何かに並外れた愛情を注ぐ人や、著名人の意外な趣味にスポットを当てる連載「〇〇の異常な愛情」。第12回となる今回は、6月27日公開の映画「還暦高校生」に製作・出演で携わる一般女性・長谷摩美にインタビューを実施した。
ドラマ「3年B組金八先生」や「必殺仕事人」シリーズなどで知られる俳優・ひかる一平が主演を務める同作は、“42回留年している還暦の現役高校生”が主人公の物語。企画・製作の発端は、長谷が2024年正月に日本橋三越伊勢丹の福袋企画「奇才『河崎実』監督があなたをSFコメディ映画の主役に!」を引き当てたこと。彼女が自分ではなく「大ファンのひかる一平さんを主演に」とリクエストをしたことから製作がスタートした。
なお長谷は過去にも同企画に当選し、河崎実の監督作「メグ・ライオン」では主演を務めている。今回、奇跡の2度目の当選を果たした彼女に、500万円もの製作費を出資してまで映画を作る理由や、謎に包まれた私生活について聞いた。
取材・文・撮影 / 脇菜々香
“河崎実に映画を撮ってもらえる”三越の福袋企画が生まれた経緯
河崎実の監督作「メグ・ライオン」「還暦高校生」が生まれたのは、三越の新春福袋企画「奇才『河崎実』監督があなたをSFコメディ映画の主役に!」がきっかけ。これは、河崎実に映画を撮ってもらう権利を税抜450万円で買えるというもので、これまで2019年と2024年に行われた。当選枠は1名ながら、その両回で長谷摩美が製作権を手にしている。
福袋企画の発想のもとになったのは、上田慎一郎の監督作「カメラを止めるな!」だという。300万円という低予算で映画が作られたことにヒントを得た三越伊勢丹の担当者が、松竹に話を持ち掛けた。松竹のプロデューサーから「500万でやれますか?」と話を受けた河崎は「プロで安く作れるのは俺しかいないだろうと。『メグ・ライオン』と『還暦高校生』、どっちも3日で撮ったんだよ。そういうプロのテクでやってんですよ」と話す。続けて「コロナで空白期間があったけど、5年ぶりのくじ引きでまた長谷さんが当たった。嘘だと思うよね。まあ映画って縁でできてるからね」と語った。
製作・出演 長谷摩美インタビュー「彼女だけのために500万円を使ったら、人生が変わったりするのかな」
──今回、河崎実監督の福袋企画に2度目の当選を果たされました。1回目の当選で製作された「メグ・ライオン」の話からお聞きしたいのですが、最初はどうやってこの企画を見つけ、応募しようと思ったんですか?
長谷摩美
女性の地下アイドルですごく応援していた子がいたのですが、その子が急に辞めちゃったんですね。自分が何かできるわけでもないので、もう彼女に会えないんだろうなと思っていたんです。その年末にたまたまSNSで日本橋三越さんの福袋企画を見つけて、「河崎監督に映画撮ってもらえるんだ!」「しかもこれ500万円!?」と。そのアイドルは、メンバーがお店にも立つカフェみたいなところに所属していたのですが、そこにはお客さんにカードランクがあり、500万円を使ったら最高ランクになれるというシステムでした。もし私が彼女だけのために500万円を使ったら、誰かの人生が変わったりするのかなと……。福袋に当たってもし彼女と連絡が取れたら、映画に出てくれるかもしれないし、ダメだったら私が出ればいいやと思って応募しました。
──そこまで考えていたんですね。
そしたら当たりまして!(笑) そのグループのメンバーにお願いして、応援していた子とも連絡が取れたんです。オファーしたところ「今、就職をして働いています」「気持ちはうれしいけど、今は自分を採ってくれた会社のためにも資格を取ってがんばろうと思っています。辞めたあともそこまで考えてくれてありがとう」と返信が来て、「やっぱりいい子だったなあ」と職場の更衣室でわんわん泣きました。でも同時に「あれ? 私が出ないといけないってこと?」と気付き、“ちょっとしくったな”と思いつつ、出演しました。
──長谷さんにとっては500万円という金額にも意味があったんですかね。
その金額だったのが大きいです! あとは河崎監督だったから。
──河崎監督の作品はもともと好きだったのでしょうか。
「地球防衛少女イコちゃん」という素晴らしい映画がありまして。それから監督の作品はちょこちょこ観ていました。河崎監督の好きなところを挙げるとすると……普通、人って大人になっていくじゃないですか。
──すごい前置きですね(笑)。
例えば私が映画監督だとしたら、最初は「地球防衛少女イコちゃん」を撮っていても、歳をとったら大作を撮ってみようと思うかもしれない。でも河崎監督は思わないんですよ。いつ観てもバカ映画として素晴らしいクオリティを保っている。それはもはや尊敬できる大人じゃないですか。
日本橋三越、正気かな?
