【朗読】林芙美子「黄昏の席」「紅襟の燕」 朗読・あべよしみ
林ふ子 作れの 席今日はむしむししてそれに朝から 吐き怪我して いる体はさっきから隣の電話で長々と 話し込んでいる津田の様子に今々ましい ものを感じてい た時計を見るともう5時近くだ 。体造は事務机から離れるともうそろそろ 帰ってやろうと手洗い所へ出ていった 。湿めった洞窟の中のようになんとなく嫌 な生ぬい風が暗い廊下を吹いている。 和陽光と金文字で書いてある明るいガラス 扉をさっと開けて洋服の若い女が老出てき た。 泣いているのか半価値を目に当てて走って 手洗い所へ行った 。体造は走っていくその女の後ろ姿を眺め ながら自分もぼんやり手洗い所へ入って いった。 ご方理に行く風の い実の 浄化体は手を洗い廊下へ出てくるとなんと なく離白の死が心に浮かんできた。そして 何の連想からか海の見えるところへ旅をし てみたいような気持ちになっている 。オフィスに戻ってくると、もうあ方社員 たちは帰り自宅を始めていた 。体造も上着を引っかけながら帰り自宅を 始めた 。おい、ビールでも飲まない?津田が体を 誘った 。なんだ、さっきの話は不守だったのかい ?いや、不守も何も食うの食うなり。バク のバクなりというやつさ。女ってもな、 全く動物だよ。今日は虫暑いから早く帰る と言うんだ。女には虫暑いということが 重大なんだからね 。そりゃいい。全く今日のような日は どんな女だって男に会う気なんかしない だろう。まあ、ビールをいっぱい付き合え よ。いや、僕も今日は朝から並行している んだ。またの日に付き合うよ 。体造はそう言ってさっさと帽子を被ると オフィスを1人で出ていった 。老海出ると何ということもなく自分の顔 へ安いサラリーが看板のようにぶら下がっ ているような気持ちがしておかしかった 。エレベーターのところへ行くと相変わら ず自分たちと同じ人種が締めき合っている 。体造は一束になって中釣りされながら 開花へ降りていく 。若い自分たち青年を1人でおかしく考え ていた 。おい、白川。丸ルの正面から地下堂へ 入ろうとしている時だった。 は誰かに呼ばれてふと後ろを振り返った。なんだ君か?珍しいだろう。うん。今帰り。 ああ、暑いね。東京はこれだから嫌だ。何しにこんなところへ来たんだ?何しにって妹にちょっと用があってきたんだよ。 へえ、ひかりさんどこか勤務めてるのかい ?ああ、事務をしているんだ。東和陽光と いう面布貿易の紹介に務めているんだよ。 へえ。あの人がね 、体は去年図士でこの近藤の妹の光と喧嘩 別れをしたままだったことを思い出した 。ビールでも飲むか。体が近藤を誘った。 さっき津田がビールでも飲まないかと誘っ たのを思い出して体は勝手な自分が ちょっとおかしかった 。2人は頬を変えて掘り端へ出ていったが 、近藤は腕時計を気にし ながら6時にまた妹を迎えに来なくちゃ ならないんだがと言った。 9時まで付き合えばいいじゃないか。僕も 久しぶりで会いたいな。ああ、光も長い こと会わないって言っていたよ。君はいつ からだい勤務め人になったのは。この2月 かな。ここのところ当平穏無事に行きそう だ。このまま年を取らざるなくなったな。 堀へ出るといくらか風があった。低撃の前 には腕を剥き出しにしたいかにも涼しげな 服を着た女たちが4人ペちゃくちゃ喋って いる 。ひかりさんよく落ち着いたものだね。 うん。それが仕方がないからだよ。あの時 君にもらってもらっとけばよかったと思う よ 。 光の近況を君は知らないだろう。はさっき東亜和洋子光と書いたガラス扉を開けて廊下出てきた女を思い出していた。ほんの目と花のあんなところへ光が勤めているなんて思っても見なかったことだ。 近況ってどうしたんだい?恋人でもできた のかい?それがね、つまらない男に 引っかかって今子供が腹にあるんだ。これ には色々と事情があってね、一度僕は君に も聞いてもらおうと思っていたんだよ 。