馬場典子さんが語る「豪快な日テレアナウンス室」、そして井田由美さんからかけられた言葉に感動の理由・・・
A長野 と子です。こちらは私長野智子がテレビ協会を生き抜いている方をお迎えしてテレビにまつわるディープな話をラジオでトークしていく番組。オーディ長野テレビのラジオ。今回お迎えしたゲストは元日本テレビアナウンサーバのり子さんです。 よろしくお願いします。 なんか割と先輩方がいっぱい出てるから私まだ早いんじゃないかと思いつ いやいや抜いてらっしゃるじゃないですか。ご活躍で いやもうむしろ長野さんから色々学んで生き抜けるように頑張りたいなと。 え、何をしぶですか?いや、でもこんなにゆっくりと話すのは実は私が先日バさんの番組に お世話になりましてに出ていただきまして はい。 後で放送日などは詳しくお伝えしますが、その時にね、でもそれはテーマが決まってたから、え、ええ、健康とかね、高年期ですね、一言で言うなら。 そうですね。はい。 そういう番組だったので、 今日はですね、バさんを全部こう川を向いて 中を見せていただくという はい。丸裸にされてしま 丸裸にしてみようか。 ええ、家だと基本族なんですけどね。 それは本当のラ族ね。 そうなの?あ、うん。そ、割とそうですね。いるんだ、そういう人やっぱり。 はい。 たまに聞くじゃない。タレントさんでも族ですっていう人。 はい。はい。 ええ、ま、でも独身だからできるね。 [笑い] では、あのバさんのプロフィールを簡単にご紹介したいと思います。 1974年東京都出身。 早稲田大学卒業後に日本テレビに入社報道情報バラエティスポーツ料理などもう曲を代表する数々の番組を担当した後に 2014 年からフリーにもう10 年ちょっと経ったんですね。 そうなんですよ。もうだからもうすぐ丸 11 年経つって感じかな。うん。ええ、生き抜いてますよ。 早稲田大学っていうことかや明き子ちゃんと一緒なんですね。じゃ、 あ、一応大学はそうですね。 うん。うん。でも、あの、全く面識はなく へえ。はい。 あの、もうアナウンサーになりたいって思いで入られたんですか? 私、あの、マーケティングゼミを先行してまして、で、小学部だったんですけど、なのでどちらかというとコンサルタントとかあるいは広告作るとか そういう風に興味があったんですよ。 へえ。 なんですけど、あの、もう今色々年金絡みで話題になってる就職表世代の段階ジュニアなもので、 ま、とにかく 練習をするべきだと。 おお。面接は あの実が1番だとはいはいはいいう風に うん 教わりで大学の就職行ったらま、1 番早いのがマスコミでその中でも早いのがアナウンサーなんですよね。あ、 なんでもいい早く それが出ていてええでなので468 しか受けてないです。照り朝とかNHK にももちろん同期いるんですけどでもあのその時貼ってなかったので受けてないというかアナウンサーそもそも別に希望してるわけじゃなかったってこと。 そうそうです。いや、だからびっくりですよ。 [音楽] だから本ん当のあの本丸のコンサルのための就活のための練習としてやってたてこと。はい。 そしたら、ま、当然全然喋れないし、メイクも 6 にしてないような状況だったので、68 はさっさと落ちたんですけど、 なんか似ってるだけ縁があって、な んて言うのかな。丸をもらったとよりなんか落とされずになんか引っかかってた人間が、ま、結局最後なんか残ったみたいな感じで。 あら、もうそ、で、そのやっぱりその間に あ、うん。 アナウンサーってこういう仕事なのかと。 要はね、もう当時もうアイドル的に活躍してるアナウンサーがいた時代なので、ドラもそうです。まあ、まあ、フジテレビがね、なんて言ってもでしたけど、 なんかそういう印象の方が強くて、あ、そうじゃない?言葉の職人なんだとか、努力しないとされる厳しい世界なんだなみたいなのを感じてそこに魅力を感じて入ったので。うん。 へえ。ま、入ってからまた大変でしたね。 そうなの。あ、何?何?その、だから就活のそういう、ま、色々やるんですよ。 アナウンサーの週あのだから0 です。です。 