできる感じがすごい楽しいなと思って。ま、 うん。 あの、映画ってそういうものですけれども、そこに生の演奏と語りがつくことで、あの、いえる自分の言葉で はい。 うん。あの、みんなと一緒に共感ができる世界なんだ。 こういう文化は世界に日本だけなんですって。 [音楽] そう。簡単なレーションやる人はいるってのはあるんですけど、つまりちゃんとあの、 生の学団がついて それでちゃんと語る人がいて映画も上映するっていうのをやったのは世界で日本だけ。 それは多分落語というものが前からあったからだろうと。 [音楽] そうですね。語り物の文化ありますよね。もうそう。あの、あの映し絵とかもありましたし。うん。 ま、そんな文化があったのもあって定着したっていうことなんですけれども うん。すごい楽しい世界だなと思。 ちょっとあれ佐藤さんに弟子してくださいって言ったんですか? いや、あのうん。 ちょっと引っ込み事案なので楽しくて。 うん。そ、そ、そ、そ、それ YouTube で覚えたとか?それじゃない? いやいやいや、まだないですから。ま、あの先輩がサ連れて行ってくれたアナウンサーの先輩が沢先生とあの友人だった一応あの話を聞いて弟子取ってないわよとか [音楽] 色々まうん。若がこさん見なさいとか色 [音楽] 物になるまで10 年なれば食べられないわよとか うん。うん。あの、色々言われながら、 あの、字幕翻訳の戸田ナツ子さんも今もうお元気ですけども、 あの、ものすごく来るんだって戸田さんのようになりたいって同じこと言うの。 戸田さんは食べれないわよって 10年じゃなくて何十年も食べれなくても ああ、そうなんです。 なかなか大変でどうなったの結局そうのはでもおっかけをして 結局あの 見る見るしかないので そうですね。見ることがイコール勉強だしね。 そうですね。 なんかチャンスがくればなっていう感じだったんですけど、 1 年後にあのオーディションがあるよという話になって説のレストランシアターができるから何人も必要になるので はい。初のオーディションですよ。活動ベの それ行ってどうだったの? 行ってそこで受かったのでそこでスタートした感じです。 でもね、もうそれこそあのオーディション受かったから私活動弁士を始めるって親に言った時の反応はやっぱりでした。 だもんだ。何それ?ていうね。 まだNHK のニュースのキャスターだとおって感じじゃないですか?あ、そう。 泣きそうでしたね。青。 そうですよね。はい。父ももう90 ですけれども、 あの、俺だってちっちゃい頃見たことねえのっていうぐらいうん。 あ、かず弁の時代終わったけどっていう感じだったで。誰見たんだ?あ、今うまい。 あ、いやいやいや。誰みんなだみたいな。 いや、さて風びでうまいじゃないですか。な んや言うてまんねん。 はい。でもあの先ほどあのモ岡村さんがおっしゃったようにやっぱりあの最初に 地元でやったのを見てくれた時に あ、これはいい。 あっこさんがやった時、親が来てくれた。 ありがたいな。 そうですね。ま、父は最初からあのお客さんじゃあ娘の凱旋公園は凱旋とも言えないですけど初めてですから。 [音楽] 故郷に意識をかはい。まだ本当にぐらい。 そうそうそうそう1 年目でとりあえずあの見てくださいみたいな感じでしたけど、あ、父は呼んでくれましたけど、母はねまだうん。 恥ずかしくで呼ばんね。 私だわっていう感じだったんですけど。 もう本当に母に見えるのよ。 どうしたんだ?いこてきてる。見たら あのチャップリンとかね。 はい。や子供じさせねまねこいだばっていう。 というかやってる内容が要するにこの時代までまもちろんラッキーにフィルムが残って失われたフィリムって多いですから色々戦争ばっかりありましたからこの 100年ぐらいの間に もだしいいものしかやらないじゃないですか。 そうですね。だから作品がいいから そうです。 そう、演じるね、佐々木さんも感動して素晴らしいと思ってやるし、見る方はもちろんですよね。 はい。そうですね。 で、見る方がこういうものあんまり失礼ですけど、ご存知ない方がやっぱり多い。 そう、そう、そう。だから日本の文化をあの、伝えると役割もあるし はい。作品としても感動できて得るものがあるしうん。 あ、基本的にはその古いものをやるっていう感じなんですか? あ、そうです。 女性時代の音がないものに対して自分で台本を書いて語る。 あ、自分で書いてあって。 はい。自分であのサイレント映画なのでセリフをつけたり語りの部分をどうするかっていうのもあの材料が便子次第というところがあって そう台が用意されてるわけです。 じゃないです。だから弁子次第でどんな風にも だから同じ作品でも違う人がいると違う作品になる。 そうですね。 それがもう活弁の面白いところで、やっぱりあの当時から人気のある活動弁士のところに集まるんですよね、お客さんが。 あ、 あの、僕は淀川さんのあのエッセご出身。その後に東京いらっしゃったんだけど関西と関東で違うと。 関西はくどい。 さあ、秋のこの葉の中頃になんとかのジェームスはまだ帰られるベティを持って今日も港に来たのでありますみたいに言ってるわけ。 はい。関東ははい。秋になりました。 もうジェームスはただ港に立っているだけ。ベティはまだ帰ってきません。 そう、そう、そうですね。いや、本当にい、 そういうなんか山の手の語りというか、 [音楽] その都会的で、あの、ご数が少ないのが関東だと。 はい。山形はどうだ? 山形は山形便でどか少内弁でやったんでかな。 はい。はい。 じゃ、山でやった時はやっぱり少内弁で、あ、私も少内弁を入れ込んでやります。 そうです。 では皆様大変長らくお待たしました。この曲の後、この曲の後 生でやっていただきます。生放送でお送りしております。 シネマスクえ 469 回演技のいいキのいいところでこの曲を聞いていただいた後 加藤か子でカプリシュZッ なんかカプリシュZ っておかしくない?カプリシュ ZッじゃないシュZッ シュッペ うんジュゼッぺじいさんみたいじゃy

「岡村洋一のシネマスクエア」No.469 生放送📻️より

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