子供が腹にできていると聞いて、体造は 思わず立ち止まってしまうほどびっくりし た。 この世の中は私のために人生があるのよと いつも得意になっていた光が事務をして天 さえ腹に子供があるなんて体操にはなんだ か考えることもできない不思議さである 。女ってものは君しょうがない動物だよ。 僕は妹と尿房につくづく手を焼いているよ 。光女子を勤めに出すのが間違っているよ 。まるで虎をに話すようなものじゃないか 。さ君は顕在か。ああ、顕在すぎるくらい だ。つくづく君の独人物らしが羨ましく なったよ 。なんだか知らんがこの頃は腐ってるんだ 。体造は去年の夏、図子の近藤の家へ遊び に行ったおり。 近藤の妻のよりがことごとに光と言い争っ ていたのを思い出していた 。近藤なら正確的にルンペンなのよ。意地 汚くてひさんに負けてばかりいるんです もの 。大家畜な近藤のサイ君のことをぼんやり 考えていた 。2人は日撃のそばのビアホールへ入って いった。 ホールの中は戦頭のようにたくさんの人 だった 。フェニックスの八上のそばへ椅子を 見つけて腰をかけると近藤はカンカン帽子 を膝へ置いて上着を抜いた 。相手の男というのはどんな人なんだ?何 ?光のかい?うん。 がね、誠にも拉チもないやつなのさ。相手 はまだ学生で卒業までにはもう3年もある んだからね。光は本当は君と結婚したかっ たんだよ。君が好きだったんだよ。ま、 勝ちで言い出せなかったんだね 。そのうちにその男が暴力的に現れたもん で一ぺにそうなったんだが女ってものは 崩れ出すと始末に負えないね 。それで今でも続いてるのかい?いや、 特っくにその男は消束不明さ。だから弱っ てるんだ。困ったやつさ。 そうよかったら電話でひかりさんをここへ 呼ん だら ああだが呼ばない方がいいだろ。いかに なんでもカ畜なやつだからかわいそうだよ 。そうか。それもそうだな 。改造は正月のある晩、光から音楽会の 切符をもらって光と2人で仙田谷の駅で 待ち合わせたことがあったが、その時の光 の態度にはなんとなく男の心を誘うような ところがあった 。音楽会の帰り新橋の駅まで送っていくと 何を思ってか改札口の向こうから握手し ましょうと言って体の手をしっかり握って しばらく寂しそうに笑っていた けれどそんな事情がもうその時はあったの かと体はごくりとビールを飲み干し ながらもうどのくらいなのだと尋ねてみた 。 さあ、どのくらいかな?4つくらいには なってるんだろう。今日も電話で23日 うちに金沢行くと言うんだ。金沢へ何しに 行くんだと言うと、金沢の小学校へ教師の 口が見つかったからもうそっちへ行って 一生東京へは戻らないって言うんだよ。 それで旅費と身の周りのことをする金を 用意して持ってきてくれと言うんできたん だがね 。金沢とはまた考えたものだね。どんな 心境の変化かしれないけど。でも僕が言っ たようにひかりさんのような女の人 はあんまり高等教育させたのも考えだった ね 。女学校を出た時嫁にやっとけばよかった んじゃないかな。 君がもらってくれりゃよかったんだよ 。あんまり知りすぎているんでね。どうも 。好きだったんだろう 。そりゃ好きだったさ。だけど君は とにかくブルジアだし簿1回の品所性だ からね 。もう金なんかありゃしないよ。3人で いいように使ってしまったよ。 僕もそろそろ年のことを考えるよ 。年ってまだ32歳だろう。僕か1つ2つ しか違わないじゃない。ああ、中学生時代 が1番懐かしいな。全くだ 。川風が締めっぽく時々吹きつけてきた。 僕は近いうちに図子の家を売って東京へ出 てこようと思ってるよ。こんな商売でも やろうかと思ってるんだが、どうかね。 こんな 商売酒場のようなものか。うん。そりゃ やめた方がいいね。どうして僕も君のよう に23年も若ければサラリーマンにでも なるんだが、もう使いてもないしね。この まま将来のことを考えると寂しくなるよ 。いや、まあ、仕事を見つけることもいい 。