いや、だけどもその何私なんかはね、フジテレビの場合にはあのスクール形式になってて学校形式みたいに 2 週間通わされますね。青田がね、あんまり好しいことじゃないから、公衆会と名を借りて 無やったお互いみたいな あのケースでいろんな経験をしてく中でアナウンサーってこんなもん、こういう仕事なんだっていうのを分かってたタイプでしょ。うん。 あ、だから全くです。 そういうの経験せずに本当に大学の就職家に入社のための面接として出てるものに応募していや富テレビもそれ就職試験でなるのよ。もう申し込んであ、そう。それで 研修みたいにすんのよ。私も実はさ、本当にあの朝全然ってなかった人だったら富士しか受けてないのよ。それも本当にすごいですよね。でもね、あのパはね、で、あの、そのなぜかは今度ですね、 6月9日うん。月曜日そうです。18時 30 分からの文放送、え、私上手に優しく合える毎日という番組の中でね、そこで長野さん初めましてだったんですけど、で、あの、私の話はね、あの、思い返する側なんで、あの、話してなかったんですけど、 そうだったのね。 だからなんかね、なんとなくそのなんていうのかな、似てる、似てないよで似てるみたいなそういうところはあって実は今話してて私もだからフジテレビのアナウンサーの試験を受けながらアナウンサーってあ、こういうもんなんだってのを分かってた人だから共感した。ええ、嬉しい。だまで慣れるとは 1mm も持ってないんですけど、ただやっぱり長く残っていられるほどにそれこそ 3日間4 日間続けて通う時間が日があったんですよ。 うん。うん。 その期間は自分から抜けない限りはずっと受けさせてくれてて、そこでやっぱり経験をさせてもらって、あ、なんて面白い仕事なんだろう。 それでもそれが経験できてよかったなぐらいの感覚だったんですけど、 だからあれですよ。結婚運とか全部継ぎ込んだ感じですね。就職運に。 いやいやいや。ま、でもほらだってコンサルが本丸だったんだから逆に言うと なんだろうね。 あの、ほんまにね、合格したらばそれこそ結婚運込んでるかもしんないけどはい。はい。 たまたまだったわけですもんね。 あ、そうなんですよね。だからご先祖様がめっちゃ得積んでくれてたのか。 ああ、でもそう言えるぐらいやっぱりアナウンサーの仕事してよかったって思えたんですね。 あ、これはあの、もう入ってからは向いてない。向いてないって落ち込む連続だったんですけど自分が向いてないなって落ち込むこと、うまくいかなくて落ち込むことと別で仕事そのものはやっぱり楽しかったんですよね。 ああ、 ただその楽しいけどできない。楽しいけどできないで諦めきれないまこみたいな。 へえ。 だからたまにこの私アナウンサーとしてやりきったって言ってこう移動してく人とかあるいはもう自分で見切りをつけて移動してく人ってすごいなと思ってかっこいいなと思って うん。あの私まだ諦めきれないんです。 もうちょっともうちょっと上手になれるんじゃないかなとか、もうちょっとできんじゃないかなと思ってあまりにできないスタートだったもので同じ。 ああ、本当ですか。でもね、このこの感じって長く続ける人多いですよね。だ、私もそうなんだけど。 だから何かを極めたわけでもないし。 ああ、そうだね。私もそう。 はい。あの、なんかサボるとこちゃんとサボってなんか微妙なこのかもなく不かもなくの感じ のおかげで逆にみたいな。 そうあるのかもしれないなと思って。 でもそのトーンで日本テレビのアナウンサーになって なんかじゃ希望とか聞かれるじゃない?どういうのやりたいのみたいな。 あの、隣が報道規望とか言って、で、男性がスポーツ中継希望とか言って、 どうですか? 男性は今も残ってて、菅谷大輔、海原サで、えっと、もう日本テレビ代謝してもう一般企業に務めてる川健二君ということ。 女性は同期はコリーちゃんで彼女は今も日本テレビの社員ではいるんですけどアナウンス部は出ていてという 中でだからなんかみんな報答ですかねとか情報なんとかですかねとか残ってんのバラエティしかないから全くその気ないんですけどバラティですかねとか言って [音楽] へえ でお前に出のかいとか突っ込まれながら へえそんな感じで いや実際テレビっこでしたけど見てたのはアニメとクイズ番組で 別にアノサの仕事をちゃんと見てたわけでもないですしうん。 