この1年、ファッション界はまるで終わりなき椅子取りゲームのように、クリエイティブ・ディレクターたちの移動劇に翻弄(ほんろう)され続けていた。誰がどのブランドに身を置くのか――業界関係者もファンも、手もとの賭け札を握りしめながら、その行方を固唾をのんで見守っていた。しかし、「バレンシアガ」のデムナ・ヴァザリアの後任にピエールパオロ・ピッチョーリが、「ディオール」のマリア・グラツィア・キウリの後任にジョナサン・アンダーソンが就任することが正式に発表された今、予測不可能だった顔ぶれがついに出そろい、それぞれが“新たな居場所”へとたどり着いた。

現時点で「マルニ」と「フェンディ」は、正式にクリエイティブ・ディレクターが任命されていない、数少ないラグジュアリーブランドだ。「フェンディ」の創業100周年を記念するウィメンズコレクションは、アクセサリーおよびメンズのアーティスティック ディレクターを務めるシルヴィア・フェンディが手掛けた。彼女はカール・ラガーフェルドの逝去後、一時的にウィメンズ部門も担っていた経緯がある。

marni runway milan fashion week womenswear fall/winter 2024 2025Marco M. Mantovani//Getty Images

「マルニ」のクリエイティブ・ディレクターを退任することが発表されたフランチェスコ・リッソ。10年にわたってブランドを率いた。

現在、フリーの立場にある大物デザイナーには、エディ・スリマン、ジョン・ガリアーノ、キム・ジョーンズ、ルーク&ルーシー・メイヤー、マリア・グラツィア・キウリ、そして最新ではフランチェスコ・リッソなどが名を連ねる。2025-2026秋冬オートクチュール・ファッションウィークが目前に迫るなか、業界ではその去就と“待望のデビュー”をめぐる臆測がますます高まっている。

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イタリア・ローマで披露された、キウリによる最後の「ディオール」リゾートコレクション。

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2025-26秋冬メンズコレクションで発表された、ジョーンズによる最後の「ディオール」メンズコレクション。

ジョナサン・アンダーソンによる新生「ディオール」は、6月27日(金)開催のメンズコレクションショーでベールを脱ぐ。7月の2025-2026秋冬オートクチュール・ウィークでは、マイケル・ライダーが「セリーヌ」での初コレクションを発表し、グレン・マーティンスは「メゾン マルジェラ」で自身初となる単独のクチュールショーを行う予定だ。続く9月のウィメンズ・ファッションウィークでは、「バレンシアガ」にピエールパオロ・ピッチョーリ、「ボッテガ・ヴェネタ」にルイーズ・トロッター、「シャネル」にマチュー・ブレイジー、「グッチ」にデムナ・ヴァザリア、「ジル サンダー」にシモーネ・ベロッティ、「ロエベ」にジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスがそれぞれ新たに就任し、初のコレクションを披露する。そして「ディオール」では、再びアンダーソンがウィメンズコレクションを手掛ける。

carven runway spring/summer 2025 paris fashion weekVictor Virgile//Getty Images

「カルヴェン」から「ボッテガ・ヴェネタ」へ移ったルイーズ・トロッター。

豪華なラインナップのなかで、ファッション・ヒストリアンであり、FITおよびニュースクールのパートタイム講師を務めるソニャ・アブレゴは、あるひとりに特別な関心を寄せているという。「私が最も注目しているのはルイーズ・トロッターです。今回のデザイナーシャッフルで唯一の女性デザイナーで、他の名前に比べてあまり目立っていない存在。でも、それが『ボッテガ・ヴェネタ』にはむしろしっくりくるように思います」 とアブレゴ。ラグジュアリーメゾンのクリエイティブ・ディレクター職において、女性はいまだに著しく少ないのが現状だが、トロッターは今後、2025-26秋冬コレクションでデビューを果たした「ジバンシィ」のサラ・バートンや、「カルバン・クライン」のヴェロニカ・レオーニと肩を並べることになる。

"the phoenician scheme" red carpet the 78th annual cannes film festivalDaniele Venturelli//Getty Images

第78回カンヌ国際映画祭でジュリアン・ムーアが着用したルックを皮切りに、トロッターは新生「ボッテガ・ヴェネタ」をレッドカーペットでさりげなく“予告”した。

米百貨店ノードストロームのバイスプレジデント兼ファッションディレクター、リッキー・デ・ソールが注目しているのは、トロッターの前任者にあたるマチュー・ブレイジーだ。「彼の『シャネル』就任には本当にワクワクしています。クラフツマンシップへの深いこだわりと、独自のクリエイティブ・ビジョンを兼ね備えた存在で、これからの動きに目が離せません」。ブランドの象徴であるイントレチャート技法を再解釈し、「ボッテガ・ヴェネタ」を商業的にもレッドカーペットでも飛躍させた彼には、「シャネル」での手腕にも期待が高まる。「彼なら、“ダブルC”やツイードといったメゾンのタイムレスなコードを新たな視点で再構築し、無限の創造性と進化の可能性を引き出してくれるはずです」とデ・ソールは続ける。

chanel: runway paris fashion week womenswear fall/winter 2025 2026Kristy Sparow//Getty Images

「シャネル」は過去数シーズン、ディレクターが不在で、デザインチームがコレクション制作を手掛けていた。2025-26年秋冬コレクションのランウェイより。

スタイリスト兼US版『ELLE』のコントリビューティング・エディターのジャン=マイケル・クワミーは、まったく別の期待を抱いている。「いま『グッチ』を着るという行為には、格別なシックさがあるんです。バッグやシューズにとどまらず、ランウェイルック全体からその空気を感じます。でも私自身が“グッチ・ガール”に戻るとしたら、それを叶えてくれるのはデムナだけだと思っています」

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2025-26春夏コレクションで発表された、サバト・デ・サルノによる最後の「グッチ」コレクション。

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すでに“デムナらしさ”がにじみ出ていた、デザインチームによる「グッチ」2026年 クルーズ コレクション。

「いま、ファッション界はかつてない転換期を迎えています」とデ・ソールは指摘する。「この業界は常に進化と新しいアイデアによって成り立っていますが、今回が特別なのは、それらの変化が同時多発的に起きている点にあります」。また、アブレゴは現在の動きを1990年代に重ねる。「当時も『ディオール』、『ジバンシィ』、『アレキサンダー・マックイーン』といったメゾンで同様のシャッフルが見られましたが、決定的に違うのは、今の時代はソーシャルメディアなどを通じて、正式発表のずっと前から臆測や話題が飛び交うことです」とコメント。

こうしたプレシーズン段階での過剰な期待と臆測は、ただでさえ膨大なエネルギーと時間を要求されるポジションに就く彼ら革新派デザイナーたちに、さらなるプレッシャーを与えることになりそうだ。年間を通じて複数のコレクションを制作し、その成果としての売り上げを追うという従来の責務に加え、インターネット上で巻き起こる過熱した話題や期待に応えることまで求められるのが今の時代だ。そんな中で、クワミーは「もう一度“クラス”を見たいんです。新しい視点、そして何よりシックなものに期待しています」と語る。デ・ソールも「過去のコードを受け継ぎながらも、それを大胆で予想外の形で再解釈してほしい」と力強く期待を寄せた。

いよいよ始まる、“交代の秋”。心の準備はできている?

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