他になんとか方法はないかな? サラリーマンと言ったところが君50円や 60円もらってどうする?全く生きている というだけの話だよ。もう尿房くらい 欲しいんだけど、尿房もらったところで 食わせることができないよ。 物価は高くなる。サラリーは依前として 現在のままだし。この上貯金なんて一体 どうしてくれるとちょっとは文句も言い たくなるよ 。み常児だよ 。非常児だけどここまでギリギリに 追い詰められると猫を噛みたくもなろう じゃないか 。少しビールに寄ってきたのか。体造は 脳便になってきて、窓へ肘をついてじっと 目をつぶった 。いいこともなかったかい?近藤が半価値 で首筋を拭きながら尋ねた 。いいこと 。もういいことなんて何も考えちゃいない よ。 宿へ戻って風呂に行ってまず飯を食って 隣室のやつと5を打つくらいが咳の山だ。 全く何もない 。どうだ?光をここへ呼ぼうか ?うん。なんだか呼びたくなった。呼んで もいいだろ?うん。どっちだ ?どっちでもいい 。それはそれ。これはこれだ。あれにも 会ってやってくれた前。そりゃびっくり するよ 。近藤が電話室の方へ行ってしまうと体は 1つのビルディングに務めていながら1度 も会うことのなかった光のことを妙なもの だと思うのだった 。ハネの死を訳して聞かせた若い日の 思い出が懐心をかめる。 予感しながら記憶を呼び起こし ながら心はその時 思い浮かべる過ぎし日の数々を来る日の 数々をしかし切粉する時あまり考えては いけない 。近藤がニコニコして戻ってきた。すぐ 来るそうだ。びっくりしていたが、とても 喜んでいるらしい声だったよ 。近藤はそう言ってポケットから池袋を 出して妹のために整えてきた金だと体に 見せた 。体造はこれから金沢へ小学教師として 不妊していく光の心のうちを考えて無料な 気持ちだった 。四角い顎だったが、唇は目にを塗らない 症状らしい小さい口元だったし、目は キラキラとよく光っていた 。左の目の下に小さい時怪我をしたという あるかなきかの傷跡があった 。鼻も小さな全くこじまりした白い顔だっ た 。ホタルのようなはない思い出を誘う女 だった 。そのくせ表面だけは学問が邪魔をしてい て、いつも何か白じらしい囲いを作って いる。その囲いが邪魔でとうと2人は喧嘩 別れをしてしまったのだ 。体造は妊娠しているという光にふと会い たくなくなってきていた 。このまま近藤へじゃあさよならというの も悪いので体は入口に光が見えたら便所へ 行く風をして席を立とうと思った 。 やがて光だろうコンのスーツを着て白い 帽子をかぶった女がキョロキョロしながら 入り口へ立っているのが見えた 。体造はさっと立ち上がってちょっと便所 へ行ってくる。 と言った 。体造は帽子を置いたままだったが、古い 帽子には未練もない 。体造は便所から出てくると感情を払って 防意に先へ帰るとこ付けをして子外へ出た 。 をして目の前に勢いよく走ってきたバスに 飛び乗る と体は酔った紛れ に遠い昔映画で見たモロッコの兵隊の真似 をしてビアホールにいる光の方へアディウ の手をそっと振ってみた。 昔の女になんか会いたくはない。 ムシムシするバスの中の空席に体は1階の サラリーマン らしく陰に腰下ろして深く息を吸うのだっ た。 の つばめ 1冬の初め2人の若い女の教師が春江の 学校に不妊してきた 。英語の教師と黒文の教師で2人とも不妊 の挨拶には春江たちには分からないような 新しい言葉を使った 。風の激しく吹く日であったが、秋のよう に青い空で皇帝から見える海の色が湖の ように静かな色をしていた 。薄桃色のサザ家のかき値根が朝しく す々かった 。調礼の木刀が済むと灰色のスーツを着た 英語の教師が校長と一緒に段の上に立った 。校長の砕くしい紹介が済むと英語の教師 は塩崎あ子という名前だと分かった。は江 たちは列の中の友人たちと一緒に小さく 拍手を送ったりし たねえ。