あ、特にじゃ、テレビが大好きで何かの番組大好きっていうのもそんなに特段なかった。 あ、ま、でもとにかくあの宮崎は早系とハウス食品劇場系のフジテレビの日曜日の もうアニメと 宮崎は早系と、ま、日本テレビも結構やってましたけどね。 あの、そこら辺の アニメとにかくあとはクイズ番組色々見てました。 各曲。 あ、そう。今だって大活躍だもんね、クイズでね。 あ、いや、これはもうね、 それはね、やっぱりDNA でもなんか早押しはどんどん弱くなってます。やっぱり反射神経が。いや、いや、え、 LINE な。もう絶対私出たくない。もう、 え、長野さんで、あ、ま、でもあのお立ち場ある方出るとね、本業に差し使えるっていうね。 あ、なんであんなにバカなのってね、言われ、 なんかね、キャスターとかやってる方だとね、なんか私だとまだギリ今そういうレギュラーがあるわけでもないですし。 いや、でもすごいよ。1位だね、もう。 うん。影響するなっていうプレッシャーはでも確かにありますね。 あれ、クイズ番組に出る人って私の周りもそうだったんだけどアナウンサーのめちゃくちゃ勉強してるんだけどパさんどうしてる? 私あのやっぱり社会家ですって言われたらなんか チ理とか歴史とか一応おさいしますけど当然範囲広いから何が出るとも限らないしみたいな感じで 大変よね。大変。まあなんか学生時代サボったツけが回ってきてんなって感じもしますけど。 [音楽] いやいやいや、みんなね、あの、クイズ番組出てるタレントさんは楽しそうにあやって橋でこやってるけどって見てると思うんですけど、出る方は大変なんですよね。 いや、だからやっぱりあれですね、あの、フジテレビの伊藤俊浩さん、あ、美子伊藤さん、 あ、伊藤さんとかそのフジテレビの呼び出し先生田中って番組で結構何度かご一緒してんですけど、やっぱりすごいですね。 その知識もちろんなんですけど、結局かつ負けるじゃなくて番組を面白くするために常に振るまってるんですよ。 ああ。 で、決して当然アナウンサーとしてやらかすわけではないって、あ、これもできないのくないっていうのは絶対なくて、もう知性の塊りはちゃんと出しつつもみたいな、 最終的にはこう番組が面白くなるように なるほどね。 だけでけちゃうからなんかそこがやっぱり全然違うなと思っても視野もなんか男性アナウンサーって確かにその例えば落語研究会とかお知県とか すごくあのは取り君もそうじゃないですかなんかものすごくその大学時代からいろんな勉強してる ああそうですねみたいなアナウンサはすごく多い 勉強熱心ですよね誤解恐れずに言うとま伊さんがそうとはう 感じたことないんですけど、 繊細というか心者先輩とか昇心者な方多かったです。だからこそ人 1 倍努力して準備していや後輩に対してはすごく大きく振るまってるんですけどうん。うん。 でもあ、この方実は中裁祭なんだろうな。 へえて多かった印象です。 結構 そうね。ちょっとあのこれも本当にこういっちゃなんなんだけどおばさん質もあるっていうか男性アナウンサーは の方があの女性度高いですよね。 細かくて神経室な方は多いですよね。 そうなんですよ。だからよくね、女子穴同士がじめとか仲悪いとかむしろ うん。 あの男性にあるとは言わないけど男性同士の方が一緒に仕事する機会も多いし大変そうだなって思ってたことあります。 へえ。 女性はそれぞれの場所なんで意外に確かにねアナウンサ同士仲がいいですよね。 ま、女性アナウンサ動車は割とこう豪快な人も多いしね。 そうですね。あのお酒強い人も含めね。 そうそう。 私もめしいとこまで男っぽい言われたことありますね。 どういうことですか?多分目しいって男性に使うじゃないですか。 男のくせにみたいなニュアンスが出てくるだ。その男っぽいね。スパッと竹割ったようだねって言われる女性いらっしゃるじゃないですか。