──そもそもその福袋は、どうやって応募するんですか?
普通に日本橋三越に行って、用紙に福袋の番号を書いて、応募箱に入れるだけです。
──最低限の情報だけなんですね。
「メグ・ライオン」のときは2人応募してたまたま私が当たりました。映画の撮影が終わり、監督からけっこう演技を褒められたんですが、そのときに「本当にすごく好きな人が相手役だったらセリフなんて言えなかったと思う」と言ったんです。「誰のファンなの?」って聞くから「ひかる一平さん」と答えて、監督からは「もしまた福袋企画があったら、一平さん主役で撮ろうね」と言われていました。
──すでに次回作のキャスティングが始まっていたとは。
「還暦高校生」より、左から直江喜一、ひかる一平 ©︎ロングキャニオン2025
そうです。でもその時点では、日本橋三越が同じ福袋を2回出すとは思っていないじゃないですか(笑)。そんなチャンスは来ないだろうと思って「そうっすね」って返していたんですが、数年後、監督がすごいニコニコしながら「あの福袋出るんだってー!」と報告してきました。「日本橋三越、正気かな?」と思いつつ、前回ちゃんと映画ができたから今回は絶対にもっと応募者がいるだろうと。「どうせ当選しないだろうから」と思って応募はするだけした、という感じだったので、当選したときは私が一番びっくりしました。
──今回は何人の応募があったんですか?
6人です。当選者公表の前夜に監督から「当たっちゃったんだけど」と連絡が来て、「2回当たったとなるとやらせだと感じる人もいると思うし、さすがに500万円を2回出すのはきついだろうから、次点もいるから断ってもいいですよ」と言われたんです。少し前のインタビューで一平さんが「今はあまり役者として出てない」と語っていたから、今回の映画にも出てくれないかも、と断ることもよぎったけど、そんなときに私の中の“悪い私”がささやくわけです。「あんた、ずっと『そんな福袋は2回も出るわけない』とか、『当たるわけない』と思ってたのが当たったんだから、それは日本橋三越も監督も私も関係ない、神様がお前に女優をやれって言ってるんだろ!」と。確かにここまで来たら一平さんもワンチャン出てくれるかもしれないと思い、「やります」と返事しました。
みんな太鼓とか笛とか酒持ってこーい!
──そこから映画作りが始まるわけですが、結果的にひかるさんは主演を担っていました。
いろいろ考えたんです。一平さんは芸能事務所を経営しているので、「好きなだけ子役さんを出していいので、一平さんもワンシーンだけでも出てください」と監督から伝えてもらうようにしました。そしたらワンシーンどころじゃない大サービスで!
「還暦高校生」ポスタービジュアル ©︎ロングキャニオン2025
──長谷さんとひかるさんのドキドキするシーンもありました。長谷さんがひかるさんを好きになった理由、応援し続けてきた理由はなんだったのでしょう。
中学生の頃に観ていた「3年B組金八先生」や、そのあとの「必殺仕事人」がかっこよかったからです。「必殺仕事人」は再放送も多く、なんだかんだちょこちょこ観ていたので。もちろんほかにも応援している人はたくさんいるんですけど、誰に出てほしいかと言われたらやっぱり一平さんだなと思ってオファーしました。
──現場での様子はいかがでしたか?
かっこよかったです……。お話ししてくれましたし、物腰もやわらかくて。私は大人なので“すん”として「そうですね」と返すわけですが、ファンはどこまでいってもファンなので、心の中では「今横にいるー! やったー! みんな太鼓とか笛とか酒持ってこーい!」って感じ。本性を悟られないようにするので精一杯でした。
「還暦高校生」の場面写真。右端が長谷摩美 ©︎ロングキャニオン2025
──今回の「還暦高校生」で好きなシーンや演じていて楽しかったシーンはありますか?