なんて素敵でしょう。目の綺麗な 方ね 。春江の隣のつ子がこんなことを言った。 塩崎先生は校長が段を降りていくと一足 2足段の真ん中へ歩いていきに頭を下げた 。この春学校出まして少しばかり体具合が 悪かったものですからずっとそのまま自宅 で西洋しておりましたところこの度先輩の 方のご紹介でこの学校に参るようになり ました。 遠くっても近くも旅をするということは 初めてでして 、しかも東京を一歩も出たことのない私が 地図の上でだけしか知らない色々の風物の 豊かなというこの土地に初の旅として不妊 できましたことは大変楽しく嬉しいことで ございます。バーギーヌを使ったような 可愛い山々山々を昨日車窓に眺めまして、 私はまるで外国でも旅をしているような 気持ちでした 。こんな景色のいいところで幸福にあなた たちとお机を共にすることができるという こと は私の障害にとって忘れることのできない 楽しさだと思います。 イージーゴーイングな勉強 法で少ないでも底深くっちり互いに勉強してた存じます。幼い 9 の生徒まで塩崎先生に手を送った。次は黒文の教師で校長は場に上がると黒文の桑げ和ず子先生をご紹介いたしますと言った。 桑先生は痩せて超心で眼鏡をかけていた。 どうしたのかは江たちも塩崎先生の時ほど は手を叩かなかった 。コの洋服を着て大きな腕時計をしていた 。私は塩崎先生と同じように女学校の先生 になりましたのは初めてでございます。 ラブトンという人の神々のへ戸という死の 中に私は世に出てまだうだねえ。花や草よ 。私を可愛く思ってください。あなたたち は私のおかげで育ったじゃないの 。私は肥料ですよ。小さい肥料ですよ。と いう一がありますけれど、私は可愛い皆様 の1粒の肥料になれる地震でここへ不妊し てまいりました。 勉強の他は何も知りません。何もかも皆様 とご一緒に進みたいと思います 。朝一恵へのバニティは捨ててガムシャラ に勉強してまいりたいと存じます 。何か2人の印象はそれぞれ生徒たちには 新鮮で頼もしい感じだった。は江は塩崎 先生の時間が来るのが待ち同しくて仕方が なかった 。教室へ入ると文学好きの菊く子がねえ、 さっき桑先生は難しいを読んだわね。神々 のヘドって何かしら ?神様がヘドをお吐きになるのよ。へど ?へどって?へどよ。小ま屋さんのこと でしょ ?生徒たちは机を叩いて笑った。 子はク毛先生を肥料の君って言っていい かしら。私たちの肥料になってくださるに しては少し痩せていらっしゃるわ ねと言って心細がった 。就職後の遊び時間、塩崎先生が火壇の中 をぼんやり散歩しているのを見かけた春江 は窓に持たれてじっと塩崎先生の方を眺め ていた。 昼の時間、いよいよ大望の英語の時間。 塩崎先生は出席簿を決まり悪そうに ぶら下げて教室へ入ってきた。 冗談の机の上には誰かがコップに小さい バラの花をさしておいた 。塩崎先生は教室へ入ってくるとすぐ 。今日は初めてのお時間ですから色々お話 をいたしましょうと言って出席簿をつける と塩崎先生はそっと顔をあげ てここの教室は窓から海が見えるんですね 。 まあ、綺麗なバラだこと。バラの花の語言 をご存知かしら?バラはローズと言います でしょう。ローズ。 塩崎先生は黒板に向かってチョークを持っ た 。ローズはラテンのローズから出ていて、 アングロサクソンもフランスもゲルマンも 同じようにROSSEと綴り、各々の発音 が少しずつ違うくらいです 。バラは色々な植物の名前にも使われて、 例えばつキの花なんかジャパニーズローズ ということもあります。 灯とか尺投げなんかをローズベイトと消し たりしていますのよ。外国では紋章とか 建築なんかにも随分バラは色々な風に解釈 されて使われています。例えば日本の立花 の門もんのように略ずしたものに真似て バラに歯を添えてローズプロパーと呼ぶ ものもあるんです。 チックのローズウィンドウというものが ありますが、これなんか鼻型の窓とでも 言うのでしょうね 。