多分そこまでじゃなく、 その目しさがある感じまでところも男っぽいのみたいに言われたことあります。 もう随分なんかぐるっと一瞬回ってなんか複雑なことなんかね、前盛が分かるとか人に、ま、信じる信じないっていうあのあれじゃないんですけどね。面白いから見てもらった時にやっぱりねが多かったらしいです。私過去。 ああ、そうなのね。男性成分が多いってこと? 男性多めみたいです。原世でも。 へえ。あ、そうなんだ。 うん。 でもなんか占いでもあの2 人姉妹の事女下なんですけどでもなんかね墓を守るとか長男の星とかあのパターンの全然別の占い師さんになんか似たようなこと言われてうんうん。へえ。 ま、実際性格とか立場はそうなってるなみたいな。 あ、そうなのね。面白い。 日手レのアナウンス部っていうのは どういう空気なんですか? えっと、もう私やめて10 何年経ってるので、今ちょっとあれなんですけど、 入社当時とかでもいい。 入社当時はまずあれですよね。アナウンスブりでタバコも全然吸えた時代ですし うん。 で、なんかもうタバコで喉潰すようなアナウンサやめちまえみたいな先輩がいるような時代でしたよね。 はい。はい。はい。はい。はい。 はい。なので私本当にタバコちょっと苦手。父がヘビー。 だったのあってむしろ苦手なんですけども 10m 以上とかで誰かけただけでもう今でもここは路上喫煙禁止だぞとかってもうパトロールしちゃうぐらいのまま言えないんですけどね。言えないんですけどね。怖いから下に絡んで言えないけどもさつって早く風かみに自分が行くみたいなタイプなんですけど、ま、ひたすら我慢しましたよね。ロケバスの中とかでもね。 で、そんな感じなので、ま、割と当然先輩は愛を感じましたけど口は悪いですね。うん。 ええ、が悪かったし厳しい 厳しいですね。例えば男性の先輩でもうベチキどうだとか言って 絡んでくるわけですよ。 で、それであ、いや、元気ですとか言って うん。 それじゃつまんねえよとか言われて、ま、でも今思えばそもそも本当に暇だったのかもしれませんが多分そうやって日常の会話ですぐに打ち返せるようにとかでその打ち返す言葉がちゃんと相手が拾ってくれる、拾いたくなる。 あの面白い話ができるかどうかみたいなところを鍛えてくれてたんじゃないかなと思って。 あのみんな厳しかったけど私は愛情を感じてました。 おお。 でもね、でもやっぱ人によっては、え、これ愛情どうしてるよねって言って辛かった人もいるみたいです。 あ、厳しすぎてってことね。 うん。あるいは私こういう性格なのだからか、あるいはあんまりよくも悪くもそんなに期待されてなかったからかわかんないですけど。うん。 な、期待が起きすぎると逆にゴリゴリされる人もいれば ああね。 あの、目をかけてるからこそ優しくされる人もいればその、それが多分相性でどこがどう転ぶかわかんないとこで言うと私は多分恵まれてて、 やっぱり相性合わない人は辛い思いもしてたみたいですけどね。でもみんな、ま、それを耐え抜いてうん。 それはそれで多分鍛えられて ほうほう。 からだから、ま、とにかくよく言われてる体育会っていうイメージはそのものですかね。 そうなのね。なんかニテレアナスむのイメージっていうと本当に私の時代に逆のしまえば木村裕子さんとか やっぱりなんて言うのかな。 すごいしっかりとちゃんとした女性の報頭のアナウンサーが育ってる感のある 曲のイメージがある。え、でも木村さんはもう報道局に移動してたんですよね、確か。あ、そっか。 なので私が入社した時はもう元アナウンサー、元先輩であってという感じで でもそうですね、きちんと、 ま、あの曲のアナウンサーだと思われてましたけど、あの桜井子さんとかのイメージもきったったと思うんですが、 あとはね、井田ゆさんとか 井田さん、今でも日本テレビに所属してらっしゃって、 いや、田さんはあの、私が採用試験の途中で、 え、指導してくださった方の1人なんです ええ、 もうあれですよ。例えばこれを読むと うん。 長野智子です。こちらは私長野子がぐらい下手くそだったんです。私大学本当にで大きい声出せって言われるから余計に余計に そういう読み方ない。