Search for:



【沖縄戦】家庭に眠る戦争の記録 戦地から届いた祖父の手紙…つづられた子どもへの切なる願い『every.特集』

大阪に住む家族が祖父が千地から送った 手紙について情報を寄せてくれました 古い手紙の写真と共に孫にあたる女性の 思いが この手紙は大阪の親族の元に身を寄せて いる妻と幼子を暗じて書かれたものです 祖父が母たちを本土へ返してくれたから こそ私たちの命がこうして繋がっています ご家族の中でこの手紙の本当に大切に大切 に受け継がれてきたんだなっていうのを どういう うん うん思いでこうおじいさんのことは思って いるのかなっていうのはすごく気になり ます 話を聞くため私は大阪へ向かいましたこんにちは こんにちは
キ田みです 長崎ですどうぞよろしくお願いします よろしくお願いします色々楽 情報を寄せてくれた長崎さん よろしくお願いします 今回そういった情報をこう寄せていただいたのはどういった思いからだったんですか 当たり前の幸せっていうのがもう戦争のために奪われたそういうことがもういっぱい うん あったっていうことをあのま知っていただけたらなそういう気持ちからあの送らせていただきましたはい うい本当に私も戦争直接やっ やっぱり知っている世代ではないのでそういったはい あの実物の手紙とかっていうのを見せていただけるっていうのは本当に貴重な機会なので本当にありがとうございます ありがとうございます 激しい地上戦が繰り広げられ 20 万人あまりが犠牲となった沖縄線くみ子さんの祖父高井慎郎さんも軍に招集されました [音楽] 祖父が1人で映ってるものっていうのは 1つもなくって
はい おそらくなんですけどこの真ん中と こちらの方 はいこの右があのそうじゃないかなっていう風に [音楽] おじい様のそうですね顔が 分かる方っていうのがもういらっしゃらぬですね そうなんですはい 1度も会ったことがなく顔も分からない 祖父郎さん その妻でくみ子さんの祖母にあたるきよ さん 3歳のひさ子さん 生まれたばかりの義ひさんと暮らしてい ました 沖縄線を前に妻と子供たちは大阪へ疎会新次郎さんから届いた手紙を大切に保管してきました [音楽] 実際お手紙っていうのを見せていただいてもよろしいですか はいあはいこれですね ああ ちょっともうちょっと触ると破れそうなんで そうですね
はい これがもう本当に当時のままってことですね そうですそうですはいこれが封筒 線3枚に渡る手紙ごめんなさい これが
書かれたのは 1944年2日
はい 新次郎さんが家族を疎会させた直後でした 吉ひは元気ですか 子も
母ですね随分 随分
泣いて
泣いて モて余ました
持てましたことでしょう 寝るにつけ起きるにつけ君ら母子のこと のみ考え 月の空を眺め寂しく本日を送り今は君より の詳しい頼りを首長に待っております 当地のことは心配せぬよう体に気をつけて くれ お互い戦争に勝つまでは頑張ろうではない か 子供と別れ寂しい 君よりの詳しい頼りにより寂しさも消える ことだろう とにかく お子さんだったり奥さんきさんのことを すごくね心配されて気にかけていて 子供とこう離れてしまうっていうこの辛さ とか寂しさっていうのはすごく や感じるところがあって ね戦争でこれを 離れなきゃいけなくなったんだとか思うと 辛いですね 本当にもあるし突然ね戦争に巻き込まれていく うんうん まこの手紙を書いた時のフの気持ちを考えると 本当に悲しくてたまらない そうですね
はい うちも息子がもうすぐ 5歳で子供がこう成長していく姿を うん 追うっていうのがやっぱり親としては嬉しいことだと思うんですよ [音楽] うん これだけ愛情深い新次郎さんだから絶対に目にしたかっただろうな 家族との再開を願っていましたが慎さんは 1945年4月2 日に亡くなりました手紙を書いた 5ヶ月後のことでした あるんですか
はい 家族の元に帰ってきたのは新次郎さんが必要なものを入れて持ち歩いていた方向袋 中に入ってたのは言うんですけど 方向袋
はい
この中に
はい
吉ひ毛とあって うわあ
これね毛 うん
持っていかれてたんですね うんそうですね はい ずっと一緒にいたかったんでしょうね そうですよね慎さんは生まれたばかりの息子義博さんの髪の毛を千地で大切に持っていました 本当この袋に大事なものを入れてっていうことだと思うんですけどでも大事なもんってこの袋だけじゃ収まらないですよね そうですよね父と再開を果たせなかった吉ひさん 80
歳となった今見 思いを語ってくれました よろしくお願いします 吉ひさんお手紙を読まれた初めて読まれた時ってどういう思いでしたか?なしかったな うんうん そあまりちとかまあんまりかな記憶がないからね はい 顔の分からない父がどんな人だったのか 親戚から話を聞いてごめん 思いを寄せてきました [音楽] 伝の
うん仕事してたよ へえ
で戦に
うん 結局台風とか来たりしたら うん
すぐ行かなかんから うんうんとこはまうんすごい人やなと思ううん うん は思い出してないだらうん 止まらんとるしな
うん あんな戦争はしももうしたらかん うん くみ子さんの母久さ子さんも父を思い前ある願いを語っていました沖縄の平和の一時にはい 祖父の名前が高い新庄と刻まれているのを自分も見てみたいという風に言ってましてうん 歩くっていうことができなくなってしまって はいでそれであのとうと連れて行ってあげることができなかったんですね 沖縄線などで亡くなった人の名前が刻まれた平和の石そこにある新次郎さんの名前を見たい 母の願いを叶えられなかったとくみ子さんは悔んでいました 平和のしに母一緒に連れて行ってあげて でおじいさんの名前見せてあげて 祖父が船に乗せてくれたからあの母も無事でこうやって私も生まれて ちゃんと命が繋がってるよっていうことを祖風にお礼とお伝えができたらいいなと思ってますはい 今月戦後80年にくみ子さんが夫婦で訪れ たのは沖縄県読み 新次郎さんの所属していた舞台の隊員の 多くが亡くなった場所です 慰例費には兵士たちの異骨が納められてい ます その時祖父が見た後光景っていうのは どんなんだったろうなって怖かっただろう な 叶えられなかった母の思いも一緒に そして訪れたのは母が1番きたっていた 平和の石 新次郎さんの名前を探します ごめん あった
あった
あったあったここ ああ信じるここや私のおじいちゃん来た [音楽] やっと来れた これた 石に刻まれた祖父の名前 の思いで大事な家族を残して 本当にあの あの1つでも将来の夢とか希望とか幸せと か全部奪われても 戦争に行くしかなかったんやっていうこと そうやって死んで行くしかなかったんやっ ていうことを私たちもちゃんと覚えといか なきゃいけないし私たちの子供とか孫の台 とかもっとその先とか戦争なんて絶対して 欲しくないな