ダイヤモンドの研ぎ方にもローズという のがありますし、鳥なんかにも日本で土坂 のことを聞くだけなんて言うでしょう。 それをローズコムと言ったりしますの 。私バラは大変好きなんですよ。匂いが 素敵だし、この花言葉を知って いらっしゃるでしょう。愛情ね、人類、 自然何でもいいわ。全てに愛情を持つよう に 。塩崎先生は一社千里の勢いで黒板に色々 なローズの綴りを書いていった 。このバラの素晴らしい講義に生徒たちは ワクワクしながらノートを出して書き止め ているものさえある 。あら、こんなもの書き止めておきになら なくってもいいんですよ。これは私の 内緒話よ 。塩崎先生がふふふっと笑うと生徒たちも クスクスと笑った。 えは楽しくて同機がしそうで困っていた 。白いノートの上には塩崎あ子、塩崎先生 といっぱいに書きつらねていた 。やがて塩崎先生は美しい字で死のような ものを黒板に書きつけ ながら英国のバラ合線というのをそのうち お話ししてあげましょうね。 Thewarofthelawというのは 1455年から1485年の30年間に 至るヘンリー6世とエドワード4世、 リチャード3世の3兆を通じての行為継承 のための戦役で過紋の紋章を紅白のバラを 使っていられたのがこのバラ合線の起因だ そうです 。 1344年だったかしら。エドワード賛世 がローズの紋章を貯造した金貨があるそう ですけれど、これをローズと言うそうです 。私は白いバラが好き。野生のバラもいい ですね。これなんか野生のバラね。英語で ワイルドローズというのでしたかしら 。ここは季節のいいところだから、随分 色々な花が咲くところでしょう。小鳥も たくさんいるし 、バラをコップにさしておいたのは春江で あった。 12月に入った雪いのある日曜日、春江は 1人で山の上の寺の中にある塩崎先生の 下宿を訪れていった。 塩崎先生は春江が訪ねていくと赤い顔をし てどうぞお上がりくださいと言った。海の 見える塩崎先生の部屋には黒分のク茂先生 が来ていてレコードをかけていた 。あなたは何年だったかしら?桑げ先生が 尋ねた 。5年の絵組です。ああ、そう。じゃあ私 はまだ教えに行かないのね 。桑げ先生は来週まで3年以下の黒文の 受け持ちだったので、春江は塩崎先生ほど 気が張らなかった 。部屋はベッドが1つ、机が1つ。その他 はザ布トンを重ねた統椅子が2つという 元素な飾り付けだった。との間には誰が 持ってきたのか。白いバラが鼓動に差して あった。ベッドの上の茶色の壁には塩崎 先生のお母さんの写真なのか。せピア色の 大型の写真が秒で止めてあった 。ねえ、私は毎晩夢を見るのよ。桑し先生 はどう ?夢よりも眠れなくて困るわ 。ふしげ先生はそう言ってレコードを 止めると春江に向かっ て兵堂先生なんかのおタに行くことあるの と聞いた。兵堂先生というのは物理の教師 では江たちの淡い同形の的だったが兵堂 先生は生徒たちをうちへ寄せつけなかった 。いえ、1度もお伺いしたことはありませ ん。 そう、塩崎先生がとても好きだっていうの 。桑先生は眼鏡を光らせて寒い縁側へ出て いった 。塩崎先生はびっくりした表情で 嫌なわし先生ね。生徒のいる前であんな こと言ってそんなバカなことを言うもん じゃないわ 。いいじゃないのその人だって。君を崇拝 してきてるんだもの。こんな話ぐらい構わ ないさと男のような言葉を使った 。塩崎先生はコとブルーのジャケットを着 て黒いリボンで八巻きをしていた 。桑先生は大島のかすりのを着て白い襟り を覗かせていた 。だけどここは本当に寂しい町ね 。クし先生は日バのそばへ帰ってくると机 の上から本を取ってバラバラとめくってい た 。春江は小さくなって部屋の隅に座ってい たが、やがて塩崎先生は自分で紅茶を入れ ながら 、あなたもっとこっちへいらっしゃい。 そこは寒くってよと春江に声をかけてくれ た 。桑し先生はね、もう東京へ帰りたいんで すって。