長野とこですみたいな。 [笑い] 今ちょっと目の前になるの読んでるんであれですけどババのり子ですみたいな本当にそういう感じだったですよ。 テレビ界を生き抜いている方お迎えしてみたいな。うん。 で、当然周り上手なの 学生なりにだけど上手なのも分かるわけですよ。綺麗だし上手だし。 努力してるので自分は別に記念ではない練習だから練習なりの本気ではあるアナウンサーに本気じゃないしみたいな真剣だけどちょっと違うテンションだったわけですね。 でさんが1人1 人に丁寧にアドバイスをしてくださってて でその分かるわけですよ。あたこんな上手な人にもこんな次の一歩があるのかと。あの人にもこんな次の一歩があんのかと。え、こんな上手なのにまだまだなんだみたいな。 で、それぞれに違う角度とか違う内容のアドバイスをされていて、まずその姿に感動したんですね。今この人と真剣に向き合って、その人にとってのいい次の一歩アドバイスされてる。 うん。なるほど。私にもうん。 同じように、えっと、本当に詳細覚えてないんですけど、あ、でも例えば自信なさげに読んでたのかもしれないな。 そしたらとにかくまずは大きな声を出しなさい。 うん。 で、それを出してりゃいいのよっていうテンションじゃなくてちゃんとあなたあの上手になりたいんだらまずはとにかく大きな声を自持って出しなさいみたいなことを本当に真剣に言ってくださって あ、このレベルに対してもこのレベルに見合ったアドバイスを真面目に真剣に向き合って出してくださってるっていうことに いやいや感動して なんとかしなきゃいけないと思ったんじゃない? いや、そうなんですよ。そうなでもだってもいいじゃないですか。はい。 いやいやつそうもかない。 なら時代で本当に内定すらもらってないあれですけど、あの時代はい。もう言うことないとか言われる人だっていてもおかしくない。そういうこと言うね。 先輩上司る時代だったのでそれさんの人柄もあると思うし、ま、困ったでしょうけど 困ってもなんていうかな、もう鼻で笑うみたいな様子も 1mmもないんですよ。ああ、 もう本当に感動しちゃって 恵まれてパしましたね。それはね、上司にね。 いや、そうなんですよね。 なんかでも似てるって怖い。怖いですよ。怖いですよ。あの音の後とかアナス入りなかったですもん。 怖くない? 当時はね、扉が閉まってたんでコンってノックコンってノックして入んなきゃいけない。 うん。 もうね、入らなきゃいけないんだけどなみたいな。ずっと扉の前でなんか 23、3 回深呼吸してから入るみたいな。で、これがまたでも難しいんだけど構えておい。うまくいっただのダメだのもう聞かなくても言ってくれる方がある意味ありがたくて。 うん。 はい。はい。はい。はい。はい。 で、当然ほら完璧なわけがないからどっかね、よりうくなるためのヒントやバイスってあるし、その必要があるけど、もう怖くて聞けないんですよね。 うん。うん。うん。 いかができたでしょうかとか言っても、お、自分ではどう思うとか言われるわけですよ。これ下手に褒められもしないしでもダメなとこばっかり言ってても自分がより落ち込むだけだしみたいな感じで、ま、とにかくやすごいな。 なんかあの方、ちょっと、あの、今なんか新人研修されてる方いるじゃないです。じ さんですか?豊田さん。 豊富豊田さんと新人アナウンサーのなんかうん。 密着みたいな見たことあるんだけど、 もうフジテレビで見たことのない世界が展開されてて はい。 うわあ。ニテレは本当にビシビシ綾け厳しく教育するからあって立派な直さんは成長すんだなと思って。 あ、ま、豊富豊田じ子さんは若干それをこう抽出した感はある方ですけど はい。あの、1番だから1 番そういう皆さんのイメージにマッチする、あの、実際にそういう方、あ、あの、熱血ですし、 あの、努力家ですっていう方ではありますね。うん。へえ。 はい。なんかでもやっぱりそうですね、体育会計で厳しいっていう意味厳しいかな ね。だから色々とね、あの、アナウンサーって言っても曲によってそのアナウンスの空気が違うっていうか。 