沖縄戦で亡くなった祖父が、戦地から家族に送った手紙。家族は80年、大切に保管しています。そこにつづられていたのは「子供と別れ淋しい」の文字。再会を果たすことができなかった子ども、そして手紙を受け継いだ孫の思いを、桐谷美玲キャスターが取材しました。
(2025年6月25日放送「news every.」より)

◇メンバーシップ「日テレNEWSクラブ」始まりました
月額290円で所属歴に応じ色が変化しステータスアップしていくバッジ特典や、ライブ配信のチャットで使えるスタンプなどの基本機能が特典となります!!
https://www.youtube.com/channel/UCuTAXTexrhetbOe3zgskJBQ/join

◇日本テレビ報道局のSNS
X https://twitter.com/news24ntv
TikTok https://www.tiktok.com/@ntv.news
Facebook https://www.facebook.com/ntvnews24
Instagram https://www.instagram.com/ntv_news24/?hl=ja
Podcast https://open.spotify.com/show/0qPKGdVKMgSRuc8fCgJyqm

◇【最新ニュース配信中】日テレNEWS
https://news.ntv.co.jp/

#日テレ ​​#newsevery #特集 #沖縄 #沖縄戦 #戦争 #家族 #手紙 #祖父 #桐谷美玲

5 Comments

  1. 戦争とは家族も身も心も引き裂かれ別れ別れになっていくです。友達と歩いてた何処かに行く途中帰る途中亡くなれ他方々が沢山いたんです。

  2. 戦争について報道する全ての者、情報提供する者、全てが、戦地に赴いた英霊達に向け直接顔向けできる心持で関わっているのか?
    戦争を誰もがしたくないが、相手がある事
    ウクライナを見れば明白
    戦争したくないが為に戦わない心を持つのは、先の英霊に失礼すぎる事を分かってない人が多すぎる

  3. 自分の都合で過去の歴史書き換えろと発言する裏金西田と参政党神谷。この動画視てほしい!

Write A Comment