生徒に肥料の君ってニックネーム をもらったんで余計に腐ってるんですって 。だって先生が悪いのよね。クラブトンの 死なんかのっけに行ったりするんですもの 。あるえは菊く子の言った肥料の君がもう ここまで来ているのかとおかしくも 気のどくにも思った 。やがてク茂先生はお茶を飲み終わると 海辺を少し散歩してくるのだと言って白い 勝をして山を降りていった。 塩崎先生はクしげ先生が帰って行くと子供 のようにクスクス笑っ て先生はとても寂しがりなのよ。随分色々 理想を抱いていらっしゃったのよ。ご自分 のニックネームまで考えていらっしゃった んですって。それが肥料の君なんですもの 。とても嫌なんですって。だからそんな ことをこれから言うものがあったら どんどん呼びつけて叱っちゃうんですっ てと言った 。は江は人夏い塩崎先生が好きだった 。大人の世界の話まで何でもしてくれそう なク毛先生も好きになった 。あなたはご兄弟わ。 兄が1人三井に務めて、今ボルネオに行っ ております 。まあ、そう。お家は何をして いらっしゃるの ?私は兄と2人きりで今おばの家にいるん です。京都にずっといたんですけど。 あら、もうじゃあご両親はいらっしゃらないの? ええ、塩崎先生は春江の柔らかい髪の毛をいじりながら。そう、じゃあ寂しいわね。私は母と妹がいるけど、それでもっと憎があるといいと思う時あるわ。こんな何も刺激がなくてお寂しいんでしょう、先生。 そうね。とても寂しいけど生徒さんも時々 来てくれるから 。は江は自分も大勢の生徒の一員にされる のかと寂しい気持ちだった 。何もかも書きがない2人の新しい先生に は春江は何か感謝を持つ気持ちだった 。 ふわし先生はどんなネームを考えていらっしゃったんですか? あの人とってもそれが難しいの。あの人学生時代にいつも赤い紐で吊した古風な時計を首にかけていたんですって。それであの人のことをよくみんなでりのつばめってシャれて言ってたんですってね。いいニックネームでしょ。 は江は5月頃の青い空にスイスと生きう つばメの群れを思い出していた 。肥料の君だなんて言葉の尻りを取って 名前をつける幼い自分たちを春江は1人で おかしがりながら冷たい紅茶を飲んだ 。古外はみぞれのような雪が降り始めた。 塩崎先生は該当を切ると春江を送り方々町 の本屋まで行ってみようと言っ た2人はみぞれの中を傘も刺さずに山を 降りていった 。山を降りると踏切りがあって踏切りでは 小学校のテニスコートになっていた 。あら、兵堂先生よ 。塩崎先生はちょっと赤くなって挨拶をし た。 みぞれの降る中でテニスをしていた兵道 先生は汗になった元気のいい顔でラケット を振りながらは江たちの方へ歩いてきた 。塩崎さんどちらへ?え、ちょっと散歩 ですの。この寒いのにテニスでもしません か?あら、テニスの方が寒そうだわ。寒い もんですか ? 3ザスプingis comeザバオレッツゴンザンchild ofザリ sun春は来たけれどもうすみれは去って しまった 。若き日のウはさりぬ 。こんな風に言っていいかしら ?ここのところの3章を全部綺麗にこの次 のお時間までに訳しといてください 。金が鳴ったので塩崎先生は本を閉じたが ふと思い出したよう に訳せるだけで ヨざすと言った。塩崎先生が教室を出て いくと生徒たちは天に兵道先生と塩崎先生 のことをさき合っている。 でも23日前生徒たちが2、3人で塩崎 先生の下宿へ花を届けに行くと玄関で兵道 先生に会ったというのである。 はいつか先生が塩崎先生は兵道先生が好き なんですってと言っていたのを思い出した が生徒たちの軽い憶測を聞くと妙に腹が 立ってき てそれは何かご用事だったの よ伺うんですものそんなことないわと弁護 した 。こりゃはえさんは塩崎先生が好きだから そんなこと言うのよ 。春江に反する生徒もあった。春江は 悔しくて仕方がなかった 。兵堂先生が玄関に立っていらしてそれが どうして悪いんだろう。