NHKスペシャル『新ジャポニズム 第2集 J-POP“ボカロ”が世界を満たす』。素晴らしかった。感動してしまった。
実は番組制作には協力してました。『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』を読んでいただいた制作陣から連絡をいただいたのは随分前のこと。
その時に今のボカロシーンやネットカルチャーを巡る状況をいろいろとお話したり、番組でも大きくフィーチャーされているきくおさんの話をしたりしたのですが、そこから時間が経ち、仕上がりがどうなったかは全く知らずに放送を観て。おお、こういう切り取り方になったんだと正直驚きました。
とてもよかったのは、単にボカロが海外で人気なんです、AdoやYOASOBIもボカロシーン出身なんですというところだけじゃなく、その文化的な意味合いに深く踏み込んでいたところ。番組の紹介文にはこんな風に書かれてる。
いま、初音ミクを起点とする日本発のボーカロイド文化が世界中で熱狂的なファンを獲得。歌声合成技術ボーカロイドはAdoやYOASOBIなど新たなアーティストも生み出すカルチャーになった。観客が日本語で大合唱する海外のライブや世界の若者たちが新たな音楽を生む現場に密着。
『新ジャポニズム 第2集 J-POP“ボカロ”が世界を満たす』公式HPより
でも、この文章だけじゃ正直番組で描かれてることの20%くらいしか示されていないと思う。海外のライブが盛り上がってる光景はあくまで入り口でしかなくて、その”現象”の紹介だけでなく、受け手の”内面”を掘り下げていく後半パートに醍醐味がある。
そのキーになったのは、やっぱり「愛して 愛して 愛して」という曲だと思う。この曲は海外で最も人気のあるボーカロイド楽曲のひとつ。番組はきくおのワールドツアー「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」に密着して、それが大合唱を集めているシーンを捉える。
ワールドツアーで沢山の人たちがペンライトを振っている風景はいわゆるファンダムの存在を意識させるけど、実態は決してそういう単純なものではなくて。それぞれが抱える孤独とか居場所のなさとか世の中の普通に馴染めない生きづらさとか、そういう苦しみに寄り添うものとして楽曲が深く刺さったということが、ファンの言葉から明かされる。
「彼の歌詞に『自分を理解してもらえた』と思いました。特に大変だった10代の頃です」(イギリスのファン)
「この歌詞を書いた人も同じ経験をしたのかもしれない。同じ感情を抱える人が他にもいるかもしれない。私は独りではないと思えるのです」(インドのファン、ヴィジャイさん)
『新ジャポニズム 第2集 J-POP“ボカロ”が世界を満たす』番組より
同じインドの13歳、カーヴィヤさんのコメントもグッときた。ボーカロイドにハマってるという彼女が「毎日聴いているプレイリスト」として番組内で紹介されていたのがこれ。
特に思い入れの深い一曲が、いよわ「きゅうくらりん」だという。
「主人公の女の子は疲れていて、全てを終わらせたいんじゃないかなって。たまに私もそんなふうに感じるの。悲しくても周りの人には言わないけどね」(カーヴィヤさん)
ボーカロイドのシーンの大きな特徴は、それが多面的なものであるということ。だから「日本発のボーカロイド文化が世界中で熱狂的なファンを獲得」という現象を語るにあたっても、いろんな切り口がある。
だから、「ボーカロイドが疎外感や葛藤を抱える人たちにとっての居場所になった」という番組の筋書きだけが正しいロジックだとは思わない。もっとライトでカジュアルな好かれ方だってある。たとえばそういう方向から初音ミクや鏡音リン・レンなどボーカロイドのバーチャルキャラクターとしての人気にフォーカスを当てるというやり方だってあったはず。
でも、観ていると、その切実さになにかしらの真実が宿っているということも強く思う。
イジメられていたり、家庭に問題があったり、人間関係に悩んでいたり、マイノリティとしての属性だったり、そういうのは人それぞれの事情であって、それをことさらに取り沙汰するような必要はなくて。むしろ、たとえそれが「ただなんとなく」だとしても、いろんな国に、世の中の”普通とされているもの”や”人間のカタチ”に馴染めない感覚を持つ人たちがいて。初音ミクやボーカロイドは「性別や身体を超えたキャラクターにクリエイティブを託す」仕組みだからこそ表現できるものがあって。だからこそ、そうした音楽がそれぞれにとって、崖っぷちに立つような思いを抱えて過ごすいくつもの夜を乗り越える手助けになった、ということなのかもしれない。そう考えると胸に迫るものがある。
そしてもうひとつ。「聴く」ことと「創る」ことがシームレスに繋がっているのがボカロカルチャーの特質のひとつで、そこにちゃんと触れていたのもよかった。
ロンドンのきくおライブで最前列で盛り上がってたリシーさんは自らも英語版の初音ミクで楽曲を作るボカロP。番組で紹介されていた楽曲はRishie-P「World’s Too Loud ft. Hatsune Miku」としてYouTubeにもあがっている。
インドのヴィジャイさん、カーヴィヤさんも作り手側に回っているようだった。
ボーカロイドは自分を表現する”自由”をくれました。人々とつながる自由、そして感情を伝える自由です。ボーカロイドは自分を表現し社会を変えるための”扉”なのです。(ヴィジャイさん)
何億回再生されたとか、何十万人動員したとか、そういうことよりも一人の人生をどう変えたのかということのほうが全然大きな音楽の営みだよなあと思うので。そういうことが描かれていたのもよかったと思います。