
「そっちの方が稼げるから」美容外科医3.2倍増の衝撃 ── 36時間勤務から逃げ出す若手医師たち “直美” 美容医療
医師たちが、これまで当然のように選んできた「保険診療」の道を離れ、美容医療へと舵を切るケースが増えています。特に、研修を終えたばかりの若手医師が直接美容医療の世界へ飛び込む「直美(ちょくび)」と呼ばれる現象が医療業界で大きな注目を集めています…
急増する美容外科医と「直美」現象
二重整形や豊胸など、自費で施術を行う「美容医療」。今や、大人だけでなく小学生までも施術を受けるほど身近なものとなっています。
厚生労働省の調査によると、2008年を基準とした場合、2022年までの約15年間で医師全体の数は1.1倍に増加しました。これに対し、美容外科医の数は驚くべきことに3.2倍にまで膨れ上がっています。
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急激な増加の背景には、若手医師たちの「直美」現象があります。
「直美」とは、初期研修を終えてすぐに美容医療の道へ進む医師のことを指し、特に20〜30代で美容外科に携わる医師が大幅に増加していることが分かっています。
TUTなぜ若手医師は美容医療を選ぶのか?
どうして「保険診療」ではなく、「美容医療」の道へ進む若手医師が多いのか。
大学病院での勤務を経て、大手美容クリニックに入社し現在は自身の美容クリニックを経営するA医師は、若手医師が美容医療を選ぶ最大の理由として「収入」を挙げます。
美容クリニックを経営 A医師
「ほかの先生に『なんで美容外科医になったのか』と聞くと『そっちの方が稼げるから』と。一昔前、医師は保険診療でも十分に贅沢な暮らしができたと思います。働き方はハードでも、その分しっかり報酬をもらったりとか、社会的地位があったりしました。でも今は、仕事のハードさや世間の物価上昇率などに収入が見合っていないんです」
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保険診療では国が診療報酬を定めているため、医師の収入には上限があります。しかし、美容医療のような「自由診療」では、クリニックが自由に価格を設定できるため、高収入を得やすいのが実情です。
保険診療の過酷な労働環境…
収入面だけでなく、働き方の違いも若手医師を美容医療へと向かわせる要因となっています。A医師は次のように語ります。
美容クリニックを経営 A医師
「どうしても大学病院とかだと、『当直』という泊まり勤務があって、その次の日も普通に勤務して、また次の日も『当直』があるみたいな。36時間労働というのも普通にあるので、ハードな生活に疲れた先生が美容に来ることもあります。保険診療からの逃げ道みたいになっている部分もあると思います」
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このように、保険診療の現場における過酷な労働環境が、若手医師たちを美容医療へと押し出す一因となっているのです。
「ゼロをプラスに」する美容医療の魅力
しかし、A医師は美容医療の魅力はそれだけではないと言います。
美容クリニックを経営 A医師
「内科や外科といった保険診療は、病を治して元のところに持っていく『マイナスをゼロに』するもの。一方で美容の世界は『ゼロをプラスに』できるんです。今ある状態からより良い方向へ、予防医療であれば、より健康な方向に持っていくことができる。そういった世界に魅力を感じて、美容医療の道に進もうと思いました」
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この「ゼロをプラスに」できる点が、多くの若手医師を惹きつける魅力の一つとなっているのです。
医師の偏在と地域医療への懸念
一方で、富山市にある野村病院の野村祐介理事長は、この “直美” の増加が引き起こす医師の「偏在」に強い懸念を示しています。
野村病院 野村祐介 理事長
「研修医と接する機会がありますが、最近は従来の『患者の状態が悪ければ病院に泊まり込む』といった自己犠牲の精神がなくなり、医療を単なる職業と捉える医師、いわば『ビジネス医師』が増えてきました」
「新医師臨床研修制度により労働環境改善の一方で、研修医はいわゆる『9 時 〜17 時』生活。この環境で育ってきた若手は QOL (生活の質)を重視し、長時間労働が必須な外科系を避ける傾向が顕著となっています。直美が増えると診療科の偏在が進み、将来受けられるはずの医療が受けられなくなることを懸念しています」
こちらは診療科と地域別の医師の割合を示したグラフ。
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実際、美容外科医は東京や大阪といった大都市に集中しており、この傾向が続けば地域医療が立ち行かなくなる恐れもあると指摘します。
高まる美容医療の相談件数と安全性への課題
美容医療の需要の高まりに伴い、施術の相談件数が年々増えていることも問題視されています。
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厚生労働省の調査では、経験の浅い医師による「身体的な損傷を与える可能性がある治療」、「全身管理の経験がない医師による全身麻酔下での手術」など、安全な医療を提供する体制が整っているのか疑わしい事例が報告されています。
また、美容医療に起因する死亡事例もあり、野村理事長は、合併症が生じた時に的確に対応できるかが重要だと話します。
野村病院 野村祐介 理事長
「例えば脂肪吸引においては最近も死亡事故が生じています。顔面の脂肪吸引であれば、出血に伴う気道閉塞を想定しているのか、気道閉塞が生じた場合に対応できるのか、脂肪吸引の死亡率として最も多い肺血栓塞栓症に対し対応できるのかなど、経験していないと対応が難しい合併症が多いと考えます」
TUT保険診療の魅力向上と医療制度の未来
こうした状況に対し、若手医師が保険医療を選ぶようにするためには、働き方などを見直す必要があるとA医師は訴えます。
美容クリニックを経営 A医師
「『直美』が増えている理由には、美容の自費診療が魅力的に映っているからなんです。美容とか自費診療に行く前に、5年は最低でも保険診療での臨床経験が必要という制度をつくってもいいと思います。ただ結局、その5年が終わった後に、また美容に行く医師がいるのは今と変わらないと思います。長期的にしっかり保険診療に従事する医師を増やしたいのであれば、病院内の働き方の改革や診療報酬の増加など、保険診療よりも魅力的に映るようにする必要があります」
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野村病院の野村理事長は、「保険診療」を取り巻く環境は、今後さらに悪化すると警鐘を鳴らします。
野村病院 野村祐介 理事長
「保険診療の現場は、急性期病院も慢性期病院も多忙となっており疲弊しています。超高齢社会が進行する反面、現役世代の生産年齢人口は減少する一方、社会保障に使える財源を確保しなければ保険診療を取り巻く環境はさらに厳しさを増していくと考えます。これを打開するためには異論はあると思いますが、消費税を上げるしかないのかもしれません。これにより保険診療に希望をもてるようになることが、自費診療に対抗できる方策だと考えます」
急増する美容医療に携わる医師について、職業選択の自由は尊重しつつも、未来の医療の質を守るために保険診療の働き方改革や診療報酬の抜本的な見直しが求められています。