で、なんでそういうかいうと、私ずっとフジテレビのアナウンサーで出てから 20 年間テレビ朝日に押せようになったじゃない。 で、テレは照レ屋朝でさ、アナウンス室が富と全く違って はい。どんな感じ?あのね、 グループにこう分別れるんですよね。だから何班、何、何、何ハって なんかTBS もそうだったっぽいですね。かつてはなんかもうバラエティならバラエティとかってことですか?報道なら報道。 はい。あのね、先輩の男性アナウンサーがトップについて男性アナウンサーの反があるわけ。 え?ああ。渡辺乗り継ぐさとかさ。 なるほど。その方の君闘を受けたこのシームみたい。 そう、そう、そう。で、そこがそこにこうな盾でこう所属しているアナウンサーのことをがっちり教育するわけよ。 へえ。責任を持って。 ああ、それはすごいですね。また すごいのよ。は で、私も富士では見たことないなと思って、これだけしっかりやってるんだっていうので関心した記憶があるわけ。 日テレはあ、私たちが新人の時はやっぱりその新人をどう育するかっていうのは思考錯誤を常にどの企業もどの部署もやってると思うんですけどうん。 そんな中でこうマンツーマンセみたいな感じで、 えっとある男性あ、男性はある男性アナウンサーに、ま、 2人入れ替わり2人ぐらいにつくっていう うん。うん。うん。 のをやってましたね。とにかく疲れた先輩側はやっぱり教育者としていろんなことをアナウンサーだけじゃない。多分社会的なことも教えるでついた。 我々新人の方はそこからそれこそなんだろう盗むわけじゃないけど、あの言葉にされない部分もなるべく身近にいて学んでいくみたいな ことをやってた時代もありましたね。 うん。メンターメンティみたいなね感じよね。 はい。でもやっぱりね、男性と女性でも違うかも。男性はやっぱりスポーツ半っていうのがあるんで、そのスポーツ半の中でやっぱり育てていくっていうのがあるんですけど。 そうね。だから競馬班だったら競馬の実況のなんか弟入りするみたいな感じでこう闘を受けてくみたいなね。 ま、そういう意味ではやっぱり女性にはそういう派閥的なものとか半分けみたいなものがほぼなくて、 もちろん女性でゴルフ入ってるとかプロレス班入ってる、ボクシング入ってるとかそういうのはあったんですがうん。 でもやっぱりその ちょっと関わり方が違う部分はあったかもですね。でも富豊田じ子さんがいるからね。 そう。今ね、本当に今日テレ学院の学院委員長ですか?田さん確かはい。フジテレビは全くないからね。 [音楽] ああ、そうですか。お話がいい報。 へえ。 うん。だから多分あの富士いろんな意味で今話題になってるけれども 本当にあのなんて言うんでしょう?教育制度がねないというかね。 あ、でもなんか 現場で覚えてこいとか現場で教わってこいみたいな感じ。 はい。 で、現場で教えてくださる方たちはいらっしゃるんですか? もうだからなんか私なんかも最初にだから新ジナさんの時に 2 ヶ月は研修するんだけれどももうそっからポンって番組にやってられちゃうからもうそこでなんか経験積んでみんなそれぞれやってねって感じでもうアナウンスっていうのはさっきなんかさ入るのも怖かったって言ったけども私たちはもう仕事が終わってお菓子食べに行く場所みたいな うんうん 感じなわけよみんなでなんかお疲れとか言ってでわあいあいいとしちゃってる感じすごいのいいサーク ですよね。だからそれは私の時代の話だけど、今どうなってるかちょっと今はね、 でも今でもそうかも。 いや、今はね、もうね、あのアナウンス室にね、そうやって集まるってこともないみたいね。 これはね、日本テレビも割とそうかもしれない。 コからでしょ。 で、あとみんな忙しくなって色々ね、あの、媒体も増えてというか。うん。うん。 そう、そう。あと若い頃から昔はなんだろう。 足腰し鍛える。なんか走、野球選手で言うと走、高卒新人はもう走り込みでカ半身作らせて長く活躍できる土台を作るみたいな。 そういうのが我々社会人としてもあったし、そういうのが許された時代だったと思うんですけど。 うん。はい。 ちょっと今はね、もうよくも悪くも早めにポンといい番組分あ あ、そうよね。