好きなのは、(みやの)ねりちゃんが同級生をぶん殴るシーンですね。ねりちゃんはもともと私が好きなアイドルグループにいて、辞めてフリーで活動していたんですが、オーディションになかなか受からないと話していたので「メグ・ライオン」に出演しないかと声を掛けました。彼女はそのときに「見てくれている人もいるんだからもっとがんばろう」と思ったらしく、オーディションを受けて今は松竹芸能にいるんです。だから前回はフリーのねりちゃんにオファーしたけど、今回は松竹芸能のみやのねりさんにオファーしました。
──「メグ・ライオン」や「還暦高校生」では、ストーリーなど中身にはどこまで関わっているんでしょうか。
監督に全振りです。だって河崎監督が作ってくれるんですよ、そんなの乗っかりますよ!
普段はスーパーのアルバイト
──普段はどういった生活をされているのか教えてください。
スーパーのアルバイトです。5年前まではそれなりに真面目な仕事をしていたのですが、定年になったので。週4で早朝から昼ぐらいまで働いているんですけど、人が足りなくて週5になったり週6になったりですね。
──以前はどんな仕事をされていたのでしょうか。
秘密でお願いします。定年が少し早い仕事です。
──今、お休みの日は何をされていますか?
アイドルのライブに行ったり、プロレスを観に行ったり、部屋でぐだぐだしたりしています。
──「メグ・ライオン」で演じた役の感じなんですね。映画では、どういった作品が好きですか?
観るのは邦画がほとんどで、自分が好きな人が出ている作品は観に行きます。それが関係なければ、やっぱりバカ映画が好きです。タイトルを聞いて絶対に行こうと思って観たのは「野球どアホウ未亡人」。そしたら監督の小野峻志さんが河崎監督のお弟子さんだと聞いてなるほど、と。今回の「還暦高校生」では脚本を書いていただけて、夢のタッグが実現しました。あとはコメディが好きです。基本的にすぐ泣いちゃうので、映画では笑いたいと思っています。
──長谷さんは今後、本格的に役者の道に進む、という選択肢はお持ちなのでしょうか。
結局、映画に出たときに思ったのは“やっぱり私は一般人だなあ”ということ。私は普通に仕事しているほうがいいんだろうなって。
「還暦高校生」場面写真 ©︎ロングキャニオン2025
──では、出演を断らないのはなぜでしょう?
それは、前作で私の相手役だったジョナサン(・シガー)が「自分は絶対に仕事を断らない」と言っていたからです。万が一にでもオファーがあるってことは、私がその仕事をやってもいいということ。ジョナサンから学びました。
──オファーがある限りは楽しんでやろうということですね!
楽しくはないです。めちゃくちゃ緊張しています。
──なるほど。では「メグ・ライオン」のときに学んで、今回の「還暦高校生」で生かしたことはありますか?
しゃべり方を普通にしようとがんばりました。ドラマとかを観ていると、うまい人とそうでない人がいるじゃないですか。いつも「普通にしゃべればいいのにな」と思っていたんですよ。でも自分でやってみたらなかなかそうもいかない。セリフは普段の自分とはしゃべり方が違うのでなおさらです。
また福袋が出ても、老後の生活を考えて応募しない
──映画を2本製作・出演されましたが、今後も映画作りには関わっていくのでしょうか?
また福袋が出ても、次は老後の生活を考えて応募しないと思います。あと、映画には「もっとがんばって有名になろう」という人に出てほしいし、私はスーパーのアルバイトも嫌いじゃないのでそっちでがんばりたいと思っている。だから自分には“役者として”みたいな気持ちは何もないし、おこがましい。でも、自分の心の中のギャンブラーが「この中から誰かが将来すごく売れてくれたら、おばあさんになっても『あの子はあたしが見つけた』みたいなことを言えるな」とも考えているので、まだわかりません(笑)。自分がオタクだから、応援されるより応援したい側なんですよ。その子が落ち込むことがあっても「あのとき映画に出られた」と思い出してもらえれば、それだけで幸せだなと。
長谷摩美
──がんばっている人を支えたい気持ちと、ギャンブラーな姿勢が共存しているのがすごく面白いです。
せっかくだったら売れてほしいですよね! 「メグ・ライオン」に出てくれた浅野杏奈さんは今すごく活躍していて、それを見るたびに“彼女は私が育てた”と……いや、育ててない! 育ててない!(笑)
──セルフツッコミありがとうございます(笑)。最後に、映画「還暦高校生」を通して伝えたいことを教えてください。
あきらめずにがんばり続けたら何かいいことあるよ、年齢は関係ないよ、ということを感じてもらえたらと思います。あと、ひかる一平くんがめちゃくちゃかっこいいので観て!! 伝えたいのはそれだけです!
映画「還暦高校生」予告編
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