は江は英語の ノートを持って庭の隅の枯れたポプラの ミキに 寄りかかり色々な雑念に苦しめられていた 。 だあ、ビルジニビルジニ バイオレットねえ、はえさん、ここん ところどう訳していい ?キクが走ってきた。は江はぼんやりして いたが、き子の赤い耳を見ると自分も ノートを広げるのであった 。2時間も英語が続くとちょっと大ばきね 。こんなにたくさん焼くなんてできやし ないわ 。き子が春江によりってしゃがんだ。は江 はふと前の小道を行く桑げ先生を認めると いつかの光りのつばめを思い出し て桑げ先生と高い声で呼んだ。桑しげ先生 は今の地味な洋服姿でニッと笑い ながら日向たぼっこと言いながらは江の そばへ寄ってきた 。先生、先生を肥料の君って言った人は この人ですよ。 えが笑いながら告げるとクし先生は男の ように菊く子の両肩を掴ん でこら犯人を見つけたぞ。さあ1つ背中を ぶちますよと言ってドシンと菊くの背中を ぶって声を立てて笑った。いく子は決まり 悪そうにしていたが、春江からいつか聞い た公りのつばめを思い出して 、先生のお好きなニックネームをもっぱら 広めてるんですけど、あれは難しくて 。あら、知ってるの ?公えのつばめって言うんでしょ?はえ さんに聞きましたわ 。塩崎先生に聞いたのね。あれは嘘よ。 塩崎先生に私が立てまったニックネームよ 。あの先生に似合うじゃない。私は肥料の 君でたくさん 。あら、嫌だわ。先生 。きく子が甘えて鼻を鳴らした 。だけどこの肥料の君ももうこの冬一杯で また東京へ帰ります。先生、どうして? 私は今気がないからダめ。塩崎先生みたいに優しくないからダめ。それにこの土地の美しさは私にはあまり幸福すぎてダめ。 ダメなことばかり例を上げながらク茂先生 は春江のノートを取り上げると白いところ を探し て日は 私月は あなた1人行く道は 月く日月は永遠に 愛ぞめりと書い たこれを塩崎先生に読んでもらってご覧な さ 、桑先生はそう言って海と同じように白く 光っている小春の空を眺めながら校舎の方 へゆっくり歩いていった 。は江は達なク毛先生の太い文字を眺め ながら桑先生はとにかく寂しいから東京へ 帰りたがっていらっしゃるのだろうと思っ た。 塩崎先生は兵堂先生という網を見つけて 遠くからでも何か楽しい気持ちで いらっしゃるのだ けれど桑先生はあの背の高い姿のように 透明で何もないのだもの。 ある江は金が鳴るときくこと校舎の方へ 歩き ながらねえ、井上さん、今夜桑げ先生のお 家に遊びに行かないと言ってみた。え、 いいわ。全くいい先生ね。あれは肥料の君 なんかじゃないわ。光りのつばめよ。 やっぱり孤独でそびえてる感じじゃないの 。そのノートもう1度見せてよ 。き子はノートを小さい声で読み ながらこの気持ちは分かるわと1人で はしゃいでいた。
『林芙美子全集』(文泉堂出版)より朗読させていただきました。
林芙美子作品リスト
林 芙美子
(はやし ふみこ、1903年〈明治36年〉12月31日 – 1951年〈昭和26年〉6月28日)は、日本の小説家。本名フミコ。山口県生まれ。尾道市立高等女学校卒。複雑な生い立ち、様々な職業を経験した後、『放浪記』がベストセラーとなり、詩集『蒼馬を見たり』や、『風琴と魚の町』『清貧の書』などの自伝的作品で文名を高めた。その後、『牡蠣』などの客観小説に転じ、戦中は大陸や南方に従軍して短編を書き継いだ。戦後、新聞小説で成功を収め、短編『晩菊』や長編『浮雲』『めし』(絶筆)などを旺盛に発表。貧しい現実を描写しながらも、夢や明るさを失わない独特の作風で人気を得たが、心臓麻痺により急逝。
その生涯は、「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
(ウィキペディアより)
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