ま、でも現場がやっぱり1 番鍛えられるっていうのも事実かなと思いますけどね。 うん。 あと結局アナウンサーだけじゃなくて現のディレクターとかプロデューサーとかカメラマンさんとかみんなが育ててくれた。 ああ、そうね。うん。そういう時代よね。特に本当にギュースの方とか厳しかったしね。だからそうそっちの方に鍛えられた記憶はあるな。 ね。あの 教わったとは違いますけど風貌1個10 万だからなとか言ってなくすなよとか言わ。 ああ、よくあったよね。風貌ね。 そう。だからマイクも自分でつけられるし。 そうだよね。 あとかに影が出ないように髪のちゃんだよとか本当に細かいこと術さんが教えてくれる そうですよね。 うん。怖かったけど本当にあの感謝ばかりっていう感じの方ね。昔はいましたよね。 うん。 でもなんかあのズの中継、ニュース現場に中継行っていう時にもう朝方が 1番冷え込むじゃないですか。 前が で、その本当にあまりにも寒くて口も回らないぐらいだったんでこうずっとジャンプして、ま、海賊のようにその場でこうジャンプして体をあっためてたんですよ。で、直前でやっちゃったもんだからもうめっちゃ息が切れたまんま なんかあの みたいなこともあったり、 あの、あれですね。 教えてくれるつってもなんかあんまりそういうのは、え、もう、もうそろそろとか誰も教えてくんないで 1人でずっとジャンプしてたりとか、 あとあのメイクを 曲でやってくとさらに早起きしなきゃいけないので技術さんたちがセッティングしてる間にあの小な移動の車の中でワゴン車の中で メイクをしてたんですね、自分で。で、そうするとあの豆電球みたいになるじゃないですか。 あれでやってたもんだから暗いのでうん。 よくわからないまメイクして、で、あと明るくなってきたらもうリハーサル始まって本番やるじゃないですか。で、無事中継を終えて帰ってきたらドライバーさんにバちゃん熱でもあんの?顔が真っ赤だよって言われて、 もう本当にあのおタ服風の子みたいにチークもうめちゃくちゃ濃いチークピンクにしてて うん。 これカメラマン誰も注意してくんなかったんですよ。ばちゃん今日ちょっとメイクおかしくないって。 へえ。 誰も注意してくれなくて、真面目なニュースの真面目な現場から すんごいもうこんな誰も言ってくれないんだね。そう。 へえ。さっきさ、マ族みたいには母はハしちゃったって話聞いて思い出したんだけどさ、 あの、その藤士テレビって割と報北って言ったんだけど、私たちには素晴らしい増田ゆさんという先輩がわけよね。 で、あの、なるほザワールなので、その時にマス田ゆさんは本当にアナウが素晴らしい方なわけで、ずっと公室の番組をナレーションを担当されてて、素晴らしいナレーションをずっとアーカイブでももうやってるみたいな方だったんだけど、なるほどワールドに [音楽] 初めてレポーターとして配属された時に それじゃ伝わらないって言って、で、ディレクターにうん。 なんかアフリカかなんかのロケであのすごい遠くにある木まで全力失走で三週して はい。 それでは問題ですって言いなさいって言われたんだって。 ああ。 で、もうすっごい一生懸命走ってしては、それこそはあはってなってそれでは問題ですって言ったのがあのなるほどワールドの表記さんの原型になったっていう話を聞いて、 で、なんか長野もなんかすごいなんか肩にはまってないアナウンサーなんだけども、これからの時代は肩にはまった私たちがあの経験してきたアナウンスの世界じゃなくなるからいいよ、そのままでってゆみさんに言われたの覚えてる。 わあ、すごい。 なんかそれはすごく増田ゆさんに言われたんだよね、あの時。 はい。増田ゆさんもすごいし、時代に先じてらっしゃるし、あとそのディレクターの方がすごいですよね。うまい下手大事なんだけど、伝わるか伝わらないかの方がもっと大事じゃないですか。 うん。 で、わゆる本当の演出ってそれだなみたいな うん。うん。うん。の感じました ね。そのやっぱり出来上がってきちんとして本当に文句の言いよがない増田さんをあれだけまた別のタイプのアナウンサーとして日本で 1番有名なレポーターにしたいね。 はい。その政作人というかさ、 すごいです。で、例えばそれを、ま、もちろんそういう人がそういうことやったら面白いっていうプランが元々あったのかもしれないんですけど、 あの、やっぱりアナウンサーとして誰々みたいにやってくれみたいに言われることがあるわけですよね。え、だったらその人連れてくればいいのにっていじけてたことも少なからずありまして。 うん。うん。 じゃあバでどうやったら面白いんだろうとか、バだったらどういう風にしたら魅力が伝わるんだろうと、バババだったらどういう風にしたら伝わりやすいんだろうって考えてくれたディレクターさん。 にはやっぱり心から感謝してるし うん。そうじゃない人の方がでも割合で言うと多かったなと私が扱いにくかったのかもしれませんけど 最初から跳ねたそれでは問題ですって最初からそういうテンションの人を連れてくることだってできるじゃないですか。 うん。はい。はい。 でもそうじゃない。増田ゆさんが伝える うん。うん。てっていううん。 ことにフォーカスしたそういう演出っていうのは愛を感じますし、やっぱり。 そうね。本当よね。あの時はそうですね。 だからそういう政作人がいっぱいたんですよね、あの時代っていうのは。 そうですね。そうですね。私もだから若い頃はやっぱりそうですね。バが担当してる以上は私とちゃんとタックを組んで向き合ってくれた。うん。うん。 でも本当に下手くそだったんでただのナレーションとかはもう先輩に知らないうちに差し替えられてとかありました。 あわ、それってすごく傷つくね。 あの次来た時に音声さんが教えてくれて いや、あれは魚さんで取り直したよとかって。 それ全然嫌味でも意地悪でもないですよ。多分彼は彼でそれを多分どっかで耳にした時に あ、私じゃない。 それはすごいな。ウイスキーボトル1 本分ぐらい飲みそうです。まあね、私があまりに下手くそだったんだけどで、自分もこれでいいのかな?ダメだよなって思ってるけどはい。オッケーって言われちゃうとみたいな。 でね、どんなに、え、もっとやりたいとかもうちょっともうちょっとなんとかなるかもと思っても自分の技術のね、限界も分かってるしやりたいです。時間ばっかりとって大して変わんないんだ。 だったら申し訳ないなみたいな感じで飲み込んだらそういうことになってた新人時代とかもありますし ええ。いろんなやっぱり失敗とか挫折とか うん。そうですね。なんか挫折っていうほどねことではないでしょうけど。 まあ多少ありますよね。やっぱ悔しい思いとかね。残念な思いとかね。 うん。 でも結構忘れてんですよね。今もすっかり忘れてましたけど。 これね、これもまたどうですか?長野さん、どうですか? え、その失敗、 私結構忘れる名人だなって思うこともあって でもあのあまりにもやることが多すぎて 覚えてないこと多いいよね。確かにだちっちゃ、もう本当にちっちゃいことをいつまでも念に持ってるところもあればうん。うん。 あの、まあ、大事だったはずのこととか、まあまあ悔しかったはずのこととかも割と、ま、忘れてるというか、消化できてるっていうことかもしれないですけど。 [音楽] あの人経験として消化できたことなかもしれないんですけど、なんか結構それはあって、これも意外となんだかんだくやっちゃってる そうかもしれない 理由かもってちょっと前に思ったことがあります。 [音楽] さてバのり子さんとのトーク前半はここまでです。この続きは 6月10 日アップの後編でお楽しみください。え、そして番組の中でもお伝えしましたが、え、バさんの番組ですね。 ラジオ番組私、体上手に優しく付き合える 毎日を。え、こちら私のゲスト会という ことでですね、え、文化放送で6月9日 月曜日、16日月曜日、え、18時30分 から放送されます。是非そちらもお聞き ください。番組では皆さんからの メッセージを募集しています。番組の感想 、読んで欲しいゲストなど是非とも番組の トークルームにおかきください。ここまで のお相手は長野చేస子でした。 ィ
長野智子のテレビなラジオ Vol.83